第50鮫 サメの数だけ地獄がある

「……!?」

「まあまあ落ち着いて落ち着いて、本当は順番に小出ししていく予定の話だったんだ。僕を知りたいと思った罰だよ」

「その言い方はなんかずるいな……」

「小悪魔系王子なつもりでもあるからね」


 〈女神教〉はそれこそ国連サミットで議長を務めている魔王すら全容を把握していない組織。

 突然そこのボスだと言われても、困惑してしまうだけだ。

 ここは一旦、相槌を打ちながら集中して話を聞くことにしよう。


「まず、〈女神教〉自体がなんなのか説明するね。〈女神教〉はサラムトロス中にいる〈百年の指示者ハンドレッド・オーダー〉を管理する影の組織なんだ」

「あ、やっぱり他にも沢山いるんだな」

「そう、彼らは沢山いた。だけど、ほぼみんな死んだ」

「え!?」


 〈指示者オーダー〉達はみんな死んだ!?

 ハンチャンの話を聞くだけのはずが、何か俺の想像していたものとは違う方向に話が進んでるぞ……。

 世界の真実の話を表面元いた世界裏面サラムトロスも、よく分からないきっかけで聞く羽目になるとは何のジンクスだ?

 それからというもの、結局相槌を打つどころか驚いてばかりになる内容であった。

 なので、〈女神教〉の歴史、活動内容、百年の指示者ハンドレッド・オーダーとサラムトロスの関係について落ち着いて頭の中で整理を行い、順番に理解していくことにした。



***


 まず、そもそもとして俺の世界にいる〈百年の指示者ハンドレッド・オーダー〉が全員、何者かの意思によって800年前のある日を起点にバラバラのタイミングでサラムトロスに飛ばされたというのが事の始まりだ。

 〈百年の担い手ハンドレッド・マスター〉については、既にいる場合セットで飛ばされるみたいだが、俺みたいな未確定の状態で飛ばされる奴は前例がないらしい。

 そして、その事実を知った"世界の秩序を守る存在"こと女神は更に〈指示者オーダー〉達が皆、800年後の指示される日オーダー・デイを境にサラムトロスを様々な形で破壊する者……"破壊者"になる未来まで同時に観測した。

 しかも彼らは皆、最終的には必ず〈サラムトロス・キャンセラー〉の技術に行き着くという法則性を持っている。(鮫沢博士は見通しが立たないので優先度は低いとゴネてたが)

 このような規格外の技術を持つ彼らをサラムトロスの力だけで止めることが出来ない、そんな滅びの未来だ。



 そもそも、根本的な問題として彼らが何故サラムトロスに飛ばされるのかが未だにわかっていないみたいだが、そんな中でハンチャン、鮫沢博士&鮫川彩華がそれぞれ飛ばされるタイミングを操作することに成功した。

 あのザ・異世界モノの導入な白い部屋で顔を合わせることが出来たのがその証拠だ。

 それによってハンチャンは752年前、鮫沢博士と俺は指示される日オーダー・デイの34日前に指定して飛ばしたという訳。

 それで、女神はハンチャンに指示される日オーダー・デイまで〈指示者オーダー〉やその子孫達を観測し続けて欲しいと願い出た。

 ハンチャンは元より全身義体フル・サイボーグのサイボーグ、寿命などなく指示者の観測や観察、管理はまさしく適役だ。

 これが、〈女神教〉設立のルーツとなる。


 そして、ハンチャンはサラムトロスに飛んでからというもの、姿を変えながらある国では〈ビーストマーダー〉として活躍したり、ある国では政治にまで関わったりとコネクションを作り、その中の一部の貴族や隠密組織を中心に〈女神教〉を作り上げた。

 〈指示者オーダー〉は皆死んだと言っていたように、中には何かしらの手段で寿命を伸ばしたような者もいるだろうが、彼らの技術は子孫が受け継がれてはいるものの本人は死んでいる状態がほとんどで、最後に存在を確認した〈指示者オーダー〉も丁度100年前と、生きている者に会える可能性も少ない。


 それを踏まえた上で、世界中から〈指示者オーダー〉と思わしきヒト種を絞り込み、彼らを子孫まで全て監視し続け、あらゆる手段で文明レベルを極端に上げさせないよう暗躍する組織、それこそが〈女神教〉だ。

 止めることが出来なかったのが東の国ということみたいだが、それでも鎖国状態に追い込めた訳で、ハンチャンがいなければ〈指示者オーダー〉による国単位での技術革命、そこから起きる戦争で社会は大惨事になっていただろう。

 そんな状況で指示される日オーダー・デイが始まれば世界の滅びはほんの一瞬であり、今のような穏やかな世界で〈ガレオス・サメオス〉が活動するのは不可能。

 故にこの組織は必要不可欠と言える。



 では、何故女神"教"という組織名なのか。

 これについては、全容を知られずに世界中で動く組織が真っ先に認識されるのは組織名だと考え、何かを信仰している組織であるとカモフラージュするためのようだ。

 律儀に教会まで見つかりづらい場所に建てており、それは実際にそういう組織であると勘違いさせるには十分機能していたのは俺もこの目で見たので納得するしかないだろう。

 なお、あの彫刻は全てハンチャンが造った物で、カニだけは味方で他は敵になりうるという暗号だそうだ。

 頭の上がらない計画性だよ全く。

 魔王ですらこのカモフラージュにまんまと引っかかていた訳だしな。


 反面、国家単位で協力している国もあり、それこそ水の都であるラッターバ王国は先代から〈女神教〉をバックで支援する国だ。

 実際に存在を認知して動いているのは一部の大臣と2人の王ぐらいだが、猛者という言い回しであえて紹介していたのも全部組織を隠すための動きだと見ていいだろう。

 ……これらの話全てに鯱崎兄弟の暴走と噛み合わない気がするが、一旦置いておこう、ややこしくなる。


***


 確かに、いろいろと辻褄が合う話で嘘とは思えない。

 ハンチャンの言っていることは全て真実だろう。


「〈女神教〉についてはよく分かったかな? 僕は752年間ずっとミスターサメザワと共に戦う準備をしていたのさ。つまり僕が言いたいのは、これだけのことをずっとやっているような奴を普通の人間と同じ物差しで見ると疲れるから、割り切ってカニを推してくれればいいってこと」


 普通の人間と同じ物差しで見ない、結構初歩的なことを見逃していたが、確かにこの規模の話を全部話してくれれば嫌でも納得できる。少し落ち着いた。


「わかった……けど、アイドルとしては推すがカニそのものを推すのはやらないぞ!」


 ああ、カニについては、正直カッコイイとかより面白いという感情が勝ってしまうのでこの考えは死ぬまで譲らないぞ、

 しかし、その中で気になることだってある、聞いおこう。

 多分、今の雰囲気だからこそ聞きやすいことがあるはずだ。


「それはそうと、4つほど質問がある」

「いいよ」

「まずは些細な疑問なんだけどさ、〈百年の担い手ハンドレッド・マスター〉がサラムトロス側にいたみたいなケースはあったりするか?」


 正直、この疑問が晴れなければ寿命差で生き残っているサラムトロスの長寿種族が実は目の前にいる奴なんてケースは避けられなくなる、疑心暗鬼で人に関わりたくない。


「残念ながら、幾らか似たケースはあるね、指示される日オーダー・デイまでは何とか制御できたけど、それ以降は面倒な長寿種族が幾らか力を付けつつある」


 やはり、現実は厳しい。

 目の前にいる相手が常に破壊者側かもしれないと腹を括らなければ行けなくなった。

 だけど、きっとこの戦いはそういうものなのだろうと割り切る必要性も理解できる。

 じゃあ、次も似たような気持ちよくない疑問を消化してしまおう。


「あー……それなら次の質問。倫理的にあまりいい話では無いんだが、指示された日オーダー・デイまでに監視している〈指示者オーダー〉やその子孫を殺しておくことは出来なかったのか?」


 あの話を聞いた上で、この疑問も外せない。

 それが出来ていれば、今こうやって山の中をさまよう必要もないのだから。


「何なら真っ先に考えた話だね。実際10人ぐらいは下手に地位を手に入れる前に一騎打ちを仕掛けて殺したよ。カニらしく辻斬りだね」

「10人ってことは、まだまだ沢山残ってるってことだよな……」

「そういうこと、大抵の〈指示者オーダー〉は観測に成功した時点で技術を応用して成り上がり人生を謳歌している者が多く、何かしらの地位を持っている。武力はそれ相応、安易な暗殺なんて不可能だし、やるなら僕が直接戦う必要がある上に大義名分をしっかり得て殺し合う必要が出る。下手に動けば直属の国が怒って戦争になるかもしれないのはリスクとして大きすぎるんだ。それが、社会というものだから」

「確かに、それは難しいな」


 やはり、俺みたいな凡人が思いつく発想で解決するようなことは無いみたいだ。

 確か、人魔統合戦争が終結して以来大規模な戦争は起きていないはずなので、社会秩序のためには彼らが明確にサラムトロスの敵になる指示される日オーダー・デイ以降を狙うしか平和への道はないわけだ。


「納得できたよ。じゃあ次の質問なんだが、俺達が女神と話した時は説明らしい説明もなくほっぽり出すような形でサラムトロスに飛ばされたのは何故だ? そこまで計画的に動いている女神なら、あそこで説明してもよかったろうに」


 実はこれについては初日から本当に引っかかっている。

 いくら何でも説明が要約され過ぎだ。


「正直にいえば……なんでだろうね」

「やっぱりか……」

「ただ僕の推理としては、〈女神教〉の隠密性を守るため、君達には組織のことを伝えなかったんじゃないかな。それを知っている前提でいきなり動かれると社会がめちゃくちゃになりかねないしね」

「な、なるほど」


 ハンチャンが語ったのはあくまで推理でしかないが、辻褄も合うことから事実だろう。

 それと、飛ばされた位置がフレヒカ周辺なことを踏まえれば、女神が説明不足な喋りだったのはもうあの頃の自分ではなくなった自覚のある彼女が、あえて過去の自分を演じて女神の話をした時、魔王に納得してもらうためと考えれば自然になる。

 実際、今は魔王に援助してもらえている訳だからな。

 これで、破壊者だのなんだのについては納得のいく答えを得ることが出来た。

 なら後は、最初の話題に戻るだけだ。


「大体のことは分かったよ、ハンチャンはその中で常に命懸けだったんだな」

「理解してくれて助かるよ」

「その上で気になることがあるが、いいか?」

「どんどん聞いてくれて構わないよ」

「752年間、自分が生まれてきた訳でもない世界のために戦うのって辛くないか? あの女神の話の通りなら報酬だってないんだぞ?」

 

 俺だってもし初日にセレデリナや魔王様と出会ってなければサラムトロスのために戦う義理なんて得られなかった。それなのに752年も命懸けで戦い続けてきたっていうのは、全身義体フル・サイボーグで寿命に限りがないハンチャンにとってはたいした年数では無いのかもしれないが、だからと言って割に合うもとは思えない。


「魔王はその倍ぐらいサラムトロスのために戦ってるんだ、問題ないよ。それに」

「それに?」

「僕は本当にのさ。だから、自分だけでも愛せるようにと10歳の頃には肉体を捨て自分をカニへ変形できるように改造した。それでも自分を好きになることは出来なかったけどね」


 そう語るハンチャンは突然姿をエセ外国人に変形させ、こう言った。


「故に、人としての性別や外見にこだわりもないんデース」


 更に続けるように、


「俺様はなりたい時に何となくなりたいと思った姿に変形できる」


 姿を特攻服を着た俺様なヤンキー、


「イーヒッヒッヒ! それもこれもカニについて研究した結果ニ! 唯一好きになれるカニに変形している間は、少しだけ生きているって気になるんだカニ!」


 ジェネリック鮫沢博士な胡散臭い白衣のジジイ、


「あたしゃ、自己が中途半端にしかないんだ。故に、役割を与えられればそれを淡々とこなすのが自分らしい生き方とすら考えてるのさ」


 更には、意味深なことをつぶやく老婆へと変形していく。

 そしてまた、ハンチャンは王子様アイドルの姿に変形し直した。


「そう、生きたいとも死にたいとも思っていないのさ。気分で性格を変えても、別に考え方が変わることも無い。カニへと変形して守る世界があるというのは、もはや人生において最も得難かったものなのさ。いずれカニが世界に崇められる日を目指しているからね」

「なんだ、そういう事か」

「最近は〈女神教〉の士気を上げるためにカニのアイドル活動を始めたけど、それも全部カニのためだったりするよ」


 自分の中で引っかかっていた事がこれで大体解決した。

 ハンチャンはカニが大好きで、自分の事はどうでもいいんだ。ただそれだけ理解しておけば、あとは大体鮫沢博士と同じだ。


「だいぶスッキリしたよ、俺の知りたかったことも色々理解出来たからな」

「それは良かった」

「なら、あと1曲だけ聴きたいな、ハンチャンの歌を。指示者しじしゃの癖に指示を受ける方が自分らしいんだろ?」

「ああそうさ、その指示しじ、従おうじゃないか」


 再びキャンプファイヤーライブが始まり、気が付けば俺は眠っていた。

 思ったより気持ちよく眠れたのは、色々聞けてスッキリしたからだろう。

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