第40鮫 未知なるサメスを求めて
レースが終わると、お互いに馬鹿な勝負はやめて船を通常の速度に戻しゆっくりと並走して移動することになったのじゃ。
別にスピードを出していなくても怪物にしか見えない巨大な蟹軍艦に東の国製船に見えるシャークルーザーを前にすれば、海賊もビビって喧嘩を売りに来ることも無い。まさしく安全運転じゃわい。
このペースでもあと30分もすれば到着する地点にいるのじゃが、運がいいのか魔獣が襲撃してくることも無い、本当に安全じゃのう。
そう、ゆったりとしたムードの中、ハンチャンが1つ話を持ちかけてきたのじゃ。
「そういえば提案なのですガー、ここからは私の指揮の元で動いて貰えませんカー? 皆さんは何というか、集団行動への慣れがイマイチそうで不安なんデース」
「なんじゃと、わしらがカニの下につけとでも言うのか!?」
「そうよそうよ、負けを認めた相手の命令なんて聞けるわけないじゃない」
独特の喋り方もあってかやけに腹が立つ。
そこまでしてカニ優位な状況を作りたいんじゃろうか?
しかし、わしらは操縦室から鮫ノ口型拡声器を経由して喋っており、相手も機体に内蔵されたスピーカーを通しておるこの状況、傍から見ればお互いめちゃくちゃ大声で会話しているように見えてシュールじゃろうな。
「いや、話は最後まで聞いてやれ。あえてこんな話を持ち出すには相応の訳がありそうだろう?」
なお、この件に関して、彩華だけはハンチャンの話を聞く姿勢じゃった。
しょうがない、彼に免じて続きも聞いてやろうかの。
「あの勝負に負けた以上、カニとしていちいちサメに喧嘩を売るようなつもりはありまセーン。ですが、カニはカニ、サメはサメな話。私はこれでも一組織のボスをやってるんですヨー」
「ボ、ボスガニじゃと!?」
「つまリー、武力を持つ人間に指揮するのはどう考えてもミスターサメザワや残り2人より私は優れているんデース」
ムカつく言い回しかつ信用していい話かわからんが、確かにマウントを取るための嘘とも思えん。
それに、真実ならば明らかにわしがリーダー風を吹かせるよりいいかもしれん。
悔しいが、今は認めておくべきじゃろう。
「なら、今回は指揮官カニとして活躍してもらおうかのう。それはそれとして、その組織とやらはなんなんじゃ?」
「組織についてはちょっと今すぐには言えないデース、変にハプニングを起こされたくないので、王を救出してからで構わないデスカー?」
ここに来て冷静な対応……これは今の間は下手に詮索せん方がいいんじゃろうな。
「了解したのじゃ。あまりその件には触れんでおこう」
「私としても、正直おじいさんの指揮が頼りになるとは思ってなかったから助かるわ」
「ぶっちゃけ力でゴリ押しだからな」
「サメ=力=正義じゃろ! ゲッシャーク線の研究をしていた時にサメの意思がそう答えてくれた」
「徹夜続きで見た幻覚かな?」
そんなこんなで〈ガレオス・サメオスinハンチャン〉の役割分けがある程度定まったのじゃが、少し時間が経ったあと、操縦席の後ろにいる彩華がひとつ不安になる話をはじめたから困った困った。
「鮫沢博士、ちょっと格納庫で問題が起きたんだ、聞いてくれないか?」
ろくでもない話じゃろうから聞きたくないぞい。
「違和感を覚えて再確認した訳だが、やっぱりあのロボットが壊れてないんだよ」
「いい事じゃないかのう?」
「そうそう、いつもサメを壊されるのは溜まったものじゃないわよ」
「いや、あの日の事とそれからの事を照らし合わせながら考えてたんだけどさ、シャーチネード事件以外の日はサメを必要とする戦闘が無かった、だから俺が1回でも使ったサメは制限時間を余らせていようがぶっ壊れたり死んだんじゃないかって」
「……マジぞい?」
確かにその話は辻褄が合う……。
本当にそうであるならばヒョウモン島に現れる怪物も彩華の〈
それは即ち、わし個人の力では太刀打ちできない脅威がそこにいるということ。
いかんな、さっきのレースでだいたい残り2分まで時間を使ってしまったのは失敗じゃったかもしれん……。
***
それからは、何が来てもいいようにと緊張感を保ちながらの航海を続けておった。
「ところでおじいさん、向こうから船がたくさん来てない?」
そんな中で、セレデリナが何かに気付いたようじゃ。
彼女が指差す方向を見てみると、そこには5隻程の船でわしらと同じ進路をとっていた。
ヒョウモン島付近の海域は漁をするには効率が悪く人気がないと聞いておったが、ここまでたくさんいるのは少し違和感があるのう。鮫ノ口型拡声器で彼らの話を聞いてみるぞい。
「お前さんらー、行先はどこなんじゃー?」
「何ってヒョウモ……なんだその船!?」
「ば、化け物だー!」
しかし、彼らはわしらの船を見た途端に魔獣と勘違いしたのか砲撃してきたのじゃ。
流石にここで船に傷を付けたくはない、せめて砲弾を避けておこう。
「フレアレーザーデース!」
そんな時、隣にいたカニ軍艦の口部から無数のビームが発射された。
そのビームはあっという間に全ての砲弾に直撃し、2つの船には傷一つ付くこともなく全て撃ち落としていく。
カニ軍艦、予想通りではあるが射撃兵装も中々じゃな。
「落ち着いてくだサーイ!」
「「「「「落ち着けるかー!」」」」」
「イヤデスネー、私は貴方たちが何故ここにいるのか気になるだけデース。漁師にも海賊にも見えないデスシネー」
「なあ、アレってあの化け物が喋ってるのか……」
「ここは素直に受け答えした方がいいだろ、うん」
よく見るとどの船も船員は10名程で大きさもシャークルーザーより一回り小さい木製のモノみたいじゃ。
わしらの船に比べれば稚魚みたいなものと言える。
それに、今はハンチャンが指揮官らしく彼らの事情を聞き出してくれるみたいじゃ。交渉力を見せてもらわねばな。
「これ以上攻撃しなければ何もしまセーン、ひとまずこの海域に今いる理由だけでも教えて貰えませんカー?」
「俺はこの海守船団の代表、バード・フードだ。目的はただ1つ、王の救出にある」
ほう、どいつもこいつもカニ軍艦の化け物じみた大きさにパニック状態なようじゃが、徐々に落ち着いてきたのか素直に対応してくれるみたいじゃ。
「待ってくだサーイ、その仕事の依頼主は誰ですカー? 私達は女王直属の王救出部隊、貴方たちがいること自体がおかしいデース」
そんなハンチャンはカニ軍艦に変形した状態を維持しながらも海守達(?)に揺さぶりまでかけている。どんどん情報が出てくるぞい。
「くっ、言わなきゃ殺されかねない、答えてやろう。俺達は漁師協会"ダークリッチマン"に雇われた海守だ。本来は漁師の護衛が仕事だが、魔獣討伐がメインではない傭兵業をすることもあってな、国より先に王を救出したい依頼主に答えただけだ」
「なるほど、島に先じて向かって王を
「そ、そんな訳あるか!」
こいつらが島に上陸するのは厄介じゃが、かといって建前上は全員ただの傭兵みたいなもので、こちらに大義名分もない以上船を沈めるわけにもいかない。流石に上陸防止は諦めるしかなさそうなのは面倒じゃのう。
ただ、このまま安全運転のペースでもこいつらの船より1時間は早く到着するじゃろうし、その間に王を見つけ出すのもわしらなら可能じゃな。
「大体分かりましター、私達は先に行きますネー」
「女王はなんてやつを雇ってるんだ……喋る化け物に東の国の船などどうやって……」
こうして、わしらは彼らを無視して先へと進んでいった。
***
あれから15分程の航海を続けると、ついにヒョウモン島と思わしき孤島が見えてきた。
「おお、アレがヒョウモン島か」
「見てる範囲だと特に変な雰囲気はなさそうね」
あとは無茶せず速度を維持して船に着陸するだけだと安心していたのじゃが……そう甘い話はなかった。
――周囲が突然、大きな霧に覆われたのじゃ。
操縦室の視界はガラス越しの目視の範囲という形式のため、ここまで曇ると何も前が見えんぞい。
「えっやば!?」
「間違いねぇ……」
「わしのサメサメ危機探知センサーがシャーシャーに反応しておる、ひとまず外に出るんじゃ!」
わしらは一旦船を止め、急いで船上に移動したのじゃが、サメ軍艦も同様に停止して警戒状態になっておった。
「これは困りましたネー、熱源感知システムには特に反応がないんですが、何かの影が見えてきてますヨー」
さらっと怖い事を言いおったがそれも事実で、霧の先に大きく不定形な影が宙を浮くように浮かび上がってきている。
そして、その影はどんどんこちらへと近付き、100m先の位置でその姿を顕す。
「なに、アレ」
「知らないわよ……」
――それは、30mはある"黄色い大きな布"じゃった。
布の輪郭をよく見ると、人が着るフードのように頭部と手を突き出すための穴こそ見えるが、そこから先は何も見えん。
本当に、ただただ黄色い大きな布が浮いておるだけじゃ。
「ウーン、ひとまずは様子見をお願いしマース」
これに対し、こちらから動いてなにか反撃されては困ると黄色い大きな布に対しては何もしないように立ち回ることになった。
じゃが、そんなわしらなどもとより眼中に無いかのような素振りを見せると(厳密には生物として感情を持って体を動かす動作をしたように見えないが、人間の意識としてそう見える)、手と顔の穴からあたかも最初から中にあったかの如く大きなタコの触手が何本もはみ出でてきた。
何もかも、そう表現するしかない。
生物学や物理学のその他もろもろに精通しておるこのわしを持ってしても、それを見た時に脳が無理やり状況を解釈しようと処理を行う有様じゃ。
「これは単なるホラー物体と言い切れるものではなさそうデスネー……」
ハンチャンも困惑の状況みたいじゃ。
つまり、ここに2人おる〈
そして、黄色い大きな布の触手はモゴモゴと動き、海という名の大地へと種を植えるように穴から触手をボトボト落としていく謎の動作を始めた。
当然8本しか無いなどという法則性はない。芋虫のようなタコの触手だけで出来た塊が無数に布から落ちていくのじゃ。
「ごめん、ちょっと奥で吐いてくる……」
「おじいさん、あれを見てどう思う?」
「ん、サメのエサじゃな」
「同感ね」
非現実的事象への耐性が低い彩華はともかくとして、わしとセレデリナはサメと向き合っておるから不安なんぞおきん。ハンチャンもカニ故に同様じゃ。
一方で、黄色い大きいな布の動きは止まらない。
ついには、芋虫のような触手の塊が落ちていった位置の海面から光が放たれたのじゃ。
3mの背を持ち、干からびた顔とやせ細った体を持つ人に近い体型の生物だが、常に四つん這いであり手に生えた鋭い鉤爪が別の生き物なのだと解らせてくる……背に生える羽根がタコの触手だけで構成された"天使"。
それがとてつもない勢いでどんどん海から浮上していき、その数はおそらく80匹にも及ぶ。
――そう、空は天使達の物となった。
「アレは……今命名した、タコ天使じゃ」
「シンプルに怪鳥とかそういうあだ名で良くない!?」
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