第43鮫 湖畔の鮫

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SIDE:セレデリナ・セレデーナ

***


 あれから気が付くと、あたりの風景は三角に目立つサメの背ビレが浮かび上がりそうな海辺になっていた。

 毎晩あのタブレットなるものを経由して映画を見ていたせいか、認識が歪みつつある気はする。

 なお、現在シャークルーザーが船頭からすっぽりと砂浜に突き刺さった状態で、上手く水上に浮かばせるのは現実的ではない。

 となると、新たに一時的な拠点を確保する必要があるだろう。

 何より、ハンチャンと彩華は別の位置に飛ばされたみたいでここには私とおじいさんだけしかおらず、2人だけで帰る選択肢は以ての外だ。


「ここがヒョウモン島みたいね」

「一昨日の怪物やらタコ天使やタコ巨人のことを考えると、この島もタコまみれじゃろう。わしらはともかく、彩華が心配じゃ」


 実の所、私もサメになれる時間は1分を切っている。

 彩華なんて丁度時間が切れている頃だろうし、サメなしではチワワ相手にボロ負けしそうな彼が1人になるのは不安でしかない。

 せめてハンチャンと同じ位置に落ちていてくれればいいのだが……。


「不確定なことを心配していてもしょうがないじゃろう。わしらはわしらで王を探すべきじゃ」

「それもそうね」


 ひとまず、気持ちを一旦切りかえて辺りを細かく見てみることにした。

 浜辺自体はとても小さく、崖に囲まれた沖といったイメージでいいだろう。

 そして、崖から先は森になっているようなので、フリークライミングで登って森の中へと進むことになった。


「カニカツに対抗してサメカツじゃな」

「崖を登ることもサメなの!?」


 森の中は草が生い茂り木々が並び立っており、とてもじゃないが人が生きてきた痕跡は見えない。

 それどころか、鳥や狼のような自然の生き物はパッと見だと見当たらなく、鳴き声も聞こえてこないどこか不気味で殺風景な環境で、風景自体は綺麗なのにあまり長居したいと思えない不思議な居心地だ。


「生き物がいないというのは、生物学者としてかなり引っかかるところじゃな。歴史の通りならせめて原住民がいるはずじゃし、何かしらの集落を探すとしよう」

「原住民は外部の人間を見つけ次第襲うみたいな考えかもしれないし、要注意だけどね」


 それから先を歩いていっても相変わらず殺風景なままだった。

 なまじ教会から地下へ続く階段のことを考えると、こういう場所ほど油断ならないという経験もついていて、2人揃って何か喋るにも淡々とした内容の会話になりながら不気味な森を突き進んでいく。


「この島の歴史から考えて陸を走るサメの1匹ぐらい居てもいいんじゃが、まさかこうなるとはのう」

「わかるわ」



***


 そうして30分程時間が経ち、草木をかき分けた先には5kmの広さを持つ円形の湖があった。

 水路としては海から繋がった場所なのだろうか、サメとしての本能が塩水であると告げている。

 しかし、水の中を覗いてみると、やはり魚等の生き物は見つからない。


「湖にもサメがおらんじゃと!?」

「私もちょっと期待したけど、諦めるしかなさそうね……」


 ただ、今の位置から少し遠い場所に湖の上に丸太を積み上げたような造りの家々が並ぶ集落らしき場所が視界に入った。

 もしかしたら原住民がいるかもしれない。

 すぐ様その集落へと向かうことにした。


「民家があるわ!」

「人がおりそうじゃ!」


 結局、何も無い真っ緑な景色が変わったことによる興奮からか到着には5分も掛からなかったのだが……。


「無人じゃな」

「ここも人がいないの!? 気味悪いまんまね……。まあ、一昨日からそんな調子だけど」

「さめばみやこじゃな」


 原住民がどう接してくるのか読めないと考え、到着してからは警戒しながら探索をしたものの、どの家も木製で湖の上にある村らしく家から家を繋ぐ道路も丸太を繋げた物だ。

 たが、この集落からは明らかに人がいる気配を感じられない。

 普通人が住んでいるならば多かれ少なかれ物音が聞こえてくるはずだが、そういったものも無い様子だ。

 ここは十数件の民家が並ぶ集落のようで、鍵がかかっている家もない。あっても扉ごと壊すけど。

 なので、手当り次第に家の中を探索するのも2人なら容易ではあったのだが……。


「やはり無人じゃな」

「腐った保存食も残っていたし、衛生上から考えて少なくとも100年は経っていると見るべきね」

「サメではない魚人らしく絶滅したんじゃな」

 

 一応彩華が作り置きしてくれた保存食を船から取りして持ち歩いているものの、その後の食料を確保するのは大変そうだ。

 植物を上手く加工して食いつなぐのが限度に見える。

 私達は、生き物のいないこの島で途方に暮れるしかないのだろうか?

 そうしているうちに、少しぐらい休みたいという感情が強くなっていき、最後に入った民家にあった机の椅子に座った。

 すると、机の下に1冊の本が落ちているのを見つけた。これは日記帳だろうか?

 しかし、本当に見た事のない字で表紙すら読めない。

 〈ビーストマーダー〉は海外遠征も多く、私はメジャーな発展国の言語なら読み書きできるバイリンガルなのだが……。


「何これ、読めない字で困ったわ」

「こういう時は鮫神様に貰った翻訳能力の出番じゃな、未知の言語じゃろうとそれがサラムトロス語なら読むのも容易いわい」


 そして、おじいさんはそう言って日記を読もうとした。

 だが、そこで問題が起きる。


「これ、タイ語じゃぞい!?」

「タイ語?」

「わしの世界の言語じゃよ、それこそタコの〈指示者オーダー〉の出身国じゃ。翻訳能力の対象にはならん以上、タイのサメ論文を読むために勉強してなかったら本当に誰も読めなかったわい」


 おじいさんの世界の言語で記された日記がここにあるとは、この集落に起きたことは〈指示者オーダー〉案件であることが確定したも同然。

 加えて、他の民家のものを見る限り家具などの物品が私が知りうる1000年前の田舎の文明力といった印象で、紙を……それもこのようなノートが普及するような文明を持っているとは考えられない事から間違いなくこれはクロだ。


「ま、まあ読めるなら一旦読んでもらえる?」

「それはもちろんおまかせじゃ」


 だがあるものはあるのだと割り切るしかなく、おじいさんに読み上げてもらうことにした。



***

SIDE:ジード・メッシーの島探索日記

***


・1日目

 俺はジード・メッシー、誇り高きメッシー家の冒険家だ。

 友人のタコオック・チヒロヒローと2人で航海をしていた所、地図には存在しない島に行き着いたぜ。

 未開の島ならそこにしかない植物やらで儲けられるかもしれない。

 面白そうな場所なので、せっかくだから航海日誌とは別にこの島探索日記を残そうと思う。

 あいつしか知らない文字ってのも面白いし、試しにタコオック語で書いてみるぜ。

 一緒にいるうちに、覚えちまったからな。


 しかし、この島には見たことの無い生物ってのはいないが、それと同時に魔獣そのものがいねぇ。

 少なくとも、統合戦争中に外の人間や魔族が上陸しなかった島ということになる。

 島は木々に囲まれた森を中心としており、ひとまずはテントを立てて自然と共に寝泊まりすることとした。

 タコオックの奴も、「自分の力を認めてもらうに相応しい場所だ」と言っていて元気だぜ。


※注釈:タコオック・チヒロヒローは俺の親友。

 種族は俺と同じヒト種で男性。

 彼は魔法に溢れたサラムトロスで、それも東の国の存在を知らずに科学の研究を続けていた孤高の天才。

 魔法を前にその研究が認められない中で悔やんでいた彼を冒険の仲間に引き入れたというのが出会いの経由。

 旅の船も俺自作の雑な船ではなく、彼お手製のジーニアスオクト号という東の国も真っ青なハイテクスーパーボートで非常に楽な旅をさせてもらっている。

 不思議な力で何でも造ってみせるが、出身地だけは頑なに話さないから、こいつだけが知る謎の言語はタコオック語と呼んでいる。(もちろん、あえて詮索するなんて無粋なことはしていない)



・2日目

 なんと、2日目にして原住民に出会うことが出来た。

 湖畔の上に集落を建ててるなんて珍しい連中もいたもんだぜ。

 どうやら魚人種しかいないようで、ラッターバ王国に関わりがあるのだろうか? と疑問に思っていたがその事について聞いて答えてくれるものはいない。

 かろうじて何かを知ってそうな村長も「その国の名前を口にするでは無い」としか答えてくれねぇと来た。

 これは、あの国に隠された秘密が……伝説のお宝がするるかも知れねぇ! タコオックも同じことを考えていたのかグータッチしたぜ!

 しかも、この集落の人々は優しくて邪険に扱われることもなく、空き家を宿代わりに貸して貰えた。俺達ってばラッキーボーイだぜ。



***


「何、この日記」

「読みあげるわしも恥ずかしいんじゃぞ!」

「でも、タコオック・チヒロヒローっておじいさんの言っていた〈指示者オーダー〉じゃないの? 書いてる本人じゃないってのがややこしいけれど」

「本当にハッカーなことと名前しか覚えとらん奴じゃがな」

「それより、原住民が外の人間を襲うどころかもてなすなんてどういうことかしら」

「世代が変われば先祖の思想など消えるものかもしれん。相当な世代交代を経た時期に記された日記なのは間違いないじゃろう」

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