第53鮫 シャークロイドは電気鮫のヒレを見るか
何となくドアの外装から予想はついていたものの、そこは小さな個室で、その部屋の奥行きを埋め尽くすようにコンピュータが並んでおり、中央の壁に天井まで高さのある巨大なモニターが設置されている。
「化け物共の正体がわかってくると、何となくこういうオチなのは読めてたよ」
「〈女神教〉のボスとしては、さすがにこのケースの施設は初めて見マース」
この手の部屋に来れば、何となくこの先の展開は読める。
そして、予定調和の如く部屋にあるコンピュータが全て同時に起動し、モニターの電源が起動、そこからツインテールならぬエイトテールとも言うべき8本に分けて伸びた髪型でアジア系の顔つきな男性の頭部がデカデカと映し出された。
「コホン、よくここまで辿り着いたと言っておこう。私はタコオック・チヒロヒローだ」
「出やがったな黒幕野郎」
「何から何までセンスのないハリキリボーイのお出ましデスネ」
とはいえ、いきなり戦闘を仕掛けるのも愚策と言えよう。
相手がどんな情報を握っているのかも分からない。
できれば上手く会話を続けて情報を引き出すべきだ。
「お前は一体何が目的でラッターバ全域の海にあの怪物を放ったんだ? たくさん人が死んだんだぞ!」
「私は崇高なるクトゥルフ神話の生態系を、神々を、タコと合体させつつこの世に権限させただけだぞ。人の生死? それがなんだと言うんだ」
「タコが好きならクトゥルフ1体作って満足しとけよ!」
「いや、その理屈はおかしいデース」
「私はクトゥルフよりハスターが好きだから崇拝者は作れても対立している相手なんて造る気になれん! でもルルイエは再現したいなーと思って造った!」
「やっぱりこいつも鮫沢博士と同じ穴のムジナかよ!」
コントみたいになってきたが、おかげでタコオックは適当にゆさぶればガンガン情報を吐いてくれる鯱一郎タイプだと分かった。とても好都合だ。
「ていうかなんでそんな状態なんだよお前」
「寿命には勝てなくてな、"サラムトロス邪神エンド計画"を始動した後は時間との勝負になったので続きはこの疑似人工知能に任せる事にしたのだよ」
「それで、どうやってここまでこのヒョウモン島をめちゃくちゃに出来たんだ?」
「ああ、それについては……少々長話になる」
結果、彼は本当にベラベラとこの島について語ってくれた。
鮫沢博士が俺達の裏で読んでいた日記の内容に当たる部分は割愛するが、逆に言えばそれ以外は全て新たな真実だ。
「いやぁ、島の住民はいい奴らだったよ。なにせ、何も信じていないんだ、そこに漬け込めば簡単にハスターを信仰してもらえる。動物達も同様だな」
「……言いたい怒りの言葉は山ほどあるが落ち着こう。だが、ひとつ気になる、その本はどうやって造ったんだ?」
「島は自然に溢れていて、私ほどの技術があれば製本など一晩あれば可能。そこに洗脳するための文法を仕込むのも容易だ。ただ、そこから彼らを利用しても135年掛る計算になったのは驚きだったが、気が付けばすぐだったよ。あとは半年もしないうちに私の邪神がサラムトロス中を覆い、滅びる」
つまり、この島はサラムトロス邪神エンド計画なるクトゥルフ神話が好きな奴の趣味だけのためにこうなったというわけだ。
しかも、これからは世界まで巻き込むことまで確定事項。
どう考えても、彼の倫理観は狂っている。鮫沢博士すら保身のために人体実験は避けてる中で平然とソレを行うレベルにだ。
なんなら、『生きている間に見るサメに意味を見出している』鮫沢博士と、『死んでから先に成される計画に意味を見出す』タコオック・チヒロヒローは真逆の存在とすら言える。
ただ、彼の全容が見えてきた中で1つだけ気になる発言があった。
「しかし、何故ジードの奴はあそこまで私について来たのか……まあ、結局島に来てから3年もしないうちに邪魔になり殺したが」
ジード・メッシー、どこかで聞いた名前と似ているが、話の限りこいつにとって唯一の相棒な存在のはず。
それについて分かっていない態度を取っているのは何か腹が立つ。怒りを抑えきれない。
「なんで殺したんだよ! 相棒だろ!?」
「私がサラムトロスに来るよりも前、〈
思えば鯱崎兄弟はありえた鮫沢博士の未来のような人間らしさ(?)があった。
人間の価値観から逸脱しているハンチャンにだって、その上で守るべき社会の倫理が備わっている。
だが、彼にはそんなものが一切ない。
好きな物のためになら何でも出来てしまうのだから。
「せめてだよ、せめてさ、あいつが〈
「もう話は十分デース!」
彼は楽しそうに自身の計画を語っていたが、突如としてハンチャンは頭部と両手をカニに変形させながらモニターをぶん殴った。
「ぐべぇ!」
正直俺も苛立ってきていたので、もう武器を振り下ろす寸前までペンライトへ手が伸びていたが、便乗してこちらも攻撃する出来るような隙も与えず2つの眼からビームを放ってコンピュータを破壊していく。
「社会がなんだのと言い訳を付けてこいつを殺しておかなかった自分にムカついてマース。今更の八つ当たりデスカラ、彩華は手を出さないでくだサーイ!」
ハンチャン自身はそうは言っているが、何となくこんなゲス野郎相手に俺の手を汚させたくはないという感情が伝わってくる。
疑似人工知能といえど命は命だ、いずれその日が来るにしても、人間としてのブレーキが変わってしまう殺人という行為をタコオックのような奴で経験させる訳には行かない、そういうことだろう。
「ありがとう、ハンチャン」
「責任を取るのが偉い人のワーク。それより、こんな奴を倒した所でこの島の問題は解決せず海は荒れ放題デース、事件のコアになっているであろうハスターを倒してしまいまショー」
俺はまだまだ子供で、こんな小さな所で大人に心を守られるとは気持ちよくない現実だ。
だけど、今はハンチャンの言う通りそんなことを考えている余裕などない。
そんなハンチャンは、破壊したタコオックのパソコンからHDDにあたる部分を取り出しにし、腕をサイバーなケーブルで形成された爪に変形し突き刺していた。
データだけ抜き出して今後の戦闘に活かせるヒントを探しているのだろう。
「アイヤー……タコオックはハッキングが得意すぎて私でも知らないことを沢山知ってたみたいデース」
中身を見て直ぐに何か不穏なことを言い出した。顔も妙に青ざめている。
ちゃんと揺さぶって聞いておこう。
「何を知ってたんだ?」
「そうデスネー、サラムトロス生まれの〈
何か嫌な予感がする話だ。
世界をハッキングだなんて馬鹿げたことを実現していたとは、常識外れにも程があるだろう。
事実、そこから続く話はハンチャンの不安を煽るには十分な内容であった。
「つまり、タコオックは〈女神教〉の存在を認知して動いていたんデース! だからこちらに気付かれないまま活動を続けていて……この島自体が私を倒せると確信しての罠なんですヨ!」
「……は?」
「更にいえば、私達が救助するべき人物のバーシャーケー・ペンサーモンがタコオックにとっての〈
「死後に計画が完遂するとは言っていたが、脅威を取り除けるからって意味かよ。何て奴なんだ」
少なくともタコオックは鯱一郎を超える強敵であり、ハンチャンはありじ……
だが、世の中なんでもワンパターンに話が進むことはありえない。
ライブのために遠征したらいつの間にか異世界に転移することだってあるぐらいにはな。
「だけど、今この島には
「……それもソウ! タコオックはサメについての情報だけは持っていませんでしター! 女神が上手く立ち回れた証拠でショー、サメの強みここにありデース」
そうだ、仮にサメだけで倒せない相手でも、サメとカニが手を組めば倒せるはず。
何もハンチャンは、悲観的に捕えるしかない情報だけを手に入れたわけじゃない様子でもある。
「そうソー、彼はこの島の湖にいる"何か"を恐れているみたいデース。それが私達に勝利を与えてくれる鍵になると私の
「なら、それは鮫沢博士と俺で何とかしよう」
しかし、なんだろうか。
少しずつ気がついてきた、俺はハンチャンと背中を合わせて戦うよりも、鮫沢博士と共に戦う方が性に合っているんだろうと。
昨日からの会話を続けている内にハンチャンはアイドルとしては推す、だけど俺の相棒が鮫沢博士なのは揺るがないように思えた。
気付けばサメの肩を持っていて、本当にカニはカニ、サメはサメなのかもしれない。
***
それから外に出てみれば、あの
「オット、騙されてはいけませーン。アレは邪神でもなんでもナック、タコオックの生み出す化け物達を管理、統制するAIを積んだ戦闘ロボットみたいな奴デース」
「マジで?」
「故ーニ、アレを粉砕すれば他のタコも制御不能になって消滅しマース。ミスターサメザワ達と合流するまでにバーシャーケー王と合体していない事を祈りまショー」
つまり、アレさえ倒せばサラムトロスの平和を取り戻すことが出来る。
思ったよりシンプルな戦いになりそうだ。
それに、恐怖なんてものは、正体を暴いた上で倒せる存在と分かりさえすれば感じるはずの無い感情。
そう考え、ハスターの元へ向かおうと走り出したが……その時、俺達は"あるもの"を見た。
「オーウ、アレを見てくだサーイ! 地上から天に向かってビームらしき光が伸びてマース!」
「おそらく位置を知らせるための照明弾みたいなものだ、鮫沢博士達との合流を急ごう!」
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