第63鮫 斬蛸大鮫シャークトゥルフ

 穴を抜けるとちょうど戦闘時に鮭王が立っていた位置に戻ったのじゃが、最初から敵などいなかったかの如く、あたりは殺風景で死体ひとつ転がっていなかった。

 何せ、元あった屋敷もサメにしてしまったからな、フォッフォッフォ。

 それで、セレデリナに魔王、ハンチャンは地上でゆったりしており、カニとの合体を解除したサメ大工たちはわしらの帰還を前に敬礼しておった。

 鮭王は何故か腕が再生しているが、ぐったりと倒れた状態じゃ。

 何にせよ、生きてそうで安心したわい。


「おかえりなサーイ、突然タコ共が1匹残らず塵になって消滅したので勝ったとは思いましター」

「おかえりなさい。バーシャーケー王はアノマーノが魔法で修復してくれたから大丈夫よ」

「元気そうなフリをして立ち上がろうとしておったが、体に毒なので魔法で眠らせたのだ。安静にしてもらわねば腕を修復する魔法は使えない上に、出血多量が祟って死なれると困るからな」


 話の通りならこれで一件落シャークじゃな。

 わしもシャークトゥルフの上でほっと息をついたぞい。


「もうこんな島に用はない、早く帰りたい所じゃのう。機密資料を読む権利は得たも同然じゃし」

「ここまでの冒険のモチベーションをそれで保てる鮫沢博士はすごいな……本当に」


 もう40秒程でシャークトゥルフの寿命も尽きる。

 どちらにしても敵の脅威は全て去った以上はすぐに消えてしまうことを予期し、降りて見守ろうと考えたその時じゃった。


「おい……何か飛んでないか?」


 彩華が突然遠くを指さしはじめたのでその先を見てみると、確かに"何か"が空へと高く高く飛んでおった。

 ギリギリシャークトゥルフの肩の上に居たおかげで木々に視界を遮られず確認できてラッキーシャークじゃわい。

 シャークトゥルフが戦いを終えてもその姿を保っている事からして嫌な予感しかせんぞい。


「ちょっとカニの目で確認しますネー……」

「何だったの?」

「怪鳥デース……恐らく、予備のタコオックの疑似人工知能を積んだ」

「「えぇ!?」」

「恐らくHDDのデータにも詳細や断片的な情報を残していない正真正銘の緊急手段で逃げ始めたと解釈スベキ。でなければあんな飛び方しまセーン! しかも予備の疑似人工知能は運ぶ為に造られた特殊個体みたいでハイスピードゥ! 今のペースならあっという間に宇宙へ逃げられてしまいマース!」


 なんという事じゃ、タコオックは宇宙に逃げていつかのタイミングに復讐しようとでも考えておるのか!?

 正直に言って、誰が相手じゃろうと〈指示者オーダー〉同士の戦いで勝ち逃げされるのはメガロドン級に腹が立つ。

 一旦彩華を降ろして作戦を立てる他ないじゃろう。


「現状シャークトゥルフは飛行能力を失っておる、ハンチャンは海陸空万能のカニなんじゃし、なんやかんや追いついてハサミで真っ二つに出来たりせんのか!?」

「そう言われましても、カニの有限な汎用性だとロケットの如く飛べる姿はあっても追いつける速度は出まセーン」

「余の飛行魔法もスピードではほぼ追いつけなさそうなのだ。仮にハンチャンとやらの背に乗るにしても、速度負荷が重い中で投げハルバードを当てられるかと言われれば難しく、愚策でしかないのである」

「同じく、サメになってアイレイで狙い撃つにも残り10秒しか時間はないの。賭けにしては分が悪すぎるわ」


 しかし、誰が何をするにも、確実性がない。

 この非常事態を前に、わしはボソッとつぶやいてしまった。


万事鮫くばんじしゃーく、か」


 諦めたくはないが、思いの外手詰まり。

 認めるしかないのだろうか、敵の方が一段上手じゃったと。

 じゃが、そうわしが思い悩み始めた時、この場を一転させる一言を彩華が放つ。


「スピードだけならあのレースみたいに行きそうなんだけどなぁ」


 ……!?

 その手があった!

 理論上はタコ天使ごとシャークトゥルフの巨大な口の中に放り込んでしまうのが一番確実。

 なら、今の手札でそれをやり切れば良いだけじゃわい!


「そうじゃ、改めてちゃんとみんなで協力するんじゃ! 例えばじゃが、昨日の朝にやったレースのスピードアップ作戦なら成功率は34%ぐらいに持ち込めるじゃろう!」


 そう、魔王なら盾を持つにもGに耐えられそうじゃし、あの時のアドリブに比べても完璧な作戦になる!

 

「こんな一大事にまたアレをやるのか!? 俺の適当な一言をそう拾うの!?」

「ハイ、速攻で演算しましタ! 私が飛行機能を代用すれば確かに行けマース!」


 ハンチャンは非常に乗り気で、自分の立ち回りまで提案し始めた。

 更に、他のみんなも同様のようじゃ。


「それなら確かにいけるわ! なら、思い立ったが吉日ね。アノマーノ、ちょっと痛くするわよ。I'm Shark human私はサメよ!」

「勝手に決めないで欲しいのだ! まあ……セレデリナが相手なら許すが」


 話を聞いたセレデリナは即座に単眼鮫魚人シャークロップスへと変身、サイズは等身大じゃ。

 そして、残りの20秒ある変身可能時間中魔王の首元に噛みつき、必殺の準備を始めたぞい。

 妙に2人だけの空間を作っておるがこれも必要なこと、気にはならん。


「では羽根になりマース!」


 また、ハンチャンもセレデリナの変身と同時に背中の翼な如き脚の曲がり方をしておるヤドカリ、タラバガニへと変形! 大きさにしてはある30mぞい!

 更に、そのタラバガニは甲羅がそのまま背になるように翼を失ったシャークトゥルフの背中と合体した!

 足先の爪、腕の爪、それら全ての先端にジェットバーニアを搭載!

 これぞロケットタラバガニ!

 それを背負うは精霊王の姿を象った神聖なるサメ、スピリット・オブ・シャークトゥルフ!

 もはや背のロケットタラバガニは大仏のような後光にも見えてくる!

 つまり、新たに生まれしフランスシャーク!


「「これぞ異世界カニザメ合作第2号! "鰭爪王ひれづめおうキャンサー・オブ・シャークトゥルフ"」」

「デース!」

「じゃ!」


 更に、


「凄い、一瞬でMRマジック・リソースが全快したわ」

「それは良かったのだ。あとアレを使うMRマジック・リソースは丁度残っておる、行けるのだ」


 合体している間に制限時間も過ぎて変身が解除されたセレデリナも準備は完了していたのじゃ。


「鮫沢博士、1つだけ疑問があるんだがいいか?」


 しかしここで、致命的な問題があることに彩華が気がつく。

 いや、その一言でわしも抜けている1点を理解した。


「そうじゃな、あの盾は船に置いてきたままじゃったな」


 まずい、大鮫の盾というサラムトラス・キャンセラー配合の物が手元にない以上、セレデリナのラスト・アイレイを食らった日にはヒレひとつ残らずこの世から消え去ってきまうぞい。

 じゃが、どうしたものかと思った直後に魔王がこう答えた。


「それなら安心してよいぞ、ギリギリ何とかできるMRマジック・リソースが残っているのだ。何がとも余あれおまかせあれなのだ」


 その言葉と共に、予定通り魔王は驚異の身体能力でかかとのヒレの上に立つ。

 確かに、〈サラムトロス・キャンセラー〉なんぞなくとも魔王は数多の魔法を使えるみたいじゃし、何とかなるかもしれん。おそらく問題解決じゃ。

 セレデリナに半日分はMRマジック・リソースを供給したみたいじゃが、それでも作戦は遂行できる様子で、こやつも大概無尽蔵な容量をしておるんじゃな。

 それから、彩華も肩に乗り直し、陣形は整った状態じゃ。

 また、飛行する直前、ロケットタラバガニの両腕が180度回転し脚と同じ後ろ向きになる。

 これによって、全てのジェットバーニアが地面に向いた状態となり、目標物に向かってひとっ飛びするには最適な姿への変形が完了!


「準備完了!」

「やる気十分じゃ!」

「覚悟は決まったぞ!」

「レッツゴーデース!」


 こうして、ロケットタラバガニは全爪から火を吹かせキャンサー・オブ・シャークトゥルフは空へと舞い上がった。

 彩華がシャークトゥルフに乗り直して40秒が制限時間。

 それを過ぎてからじゃと8秒程でタコオックの疑似人工知能を乗せたタコ天使は成層圏を離脱してしまう。

 ならば、後先考えず一人一人を信じて、勝利を掴むしかなかろう。

 


***


「これ、Gがかかってたらどうなってたとか考えたくないな……」


 飛び立ってすぐ、彩華は些細なこと心配をし始めた。

 これには少しジョークを飛ばして気を緩めてやろう。


「ぺしゃーくじゃな」

「普通に答えをくれたっていいだろ!」

「森羅万象あらゆる慣用句をサメにしていく姿勢、見習いたいモノデース」


 それにしても、サメと合体したカニにもちゃんと〈騎乗者ライダー〉の力が作用するようで、飛行速度はシャークトゥルフの3.4倍にまでなっているぞい。

 しかし、それでは宇宙へ到達しようとせんタコ天使には届かん。

 だからこそ、あの時の再演が必要になるのじゃ。


「そろそろセレデリナのアイレイが飛んでくる、やるのだ! 『我が魔の力よ、世界を揺るがす災厄すら耐え忍ぶ究極の盾をこの手に授け給え』ラスト・マジックシールド! なのだ!」


 踵のヒレの上に立っていた魔王が魔法を唱えると、シャークトゥルフの足元に巨大な魔法陣が描かれた結晶状の盾が展開された。

 魔王自身に合わせて引っ張られる形で常に足元ぴったりじゃ。

 使い勝手のいい魔法はだいたいラストまで極めたという彼女はここぞと言う時にも応用が効くんじゃなぁ。

 サメとしていずれは超えねばならん存在かもしれん。


「やるわよ! 『我が魔の力よ、自らの眼力で世界を滅せよ。そして、全てを照らし給え!』ラスト・アイレイ!」

 

 そして、地上にいるセレデリナもまた山を砕く究極の魔法ビームをシャークトゥルフに向かって放つ。

 駆け抜ける光の線は、わしらを一瞬で焼き払うほどに強大な凄まじい質量じゃ。

 しかし、それは魔王の作った盾に直撃し、防がれる。

 それと同時に、その盾がベッタリと引っ付いているシャークトゥルフは足元を高質量の何かに押し出される形でとてつもない加速を始めた!


「セレデリナの全てを受け止める……これは多分余にしか出来ないことなのだあああああああああぁぁぁ!」


 魔力を集中させラスト級の魔法を受け止めるなど至難の業で、魔王はひたすら気合でシャークトゥルフを守ってくれておる。

 失敗すれば全員消し炭、調子に乗ったことは何も言えん。

 じゃが、おかげで2人のコンビネーションも合わりシャークトゥルフの飛行速度はマッハ34×マッハ52のマッハ1768まで上昇。

 タコを喰らうためだけの殺蛸的加速さつだこてきかそくはとどまることを知らない!

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