猫島

井上 流想

第1話 別れ


僕は今日、ご主人様とお出かけのようだ。

朝から慌ただしく荷物をまとめている。

どこかへ電話した後、いつもならゆっくりコーヒーを啜るご主人様だけど、今日は一気に飲み干した。イライラしてるようにも見えるし、不安にも見える。

僕は甘い声で呼ばれると、キャリーに入れられた。

年に一回、尖った何かを刺されに行く。

それを刺しておくと健康でいられるらしい。

刺されるのは嫌だけど、外の景色を揺られながら眺めるのは好きだ。

でも、おかしいな?

つい二週間前に行ったばっかりなんだけど。

いつもとは違う道。

僕は初めて電車に乗った。

そして、船にも乗った。

初めて嗅ぐしょっぱい匂い。

これが噂の海か・・・・・・。

波の音は眠気を誘う。

いつもの鳥とは違う鳴き声。

カモメだ。

カラスの声より高いんだな~。

夢うつつの中でも、海を堪能していた。


船が止まり港に着いた。

ご主人様はキャリーから僕を出して、強く強く抱きしめた。

ぴくぴくと動いてる。

「さあ、行きなさい。お友達が待ってるよ。

ここなら大丈夫、みんなに可愛がられて幸せに生きれるわ」

ご主人様は何故かびちゃびちゃでくしゃくしゃな顔をして行ってしまった。

僕は訳も分からないまま、その場にしばらく座ったままで、小さくなっていく船をただただ眺めていた。


ご主人様、友達ってなんだ?

みんなに可愛がられるってなんだ?

ご主人様が僕を可愛がってくれてたじゃないか。


今日はやけに夕日がまぶしいな・・・・・・。

頭に浮かぶたくさんの疑問を処理できずにいた。


バサバサの毛をした猫が一匹、近寄ってきた。

「新人りか?」

「え?」

「ここは厳しいぞ~ 覚悟しとけ」

「・・・・・・」

「ぬっくいとこで育ってきたんだろうよ、毛並み見りゃあわかるよ」

「あ、すいません」

「まぁいい、ついてこい、俺がひとまずこの島案内してやっから」

「あ、はい」


僕は生まれてこの方、猫と話したことがない。

そう、僕はペットショップ育ち。

狭いケージの中で育って、兄弟とは生き別れになった。

人間しか知らない。

実はずっと猫と接したかった。

いつも壁越しに猫の存在は感じていた。

友達になりたかったけど、みんな不安でいつも落ち着きがなかった。そして何ヶ月もしない内にどこかへ行ってしまうのだ。

こんな環境にいると怖くって心細くって。

そんな時、僕はご主人様に出会った。


ずっとずっと一緒にいられると思ってた。

ずっとずっと。


港には海から帰ってきた漁師達が集まって笑い声が聞こえる。


「まず、何より大事なのはよ、飯だ!1日に2回島の人が飯を置いていってくれるんだけどよ、この島の猫が増えすぎて分け前が少しになっちまったんだ。日によっちゃあ、飯にありつけないこともあるんだぞ。飯を横取りする奴もいるし、飯場を独占する奴もいるしな。みんな必死なんだ・・・・・・。わかるか?」

「いえ・・・・・・。」

「飯にありつけなかった奴は観光客を見つけてひたすら自分を売ってくしかないんだ。俺はお世辞使うのは苦手だからよ、やんねぇけど、上手いのがいんだよな~。ったく。まぁとにかくよ、生きてくためには飯が大事だ、覚えとけよ」

「はい」

「盗みはダメだぞ!ここは共存が大事だからよ!人間様に嫌われたら生きてけねんだ。」

「はい」

「進んで狩りする奴もいるぜ、これは生まれ持った才能がないとな。お前みたいな温室育ちにはまず無理だろう。ははは。これからは自分の脳みそで考えて生きていくんだ。何か困った事があったら相談にはのってやるからな。」


僕はだんだん自分の置かれている立場を理解し始めた。悲しいけれど、もうご主人様は戻ってこない。


僕は海の香りを思いきり吸い込んで、細く長く吐き出すと、覚悟した。


ここで生きていくと。

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