第38鮫 デイビー・シャーク・ファイト

 それから熊王とは別れて隠れ港へと向かう移動中、彩華がハンチャンに質問をしておった。

 仲間同士なら隠し事はないに越したことがないのう。


「気になったんだが、ハンチャンに〈百年の担い手ハンドレッド・マスター〉はいないのか? 女王もあくまで個人として紹介するから不思議でさ」


 言われてみればそうじゃ!?

 勢いに流されてしまっておったわい。


「実は生まれてこの方独り身なんですよネー。ミスターサメザワみたいに相棒もセット転移して欲しかったデース」


 おお、なんじゃか知らんが少し勝った気がするぞい。

 戦力的にはマイナスじゃが、カニに相棒がいないのはヒエラルキーで上に立てて都合が良い。



***


 そして、少し時間を経てシャークルーザーを待機させてあった隠れ港に到着したのじゃ。


「ヘー、これがジャパニーズシャークデスカー」


 ハンチャンはシャークルーザーを前にしても平然を保っておる。流石はわしと同じ〈指示者オーダー〉じゃな。


「お前さんの船は無いのかや?」

「そうデスネー、正直言うと……」


 ふとしたわしの一言に対し、ハンチャンは発言の途中で息を吸い込み始めた。

 

「こんな日本のサメは弱すぎデース! カラ、中国のカニを見せてあげマース!」


 そこから吐き出すように放った言葉は、とんでもない罵声!

 喧嘩の申し込みにしか聞こえないその返事を返し終えると、更には海へと飛び込んでいった。


「ど、どういうことなの」

「な、なんか海が揺れてないか?」


 すると、は大きな波を起こしながら、海底から浮上してきたのじゃ。

 その姿は縦に胴体の何倍もの高さを最も脚が特徴的なタラバガニだが、大きさはなんと52m! しかし脚部には最先端の水上フロート機能が組み込まれており機体は一切の着水をせず1mほど浮いている! カニらしい紅白に塗装されていて気付き難いが、手足から胴体まで至る所に大砲や機関銃が搭載! ハサミによる近接攻撃も恐らく強力!

 これはもう船でもなんでもなく"怪獣"じゃ!

 そして、このカニは身体の至る所にスピーカーのようなものが設置されており、そこから大きなハンチャンの声が響き渡る!


「これは私自身、最強異世界カニ"蟹軍艦ビッグフットクラブ"デーーーーーースッッッッッ!!!!!!」


 あまりにも強大な威圧感を放つそのカニは、わしからしたら色んな意味で一昨日の怪物よりインパクトがあった。

 もしや、カニ変形能力によって、質量保存の法則を無視してカニ軍艦へ変形したとでも言うんじゃろうか!?


「か、怪獣じゃん……」

「デカすぎるわ……」

「デカいカニ、つまりデカニデース。船はこの私自身ですカーラ、心配カニ用!」


 じゃが、それでもカニなんぞに負けておれん。

 味方同士なりに挑める勝負を申し込んでやるわい。


「そうじゃ、お前さんのカニとわしのサメ、どっちが先に島に到着するか競争するというのはどうじゃ」


 そう、レースじゃ。

 それは競技であって殺し合いではない。

 現状から見ても好都合な話のはず。


「面白い勝負デスネー、乗りまショー!」


 対し、ハンチャンも明確な優劣は付けておきたいようで、直ぐに話は着いたぞい。

 なに、わしには彩華という相棒がいる。これはむしろ勝てる勝負とすら言えるぞい。


「いいじゃない。わたしもさっきの煽りはサメ推しとして聞き捨てならなかったのよ。前言撤回してもらうためにもやりたいわ」

「今回ばかりは仕方ねぇ、手を貸してやるか!」


 皆やる気満々で、レースは成立した。



***


 お互い船に乗り込み、準備は整った。

 今からヒョウモン島へのボートレースが始まるのじゃ。

 

「レースの幕は私が上げまショウ、〈ガレオス・サメオス〉対ハンチャン……オーダーボートレース、スタートデース!」


 2つの船は同時にエンジンを吹かし、全速力で走り始めた。

 相手は海であっても歩行するカニ、鮫肌を持ち海を駆け抜けるサメを背負っているわしらが負ける訳には行かん。

 ヒョウモン島への道はほぼ一本道、燃料は無造作にあるサメ燃料機関を搭載しておるならスピードは常にMAXしかなかろう!

 ひたすらジェットで全速前進! 時速340kmじゃ!


「実はこの船にシートベルトがちゃんと搭載されてなかったら向こうの船に乗るつもりだったんだよな」

「なんで今になってそういう事言うの」

「サメの前では無礼講じゃろうその程度」


 一方、ハンチャンのカニ軍艦はタカアシガニが元だからか横歩きではなく真っ直ぐ蜘蛛のように歩行しておる。

 水上をフロートし一切の着水をなしに海の上を歩くそのカニは、海の神ポセイガニとも言うべき神々しさを感じる。

 ただ、速度こそ普通の船よりは圧倒的に早いものの、シャークルーザーほどではないようじゃ。

 その様子を見兼ねてか、蟹軍艦の方から大きな声が響いてきた。


「オーウ、いきなり追い越されましター」


 ほっほ、〈担い手マスター〉なしでもサメの方がこのレースでは優勢と認めたようじゃな。

 なら、わしも鮫ノ口型拡声器を使ってお返事するぞい。


「サメはカニなんぞが追い越せる相手ではないわい」

「悔しいですが認めるしかありませんネー」


 こんな一本道なレース、速さだけが正義じゃ。

 操縦席のリラックスチェアでレースを見学しておる2人も歓喜のムードになっておる。

 じゃがしかし、さっきの言葉には続きがあった。


「ああ、勘違いしては行けませんヨー、サメの全力がその程度しかないことを認めたという意味デース!」

「何じゃと!?」

「歌いマース、"横歩きはカニの道行"」


 突如として、海にハンチャンの歌声が歌声が響き渡る。

 それは、曲調も歌い方もまさしく演歌な楽曲じゃ。

 しっかし、偶像アイドルとして抑えている範囲が広すぎやせんか?


「あゝ 横歩きぃ〜♪」


 そして、サビに入ると蟹軍艦はシャークルーザーから見て横向きに方向転換した。

 

「横歩きぃ〜 横走りぃ〜 それがカニの道行なのデース〜♪」


 すると、真正面に歩いていた状態から島に向かって横歩きを始め、歩行速度はどんどん上がっていく。

 最終的にはカニ歩きならぬカニ走りとも言える動きになり、その速度は520kmにまで加速していった。


「な、なにィー!!!!」


 そう――サメはカニに追い越されたのじゃ。

 カニだから横歩きした方が早い、シンプルな話じゃわい。

 そして、聞こえてくるカニ演歌もどんどん遠くなって行く。


「ハンチャン! ハンチャン!」

「彩華がカニ相手にペンライトを振り始めた!?」


 彩華はわしにとってのサメが目の前にいるから仕方ないにしても、目の前でそういう事されるとちょっとショックじゃな。


「はは、HAHAHA、サメめめめめめ」

「おじいさんが壊れた!」


 いや、落ち着け、落ち着くんじゃ。まだ負けを認めるには早い。

 確かに、この勝負はシンプルに船の速度が早い方が勝ちになる構造であり、今まさにサメは劣勢じゃ。

 問題はその上でどう状況を挽回させるか。


「おじいさん、もしかしてこの勝負を諦めたなんてことは無いわよね?」

「ハイ! ハ……そうだぞ、サメには無限の可能性があるんじゃなかったのか?」

「もちろん諦めてはおらん。次の手に移るだけじゃ」


 要は、あの演歌を歌いながら爆走するカニに勝てるようなサメさえ居れば何とかなる、ヒエラルキーのためだけにシャークルーザーを彩華に運転させて壊す訳には行かんしのう。

 ただ、向こうの速度ならヒョウモン島へあと10分あれば到着する。

 となると、本当に状況を打開させるサメ……それはじゃ。

 

「彩華にセレデリナ、今から言うシャーク大作戦で逆転するぞい」


 そう、元より万策は……いや、ばんシャークなんぞ尽きておらん。


「あんだけ煽られて負けるのは私も嫌だし、なんでも言いなさい。カニって奴もあまり好きにはなれないのよね」

「い、一応サメを背負ってるからな! アイドルとして気に入った相手だろうが容赦する気は無いぞ!」


 まずは作戦の第一段階として、わしは急いで倉庫へと向かい、長方形の等身大はある盾を取り出した。

 これは、鯱一郎のアジトからこっそり盗んだ〈サラムトロス・キャンセラー〉試験運用物であり、その名を"オルカ・シールド"と呼ぶ。

 その盾に〈シャークゲージ〉を加えると、元々刻まれてあったシャチのエンブレムがサメへと変質し、それは完成する!


「異世界サメ29号"大鮫おおさめの盾"」


 シャークルーザーは1人で操縦するサメでは無い、皆で協力して操縦するサメなのじゃ。

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