第2話 新天地

「ついてこい!案内してやる」

バサバサした毛並みとは裏腹に力強い足取りにどこか安心感を抱いた。

「ほれ、見ろこの家!」

「え?」

「プラスチックのトゲトゲが至る所に置いてあるだろ?これは、『ここ来るな!』って意味だ」

「初めて見ました」

「猫がこんなにいるから島民みんなが猫好きかって言ったらそうじゃないんだ」

「なるほど」

「ほれ、水入りのペットボトルが立ってあるだろ?これも『来るな!』って意味だ」

「へ~」

「要はここの住人は猫が嫌いなんだ。庭を荒らされたくないとか、スプレーされたくないとか。臭いからな~スプレーは」

「スプレー?」

「お前、オスだろ?オスならスプレーくらいするだろ?」

「何ですか?したことないです」

「でたよ、でたよ。去勢済みの男女!」

「去勢済み?」

「お前知らない間に玉取られてんぞ!」

「え!嘘?!」

「これだから、全く。ま、その分喧嘩しなくてすむんだけどな」

「喧嘩?」

「猫ってのはよ、縄張り争いが絶えない生き物なんよ」

「縄張り?」

「そう、自分のテリトリー。そこを守るのが、猫に課せられた生き方ってやつよ」

「はぁ」

「なんだ、お前、ボーっと生きてきたんだな」

「そんなことは・・・・・・ないはずです」

「兎にも角にも、こういう家には近づかないことだ、わかったな?」

「はい」

「人間てのはな、良い人もいれば、悪い人もいるんだ」

「そうなんですか?」

「馬鹿野郎、お前の主人を見てみろ!」

「ご主人様は良い人でしたよ」

「良いご主人様がわざわざ船に乗ってお前を捨てに、いや、その、引っ越しさせに来るか?」

「・・・・・・」

「良いご主人様ってのはな、健やかなる時も病める時も富める時も貧しい時も愛し敬い慈しむ事が出来る飼い主の事を言うんだ」

「・・・・・・はい」

「すまん、お前は悪くないのに、傷付けてしまったな・・・・・・すまん」

「いえ、大丈夫です」

「何でこんな事言うかっていうと、このトゲトゲのある家の奴に熱湯をかけられた猫がいてな」

「え!」

「ただ前を通っただけなのに、ひどいだろ?」

「ひどいです」

「そういう人間もいるって事を知っておかないと痛い目合うからな」

「はい」

「塀の上の、丁度猫が行き来するのに便利な道にガラスの破片を置く家もある。よく確認して歩かないと肉球切るからな、気を付けろ」

「そんな~」

「肉球がぱっくり切れて、しばらく痛くて歩き辛かったもんな」

「き、気を付けます」

「でもな、怖い事ばっか言ってきたけど、言いこともあるんだぞ!」

「何ですか?」

「なんてったって、自然と自由がここにはあるんだ!」

「自然?」

「そうだ、大自然だよ。土に、草に、花、木、虫、蝶、鳥、風、太陽、月」

「?」

「まあ、そのうちわかる」

「はい」


「見ろ!ここは公園ってとこだ。人間の子供が遊ぶところなんだが、この島には子供がいなくなってすっかり老人と猫の憩いの場になってる」

「あれ、キャットタワーの大きいのみたいですね」

「おっ!お目が高いな。あれはアスレチックってやつだ。木でできているからみんなよくあそこで爪を研いじまう」

「あれは大きなトイレ?」

「あ、あれは砂場だ」

「あそこでは・・・・・・しない?」

「あんなとこでするより、他にいいとこがいっぱいある」

「はい」


「もうそろそろ時間だろう、港の方に戻るぞ!」

「時間?」


バサバサの毛を靡かせながら細道をするりと通って行く。僕はただただ後ろを付いて行くだけだった。

口笛が鳴り響くと、空気が一瞬にして変わった。


「間に合ったな」

数えきれない猫たちが四方八方から集まってくる。

「何ですか?」

「島民が決まった時間、決まった場所にご飯を置いてってくれるんだ」

「なるほど」

「あのおばちゃんが今日の当番か。いつも魚少なめなんだよな〜」

「当番?」

「そう、島民が交代で猫の世話をしてくれてるんだ。じゃなきゃ、大変だろう」

「はい」

「新鮮な魚のぶつ入りだぞ、楽しみにしとけ!」


バケツを手にしたお婆さんが、大きめの雨樋らしき廃材を真ん中に無造作に置くと、一歩一歩ゆっくり歩きながら、バケツからごはんを流しいれていく。

魚がみんなのお目当てなのだろう、口にくわえるとすぐに走り去って、離れた場所で魚の身を食いちぎる。ここではこれが乙な食べ方らしい。


「もう魚は残ってないみたいだな。ま、仕方ねえ、また今度だな」

何匹かの猫は魚の取り合いをしている。

「おい、新入り、頭突っ込め」

たくさん並んだ猫の頭の隙間を探して、僕も頭を突っ込んだ。

お腹が空いていたからか、みんなとご飯を共にしているからか、最高のご飯だった。

ご主人様が用意したご飯よりは大味だったが、新鮮な魚の風味がキャットフードに移っていて食欲が湧いた。

7分余りで見事完食。

この島猫達の食欲には驚かされた。

散歩に出かけていて、又は居眠りで口笛に気づけなかった猫達は次の口笛時間を待つか、観光客におねだりするか、自ら猟をするか、腹を空かせるか……。



ここで生きていく為には、ボーっとはしてられないようだ。

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