第49鮫 サメパラ
光も消えてひと段落つくと、ハンチャンはまた王子様アイドルの姿に変形した。
「どうだった、僕のステージは」
「最高ー!」
気が付けばもう俺は
失われたあの日を取り戻したような感覚を得ている。
世界を守るために変な力で戦いをしなくても、アイドルを前にペンライトを振っていいんだ。
例の経験から二次元のアイドルに切り替えるようにはしたが、やはり三次元も悪くない、ハンチャンの特異性を考えればその両方の良さを取り揃えているとすら言える。
俺は、救われたんだ。
「何ぼーっとしながらペンライトをゆさゆさしてるんだい?」
まずい、完全に意識を持っていかれていた。
ハンチャンは別に仲間として接してくれているだけなんだし、そこはちゃんと割り切って行動しないと。
「おっと、すまない。光も消えた以上、次の行動指針をちゃんと決めておかないとな」
「そういうことだね。僕としての考えだけど、今は上手く二手に別れることが出来たのだと割り切って山頂を調べてみるのがいいかもしれない」
「確かに、あんな奇妙なタコが配置されているんだ、山に何も無い訳が無いよな。何なら王様がいる可能性だってある」
そんな訳で、俺達はこの山の頂上を目指して歩くことにした。
ハンチャンは全身義体故に方角を機械的に判断できるようで、山頂までの道も極端に迷うことは無かった。
登山の過程で何度か顔がタコになった動物との戦闘が発生したものの、これについてはハンチャンがカニー・サニー(光量自重仕様)に変形、そして対処してくれたので問題もない。
***
それから程なくして、山の頂上と思しき場所にまで上り詰めた。
ハンチャンがカニー・サニーとして夜の島を照らしてくれているおかげでくっきりと島の全容を確認できるため、いろんな意味で来て正解だったと感じられる。
それで、確認できたことだが、まず島はざっくり18km程の広さで、どうやらこの山はヒョウモン島で一番高いということだ。
他にも、フレヒカやラッターバに比べて明らかに文明レベルが低く人が住んでいそうな集落がポツポツと見えるが、その分不自然に目立つ大きな洋風の屋敷が特に気になる。
明日ぐらいに、あそこを鮫沢博士達が探索しているかもしれないな。
また、他にもハンチャンが目星をつけた場所があるみたいだ。
「あの湖も怪しいね」
「ハンチャンがそう言うならそうなんだろうな。何より、水辺にはあまり近づきたくない気分だから都合もいい」
この島は本当にホラー映画の世界みたいで嫌になる。
***
それからしばらくの間、頂上を探索していたのだが、改めてそこから少し降りたぐらいの場所にどこかへ繋がっていると思われる穴の空いた大きい岩崖が見つかった。
ちょうど頂上を支えていた立地関係になっており、上から地上を見下ろしているだけでは見つけることは出来なかっただろう。
しかし、山頂というよりは……この岩崖付近に限って怪物共が出ないのは違和感を覚える。
あまり不用意な行動は避けるべきだ。
「冒険が始まりそうな穴だね。早速入るかい?」
「いや、この中はどう考えてもなにかめんどくさい事がありそうだ、それならせめてこの辺で休みを取りたい。日が昇る頃には〈
現状から鑑みると、これが一番だろう。
それと、この夜を過ごす上でハンチャンから提案がある様子。
「了解、それならせっかく山頂にいるんだし、キャンプファイヤーでもしようか」
いや、なんでそうなるんだ!?
だが、勢いに流されてキャンプファイヤーは決行されることとなり、腕だけをカニのハサミに変形させたハンチャンがその辺にあった木を切り倒して丸太にし、それを四角に積み上げる作業をすることとなった。
「カニカツ! カニカツ!」
「これってカニやアイドルとしては関係あるのか……?」
やっぱり、〈
「ふぅ、終わったね」
「なんで山奥でこんなことしてるんだ俺……」
それから30分程作業をすると、ようやくキャンプファイヤー用の丸太を重ね終えることができた。
丸太の間には木に生い茂っていた草を集めて入れている、燃料も完璧だろう。
妙に原始的な作業をやらされたせいで、火も手作業で摩擦熱を利用する形で用意するのかと思ったが、そういう訳では無いようでまた腕をカニのハサミに変形させたハンチャンがハサミの間から火炎放射めいた炎を噴出して草を着火させた。
「便利な体してるなー」
「まあ、自分の身体なんて改造し放題のフリー素材だからね。それより、さっきキャンプファイヤーはカニカツかどうか聞いてたけど、その答えを今教えてあげるね」
「ん?」
「歌うよ、"君へのFIRE!"」
そうして、キャンプファイヤーと同時に、ハンチャンは身体のどこからか曲を流しながら歌とダンスを合わせたライブを始めた。
なるほど、普通に焚き木するよりはライブ会場としても雰囲気が出る。
突っ込みたい所は多々あるが、ペンライトを振ってコールアンドレスポンスをするべきだろう。
「明日君も、僕も死ぬかもしれない〜 それなら、今 伝えるのさこの熱いFIRE!」
ずっと歌っている訳には行かないからか、キャンプファイヤーライブは1曲で終わった。
それでも、こんな謎の多い土地にいるはずなのに、好きな物を楽しめるのは幸せなものだ。
歌を聴いていたその時は、この時間がずっと続いていて欲しいとすら感じた。
しかし、そんな娯楽を俺に与えてくれたハンチャンがその理由を語り始めると、空気は一変してしまう。
「そうそう、今ライブをした理由なんだけど、歌詞にもあった通り明日には君も僕も本当に死ぬかもしれない、だから今君に何かを歌っておきたかったんだ。モーニングライブだって、縁のある女王へいつお別れとなってもいいようにと考えでやった訳だしね。ブッキングと言ったのもそう思わせないための言葉のあやさ」
突然になって、刹那的死生観を持ち出してきた。
その言葉を前に俺は、どうしてもシャーチネード事件の日に酒を飲んで自暴自棄になっていた鮫沢博士と重なるものを感じてしまい、故に怒った。
「ライブが終わっていきなりそんなこと言うなよ! ハンチャンは強いんだろ、もっと楽しい考えで生きていてくれよ……!」
だが、あの時と違い、相手に特別非がある訳でもない。
そもそも本来の肉体を捨てて好き勝手に変形するような義体で生きているハンチャンの価値観そのものは肯定すべきではある。
ここは寿命だってバラバラな異種族が共生し合う異世界サラムトロスなのだから、尚更だ。
「違うよ、人間の価値観は一人一人あって、僕は自分の命の優先度を上には持っていけないだけなんだ」
「そんな言い分、何も納得できねぇ!」
とはいえ、なんでこんな逆上をしてしまったかというと、ひとえに何を持ってその思考に至るのか、それを考えた上で納得がいかないからだろう。
もっと具体的に言えば、ハンチャンが時間稼ぎと言いながら無謀な戦いに挑んで散ってしまうような未来が見えた。
それも、どういう考えを持ってその行動に至ったのか何も理解できないまま状況だけを受け入れないと行けない未来。
ならせめて、もっとハンチャンの事を知ってから、納得している状態で一緒に戦いたい。ただただ我儘な気持ちが湧いてきたんだ。
そんな俺に対し、何かを理解したのかハンチャンは答えをくれた。
「そうか、僕の事を知らないまま、僕に僕らしく動いてもらいたくないんだね。なら、僕がサラムトロスで何をしてきたのかを教えてあげるよ。本当は島での戦いが終わってからにしたかったんだけど、きっと君が知りたい僕がその中にあるはずだから」
「ああ、聞きたい。その話を聞きたい!」
なんであの楽しいライブからこんなことになったのだろうか。どこかでハンチャンは鮫沢博士と同じように自分だけは最後まで大事にする人間と思っていた?
違うな。俺はきっと、仲間と思った相手が死ぬのを恐れ、人が死ぬことに理由を求めている……。
鮫沢博士を散々サメバカと罵っているが、俺も俺で結構な仲間バカなんだろう。
そう自分について考えているうちに、ハンチャンの話が始まった。
「僕は〈女神教〉の親玉をやっているんだ。各国の代表者すら全容を掴めていないあの組織のね」
……それは、どうやら俺の予想を遥かに超える規模の物語みたいだ。
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