第62鮫 シャークトゥルフの呼び声

「シャークエントリーじゃ!」

海底都市サメイエシャークハウス!』


 シャークトゥルフは鳴き声を叫びながら、かの名相撲レスラー鮫ノ関鮫郎さめのせきさめろうのように両足を大きく地面へと叩きつけて巨悪とヒーロー達が戦う戦場に着地した。

 大地は揺れ土が舞う。巨大サメ精霊王見参じゃ。


「これはクールシャークを超えたゴッドクールシャークね! 最高よ!」

「例のめちゃくちゃになったアールル像もこういう形だったのだな……」


 魔王の上にしがみついておるセレデリナが喜んでくれるなら、いいサメを造った甲斐があるというものじゃ。

 また、あたりを見渡すと52匹のヤシガニが鮭王inハスター……ハスジャケの周囲を囲って煽っておるのが見受けられるのう。

 あれはハンチャンじゃろうか。

 サメ大工達がカニを脚部にして戦っているのは解鮫かいしゃーく違いじゃが、それしか手段がなかった故にしょうがなさそうじゃな。

 そして、52匹のヤシガニ達はわしらの帰還に気づくと同時に一箇所に集まり、1人の少女へと姿を変える。

 よく見ると腰から下がないが、サメ大工達に体の部位を渡してしまっているせいじゃろう。


「正直分裂はあと1分も持たなかったデース、間に合ってくれましたネー、助かりましたター」


 よく見るとハスジャケの姿はさっきから特に変わってはおらん。結局まともにダメージを与えられなかったということなのじゃろうが、持たせてくれたことだけでも感謝すべきじゃ。


「ケッ、中国のカニは弱いのう」

「素直に感謝の言葉を贈れよ! 代わりに俺が言うしかないなこれ、ありがとうハンチャン」

「どういたしましテー、私は少し休憩しマース。足は向こうでピンピンしていマスカーラ、何もしていないことにはならないデース」


 ハンチャンの行動を無駄にする訳にはいかんが、その上彩華の残り時間も2分を切っている。倒すなら妥協なくじゃな。


「このサメ、思いの外スピードファイターみたいだ。大体分かってきた」


 彩華がそう呟くとシャークトゥルフは縮地の如き一歩でハスジャケの目の前へと移動した。

 そして、まずは顔を前に突き出し触手ヘビヒゲザメを伸ばして相手の身体中を噛み付こうとしたのじゃ。

 シャークトゥルフは"精霊王"であるクトゥルフの擬似的なサメ化存在。

 ハスジャケは元より、精霊であるハスター本体にも確実に攻撃が通じる。


海底都市サメイエシャークハウス!?』

「げ、相手も触手使いだったことを忘れてた!」


 しかし、ハスジャケは布や周囲の異空間からタコの触手を出現させ、わざとその触手に噛みつかせることで攻撃を受け流してきた。

 何、まだ顔本体による噛みつき攻撃が残っておる、本番はここからじゃ。


海底都市サメイエシャークハウス!?!?』

「なんだよその攻撃は!?」


 じゃが、敵の手もまだまだあったようで、大きなシャケな口をパカッと開けるとそこから墨のようなモノを思いっきり吐き出してシャークトゥルフの視界を奪った。

 当然そんなことをされればシャークトゥルフは混乱状態となり攻撃は止まる。そこを付け狙った足での蹴りで一気に突き飛ばされたぞい。


「サメ友を……鮭王の体を好き勝手に改造しよって。タコオック、もう死んでおるのはわかっておるがそれでも腹が立って仕方ないわい」

「鮫沢博士にもそんな人間らしい感情があったんだな……」

「わしをなんだと思ってるんじゃ」


 とはいえ、わしも彩華もこの難敵を相手にプロレスをしている余裕はないと理解し始めていた。

 あのカニ軍艦に変形できるハンチャンが時間稼ぎに特化した動きを強いられたのじゃ、鮭王とハスターの相性はわしと彩華に似た者があると考えた方がいい。

 となると次の一手はどうすべきか。



***


 ――そう思った時、世界の時間が止まったような感覚が駆け巡った。

 そして、わしらの頭の中に何かが語りかけてきたのじゃ。


『定命の者よ、定命の者よ、我の声が聞こえるか』

「うわ、びっくりしたぞい」

「急に話しかけてきて今のシチュエーション……もしかして精霊王のクトゥルフ本人か?」

『そうだ、我こそが精霊王クトゥルフだ定命の者よ。我の石像を好き勝手にしているようで意志を飛ばしたのだ』


 神々しい立場の割にフランクな喋りじゃが、一体何を伝えたいのじゃろうか、あまり話を脱線させん方が良さそうじゃな。


『精霊王とは言うが、サラムトロスに起きる自然災害の察知ぐらいしか出来ることは基本ないのだ。故に、我と交信の儀式をした奴に色々教えることだけは可能なのだが、今回は我の神聖なる石像をめちゃくちゃにしたのでパスが繋がったというわけだ。しかし物理的干渉は一切できない。そんな悲しい立場の存在だ』

「な、何となく分かったが、結局要件は何なんじゃ?」

『我と同じ能力を持っているのならば、その羽根の力で1つの生物を異空間に飛ばすことが出来るはずなのだ……それこそあのハスターなる布だけを狙ってな。紛い物の我であることからして、代償に飛行能力を失うだろうが』


 わしの異世界サメはとんでもないパワーを秘めていたようじゃ。

 布だけを飛ばせるなら鮭王を攻撃しないで戦う必要もなくなり、弱体化も狙える事になる。最高の情報じゃわい。


『伝えたいことは以上である。我は基本動きたくないが、パスが繋がった以上はやることをやらねばならんのでな、さらばだ』

「あ、ああ、ありがとう」

「今度会ったらお礼にサメの話でもしたいぞい」



***


 そして、クトゥルフは言いたいことを伝えるとその場から消えたのじゃ。

 同時に、時間が止まったような感覚も元に戻る。

 彩華の〈騎乗者ライダー〉の制限時間もクトゥルフに話しかけられている間は動いていなかった様子。不思議なもんじゃ。

 もちろん、そのおかげでいい情報は手に入ったが、よくわからん価値観じゃったのう。


「じゃあ、倒し方も分かったって事で、鮫沢博士の友達も、寄りかかった国も救ってやろうじゃないか」

「コントロールはある程度こっちも負担できるようじゃ、演算回りはIQが高いわしに任せんしゃい」

「OK、標的はもちろん」

「「ハスター!」」


 時間が動き出すと、颯爽とシャークトゥルフを動かし、標的を鮭王ではなくまとわりつくハスター本体だけになるように調整を始めたぞい。

 なお、実際にわしがやることはシャークトゥルフの視覚を借りてスナイパーライフルのスコープで狙いを定めるような作業じゃ。

 相手はさっきの蹴りから追撃を狙ってかこちらに走って来ておるので少し焦りそうになるが、動きは意外と一直線。

 顕微鏡と日夜格闘しておるわしにとってこの程度はEASY DO SHARKイージードゥシャーク


「今じゃ!」

「了解、次元転移だシャークトゥルフ!」

海底都市サメイエシャークハウス!』


 シャークトゥルフは突っ走って直進するような動作を始めると、背中の羽根が発光しながら消滅し、それと同時にハスジャケの背後に宇宙のような空間が映し出された円の穴が発生した。

 そして、お互いが真正面ですれ違うような刹那の瞬間――こちらに向かって走る相手から纏っている黄色い布だけを掴んで引き剥がす。

 ――――直後、シャークトゥルフはその穴に飛び込んで行った。



***


「な、何だこの空間……あ、時間は進んでいるみたいだ」

「サラムトロスにもこういう場所があるというのか……それならサメも」

「今は勝負に集中しろ!」


 穴の中の景色は紫、白、黒、青などの暗い色と明るい色が混ざり合おうとする渦が巻いていて、無限にも見える奥行きを感じてしまう空間じゃった。

 これは、徹夜続きでゲッシャーク線の意思と対話した時の幻覚にそっくりじゃわい。彩華は気味の悪いモノを見ている表情じゃがわしはむしろ心地いいぞい。


「くっ、多少弱体化しても楽な相手ってことは無いみたいだ」


 一方、わしらが異空間に気を取られている間、ハスターは必死にもがく様な動きをしながら己を掴むシャークトゥルフの手を振りほどき、距離を取ってきた。

 これは完全な一騎打ちの構図、回りに他の敵もいない。

 そんな中、シャークトゥルフは刀を構える鮫侍さめらいの如く牙と爪を立て、再び飛び込もうと動き出した。

 対して、ハスターは見えない床に目掛けて芋虫のような触手の断片をボトボト落とし、タコ天使達を無数に召喚していく。

 更に、シャークトゥルフの足元付近から植物のようにタコの触手が生えそれでがんじがらめにして動きも止めてきた。


「所詮タコなどサメの餌! 喰らって喰らって喰らいまくるだけなのじゃ!」


 ……じゃが、鮭王の力もない布切れだけの力で止められる程このサメは弱くない。


「そういうこったぁ、この歩みは止まらねぇ!」


 足をからめる触手をすぐ様に鉤爪で引き裂き、ハスターに向かって全速前進。

 うようよ飛んで突撃してくるタコ天使共も触手ヘビヒゲザメがちぎっては食べ、ちぎっては食べの勢いで捕食していく。

 元がスピードファイター、大した距離を取れておらんハスターなんぞ直ぐに肉薄した。


「今だ! スピリット・イーター!」


 そして、シャークトゥルフは大きく息を吸い込むような動作を始める。

 すると、ハスターはスルスル〜! と口の中に取り込んでいったのだ!


「これで、終わりだぁ!」

「シャーク・エンドじゃ!」


 更に、シャークトゥルフは咀嚼行為を行う!

 口の中で暴れてもがく様子じゃが、じわじわと落ち着き自然と飲み込んだ!

 これこそがシャークトゥルフの必殺奥義!

 神秘的で大いなる力を全て捕食するという行為に集中させることであらゆる生物を喰らうことが出来るのじゃ!

 そう、即ち喰われたハスターは胃の中で高速消化されていくだけの末路が確定したということ!

 どれだけ厄介なクリーチャーも、サメの胃の中に入ってしまえば死あるのみ!


『モグモグ、海底都市サメイエシャークハウス!』


 こうしてハスターは消滅し、勝負は決した。

 シャークトゥルフも強いクリーチャーを食えて「御馳走鮫ごちそうさめ」と言っておるように聞こえるのう。


「しかし、なんかスッキリしねぇ。黒幕張本人は既に死んでる上に残していた擬似人工知能も潰したからか?」

「落ち着くのじゃ。鮭王も助かり〈ガレオス・サメオス〉のメンバーは目立った怪我人も居ない、今回はそれで割り切るべきじゃろう」

「それもそうだな、あんたの妙なドライさはあんまり好きじゃないが、今日ばかりはスッキリしたよ」


 戦いが終わると、目の前に屋敷周辺が映し出された穴が出現した。

 突然閉じても怖いので、急いで外に出たぞい。

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