第2.5章 サメリーサメスシャーク!
第66鮫 サメスシャークのうた
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SIDE:鮫沢博士
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ラッターバはサラムトロスの中でも秋が存在せず10月に突然寒い冬がやってくる。
具体的には、一週間前にはヒト種でも対策なしに海を泳げる中、突然と雪が降り積もり衣替えを怠ると死んでしまう程の極端さじゃ。
魚人種は元々寒さに強いのもあり、それ以外の種族が肌を覆うほどの長袖を着るのがベターな文化には、少なからずこういう背景があるのじゃな。
そして、このような季節感をしている分、クリスマスも早い。
これにも理由があり、サラムトロスにおけるクリスマスは放浪の英雄"クリ・スマス"を讃える冬の祭りごとを指すものなのじゃ。
ただ、国や地域によって時期がバラバラで、わしらの世界みたく形骸化されており経済活性化のための都合のいいイベントとなっておるがな。
具体的には、セレデリナが鮭王と殴りあったあの日の3日前が
わしはこのタイミングを逃すことなく、クリスマスだけの異世界サメを造らんとシャークルーザーの作業スペースに朝早くから籠っておった。
「いや、なんでサンタコスチュームで作業してるんだよ! なんか色合いが食欲減退を誘う感じだし……」
おっと、起きてきた彩華がわしの顔を見に来たようじゃな。
彼の言うとおり今はサンタコスチュームを着ておるのじゃが、これは最近突然と裁縫を始めたセレデリナがわしのためにと赤い部分が薄い青色になっているブルーでシャークなサン……シャータクロースな衣装をくれたのでそれを着ておるという経緯。
どうやら、ヒョウモン島でも着用したあの狩人装束は店主の趣味を押し付けられただけでラッターバの文化や流行りを考慮しても別に口元まで隠す必要はほぼ無く、シャータコスチュームは長袖で帽子も被っておるからラッターバらしい外見になるしで非常に合理的と言える。
「どうじゃ、程よく老けた顔に白い髭も相まって様になっとるじゃろ」
「色合い以外は本当にサンタクロースだな……」
「シャータクロースじゃぞ」
「語呂が悪りぃな!?」
まあ何、彩華は暇なんじゃろう。
セレデリナは魔王と用事があるみたいじゃし、1人でいるぐらいならわしの作業を見守る方が暇を潰せるからここに来たように見える。
「言っとくけど本当は今日が一番都合良かった中で乾燥ワカメ工場の見学予定を別の日に変えて鮫沢博士の監視をしてるんだからな、クリスマスになんもしない方がびっくりだ。というか、そのどこからか切り落としてきたであろう大木は何なんだよ……」
なんと、こやつは何一つ寂しそうじゃない!?
それに、乾燥ワカメへの固執はなんなのじゃ? 昆布みたいな黒髪ストレートロングの癖に。
「それは完成してのお楽しみじゃ。そろそろ本格的に削るから、そのサメの口型ゴーグルを着けるんじゃぞ」
「俺が着けたらすぐに壊れるし、離れたところで眺めておくよ」
そんな感じで会話を続けながら作業をしていたのじゃが、昼頃に「見てる限り変なことはしなさそうだな。せっかくのクリスマスなんで街をぶらぶら歩いてくる」と彩華は告げて部屋から出ていった。
ならば、完成した実物をその目に焼き付けてもらうよう頑張るしかない。
***
SIDE:鮫川彩華
***
祭りの日に出歩くのは楽しいもので、例え見慣れた街並みでも大きく印象が変わる。
屋根にまで振り積もった雪景色のゼンチーエでは、雪合戦をする子供達、サンタコスチュームで屋台を回している魚人種、デートをする友人や恋人等のペア、今日だけの贅沢な食事を楽しむ家族の一団など、見ているだけでほんわかしてしまう光景に溢れている。
「ま、まさかアレは!?」
――だが、街中にある小さな一帯のみ、明らかに歪な景色が広がっていた。
紐で大きく円状に紡がれた柵の外でカニモチーフの様々なアクセサリーやフードを販売する屋台! その柵の先では扇型に並んだ椅子が並びそこに溢れかえる観客! 最前列ではサンタコスチュームのバーシャーケー王が座り、その奥に配置された簡易的な舞台という仮説ライブ会場があったのだ!
箱は300人規模に見える。
これからハンチャンのライブが始まるのだろうか?
いや、ハンチャンじゃなければ誰だという話ではあるが。
『開演まであと3分です』
「「「うぉぉおおお!」」」
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
なお、座席があると言っても皆立ち上がっており、ただでさえ満席気味な中でバーシャーケー王の声は凄まじく目立つ。
まずライブ前からその大声で叫ぶな。
だが、かく言う俺も、ハンチャンはアイドルとして推している。故に、気がつけばチーム運用資金から割り出した個人の小遣いで当日券を購入しており、ライブ会場に入っていた。
とはいえ、気になること事も多い。とりあえずはバーシャーケー王の前に移動して話を聞きに行こう。
「バーシャーケー王、これ、何が起きてるんだ?」
「クリスマスと言えば商売時ィ、我輩は元々アイドルとやらをしているハンチャンのファンでなァ、追いかけていたらこの状況なのだァ!」
ある意味当然だが、自由席方式で国王の隣の席に座るのは恐れ多いのか左右2席ほど空いており、俺としては共に戦った知り合いなので遠慮なく席を貰う事ができた。
「「「「「「うおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」
程なくすると、舞台にスポットライトが当たりそれと同時に会場が大きく騒ぎ出す。
そして、その先に現れたのは王子様モードのハンチャンで、ライブ用のサンタコスチュームだった。
今日は最前列、楽しまなければ損というもの。
「みんなー、ライブに来てくれてありがとー。今日限定の曲は聞き逃すなよ! あと、物販もクリスマス限定のものを揃えてるから見逃さないこと。さあやるよ、僕だけのカニカツ!」
ハンチャンが歌う楽曲のメロディーの中にはシャンシャンと鳴る鈴の音が混じっており、確かに俺が認識するクリスマスを感じられるもので、野外ライブなだけあって没入感まで誘う演出が効いていて非常に完成度が高い。
「アイラーブ?」
「「「「「カニ!」」」」」
気がつけば、ライブは大盛り上がりでまさしくピークタイムとも言える勢いだ。
いつものエセ外国人モードになると、もう歯止めが効かない。
それこそ、この時間が永遠に続けばいいように思えてくる程だ。
――しかし、ハンチャンがカニに変形した時、問題は起こった。
「紅白はサンタではなくカニのモノデース! サンタにはこの世界から退場してもらいマース!」
なんと、よく分からないこと言い放ち、場外に出て暴れる予備動作を始めたのだ!
この状況、キャンプファイヤーの時以上に酔い潰れてシャチに寝返りかけた鮫沢博士に似た雰囲気を感じる。
せめて、隣にいるバーシャーケー王がどうにかしてくれればいいのだが……せめて確認を取ろう。
「バーシャーケー王、止めなくていいのか、アレ」
「悲しいことを言おうゥ。我輩は半場お忍びでここに来ていてなァ、民にも黙認してもらっている状況ゥ。そしてェ、そんな中協力勢力である〈女神教〉と国王が公然の場で代表間の喧嘩をするのは隠密性の否定にもなり何としても避けたいィ!」
ダメなようだ。
「この状況を止められるの、もしかして俺だけ!?」
「そうなるなァ!」
一応ペンライトセイバーは携帯しているので戦う事は可能だが、鮫沢博士なら容赦なく殴れるもののハンチャンへの恨みは弱く本気を出せる気がしない。
なので、この場から抜け出して一旦鮫沢博士を呼び2人で止めた方がいいと判断し、俺はライブ会場から走り出さんとクラウチングスタートの姿勢をとった。
「サンタさんを通して通してー。こういう日に暴力沙汰はご法度だからねー」
だがその時、観客の並を丁寧に抜けていく者が現れた。
それは、声や顔立ちを見る限りは所謂金髪ロングなヒト種の女性で、背は180cmとかなり大きく、ガタイがいい上に男性用のサンタコスチュームを着込んでいてパッと見でもそこはかとなく強そうなミニスカじゃない女性のサンタクロースと言うべき印象の人物。
加えて特筆すべき点を上げるとすれば、彼女の担ぐ真っ白なプレゼント袋は子供へのプレゼントや七面鳥ではなく丸くて直径1mはある鉄球が入っているとしか思えない変形をしていることだろうか。
思えば近年のゲームだと寒そうな女性サンタをよく見るので、パッと見髭の無いただのサンタクロースなだけのファッションは一周まわって斬新な気がしてきた。サラムトロスってすごい。
「ここで会ったが百年目、このハサミでバラバラにしてやりマース!」
そして、そんな謎のサンタを見るやいなや、ハンチャンはカニの姿のままステージから飛び上がり爪による刺突攻撃を始めた。
もしかすると、この2人はライバル関係なのだろうか?
「サンタさんにはそういう素人の一つ覚えみたいな攻撃は効かないのを忘れたのかなー」
ハンチャンの刺突攻撃に対し、謎のサンタは笑顔で鉄球入りのプレゼント袋を振り回しながら袋のねじれた持ち手に近い部分で爪をぐるぐると巻き付けて搦めとり、もう片方の爪が触れる前に鉄球部で顔面に一撃を与えた。
「まーハンチャンがこの程度で死ぬような雑兵じゃないのは知ってるけど、いつも通りだったらまた負けちゃうよー?」
対し、一瞬は意識を失いかける雰囲気を見せたが、ハンチャンはすぐ様に立ち上がる。
「やはり、いつもながらこの手では上手くいきまセンネー」
ただ、何故だかこの勝負、戦いの素人であるこの俺の目で見ても、ハンチャンに勝ち目を見いだせず、止めに入った方がいいように思えてしまった。
それだけ、この謎のサンタが強い人間であり、
しかし、それと同時にしばらく見ておく価値がある、何故かそういう感情も同時に芽生えてきた。不思議だ。
「ええい、こうなればダンスバトルデース!」
結果、傍観に回ろうと判断したが……ダンスバトル!?
どうしてそこでダンスバトルなんだ?
「へー、今回もやるんだー。いいよー」
お前も乗るのか!? 今回って事はいつもやってるってこと!?
「まさかァ、あのサンタクロースは伝説の英雄"クリ・スマス"ではないかァ!?」
「バーシャーケー王もそれらしい事を言って雰囲気を作らないでくれ」
……と言いたいが、アレが噂のクリ・スマスなのか。
女神の元である勇者アールルと同じくヒト種に限りなく似た神霊種なる希少種族であり、冬の時期に様々な国に現れてはこの姿で悪鬼羅刹を退治し続け、悪政を働く王を、時には国を脅かす魔獣を袋の鉄球でねじ伏せてきた神出鬼没な風来坊の英雄。
活動記録は残っているだけでも2000年前と魔王様が生まれた日よりも遥か前。
長命種故にそれが未だに活動が続き、そして生き続ける伝説の英雄、それがクリ・スマスだ。
とはいえ、本当にこの目で見ることになるとは……ハンバーガー屋のボブの法螺話じゃなかったことに驚きを隠せない。
そして、
ハンチャン自身のカニへのこだわりを踏まえると、世界中を駆け回っていれば紅白カラーの英雄に因縁を持つのもある意味では自然だ。そういうことにしておこう。
ならば、この勝負は因縁と秩序のぶつかり合い。
つまり、止めに入るのは野暮というもの。
「「バトル、スタート!」」
舞台の上に立った2人の掛け声が鳴り響くと、ライブ演出として用意されていたであろう大きな火花が吹き上がった。
観客も、さっきのライブに加えて野次馬まで加わり凄い勢いで増えていく。
「「「な、何が始まるんだー!?」」」
それはもう、瞬き禁止な勝負だ。
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