第69鮫 CRAZY SAME CRAZY

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SIDE:セレデリナ・セレデーナ

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 どうしてアノマーノの事が好きになったのだろう。

 好きでいることが当たりである前の今になって、突然よくわからなくなってきた。

 でも、思い返してみれば、恋人募集に描かれた彼女の、異世界流に言えば写真そのものな似顔絵を見て何かを感じたのがきっかけなのは確かだ。

 歴史に名を残しつづけ、人々のために、世界のために今でも戦っている……そんな、幼い頃の私のような何も無い人間にとっては正しく真逆の存在であった彼女は、「その傍にいるだけで何かを得られるのでは?」と思わせる程の魅力があった。

 

 だから、最初のそれが恋愛感情でなくとも、傍にいられる存在になるために続けた努力が明確な愛情へと変換されていって、更に努力が続いて、そして世界でも数少ないラスト級の魔法を習得した魔法使いにまで成長することが出来た。

 一緒にいるようになってからは、その感情はより抑えられないモノとなり、いつの間にかその強さだけじゃなく、顔も、髪も、声も、眼も、耳も、料理が得意なところも意外にポンコツなところも色んな動作が可愛いところも戦う時は誰よりもカッコイイところも他にも彼女の何もかもが全部好きになった。

 そう、私は彼女のことが好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで堪らない。


 ゼンチーエのクリスマスイブでは一緒にデートできると聞いてから、前よりも会うのが難しくなったのが原因なのか、他の"好きの物差し"が出来たのがきっかけか、今まで無意識に流していた感情がどんどん表に出てしまう。

 いつの間にか、この際腹を括って結婚してしまってもいいのでは無いかとすら考えてしまっている。

 アノマーノと同じ名を名乗りたい、家族でいたい。もっと2人で一緒の関係になりたい。



 ……私に足りないって素直さなのかな。



 ただ、だからといってアノマーノと結婚してしまうと、〈ビーストマーダー〉として適度な身分でお金に余裕がある環境から、明確な激務と共に政治面での活動などが増えてしまう上に、〈ビーストマーダー〉として戦う時に比べてアノマーノの役に立てている実感を得られなくなってしまうことを理解している。

 たとえ〈破壊者達〉を全て止めてからだとしても、今の環境の方が幸せだったと感じてしまわないだろうか。

 でも、もっと一緒に居たいなら、やっぱり今のままただ半同棲状態なだけじゃダメ! きっとそうだ!



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SIDE:"魔王"アノマーノ・マデウス

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 余はどうしてセレデリナのことが好きなのだろう。

 いや、何となくは分かっている。

 余は誰よりも強者が好きだ。

 何故なら、自分自身が強いからこそ、隣にいる者が自分に相応しい強さであって欲しいと考えているから。

 以前の妻、アールルだって世界の誰よりも自分に並び立てる存在だと、顔を見ただけで分かったことで好きになった。

 今はもう別々に生きている関係でも、その時の愛が本物だったという意思は揺らがない。


 言い方は悪いが、初めてセレデリナと顔を合わせた日、余の近くに彼女が常にいれば、これから先勇者アールルに並ぶ者として成長すると直感が囁いたからプロポーズをかけた。

 そして、結婚とまでは行かなかったが半同棲状態になった後、読み通り〈ビーストマーダー〉としても成り上がり、今では世界の秩序を守る〈ガレオス・サメオス〉として活動するという成長を見せている。

 その姿を見れば見るほど、彼女の事が好きになっていく。

 だから、読みは間違っていなかった。

 これからももっと強くなるセレデリナを見ていたい。

 例えその考えが、わがままなものであっても。



***


 以前語りきれていなかった話になるが、魔王の仕事というのはあくまでフレヒカ王国内においては一番の権力を持つ国王でしかなく、自分で決めて動かすこともいくらかあれど基本的には上がった予算案や政策に対する最終決定権を持つ程度である。

 これだけなら魔神種という希少かつサラムトロス最強格の種族の余にとって無理を感じる仕事ではない。


 ただ、これに加えて定期開催と不定期開催の2種類がある各国の首脳が集まった国連サミットにおいても最終決定権を持つ……もといにあることが問題なのだ。

 一見すると自国でやっている仕事の規模が広くなっただけに見えるが、実際には常に世界情勢を把握し、時には闇の中でしか動かない隠密組織と個人で手を組んで情報をかき集めたり、定期的に各国の首脳に会いに行き国の情勢を直接伺ったりなど様々なことをしなければならない。

 しかも、これは世界の命運が常にかかっている緊張感の中での活動だ、本当に神経がすり減る。

 ヒト種程度の種族ならば円形脱毛症を通り越してスキンヘッド一直線間違いなしだ。


 その分、鎖国状態で出席すらしない東の国を除いて国内紛争を含めた規模の大きい戦争は起きておらず、結果はしっかり可視化されている。

 人魔統合戦争が終わってからの100年でこの状態を作ることができたが、本当に苦労の連続だ。


 そして現在、ヒョウモン島事件をきっかけに〈女神教〉と〈ガレオス・サメオス〉が合流したことによりこちらで把握しきれていなかった〈百年の指示者ハンドレッド・オーダー〉に関する様々な真実が判明。それによる緊急の国連サミットをラッターバの首都にして王都ゼンチーエで行っている。

 だが、こんな忙しい期間だという中、バーシャーケー王はクリスマスイブぐらいは皆休むべきと提案した。

 王族とは即ちワーカーホリックから抜け出せない生きる屍の二つ名、誰かが休むと言い出さねば連日続く国連会議は止まることがない。

 故に、誰もがその言葉に自分なりの固く礼儀正しい言葉を返して賛同し、それぞれが自分のクリスマスイブをラッターバ王国王都であるゼンチーエで過ごす事となった。

 

 つまり、今日の余は完全オールフリーな休日なのだ。

 旅について待機状態を命じられているセレデリナも同様であり、まさか〈破壊者達〉との戦いが始まった中クリスマスイブに恋人と共に過ごせる日が来るとは予想外そのもの。

 ……それだけなら本当に喜ばしい話だったのだが。


「せっかくのクリスマスイブだし、ペアルックで街を歩かない?」

「おお、良いではないか! 魔王と悟られぬよう変装もするが、それでも構わないのだ?」


 余が持つゼンチーエの別荘で行われた何気ないデート前の会話。

 お互いに機嫌のいい時はいつもこんな雰囲気だ。


「……!?」


 だが、問題はセレデリナがそこで余に渡したセーターであった。

 クリスマスが近い時期での待機期間、普段しないことにチャレンジしようと裁縫を始めたようで、天才的適応力もあってあっさりと青いサンタ衣装を完成させたのは知っていたが、その流れで編んだのであろうペアルック用のセーターは……全体のベースは水色で、2色の横線が数センチ幅で入ったデザインをしているのだが、その幅の中を海に見立てて泳ぐ魚のデザインがどう見ても大きいサメ――もっと言えば鮫沢に紹介されたサメの一群の中でもっとも強調されていたホオジロザメ――にしか見えない。


 正直に言うとサメそのものがあまり好みではない。なんか凶暴そうだし。

 だが、元気にニコニコと余の分のソレを渡し、目の前で着替え始めているセレデリナを裏切ることは不可能だ。

 それに、趣味のなかったセレデリナの心を動かすモノが余以外にも生まれて、そのおかげで色々チャレンジするようになっているのは人としていい成長をしていると言える。

 ただ服を着るぐらいなら別に問題は無いだろう。


「あまり好きなデザインとは言えないが、せっかくだし着るのだ」

「何? これが気に入らないって言うの?」


 ……それと、余計な発言は慎むべきだ。

 仕事で緊張しすぎているせいか、セレデリナの前だといつも一言余計なことを言ってしまう。

 機嫌をとるのに小一時間掛かったが、それも含めていつも通り、尊い日常というもの。



***


 実はヒト種が基準となる範囲に限るが余は魔神種の特殊能力である身体変異で伸縮自在だったりする。

 なので、いつも幼い姿をとっている理由はその姿を相手に負けた相手が逆らった試しが無いので昔から気に入っているだけだ。(素の身長が伸びないなんてことは無いのだぞ! 本当であるぞ!)

 ただ、性別や人格まで変えるレベルはさすがに不可能だったりする。

 何にせよ、セレデリナはどの姿の余も好きみたいなので問題は無い。

 そういう訳で、喧嘩が原因か時刻は昼頃、体格や身長をセレデリナより少し高いぐらい調整し、魔王であると判断されぬよう帽子やサングラスを掛け、別荘の隠し通路から出発した。


 セーターは伸縮性に優れた魔法性の糸で編まれており、無理に着ているようにも見えない。

 それに、体温調節の魔法、セカンド・サーモウで無理に上着を羽織らなくてもペアルックのセーターで歩ける状態で安心だ。

 また、クリスマスデートと言ってもお互い荷物を抱えて歩く気は無いので、手提げ鞄に入る程度のものだけを買うように意識しつつ街をブラブラ歩く、その程度のプラン。

 今の世界にセレデリナより強い者は居ないと信じている。強い者しか愛せない余はセレデリナと一緒に歩いているだけでも幸せだ。

 それがデートという名のただの散歩でもお互いに満足できるならそれでいい。


「今日は本当に雪が積もってるわねぇ、雪合戦してる子供までいるわ」

「フレヒカはここまで積もらんからな、こういう他国の景色は常に見ておくべきなのだ」

「ほんと、アノマーノって仕事に囚われてるわね」

「こればかりは性分なのだぁ〜」


 屋根も地面も真っ白な雪景色。

 この街並みは余達を祝福しているかのようだ。

 それからしばらく街を歩いていると、見た事のある人物の生首を右腕に抱え、左手から肩に鉄球らしきものが入ったプレゼント袋をぶら下げているサンタクロースが街を歩いている場面に出くわした。

 実は彼女とは面識がある、挨拶をしておこう。


「おお、クリスではないか、まさか今日会えるとは思ってなかったのだ」

「知り合いなの?」

「クリ・スマス、つまりはこのクリスマスの文化の根幹にいる英雄であるぞ。終戦後の治安維持でよく助けてもらっていたのだ」

「魔王ともなると本当に人との繋がりが広いのね」


 彼女は一体何をしているのだろうか。

 あの首はどう見ても螃蟹 飯炒カニ ハンチャン、それも本人が安定すると言っている金髪ショートな胡散臭い口調の姿。

 その首を担ぐクリスからは、まるで鬼の首を取ったような雰囲気も感じる。


「おー、アノマーノちゃんだー、噂の彼女も可愛いねー。今はこのかわいいハンチャンの首とデート中だよー、ダブルデートでもするー?」

「さらし首ならぬ晒蟹さらしがに! そもそも相手の合意を取ってない! だが私を倒した実力 今日も認めるしかないチクショウ! けどこれはもうデートじゃないデース! 変形回路も破壊されてシットゥ!」


 恐らく、ハンチャンは何かをやらかしたのだろう。

 まあ、今後に支障がないなら無問題だ。

 そういうことにしておきたい。本当に、こんな日に胃痛を感じたくない。

 とりあえず、今日の予定を狂わせたくないのでこう返しておこう。


「ダブルデートはお断りなのだ、今日はセレデリナとふたりきりが良くてな」

「へーそうなんだー、楽しんでねー、メリークリスマース」

「いい加減離しなサーイ!」



***


 クリスと別れると、次は屋台街へ辿り着いた。

 ここでは食べ歩き用のジャンクフードやスイーツを出している店や、手作りのアクセサリーを出す店などの屋台で溢れかえっており、クリスマスともなると観光客を狙った商売をしている者も多い。

 反面、それだけ賑わっている訳であり、余が必死に守ってきた世界の秩序が形になったモノに見えてくる。

 今はただ政治を主導するのではなく、世界を脅かす〈破壊者達〉が相手だ。

 もっともっと気を引き締めていかねばこのような平和な場所でデートなど出来なくなってしまう。


「……アノマーノ、何か難しいこと考えてない?」


 いや、今はデート中、真面目な話も一旦忘れよう。


「おっと、余としたことが。今日は深い事は考えないで楽にしていかねばな」

「ほら、あそこの屋台は……いや、正直アノマーノが作った方が結局美味しそうだわ」

「そういう事を言うでない。それに、このような場で一緒に食べるのもひとつの体験ではないか?」

「確かに、それもそうね」


 気を取り直して、それからのデートは順調に続いた。

 鮫川らしき者が水色のサンタ衣装の老人を地面に引きずる姿を見なかった事にしつつ、2人でスイーツを頬張ったり、街の外れで踊ったり、本当に楽しい一時。

 

「この時間が永遠になればいいのに」


 セレデリナがそうつぶやくぐらいには楽しい時間だった。

 ただ、それにはあえてこう返す、恋人としてでなく、"魔王"アノマーノ・マデウスとして。


「いや、余達はこの時間を永遠にするために戦うのだ。サメを背負っていくと決めたのはセレデリナであろう?」


 そう、話を蒸し返してでも、これだけは伝えないといけない。

 何より、セレデリナこそ世界のために〈破壊者達〉と戦う、平和を永遠にするヒーローなのだ。

 その言葉を聞いたセレデリナは、少し首を下げたあと、すぐに上げて笑顔になりこう返した。


「……ええ、任せなさい! どんな敵が相手でも戦ってやるわ!」

「それでこそセレデリナなのだ!」


 このを持っているから、余はセレデリナの事が好きなのだ。

 だから、余も魔王としてやれる限りの事を尽くせる。

 

「デートはまだまだ終わらないわよ。暗くなってきたし、パレードでも見ていかない? 見やすい場所なんて知らないけど」

「おお、それは良さそうなのだ」


 そういう訳で、デートも大詰め。

 適当に遠くから眺めるラッターバ国技団による魚人種中心の音楽の演奏に合わせて魔法で生み出した水の中を泳ぎながらの行進が売りのクリスマスパレードは、元々このような催しを見ることの少ないセレデリナにとって好印象だった。

 きっと、サメに出会って世界を見る目が、好きになれるモノを見つけて関心を持てるモノの範囲が広くなったのだろう。

 余自身がサメのことを好きでなくても、彼女が好きである分にはむしろ喜ばしい存在ですらある。



***


 瞬く間にパレードは終わった。

 それにより、長かったデートもラストスポットへ移ることとなる。


「着いたのだ」

「あら、本当に綺麗ね」


 余達は、バーシャーケー王とムーン女王をモデルにした宝石を装飾として吊るしている1本のクリスマスツリーの前に立っていた。

 そして、締めくくりの言葉を告げる。


「今日は本当にありがとね、楽しかったわ」

「なら、今日のデートは大成功なのだな」


 後は、別荘に帰るだけ。

 なら、その前に1つしておくべきことがある。


「メリークリスマス、愛しておるぞ、セレデリナ」

「……!?」


 今はセレデリナより背が高い。

 だから、少しだけしゃがんで、その赤い唇にキスをした。

 彼女の大きいひとつの瞳と余のふたつの瞳の視線が、そこに隙間なんてないかのように合う。

 その中で、抱きしめ、肌を重ねて、その瞬間はまるで2人だけの世界にいるようで心地が良いものだった。

 それから10秒程で口を離すと、冷静になったのかお互いにかーっと赤くなり、少しわたわたした。


「ふ、不意打ちは卑怯でしょ!」

「これぐらい読めないようでは世界を守れぬぞ!」

「そういう言い訳はいいから!」


 2人のクリスマスイブは、こうして幕を閉じた。

 きっとこれから大変な日が続く、だから今日みたいな日があるだけで前を向いて立ち向かえる余裕が出てくる。

 そんな日を過ごすことが出来た。



 ちなみに、クリスマスツリーはクリ・スマスがかつて居た恋人と誓いのキスを交わした場所が大きな木の下だったことに由来する。

 それ故に、クリスマスツリーの下でキスをしたカップルは死がふたりを分かつまでその愛が続く、という言い伝えもあるのだ。

 もちろん、経済のための都合のいいどこかで生まれた作り話とも言われていて、本当なのかはわからないが。








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SIDE:セレデリナ・セレデーナ

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 あの不意打ちのキスのせいで頭が真っ白になって、結婚のプロポーズを持ちかけることが出来なかった。

 本当は「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」と怒りたかったのだが、満更でもない嬉しさもあってそれはそれで受け入れてしまったのだからこれは仕方ないことだ。

 王族になれば己の立場に振り回されていることが今よりも本当に増えるのは分かっている。

 でも、もっと一緒にいたい、そう思えてきたから。

 

「あーもう、次こそは絶対にプロポーズしてやるんだからね!」

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