第64話 大鮫ロケット

「く、雲を突き抜けたぁ!」

「これは最高の異世界サメ記録更新案件じゃわい」

「デ、デーモンキングは平気なんデスカー!?」

「事前に防護魔法も唱えておいたのだ、ぬかりはない。それよりもこんな綺麗な景色はセレデリナと一緒に見たかったのだな」

「いずれ見れるさ、このサメバカジジイが生きてる限りはな!」


 その速度が出たのはほんの数秒間だけで直様元の飛行速度へと減速していったが、もはやその一瞬でタコ天使に追いつくなど容易な事じゃった。


「ミスターサメザワ、噛む直前に操作の主導権を交代してくだサーイ」


 接敵した瞬間、ハンチャンが一言そう指示した。

 意味はわかる、このような小悪党に彩華の手を汚させるぐらいならわしに押し付けたいわけじゃな。

 よかろう、それぐらいはお安い御用じゃ。


「了解じゃ。彩華、最後のハンドルはわしが握るぞい!」

「……OK!」


 どうやら意図は伝わったみたいじゃ。無事シャークトゥルフの操作の主導権がわしに移った。

 サメとしての性能は下がるが、ここまでくればもはや関係はない。


「何が天才のハッキングデスカー! 人の仕事の穴を突かないでくだサーイ!」

「シャークトゥルフよ、スピリット・イーターじゃ!」


 太陽が照らす何も無い真っ青な空を前に、敵は目と鼻の先。

 シャークトゥルフを人間大と考えれば小鳥のように小さいタコ天使に対し、大きな口を開けて吸い込み、パックリと口内に閉じ込めた。


『モグモグ、フランスシャーク!』


 最後に咀嚼を行い、タコオックの残りカスを搭載したタコ天使の完全な破壊に成功。

 これにより、タコオックとの戦いに終止符が打たれた。



***


 しかし、タコオック完全撃破と同時に彩華の〈騎乗者ライダー〉としての制限時間は切れ、シャークトゥルフの体はボロボロと崩れ去ってしまった。


「すまん、眠りにつく! 明日の朝日は拝ませてくれよな!」

「いろいろと忘れてたぞーい!」


 ロケットタラバガニは特に壊れることも無くその甲羅の上に乗って自由落下を防ぐことが出来たものの、シャークトゥルフの肩の上の加護は全て消えた状態になり、上空の外気に気圧に低温と、人間が生身で浴びるべきではない様々なものが一気に押し寄せてきた。

 魔王はともかく、わしと彩華はこのままでは死ぬと腹を括ったが、立っていた位置の甲羅が小さく開き、わしらはロケットタラバガニの……ハンチャンの体内へと急いで入る事で事なきを得たのじゃ。


「お疲れ様デース、地上に落下するリソースは残ってますカーラ、後はおまかせくだサーイ」


 中にはハンチャンの視界になっているカメラの画面共有モニターがあり、更には蟹柄の高級ソファやリクライニングチェアまで揃っておる。

 なので、彩華をソファで眠らせておきつつわしと魔王は真剣に現状確認をすることとなった。

 当然じゃが、地上に着地しない限りは安心出来ん。

 現在、ハンチャンはロケットの脱出ポッドめいたふさふさの体毛で落下抵抗を中和するガニへと変形し、下手に速度を出さないようにバーニアなどは吹かさず、予定通りならカニシュートようはパラシュートを展開してゆったりと元の地点へ着地する予定みたいじゃ。


「はわわわわわかにかにかにかにかに」


 しかし、そう易々と話は進まない。


「どうしたんじゃハンチャン!」

「どこかの部位が故障しているのかカニシュートが開きまセーン! 時間稼ぎの戦闘中に受けたダメージが原因でショウ。このままだと私たちはメテオガニとして地図にない島に大きなクレーターを作ってしまいマース!」

「こう、他の形態に変形してゴリ押し着地みたいなのは出来んのか!?」

「落下による空気抵抗の中で可能な変形がないデース! 変に脱出ポットガニになったのが行けなかっタ! このままでは五十二巻かにかんの終わりネ!」


 そもそも、冷静に考えるとタコオックは逃げ切ったとしても復讐するには何年か時間を掛けてからになったはず。

 なら、今すぐでなくとも向こうが動くよりも前に準備を整えて宇宙まで追いかけることも可能だったのではなかろうか?

 突然とそんな疑問が脳裏に浮かんできたぞい。


「なんでわしらは勝ち逃げされたくないだけなのに全リソースを使い切ってまでトドメを刺すのに拘ったんじゃー!」

「セレデリナもノっていたからこっちも意味があると思っていたら案の定なのだ! 結局余が何となく感じていた不安の通り……。何故そう〈指示者オーダー〉のプライドはみみっちいのだ!?」

「そんなもの、マッドサイエンティストに常識が通用すると思い込んでいるデーモンキングには一生分かりまセーン!」

「そうじゃそうじゃ!」

「開き直るでない!」


 多分今は魔王が騒いでいるだけじゃが、彩華が起きてたら同じことを言われていたのう。

 しかして現状は、リソースを使い切ったわしらに出来る事など存在せず、下にいる2人も巻き込んでなんとなく耐えそうな気がする魔王以外は全員共倒れの危機に瀕しており、本当に奇跡でも起こらん限りは自分のケツを自分で拭きながら死ぬことになる。

 サラムトロスにダーウィン賞があるなら総ナメできる死に様じゃ。


「許さんぞ、こんな勢いだけのいたちごっこのせいでセレデリナが死ねば極刑にしてやるのだ!」

「理不尽を言わないで下サーイ!」


 改めてハンチャンの視界共有モニターを見てみれば、ついにヒョウモン島が手のひら大のサイズで見える程に近づいているの事がわかった。

 あと数十秒もすれば地上に大きなクレーターを作りわしらもペシャンコザメ、そう覚悟を決め始めていた。

 ……その時。



 脱出ポットガニの中にいようと大音量で響いてくるような大声がわしらの鼓膜をドオォォォォン! と叩いてきたのじゃ。


「サアアアアアアアアドォ! ギガントォォォォォ!!!!!!!」


 これは明らかに鮭王の声。

 彼は魔王の魔法で眠らせていたはずで、起きるまでに3時間は最低でも掛かる昏睡状態のはずじゃが、なぜ聞こえてくるのか。


「すっごく来てますネ」

「にょきにょき生えてくる大木みたいなのだ」

「友は……わしを見捨てていなかったんじゃな」


 モニターからは、島を土台にするように鮭な巨人がどんどん大きくなり脱出ポットガニへと近付いてくる姿が見える。

 その巨人はおそらく100mはあり、全体の体格から見て15.2m大の脱出ポットガニを掴むには十分じゃった。


「セレデーナから聞いたぞォォォォォ! これが我輩のサメ友であり好敵手ライバルゥ、鮫沢の乗る船なのだなァ!」


 両手を大きく広げて抱き抱えるように脱出ポットガニを掴んだ鮭王は、その大きさをコントロールできる時間が限られてるのかシュルシュルと縮んでいく。

 それでもギリギリまで離そうとしないおかげか、鮭王の腕から離れた頃には地上との差は10m程で、少し地面を揺らす程度の規模で着地することに成功した。


 結果として死者もゼロ、タコオックに完全なとどめを刺すことができ、何もかもが完璧な結末じゃ。

 わしらが脱出ポットガニから降りるとハンチャンもエセ外国人の姿へと変形していき、全員が地上に帰還した状態になったぞい。


「セレデリナ、生き残ってくれて嬉しいのだ!」

「そんなに抱きつかないの、空から降る物体をすぐ様カニと判断して、突然起きたバーシャーケー王に指示を出したのは私なんだから感謝してよね」

「もちろんなのだ、この際バカ共のプライドに付き合った件もチャラにして今の幸せを噛み締めるぞ」


 魔王も機嫌を取り戻していて良かったわい。


「いやァ、我輩のサメ友もその相棒もハンチャンも素晴らしい活躍であったァ!」

「それほどでもじゃ」

「イェーイデース」

「ところでェ、この後皆はどうするつもりだァ?」

「お前さんと国へ帰るだけじゃよ」

「私もそんなところデース」

「なら良かったァ、事が済めば盛大な宴を用意するぞォ!」


 こうして、長い長い冒険じゃったが、一段落が着いた。

 しばらくはゆったり休みたいものじゃのう。

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