第68鮫 サメサバイバー

 いや待て、何故わざわざこのタイミングにこの場所へやってきたのだろうか。

 嫌な予感しかしない。


「ふぉーふぉっふぉっ、これはこの世界にいる本物のサンタクロースを倒し、クリスマスをサメスシャークに変えるための武器じゃ! シャーグラインダーもソリで空を飛ぶトナカイに対応して作った物! どうやら本物のサンタクロースは実在し、地上でハンチャンと戦っておるようじゃな! これは好都合、わしも加勢して挟み撃ちじゃ!」

「クリスマスってそこまで〈指示者オーダー〉にとって気に入らない季節行事なのか!?」


 こう考えると、〈指示者オーダー〉の根底にある考えが本当に普通の人間の価値観では理解しかねる読めないものだからこそ、いつも厄介な敵になるんだと再認識させられる。


「シャーグラインダー、バックパークシャークモード!」

 

 もちろん、俺が今後の戦いを踏まえたことを考えている中だろうと、鮫沢博士の暴走はいつもの平常運転で止まらない。

 シャーグラインダーの胸ヒレウイングが片腕程の長さにまで縮小し、全体がランドセル状のバックパックとなりそれを鮫沢博士は背負った。

 スピードを落とした代わりに水の中で泳ぐように自由な空中飛行を行う形態なのだろう。

 そうして、鮫沢博士は槍で突進する要領でハンチャンと肉体同士の鍔迫り合いを繰り広げているクリ・スマス向かって降下していく。


「背中を見せたのが命取りじゃ、死ねよじゃー!」

「助太刀感謝感激カニあられデース!」

「別に二対一でも構わないよー」

 

 よし、現状を理解した。

 そして、ようやく正気に戻ってきた。

 これは多分、クリ・スマスが勝たないと2人が〈破壊者達〉になってしまう状況だ。

 鮫沢博士はなんのかんの言って人として成長していると信じて作業の目的までちゃんと聞かなかった俺が馬鹿だった!

 確かにハンチャンなら少し抵抗感があるが、鮫沢博士に殴る蹴るなどの暴行を加えることに抵抗感はねぇ! 今ここでサラムトロスの平和を守る!


「シャークチェンジャー!」


 鮫沢博士のサメスマスツリー/インフィニティによる刺突捕食攻撃がクリ・スマスに触れる10秒前、俺はサメの鎧たるアーマード・シャーク・ナイトを展開して纏い、特撮ヒーローのような渾身の飛び蹴りを行った。


「シャークバイト・レッグハング!」


 命中する直前に両足を大きく開いて鮫沢博士の腹元を挟み込み、サメの口のようなオーラを出現させながら噛み砕いていく。

 攻撃は完全に食い止めることが出来た。


「ぎゃあああああああああああぁぁぁす!」


 武器を与えたのはお前の方だからな! みみっちいプライドで厄介事を起こすぐらいならマッドサイエンティストらしく自らが造ったサメに喰われてろ!

 ……しかし、攻撃を受けた衝撃で手放したサメスマスツリー/インフィニティがうじゃうじゃ動く気持ち悪い動作をやめてピタッと静止し、ただのクリスマスツリーに錯覚する姿になった。

 あくまで武器として担い手にないてが必要なサメなのだろう。

 意地でも持つ気はねぇ!


「……」


 後、死なない程度の甘噛みに何とか制御できたおかげか、鮫沢博士はその攻撃で完全に失神したようだ。

 ヒョウモン島で使った後は当然壊れたが、残骸を修理して新機能も加えたアップデート版として手加減機能が搭載されていたのは本当に助かった。

 ところで、ハンチャンとクリ・スマスの方はどうなっているのだろうか。


「サンタさんをソリに乗せるとは成長したねー」

「い、今の今まで本気を出していなかったんデスカ!? ええい、むしろ今日で倒すチャンスと言うスタフモノ!」


 視界をそちらに映すと、ヘッドスピンをやめたクリ・スマスが魔法のトナカイ鉄球のソリへと乗り込んでソリ対ソリ、カニ対トナカイによる闘いが繰り広げられており、互いに衝突したままどちらも同じ質量の物質としてせめぎ合うバトルを繰り広げていた。

 2人とも、せめてダンスをしろ。


「まだデース! そっちが闘気を魔力に変換するならこっちは闘気を電気に変えてやりマース!」

「いつも思うけど言ってることめちゃくちゃだよー」


 ハンチャンがそう叫ぶと、衝突し合う状況に転機が起きる。


「卑怯千万! ロケットネーイル!」


 ハンチャンの両腕がカニの腕に変形すると、そのまま付け根まで丸ごと垂直にロケット噴射をしながら発射された。

 狙いは当然クリ・スマス、真正面で質量をぶつけ合っている中では有効な不意打ちだ。


「流石にそれは卑怯だよハンチャンー」


 英雄たるクリ・スマスもこの局面で回避するのは難しいようだ。

 明らかに殺意の籠った攻撃で、直撃すれば死にかねない。

 もう諦め、そして情を捨て、クリ・スマスに加勢しよう。

 ――と考えたその時。


「じゃあ、新しい魔法を使うよー。プレゼント・フォー・ユーーー!!!」


 クリ・スマスが魔法らしきものを唱えると、眼前にまで迫っていたハンチャンの腕がなにかクッションのような物体に止められた。

 形だけならそれはクリスマスのプレゼントBOXに見える。


「なんデスカ、ソレ……」

「新しい鉄球だよー」

「もうただの厚紙じゃないカー!?」


 更に、プレゼントBOXは腕を全方位から囲むように増え続け、囲いこんでリンチにするかの如く腕へ向かって飛んでいく。

 そして、ハンチャンの両腕は無数のプレゼントBOXに押しつぶされるように破壊されていき、完全なスクラップになりバラバラになった機械部品が地面へボトボト落ちていった。


「や、やりすぎデース……」


 ここまで来ると流石にハンチャンも負けを認めるだろう。

 ……と言いたいところだったが、ハンチャンの底意地の悪さは大概なもので、更なる大迷惑な行動を開始する。


「ええい、こうなれば死なば諸共! 自爆しマース!」


 おい待て、観客まで巻き込まれるぞそれ!?

 実はヒョウモン島で部位自爆機能があるとは聞いていたが、それは発動すれば半径520mが火の海になる規模らしくこの美しい雪景色に囲まれたゼンチーエの街が血のクリスマスイブになってしまう。

 流石に立ち往生している訳にも行かない、そうなる前に横から殴ってせめて神経機能を停止させねば!


「足が動かない!?」


 ――だが、行動に起こす寸前、気合いで起き上がったのであろう鮫沢博士が地面に這いつくばりながらも俺の足元を両腕で抱えるように必死にしがみついて拘束してきた。


「カニとサメが勝たなきゃ、わしらが安心してサメスマスの時間を過ごせんのじゃ!」

「そんな未来から来たネコ型ロボットの最終回みたいな言い分で情を誘うな!」

「サメ型ロボットを着込んでいるも同然の分際でよくそんなことを言えるのう」

「1回ぐらいは三途の川見る?」


 茶番を続けさせられ鮫沢博士の時間稼ぎが成立してしまっている。大ピンチだ。


自爆機能エンドキャンサー発動まで残り52秒、カニニニッニ」

「そういう事も出来たんだー流石にサンタさんもお手上げだねー」


 クリ・スマスも妙に諦めムードで非常にまずい空気で、観客達も流石にこれは本当にやばいんじゃないかと不安の声が出る始末。


「彩華殿ォー! そこのサメが残っているのを忘れるなァー!」


 ……おっと、そうだった、まだ52秒は猶予がある。

 諦める必要はない、作戦も何となく思いついた。


「ヘブッ!」


 俺は、鮫沢博士にエルボーをぶつけ気絶させる形で当身を入れ、その直後にこう叫んだ。


「クリ・スマスだったか! さっきのプレゼントBOXを大きくして中にハンチャンを封じ込めたりできないか!?」

「クリスでいいよー。そうだね少年、それぐらいはお任せあれー」


 クリ・スマス――クリスはサムズアップしながら返事を返してくれた。


「よーし、行っくよー! こうかな、BIG・プレゼント・フォー……ユーーーー!!!!」


 すると、話の通りハンチャンのソリの下から分解状態のプレゼントBOXが出現し、包装するように組み立てられていった。

 上からキラキラとした包装紙に包まれて行き、リボンを結ばれることで、中には自爆せんとするハンチャンが入った死のクリスマスプレゼントが完成!


「これだけじゃダメそうだねー。でも、何となくやりたいことはわかったよー、キーックオーフ!」


 そして、クリスはソリから降り、空へと大きく死のクリスマスプレゼントを蹴り上げた。

 念の為空中で爆発して構わない程の、距離にして上空600mぐらいには飛んでいった。


「サンキュー!」


 さて、持つ気は無いと心の中で宣言したが、撤回するしかないな。

 隙を逃さず、俺は鮫沢博士からジェットパックシャークモードのシャーグラインダーを剥ぎ取って装備、更にそのへんに放置されていたサメスマスツリー/インフィニティを両手で持ち、空へと飛び上がる。


「毎回空を飛んでトドメ刺してる気がするけど、今回も結局そうなる運命ってことかよ……。まあいいや、この世界にもちょっと愛着が湧いてきた所だしな!」


 そう、プレゼントBOXはクリスマスツリーに装飾として付けられていることも多い物。

 実際この街にあったクリスマスツリーも俺の世界で見るものと似たような飾り付けだった。

 ならば、死のクリスマスプレゼントは正しくツリーの装飾として取り込めるに違いない!


『サメリーサメスシャーク!』

「なんとも言えない鳴き声をするな! そもそもサメスシャークとサメスマスの違いがわからん!」


 そうして、予想通りサメスマスツリーは死のクリスマスプレゼントに向かって先端の大きな顔から葉っぱから木の枝との首を伸ばし、無限岐大鮫むげんたのざめな如く勢いで穴を開けて中へと突っ込んでいく。

 もちろん、俺は元よりこのサメでハンチャンを喰うつもりはない。喰うのは、だ。

 結果、サメスマスツリーは虫の死骸に集るアリの大軍めいた勢いでバグバグと捕食しながら首を引っ込めていき、死のクリスマスプレゼントを自身の肉体へと同化させて行く。


『モグモグ……サメリーーーーサメスシャァァァァァァクッッッッ!』

 

 ついには、死のクリスマスプレゼントの形状が色合いや模様などはそのままにサメの頭部へと変形! 最後には完全にツリーの装飾と化した!

 一方、ハンチャンの体は頭部だけを残し捕食されて消滅した状態になり、残った頭部をカニへと変形させジェット噴射をしながら空を上昇し続けこの場から逃げようとした。

 確か頭部にある本体回路さえ破壊されなければ自動修復機能で時間経過で配線から何から何まで全て再生するトンデモ能力みたいなので、あとは見逃しても体が再生しきる頃には頭の冷めていつものように味方してくれるだろう。

 その代わり、魔法を使った即効性ある肉体再生が出来ない体質みたいだが。


「地上から最終射撃されなければ逃げ切れマース!」

「とりあえず、推しのアイドルを殺さないで済んで良かったよ」


 また、俺もさすがにやることがもうないので、〈百年の担い手ハンドレッド・マスター〉としての制限時間が切れるまでに地面へ降下することにした。

 実は残り時間もあと30秒しかなったのだ。

 切れた途端落下死になるのは勘弁したかったので結構焦った。

 そして、地面から降下するまで数mの所で視界に写ったクリスは、首を大きく空へと傾け、右腕だけを大胆に平手にして挙げながら両足を開いた状態で待機していた。


「せめて負けは認めてもらうからねー、狙いはつけたよー……プレゼント・フォー・ユーーー!!!」

 

 すると、彼女の右手にプレゼントBOXを出現させてそれを思いっきり投擲した。

 それは、空中にいるハンチャンへと命中。

 ロケット噴射口に直撃したのかヒョロヒョロと地面へ落下していく。


「つ、追撃は要らなかったでショー!?」

「うーん、いつもと違って本気まで出させたから、別れる前に顔をちゃんと見て起きたかったんだー」


 俺が地面へと着陸し、十数秒程で鎧もツリーもシャーグラインダーも壊れて燃え上がった。

 そして、全てが消えた頃には、クリスが頭部だけになったハンチャンを両手で掴みながら顔を合わせて(?)そのような会話をしていた。

 今回で52回目の勝負らしいが、クリスもクリスなりにハンチャンへ何かを感じていたのだろう。


「少年、楽しかったよー。サンタさんはこの首と一緒にこの街でデートさせてもらうねー」

「フ〇ック! カニとして絶対にしたくないデース!」

「……じゃあ俺はこの気絶したジジイを持って帰るから、ここで解散しよう」


 こうして戦いが終わると、観客やバーシャーケー王は俺達に多いな拍手をしてくれた。


「民よォ、この戦いを称えるのだァ!」

「「「ワァーーー!!!!」」」


 バーシャーケー王がサメとクリ・スマスによるショーをしていて、ハンチャンも鮫沢博士も演技で悪役を演じていたのだと説明してくれたのだそうだ。

 国王たるもの、扇動能力は本当にすごいんだな。

 しかし、いつの間にか非現実的な場面で適した行動を取れるようになっていたことに気付かされてしまったのは何だか悲しい。

 家が少し裕福な凡人としてそれなりに楽しい日常を送っていたのだが、いつの間にかこんなバイタリティが付いて、これじゃあまるでライトノベルの主人公だ。


「ハッ、サンタを殺しサメによるサメスシャークイブが始まったのは夢じゃったのか!?」


 しばらく黄昏ていると、引きずっていた鮫沢博士が起き上がってきた。

 いい夢を見ていたようだが、せっかくなのでこの日限定の目覚めの挨拶をしてやろうか。


「鮫沢博士」

「ん、なんじゃ?」

「残念だったなクソジジイ、メリークリスマス!」

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