第51鮫 サメカマ

 翌朝、山頂から見て真正面で光る朝日を拝みながら目を覚ました。

 ひとまず周囲を見渡したが、……エセ外国人姿のハンチャンが腕を組み、キャンプファイヤー後の積まれた丸太の上に立っていた。


「ハロー!」

「よくよく考えたら中国人なのに普通に英語で挨拶するんだな!?」

「翻訳能力はサラムトロス語しか機能しない以上、グローバルさ優先デース。これもラッターバ語を覚えたてのアミキナ人として喋ってマース」

「そう……」


 それにしても、腹が減ってきた。

 昨日のキャンプファイヤーライブで盛り上がりすぎて食事を忘れていたのだろう。

 ただ、手元に食べ物はなく、倒した怪物の肉を食うのは抵抗がある。

 シャーク・ゼロに乗り込む時に保存食を持って来なかったのがここに来て痛手になってきた。

 なんなら植物だって食べていいものか怪しい。どうしたものか。

 そんな時、ハンチャンは俺に朝食を提案してきた。


「朝食がてらにカニカマはいかがデスカー」


 ……カニカマは完全日本食な上に厳密にはカニでも何でもないタラのすり身だった気がするものの、腹が減ってる以上突っ込んでいられない。


「腹が減って限界だ、欲しい」

「分かりましター……オエッッッ!」


 するとハンチャンは、手で何かを受け止めるような動作をすると、嘔吐するような声を出した。

 嫌な予感しかしない。


「オエエエエエエッッッ!!!」


 それからしばらく様子見を続けていたのだが、彼女は口から拳大の幅はあるカニカマらしき塊の棒がニュルニュルと吐き出していき……広げていた手でキャッチした。


「出来ましター、体内に取り入れたタラを自動的にカニカマにする機能で作った業務用カニカマデース!」

「作り方が汚すぎるわ!!!!!!」

「これでゲロイン仲間になりましたネー」

「うっるせぇ!」

 

 悲しいかな、こんなものでも背に腹はかえられない。

 腹が空いていたせいで負けて死にましたという展開は避けなければならず、食べるしかないのだ。

 そうして、人生で初めて業務用の大きなカニカマの塊を上からかぶりつく体験をした。


「あー、うん、カニカマだわこれ」


 その味は……ただのカニカマだった。

 大規模な戦争が1000年は起きていないサラムトロスの社会ともなれば国を跨いだ貿易に恵まれていて食文化は俺の世界に等しいほど発達している。

 なので、カニカマが特別懐かしいから美味しくて泣けるなどという事にはならない。


「サラムトロスにカニはいないですガー、このカニを再現する料理のお陰で味を伝えることは出来マース」

「〈女神教〉の人達、みんなこれを食べたのか……。ところで、ハンチャンは食べないのか?」

「私、お腹空かないデース、海水か太陽光がエネルギーデース」

「楽しそうな生き方だなー」



***


 こうして食事も終え、俺達は例の穴へと潜っていくこととなった。

 中は真っ暗で視界に困ったもののハンチャンが顔だけをカニー・サニーへと変形させる事で一気に周囲が明るくなったので安全の確保もどうにかなりそうだ。

 顔全体がカニそのものと差し替わった人間を見るのは非常にシュールで、笑いを堪えるのに必死だよ全く。

 ……ちなみにだが、ペンライト・オリジナルを懐中電灯代わりにしようと一瞬考えたものの上位互換が目の前にいるのでやめた。


「な、なんだこれは」


 それで、問題の洞窟の中についてだが……なんということだろうか、何かを祀っている遺跡のようだ。

 体育座りをした翼と鉤爪を持つタコのような顔の人間……というかどう見ても"クトゥルフ"にしか見えない邪神の像が2つずつ向かい合って並んでいる彫刻が何セットも並んでおり、像の間を歩くとどこかへ繋がっているであろう1本の道になっているようだ。


「ルルイエデスネー」

「マジでルルイエを造ったのかよ……タコの〈指示者オーダー〉は」


 色々推理できてきた、これまでの事象から状況を整理していこう。

 まず、タコの〈指示者オーダー〉タコオックは無類のクトゥルフ神話好きと見ていいだろう。

 何となく黄色い大きな布を見てからそんな気はしていた。

 だが、だからと言って、奴が『わざわざ異世界に来て自分の好きな創作物と自分の好きな生き物を融合したモンスター軍団を造った』なんて事実を受け止めるには努力の方向性が明後日に向きすぎていて頭の中で処理しきれない。



***


※クトゥルフ神話とは:H・P・ラヴクラフトという作家が描いたホラー小説から派生し、様々な作家によって描かれた世界観の呼称。海底や宇宙などの未開の場所には、人間などちっぽけな存在でしかないと言う真実を題材に宇宙的恐怖が描かれたホラージャンルの呼称とも言える。

 

 つまり、あのタコの化け物は全てタコオックがそれらのものを再現したクリーチャー。

 最初に海賊を喰った怪物は"ダゴン"、黄色い大きな布は"ハスター"、タコ天使と鮫沢博士が命名した怪鳥はハスターの従者とされる"バイアクヘー"、風を纏った巨人は風に乗りて歩む者こと"イタカ"など、それぞれモチーフになっているのだろう。

 あの未知の色を放つタコだけは分からない。多分俺が原作にあたる作品を読んでいないだけだ。


 今いる遺跡は、『クトゥルフ』という神話の中心にいる邪神を祀る遺跡『ルルイエ』を再現したものなのも何となくわかる。

 タコ頭の動物に関しては、アレらを造るための実験過程の産物だろう。……趣味が悪い。



***


 俺はゲームでよく題材になることから、かろうじて書店で売っていた謎本を1冊読んだ程度の知識がある。

 それを前提として意識すれば、あれらは所詮鮫沢博士と同じ穴のムジナクオリティクリーチャーでしかなく、恐れすぎるほどのものでは無いと納得できたので良しとしよう。

 どちらにしても、サラムトロスの人々からしたら未知の化け物でしかなく魔法も通じない恐怖の対象となるのは間違いないが。


 そうなると、恐らく見た目や能力を形だけ再現したものにタコを織り交ぜているだけであり、宇宙規模の力などを持つ訳では無いだろうが、これらの怪物を放置すればサラムトロスの治安がどうなるか分からない。

 であれば尚更、この道の先に今回の事件を解決させるための手がかりがあるかもしれない。進もう。


「こんな場所デース、〈担い手マスター〉がいなければいいんデスガー」

「例えばあのハスターもどきの布を巨人が纏うとかか?」

「そんなことがあれば威嚇するカニのポーズになりマース」

「お手上げって意味ね、ハイハイ」


 雑談をしながらも、彫刻が繋ぐ道を歩んでいく。

 この遺跡はどことなく不気味な空気が漂っており、あまり長居したい気にはなれない。


「……リ」


 いや、本当はその空気の正体を理解している。

 今、遺跡の遠くから聞こえてきた何かの鳴き声で、疑問にも答えが出た。


「……リリ!」


 この遺跡には"敵"がいる。

 人間としての生存本能が、それを察知していたから不気味な空気を感じていたんだ。

 しかし、正体がわかった今ならどんな化け物も怖くない。

 何せ、〈担い手マスター〉としての制限時間も一巡している。

 さっさとその姿を拝ませてもらうために、俺達は走って先へと進んで行った。


「……ケリリ!」


 そして、遺跡の奥には確かに"敵"が居た。

 玉虫色の粘液だけで構成されたスライムのような肉体に、"眼"とタコの吸盤が無数に浮き出たグロテスクな巨体の生物が!


「タ・ケリリ! タ・ケリリ!」


 いや、中途半端にタコと融合させるなよ!

 だいたい、「テ・ケリリ!」って鳴くんだよ"ショゴス"は!

 原作がある化け物造るならもっと原作を大事にしろよ!

 俺は「好きなクトゥルフ神話のクリーチャーは?」と聞かれたらショゴスって答えるぐらいには好きなんだぞ! アレだけは唯一まともに原作を読んだんだぞ! 許さん!

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