第67鮫 ワイルドサメンジャー

 勝負を前に、俺の感情はアイドルとしてハンチャンを推しているんだから応援すべきという気持ちと、根っこにはサンタという世界の概念に対する攻撃が目的なのでそういう場合ではないという気持ちがせめぎ合い、不安定で中立なものになっていた。


「アレはァ、サラムトロスに伝わる伝説の古武術演舞武闘ダンスバトルだァ!?」

「知っているのか!?」

「古代よりィ、祭りの場で殺し合いをするのは宜しくないとされェ、そこで編み出されたのが演舞武闘ダンスバトルゥ。それは、演舞ダンスで交えてどちらが強いのかを証明する魂のぶつかり合いィ!」


 ひとまず、今から始まる謎の勝負に命のやり取りはないと分かったので良しとしよう。

 バーシャーケー王ともなれば脳筋であると同時に博識。信用できる情報と見れる。


「ミュージック、カモン!」


 そうして、爆音で鳴り響くパンクロックなようで鈴の音が気持ちよく交じった曲をバックに、2人は歌いながら激しいダンスを始めた。

 ハンチャンがこの勝負で打つ先手は……ラップだ!


「Hey yo! サンタがナンダ? 部外者だろうがァ! このライブじゃ皆カニの傘下 文句あるか? どうせお前が勝つのは無理無理 せいぜいできるのは勝った振り 腹から突き刺さるクリスマスツリー! YEAH!」


 よく見れば姿もエセ外国人モードから短パンショートで帽子を逆に被ったファッションに変わっている。

 ダンスをするにもラップをするにも自然な姿そのもの!

 リリックに合わせて片足を大きく突き出し、相手を突き刺すフロウによって会場は凄まじい熱気を放つ!


「サンタさん、ラップはさすがに出来ないからダンスだけで決めるよー」


 それに対してアンサーを返したクリ・スマスはヘッドスピンを始める。

 その回転速度は凄まじく、片手に握りしめたプレゼント袋の鉄球を纏って広範囲への攻撃を行った!


「殺し合いはしないんじゃないのか!?」

「相手選手への攻撃が禁止されている訳ではないィ!」


 だが、その攻撃は見えない壁に阻まれるように押し返されていく。


「音のバリアだとォ!? ハンチャンのラップにそんな力があるとはァ!?」


 白熱する勝負とパフォーマンスを前に会場の熱気はさらに上がる。

 俺も気が付けば全力でペンライトを振ってハンチャンを応援していた。


「時代はカニ お前が消える夜の闇 土壇場に叫ぶ『いつの間に!?』 なんて言葉は既に遅い分かったカニ? 時代遅れのサンタクロース 会場沸かしてるのはカニの方だろう? ダンスステップとカニさんウォーク カニ旋風この街を覆う!」

「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」


 そのフロウを前に湧き上がる歓声の中、ハンチャンはリリックに合わせて逆向き被った帽子からカニの眼と手足が生え、眼にはグラサンが張り付いている民放で流れてきそうなコラージュアートめいた等身大カニに変形していく。

 自分の外見を勢いで変えることに抵抗がないからと言ってここまで出来るのは確かにハンチャンらしい。

 加えて変形直後にカニ脚で華麗にタップダンスを披露しながら、プレゼント袋を振り回し回転するクリ・スマスに大きな爪で挟み込むような攻撃を仕掛けた。


「あー」

「決まり手 カニの爪!」


 その攻撃は、見事にプレゼント袋の鉄球部をバシッと受け止めた。

 すると、勢いによりクリ・スマスはプレゼント袋を手放してしまう。


「クリ・スマスはふざけているようで我輩と互角かそれ以上の実力を持つ鉄球使いの武人ゥ。一度手合わせしたが引き分けに終わった程だァ、例えハンチャン殿と言えど一筋縄では行かないだろゥ」


 相手の武器を引き剥がすのはとても有利な戦法、クリ・スマスは一体この状況でどう反撃するのだろうか。


「サンタさんが大事にしてる袋を奪っちゃダメって前から言ってるでしょー!」


 やはりあのプレゼント袋は大切な物のようで、さっきからぼんやりと怠けている印象だった彼女の声に明確に怒りを感じ取れる音が混じり始める。


「サンタさんに魔法を使わせたことを後悔してもらうからねー! レインディー・ストーム!」


 クリ・スマスは再びヘッドスピンを始めると、その加速は留まることを知らぬ勢いを増し、遂には観客席にまで強風が届く勢いの竜巻を発生させた。

 更に、その竜巻の周囲をぐるぐるとソリを押す2匹のトナカイのような幻影がぐるぐると回っている!


「アレはァ、巨大化で対抗した我輩を引き分けに持ち込んだ固有魔法ではないかァ!? 彼女の微量な魔力では本来魔法は使えないはずだがァ、闘気を魔力に変換することでより破壊力が増した"魔法の鉄球"を相手に幾度となくぶつけるものであるゥ! 当然闘気で詠唱もキャンセル出来て手軽だァ!」

「それはもう"鉄"球では無くないか!?」

「何故かそれで世間に通じてしまっているのが原因な故に否定はできんゥ! だがァ、あの魔法により現れる鉄球のビジョンがソリを押すトナカイであることからァ、サンタクロースとトナカイがセットで語られるのも事実ゥ!」

「答えになってない別の雑学を語らないでくれるか!?」


 サラムトロスのクリスマス文化がほぼ暴力を前提とした何かなのは十分に思い知った。

 ならば、ハンチャンその暴力にどう対抗するのだろうか。


「見飽きたその攻撃 イライラするなぁ俺も攻勢!」


 そこで取った行動は更なるカニへの進化変形。

 カニをデフォルメデザインにしたデカールが多種多様に貼られたソリ! 更にその上に太く長い脚を8本生やす等身大のズワイガニが乗っている! 更に更にそのソリを紐で押すタラバガニ2匹!

 紅白であるなら確かにサンタに見えるカニ達は……!


「人格を戻しまショウ! カニサンタマーク52! サンタクロースの存在意義ごと吸収してやりマース」


 もう、サンタクロースとは何なのかがゲシュタルト崩壊を起こしている。

 そんなのはサメで十分だぞ!?


「そのセリフ何回目ー?」

「これでちょうど52回目デース! 51戦0勝51敗の過去をここで返上しマース!」


 カニサンタマーク52と化したハンチャンは竜巻に向かってズワイガニを走らせ全力で突撃する。

 まるで暴蟹族ガニゾグのように。

 そして、ハンチャンはヘッドスピンを続けるクリ・スマスの風圧とぶつかり合いながら魔法のトナカイ鉄球と衝突し、まるで刀と刀の鍔迫り合いのような雰囲気を醸し出していく。


「これはもう演舞武闘ダンスバトルのレベルをはるかに超えているゥ!」

「そうなの!?」


 だが、それだけでは無かった。


「サンタクロースを倒したいのはカニだけではないぞい!」


 舞台裏……いや、空に響く大きな声!

 見上げた先にいたのは、左右の胸ヒレが3.4mはある飛行機のウイングな如く横に伸びているサメ! だが、腹に手持ち棒が張り付いているグラインダーのような形状!

 そのサメには、食欲減退カラーサンタコスチュームを纏った鮫沢博士が手持ち棒に左手ひとつでぶら下がり、右腕に……一見するとただのクリスマスツリー! だが、尖った最先端の部分が大きなサメの口になっており、加えて葉っぱから装飾の鈴やプレゼントボックスなどもサメの頭部! その大量の頭部を支える幹は7つあるヒレなどが特徴的な鮫肌の胴体で根は尾ビレ!

 そう、これはあらゆる敵を全方位から噛み付く無限の頭部を持つサメインフィニティ・ヘッド・シャークとも言える究極の近接武器だ!


「なんだよ……そのサメ」

「おお、彩華もそこにおったか。まあみておれ、これが異世界サメ37号"シャーグラインダー"、そして今日のための取っておきの異世界サメ38号"サメスマスツリー/インフィニティ"じゃ!」

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