第65鮫 サメアンドロー ザワースト

 あの後は本当にいろいろあった。

 シャークルーザーは地面に刺さったまま健在で問題なくゼンチーエに帰ることができたのじゃが、帰還した翌日に「いろいろ事後調査するから手伝いなサーイ!」とパワーカニスメント(通称:パワカニ)を受けて大惨事じゃ。

 本当にゼンチーエに帰ってきて直ぐヒョウモン島へ戻る羽目になったんじゃぞ! 精神的疲労は34倍じゃ!

 ついでに、〈女神教〉の組織体制じゃとか、指示される日オーダー・デイがどうだとか話されたが、生存している〈指示者オーダー〉がほぼ居ないというのは怖い情報で、何よりもとりあえず感覚でヒト種を疑っておけばいいという手段は実質使えなくなり面倒極まりない。

 じゃが、サメに関する情報がないのは不服じゃ。

 実際、相槌だけ打って適当に流そうとしても後ろにいた彩華が顔だけで威圧してきたのでちゃんと聞いたぐらいには聞くモチベーションが湧かなかったぞい。

 わしは早く国の機密資料を読みたいんじゃ。

 ふざけるんじゃないぞい。


 それで、改めてヒョウモン島の現状を整理したんじゃが、グラーキが保護した湖の魚以外の生物は本当に全て消えており、このまま行くと自然の循環がズレて草木も枯れ果てる可能性があることが分かった。

 ハンチャンが盗んだデータから推理すると、タコオックは本当に島全ての生物にタコの遺伝子を与えてしまっていたようで、本体のハスターが破壊されたことにより文字通り全ての生物が絶滅してしまったという何とも言えない問題が起きたようじゃ。

 生態系を調査して上手く動物を放ち自然を取り戻すのもアリじゃろうが、グラーキもこの島で活動するのは辞める予定のようで、島の存在は引き続き地図にないことにするのが世界にとって都合がいい話ということになった。

 もしかしたら海や空からなにかが流れて新たな生態系が発生する可能性もある、サラムトロスの秩序を守るならばこうするのが最善じゃろう。

 やはり一番愚かな生物は人間であり、最強の魚たるサメこそが最も正しい生き物という事じゃわい。

 そして最後に、グラーキに石像を壊した件の謝罪をすることとなったのじゃ。


「ほぼ騙して盗難して壊してと、散々なことをして申し訳ないのじゃ」

「誠意を感じませんし許しはしませんが、憎きタコオックをこの世から完全に消し去った事に免じて、精霊王クトゥルフ様像破壊について復讐などの行為はしないと約束しましょう。貴方はあの魔王とのコネクションを持っていますし、どうにでもなりそうですからね」

「やったぞい!」

「その喜び方が気に入らないのでやはりタコオックと同じ枠組みであなたの事を認識するようにします」

「なんでじゃあ!」



***


 何がともあれハンチャンに手伝わされた事後処理も終わり、タコオックを倒してから大体3日経ち、熊王のBARで今回の事件……亡霊怪物事件(ヒョウモン島の名前を表に出せないのでこの名称)を解決させた褒美を授けるための催しをすることとなった。

 魔王は非公式的な事件への介入のため当然出席しとらんが、〈ガレオス・サメオス〉とハンチャンの4人は必然的に参加せねばならんのじゃ。

 夜に貸切のBARで行われるそれは、広いサラムトロスの中じゃろうとラッターバだけのやり方なのは間違いないわい。

 

「王城を使っての堅苦しい儀式なんてこの国らしくない、パーッとやることやってその後は酒を飲む、それでいいじゃないか」

「そうゥ! それこそがラッターバスタイルゥ!」


 BARにいる国のお偉いさんは熊王と鮭王のみ。つまりは6人で飲み会をしているも同然な規模じゃ。

 熊王はもう普通にビールをジョッキに注ぎ始めておるし、お偉いさんと話慣れておるわしですらついていけない空気じゃぞい。


「乾杯の前に願いを教えてもらおうかねぇ。叶えられる範囲ならみんな1つだけ何を言ってもらって構わないよ」

「俺はパスさせてもらっていいか? 少なくとも、今すぐ欲しいものなんて無いからな」


 彩華の口から続けて「……本当に願いが叶うなら元の世界に帰りたい」と小声で聞こえてきたが、大人なので気付かない振りをしておくのじゃ。


「私も同じくいらないわ。後から言っていいならその時に何か頼むかもだけど」

「以下同文デース」

「もちろん、機会を引き伸ばすのは構わないさね。いざ金に困った時にでも声をかけな。ところでじいさんはどうなんだい?」


 そうして、ついにチャンスが来た。

 魔王のように即答で断ってくることはないだろうという確信の心で、この一言を放つぞい。


「ラッターバ王国が保有する選ばれたものにしか読めないような資料の閲覧権利が欲しいのじゃ!」


 鮭王を助けたのだって、何もかもそれが理由じゃ。

 結果として得た友情も、所詮は副産物に過ぎん。

 いや、正直その副産物もめちゃくちゃ大事なんじゃが! それはそれ、これはこれ、そしてサメはサメなんじゃ!


「まあ、じいさんみたいな変わりモンがなにか企んでいるとも思えないし、どうせ国の黒い事知った所で利用するタチじゃ無いだろう? なら、許可してやろうじゃないか。バーシャーケー的にはどうだい?」

「もちィろんゥ! 構わんゥ! その程度ォ、我輩の命を助けてくれた友を前に断る理由がないィ!」


 わし、大勝利じゃ!


「おじいさんをここまで人として信用するなんて、この国は大丈夫かしら……」

「俺は勢いで肩を持ってしまった以上、素直に拍手で歓迎するよ」


 その後は乾杯からの豪遊につぐ豪遊。

 彩華は「鮫沢博士を止められるのは俺だけだから飲まないぞ」と断言してアルコール類を断ってきて寂しかったが、何やかんやノンアルコールのドリンクも揃っていたようで楽しそうにしていたのう。


「そういえばムーンよォ、ダークリッチマン協会が我輩の暗殺を目論んでいた件について調査は進んでいるのかァ?」

「なんとなくわかってきているが証拠になる材料がなくてねぇ、無理矢理しょっぴくには相手の規模がデカすぎるのさ。と言っても、あんたの暗殺なんて私がさせないよ」

「お互い信用しているのはいいですガー、こっちもその件で動いているのでご協力お願いしますネー」

「何じゃお前さんら、もうここからは祝いの席酒の席名相撲レスラー鮫ノ関鮫郎さめのせきさめろう。つまりは無礼講じゃろうて」

「はは、そうであったなァ!」


 ちなみに、鮭王とセレデリナの飲み比べバトルは本当に盛り上がったぞい。


「こ、これ以上はァ……」

「飲み比べはアノマーノにも文句無しで勝てる分野、舐めないでよね」


 セレデリナはビックリするぐらい酒に強く、ジョッキ12杯を飲み干した鮭王に対して13杯と1つ差をつけて勝利かつ、まだ余裕そうな顔をしておったのう。



***


 そんなこんなで、宴の夜も終わった。

 最近は酔い覚ましの薬を使うことも多く、平和を理由に二日酔いのまま朝を迎えられるのは久しぶりじゃ。

 普段は嫌になる二日酔いにもこうやって希少性が付与されるとここまで尊いものになるとはのう。

 じゃが、そんな話はどうでも良く、大事なのは今わしが王城の地下にある機密資料室にいる事じゃ。

 ここは、普通の兵士や城内勤の役人などは知らない細い細い道を通った先にある小さい書庫のような場所で、今回のヒョウモン島のように無かったことにしたいが誰かは知っておかねばならない情報が無数に紙媒体で残されておる。

 なお、信用の問題でセレデリナと彩華はおらず、2人の王のどちらかは常に動ける状態を維持するためか後ろで見守っておるのも熊王ただ1人じゃ。


「こんな部屋、本当に滅多に来ないし入るのも嫌ないんだけどねぇ。あんたは目をキラキラさせて部屋中の資料に目を通してるんだから誇らしく思えるよ」

「何を言っているんじゃ、ハンチャンの話も踏まえればこういう普通じゃ手に入らない情報の中にこそ何かあると期待できると言うものよ!」


 見つかる資料はそれこそ〈女神教〉の支援に使った金の帳簿じゃとか、汚職大臣を暗殺で処理した話や統合戦争時に虐殺した少数民族が居たのだの、何なら鮭王はペンサーモン家と血の繋がっていない拾い子な中で王を継いだ立場じゃとか、何かしら理由があって有耶無耶にしとる黒い話ばかりでサメについての情報が一見ありそうには見えない。

 じゃが、わしの第三十四感だいさめかんはここにあると今までのあらゆる図書館探索よりも光っておる。 

 それから部屋に入り浸ること3日、徹夜を続け……ついにそれらしいものを発見したぞい。


「こ、この紙じゃ!」

「あのボウズから念の為食料は数日分用意しとけなんて言われてなんの事かと思ってたけど、本当にここまで時間をかけてくるとはねぇ……。この部屋から出れないのは私もそうだけど、とんでもないじいさんなこったい」


 熊王は監視を続ける中で、軽くじゃがわしに料理を振舞ってくれるなど本当に良い奴じゃ。

 国の政治をちゃんと回している方の王なだけはあるのう。

 それで資料についてじゃが、『黄金の希少生物』と記されている紙を紐で結んだ束じゃった。

 これは、わしらで言うところのツチノコのような居るかいないか分からない生き物をまとめた資料のようで、賞金稼ぎ騒動やらなんやらで関連書類を丸ごと禁書にしてここにだけ保管するしか無かった物じゃそう。


「あー、その資料に目をつけたのかい、予想通りっちゃ予想通りだけど」


 ちなみに、わしはツチノコを見つけたことがあったが、ツチノコシャークにでもしようかと考えていた所で弟に逃がされた思い出しかない。

 故に、こういった生物の中にサメがいたとしたら素早く発見並びに捕獲、その後研究するのも容易じゃ。

 そして、答えは3分40秒に返ってきた。まさしく鮫因果律じゃ。



「いたぞおおおおおおお! サメが……それもスーパーシャークがサラムトロスにいたぞぉぉおおおおおお!」



 見つけたそれはチョウザメであり、それも字による解説だけではなく絵が付いておる。

 ちょんぼに尖った口! 蝶のような鱗! 字面には卵を塩漬けにすると美味しかった等と書いてある! その名はバタフライ・スケール・フィッシュ!

 くっ、少なくともサメとは認識されておらんみたいじゃな。非常に残念。

 じゃが、この魚はサラムトロスにおいて生息地帯が限られており、人魔統合戦争時に他国を巻き込んだ乱獲騒ぎが発生。

 絶滅危惧種となり最後に発見された10匹はあえてラッターバとは別のアミキナ国へと渡され王族のペットとして今も大事に保護されているようじゃ。

 これはつまり、サラムトロスにはサメがいるということ!

 そういうことなんじゃ! チョウザメが厳密にはサメじゃないなんて話は聞かん!


「ああ、バタフライのことかい。サメとは1mmも繋がらなかったからびっくりだよ。ただ、閲覧するにも存在自体が外交用の暗号として機能しちまってて、この部屋みたいにコネと信頼が出来なきゃ見れないと思うがね」

「そんなものは容易い御用じゃ、わしを誰だと思っとるんじゃ」

「強いけど馬鹿なじいさん」

「バッサリ言いよったな、まあ良いぞい」


 わしのサラムトロスでの目標が、異世界サメを造ることだけでなく、事が改めて加わった。

 そうじゃ、本当にサメがいる世界ならば守る意味も出てくる。

 次の目的地はアミキナ国、これで三十四歩は前進した。そんな気がするじゃぞい。

 


***

SIDE:セレデリナ・セレデーナ

***


 王様を救出しゼンチーエに戻って大体2週間が経った。

 今回の事件をきっかけにして、鎖国国家である東の国を除いた世界各国が大騒ぎになり、フレヒカだけの問題ではないと真剣に捉え始めた事による対〈指示者オーダー〉国連サミットがゼンチーエで行われることとなってアノマーノは大忙し。

 〈ガレオス・サメオス〉は立場上フレヒカ王国の特殊部隊なのもあってこういう時は待機を強制され、1ヶ月はゼンチーエから動けない。

 なお、ハンチャンは〈指示者オーダー〉回りの資料をまとめてくれているので、アノマーノの苦労する要素は半分ぐらい引き受けることになるようではあるものの……〈女神教〉を秘匿させるためにもカニの存在も全て伏せて相変わらず裏で動くようだ。


 ただ、せっかく機密資料室から出て来たのに、一眠りして出発の準備を始めた頃にアノマーノとハンチャンが船にやってきてこれなのだから目的地が決まって興奮していたおじいさんは大怒り。

 話がややこしくなるからか、例のアミキナ王国の女王とは今回顔を合わさないで欲しいとお達しまで出て本当に身動きが取れない状態と化している始末。


***


「やっぱりこんな世界は滅ぼしてしまった方がいいのじゃろか……」

「流石の俺も、昨日あんなに『世界をサメで守ってやるぞい!』なんて騒いでまた豪遊していた鮫沢博士を見ていただけに、正直ドン引きだよ」

「悪いが諦めるのだ、余も今日から冗談じゃないぐらい忙しい。『どうせフレヒカだけの問題だろう(笑)』と調子に乗っておった大臣やら王族やらを怒鳴りつける所から始まるからな」

「オーウ、クレイジーデース」



***


 私としても例のサラムトロス原産ザメに会えるかもしれない機会が遠のくのは寂しいが、今回ばかりはアノマーノもずっとゼンチーエにいると確定しており、長旅の休憩期間として見ればこれ以上の物なんてあるはずもない。

 なので、呪詛を垂れ流す歯車と化したおじいさんは彩華に任せて休暇を楽しむ事にした。



***


 あれから休息期間が始まってから1週間程経ち、サミットのとある催しが行われた。

 それは、『シャケVSサメ!〜巨大異種格闘技戦〜』だ。

 各国の首脳達が見守る港を前に、その名の通りバーシャーケー・ペンサーモン王がシャケとして、この私セレデリナ・セレデーナはサメとして、海の上で巨大化して素手で殴り合う究極のエンターテインメント。

 これはもちろん、〈サラムトロス・キャンセラー〉を持つ〈指示者オーダー〉……〈破壊者達〉と戦える勇者……勇鮫ユーシャークたる〈ガレオス・サメオス〉の力を示すのが大きな目的だ。


 そんな偉大な立場に私がなるのは、どちらかというとアノマーノの恋人になるための強さの条件かと思ってしまう妙な因果を感じてしまうが、何だか前よりもアノマーノに近づけた気がして嬉しい気持ちでもある。

 例の通りカニは勇者の枠組みに入っておらず(ハンチャン曰くカニンジャ)、世界を守る存在はサメなのだと知らしめるにはいい機会だ。

 だからこそ、私はサメだけでなく破壊者を倒す勇者としての立場も背負ってこの場に立っている。妥協は出来ない。

 それに、あの時そう覚悟を決めるきっかけをくれた相手と再び戦えるのは本望だ。

 バーシャーケー王も忙しく、シャ拳法はやはり拳を直接受けてこので覚えるしかない以上、これはその機会だって思える。


「またも手合わせの機会が来てしまったなァ!」

「ええ、あの時じゃいろいろ不平等だったし今日が本番よ」


 サメとしての制限時間もある為、審判役のアノマーノと私達を乗せた船の上で会話は行われている。


「サード・ギガント!」

I'm Shark human私はサメよ!」


 そして、34mに巨大化した2人……いや、2匹の手足を持つ魚が海の上に立つ。


「勝負、始めなのだ!」

「シャ拳法の真髄ィ、とくと見よォ」

「SHARK!(あの日から極めたマーシャルシャーク、見せてあげる!)」


 多くの王族や大臣達が見守る中、互いに背負うモノを持つふたつの拳は交わされた。

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