第52鮫 殺気鮫脈にて

「なんか腹立ちマシタ! そっちがショゴス……タコスなら私はカニ酢デース!」

「言ってることはわからんがおそらく同感だ、俺にも殴らせろ」


 現れた怪異を前に2人は背を合わせ、構えを取った。

 一度使えば使い捨てになる可能性だってあり勿体ないが仕方ない、アレを使おう。


「シャークチェンジャー!」


 腰にぶら下げていた1本のペンライトの右スイッチを長押しすると、ペンライトを中心に俺の全身を覆う鎧が展開されていく。

 その鎧は、シャープに尖った線のボディ! 足には加速を促す胸ヒレモチーフの刃が搭載! 左手はサメの顔らしきナックルが! 右腕にはサメな刃のペンライト・セイバー! 頭部は当然サメ!

 鮫沢博士流に言えば、異世界サメ28号"アーマード・シャーク・ナイト"!

 ゼンチーエに着いた夜にギリギリ完成したペンライト・セイバーの改良版であり、サラムトロスの携帯式展開鎧技術を取り入れた新たなるサメだ!


「カニ変身! 歌うはあの曲、"tank tank tank crab"デース!」


 更にハンチャンもまた、人間に近い上半身のフォルムに下半身が戦車のようなキャタピラ! 背には武器と思わしきカニの甲羅と足を背負っている! 両手のハサミも切れ味を期待できそうな輝く刃になっているスタイリッシュな外装のヒーローへと変形していた!


「では、カニとサメ、共闘戦線といきまショウ!(※ここはセリフパート)」

「おう!」


 ハンチャンは遠距離攻撃で支援するために後衛として待機、俺は当然偽ショゴスへと飛び込む。


「タ・ケリリ! タ・ケリリ!」


 相手もこちらを近付けまいと粘液状の肉体を触手のように伸ばして応戦してきた。

 数にして8本も伸びている触手にはタコの吸盤もまとわりついており、玉虫色の物体が真っ直ぐ伸びているようにも見えて気味が悪い。


「輝くそれは10の光線〜 必殺カニビームフルマックス!」


 だが、後衛のハンチャンが眼・背中のカニの足・両手のハサミの計10門の先からバラバラな方向に撹乱するようにビームを照射し、触手を一本一本焼き落としていく。

 おかげで俺の目の前に降り掛かる触手は1本のみ、その程度ならこうだ!


 ブォォォォン!


 ペンライト・セイバーで一刀両断! 後は近付いて攻めるだけ!

 鮫沢博士の鎧は身軽どころか身体能力そのものを格段に引き上げてくれる。

 走る速度だってサメが海を泳ぐように早い。

 まだまだ粘液状の触手は無限に生えてこちらに飛んでくるが、同時に出せるのは8本が限界のようで、ハンチャンのビームで撃ち落とし目の前にくる分もペンライト・セイバーで切り落す完全な流れができている。

 おかげで、30秒もしないうちに肉薄できた。


「後は左手の拳をお見舞いするだけだな」


 鮫沢博士曰く、そのままの運用でもこの拳はホオジロザメの100倍の咬合力で狙った部位を噛み砕く必殺武器らしい。

 そこに俺の〈担い手マスター〉としての力が加われば、この攻撃は決定打になる!


「タ・ケリリ! タ・ケリリ!」

「もっと正しく鳴きやがれ、ナックルバイトォ!」


 左手の拳を偽ショゴスに振るうと、その拳は蛇のように長く長く伸びていく。

 そのサメは粘液状の肉体を喰らいながら、無限のサメヘビサメボロスが如き長さへと拡大し、確実に全身を肉片ひとつ残らないように、獰猛で、勢いよく、偽ショゴスを捕食しきったのだ。


無限のサメヘビサメボロスってなんだよ!? 変なワードが頭に流れてきたぞ……」

〈担い手マスター〉あるあるみたいですヨー」

「嫌なあるあるだな!?」


 とはいえ、これにより偽ショゴスはこの遺跡から完全に消滅した。

 戦いが終わり、変身を解除しても鎧が壊れない以上今日の間に戦闘はまだまだあると予想すべきだが、今に関しては何かがいるという緊張感もほぐれてきた。

 これで、一旦は安心して周辺の探索に集中できる。

 ハンチャンも顔だけ光を放つカニのまま、エセ外国人の姿に戻っているので戦闘が発生する心配もしばらくはない。

 ……それに、偽ショゴスが消えたことで図体故に視界から遮られていたのであろう大きな祭壇が目の前に現れた。


 その祭壇には、あの黄色い大きな布こと偽ハスターと、タコの触手が絡み合って生まれた巨人の偽イタカらしき10m程の彫刻が左右に並んでいて禍々しい。

 彫刻としての作りはそれこそ美術館に並ぶような芸術品として評価したい出来だが、片方はまだ倒せていない敵でもある、ずっと見ていたいものとは思えない。


 ただひとつ言えるのは、ルルイエとはクトゥルフが中心となっている神殿だ。

 実は、ハスターはクトゥルフと対立関係にある設定で、そもそもハスターの彫刻を祭壇に飾っているのはあまりにも不自然。

 なら、ここは一体なんなのだろうか。

 変にルルイエだと割り切らないで、ある種のRPGのダンジョン感覚で探索した方がいいのかもしれない。


「ゲームだとこういう祭壇には隠し通路があったりするが、どうだろうかなぁ」

「それならおまかせくだサーイ! カニ赤外線レーダーオン!」


 ふと思った疑問をボヤいたところ、ハンチャンは直ぐに対応し、カニな眼が凄い勢いで上下右往左往と動かし祭壇を分析していく。


「例の黄色い大きな布の彫刻の下に何かあるみたいデース、ぶち壊しまショウ」


 それから1分程で作業も終わり、答えがでたようだ。

 ハンチャンは、流れるように助走をつけて走り右腕をカニのハサミに変えてハスターの彫刻の根本をバッサリと切り裂き、あたりに投げ捨てた。


「いきなり!?」

「罠がないところまで分析しましたので、それならカニの行動はいずれもマッハーッデース」


 その結果、彫刻が立っていた位置からは地下へと続く階段が現れた。


「おお、如何にもな地下通路の階段だ」

「ビンゴー!」


 どちらにしても祭壇で遺跡の道は行き止まりみたいだ、それならもう降りるだけだろう。

 階段は〈女神教〉の教会にあった階段よろしく何も無い通路であったが、30秒も掛からず降りることの出来る長さで、どこかへと通じているであろう扉も光源さえあれば降りる前にはわかるぐらいの距離だ。


「〈指示者オーダー〉って地下階段が好きな習性でもあるのか?」

「人を動物みたいに扱わないでくだサーイ」


 扉の形状が古い造りの遺跡風であるのに対し、サイバーなデザインのドアなのが気になる。


「カニーィ!」


 だが、こちらが細かく観察している間にハンチャンは素早く行動を切り替え、猛ダッシュで階段を降りながらハサミで扉をぶち壊した。


「もうちょっと落ち着いて行動して欲しいんだが……」

「そもそも私の判断処理速度を普通の人間基準にしないで欲しいデース、これでも冷静に考える時間を置いてマース」


 ……鮫沢博士とも違う、もっと本質的な意味で感性が人間離れしている厄介さがあるのを感じさせられながら、俺は俺のペースで中へと入った。

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