第56鮫 ザ・リターン・オブ・ハスシャーク

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SIDE:セレデリナ:セレデーナ

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 私の相手はあの黄色い大きな布、一度逃げられているのもあり、ここで仕留めたい。

 あのカニこそいないものの、代わりにバーシャーケー王がいる、2人で手を合わせれば勝てるはずだ。


「SHARK!(サード・アイレイ!)」


 まずは私の定石であり先手必勝の必殺をお見舞する。

 サメとして巨大化しようが魔法の規模は変わらないが、サラムトラス・キャンセラーを無視した攻撃を行えるのは非常に大きい。


「……」


 しかし、黄色い大きな布は私の魔法ビームを避けようともせず、命中したかと思ったその時……

 魔法が効かないどころではない、そもそも攻撃がすり抜けるとしたらそれは幻覚か何かであって、物理的な干渉を受ける怪鳥や巨人を生み出せる存在に攻撃が通用しないことはおかしい。

 とはいえ、この現象は魔法攻撃に限るのかもしれない。……私は1人じゃないから。


「我輩の出番だァ! シャ拳法"滝落たきおとし"」


 私がサード・アイレイを放つのに合わせ、バーシャーケー王は大きく飛び上がり、光が途切れた瞬間に落下の勢いに任せた蹴り落としを仕掛けた。

 どの道相手は目立って動こうとしない、攻撃は炸裂するはずだ!


「なにィ!」


 だが、これもダメ。

 相変わらず攻撃はすり抜けていき、お互いにダメージらしいダメージを与えることが出来ない。

 奴の〈サラムトロス・キャンセラー〉は更に上の力を持ち、物理攻撃すら通さず、サメの攻撃すらも無効化するとでも言うのだろうか?

 ……いや、それはない。

 今、納得の行く原因がわかった。

 さっき話に出ていた精霊だ。

 つまり、黄色い大きな布は、"はすたあ"は、タコオックが精霊を再現した物。


 精霊だから、私達の持つ攻撃の術は全てすり抜ける。

 あまりにも単純明快。

 元々は、島の亡霊を倒すことが目的だったバーシャーケー王の救出だと考えると、幽霊の正体でもある精霊の相手をする羽目になるとはよくできた話だ。

 憶測でしかないが、下でおじいさんが戦っている化け物達もこいつが操る従者にすら見えてくる。


 そもそも、ラッターバ王国が出した結論がヒョウモン島の亡霊が犯人という話なのだ、タコオックは自ら従者を生み出す能力を持ち、自身の実験動物達の統制を図れるある種の神を、精霊というほぼ無敵の存在と織りまぜて作り上げたのだろう。

 さて、憶測の推理などこの程度で十分だ。

 細かい原理は戦いが終わった後おじいさんに調べてもらうとして、私達はどうにかしてこの幽霊を除霊しなければならない。

 そんな手段、存在するのだろうか。


「SHARK、SHARKSHARK(……というのが私の予想ね)」


 何とかこのことを要約して王様に伝えようとした所……何故かサメ語が通じた。


「何を言っているのか理解出来たァ、確かに我輩も似たようなことを考えていたぞォ! しかし、攻めるにも向こうの反撃が来ているゥ!」


 どういう形であれ、サメに対する大きな関心を持つ者には理解出来るのだろうか。

 そして、王様が返事をした直後、黄色い大きな布は全身からビリッと穴を開け、そこから無数の触手がニュルっと生えてきた。

 その触手はすぐ様に私達の元へと真っ直ぐに伸びて襲いかかる。

 となれば、防御手段はこれしかない。


「SHARK!(サード・アイレイ!)」


 私のアイから放たれる光は触手を巻き込んで黄色い大きな布にまで突き進む。

 だが、触手こそ焼けたが、布は当然のように通り抜けていく。


「SHARK、SHARK(攻撃手段自体は互いに干渉できるけど、やっぱり本体には効かないみたいね)」


 そんな状況で、バーシャーケー王は予想外な一言を呟く。


「なるほどォ、何となく勝ち方が見えてきたぞォ!」


 向こうは攻撃し放題で、こちらは防御にしか回れなくてジリ貧になっていくだけ。

 そんな中で思いつく作戦とは一体何なのだろうか?


「確かァ、我輩がこの島に招かれた存在かもしれないと貴公らは言ったなァ?」

「SHA、SHARK、SHARK(い、一応したけど、おじいさんが)」

「いや、偶然などこの世に存在しないィ! きっとこれは全て必然であるゥ! つまりはァ、我輩はあの黄色い大きな布を纏う資格を持っておりィ、纏っている状態なら相手は我輩ということになるゥ、となれば精霊の力など関係なくセレデーナの攻撃が効くという話だァ!」


 まさか、あんな世迷言を信じていたとは。

 しかし、そんな自己犠牲を前提とした作戦を通させる訳には行かない。私はすぐにこう返事を返した。


「仮にその作戦が正しいとしても、私は昨日友達になったばかりのバーシャーケー王を殺したくはないわ。その考えだけはやめて」


 私の本心としてはこれしかない。

 友を犠牲に勝ち得る勝利など、認められない。

 サメと出会ってから友情を知った私はそう考えてしまうから。


「そもそもこうでもしなければ民を守れんならァ、王としてやることはひとつなのだァ! この運命は全て必然ゥ! 本当は手合わせしたかったがァ、会えただけでも嬉しかったぞサメの貴公らよォ!」


 しかし、王様はそんな私の感情を無視して黄色い大きな布に飛び込んで行った。

 王様が手を大の字に広げながら黄色い大きな布の前に立つと、触手が王様の腕を拘束し、ゆっくりと布自体が体に取り付いていく。

 そして、気が付くと王様は黄色い大きな布を全身に纏った邪悪な邪神とも言える姿になってしまったのだ。


「SHA、SHARK(嘘、こんな展開嫌よ)」

「……」


 邪神は何も話さない。

 きっと、存在するだけで世界の脅威になりうる存在なのだ。

 布とバーシャーケー王、このふたつが一体となって完成されたようにも見えるそれは、彼がタコの〈百年の担い手ハンドレッド・マスター〉であると確信する他ない。

 けど、だからといって、なんでも割り切って対処出来る冷徹な人間でもない私が友達を相手にアイレイを放てる訳がない。

 そんな現実を前にして挫けかけている私に、偶然近くにいたおじいさんが言葉をかけてくれた。

 

「何となく会話は聞こえておったぞ、その作戦自体は悪くは無いじゃろう」

「SHARK!(だからって!)」

「わしとてサメ友を名乗るシャケを失いたくないわい、話は最後まで聞くんじゃ。鮭王の言う通り今攻撃が効くのであればお得意の組技で組み伏せてそこで細かく布を焼く戦術が通用するかもしれん。鯱二郎タイプの〈担い手マスター〉と考えると、布自体の強さが1.8倍に強化され、そこに鮭王自身の強さまで加わってしまうがのう」


 ……なるほど、確かにその理論ならば殺さなくても済む。

 本当は彩華やカニのツメも借りたいところだが2人が間に合う保証はなく、私がサメでいられる時間はあと2分も無いが、この作戦なら王様を殺さずに勝てるかもしれない。

 ただ、敵の強さはおじいさんが予測した程度のものでは済まず、更なる面倒事がなだれ込んできた。


「まずいぞい! 鮭王が布を纏ってから雑魚のタコ共が1.8倍に強くなっておる! 実質同じ存在という証拠なんじゃろうが、わしとサメ大工だけでは持たん!」

 

 どうやらバーシャーケー王の作戦は想像以上に大きなリスクとセットだったようだ。

 一体一体倒すのにかかる手間が増える分、無限に増え続ける地上の敵はアリの大軍な如き数にまで悪化するのも時間の問題。

 まだ彩華達がこちらに来る気配はなく、このままではおじいさんだけで抑えきることは不可能と言っていい。

 そうなると、足元の敵も意識しながら戦わなければならず……このままでは私がサメでいられる2分を持たせる事すら分からなくなってくる。


「背サメの陣、再びじゃな」


 ――そんな絶望が漂う中、おじいさんの前に空から超高速で何かが飛んできて、左腕と右膝を地面に叩きつけて着地した。


「恋人のピンチには駆けつける。それもまた魔王の役目なのだ」


 その姿は子供のように小さく、漆黒の鎧を身に纏った魔人種の女性……アノマーノだ!!!!!

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