第37鮫 サメカツ

 翌朝、わしらは住居環境が整っておるシャークルーザーで夜を過ごしてまたBAR『サモサモ』へとやってきたのじゃ。

 豪遊したあの後は、彩華に頭を抱えられながらも図書館へ向かいサメを探したが案の定どの図鑑や生物書籍にも載っておらず、そんなサメ進捗なくして迎える朝は辛いもんじゃのう!

 やはり頼りになるには国の機密資料だけじゃわい。

 それで、まだ朝故に店は閉まっており扉前での集合なのじゃが、今は〈ガレオス・サメオス〉の3人に熊王と、例の"猛者"と呼ばれる者だけがいない状態になっておるぞい。


「それで、噂の者は来ておらんみたいじゃな」

「何、待ってればすぐ来るさね」

「ほう、少しぐらいは楽しみにしておくぞい」


 ――そうグダグダ話を続けていると、わしらの前にサラムトロスの文明力とはかけ離れた存在が……何かを載せたトラックがわしらの前に突っ走てきて停止したのじゃ。

 そのトラックには無数の魚人達がしがみついておる。

 強いて言えば、男女比がちょうど半々なのが謎の集団の特徴となるじゃろう。

 魚のオスメス鑑定には自信があるから事実はともかく外見だけの話ならわかるんじゃ。

 そして、彼らがトラックの肩側面に集まると、トラックは横から展開するように変形していき……。


「ヘーイ! みんなおまたせしましター!」


 カニを背景にしたステージが彩るアイドルのライブステージになったのじゃ!

 更に、そのステージの中央には、金髪ショートでヒト種の女性が紅白カラーで彩られたフリフリの衣装を身にまとい、ガニ股でダブルピースをして立っておる!


「アイラーブ?」

「「「「「カニ!」」」」」


 魚人集団も彩華の持つペンライトのようなものを光らせ何らかのコミュニケーションを始めた。

 

「な、何なんじゃこれは……」

「そうか、余所者のあんたは知らないのかい。あいつがその"猛者"だよ。私が出発前に"ライブ"を見せてくれと頼んでいたのさ」


 熊王は特に魚人集団には混ざらずわしのいる後方から腕を組んで我が物顔で語り始めておる。


「アレってもしかして彩華が言ってるアレじゃないの!?」

「ああ……アレは"アイドル"だ!」


 オタクカルチャーの専門家である彩華がそう言うならそうなってしまうんじゃろう。

 

「私こそが、カニを愛しカニのためにアイドル活動、通称"カニカツ"をしている螃蟹 飯炒カニ ハンチャンデース!」

「最高のライブを見せとくれ!」

「それでは歌いマース、"小さなカニの恋"」


 彼女は流れるようにポップな曲調の歌を歌い出した。

 うむ、何となくわかったぞい、彼女こそがカニの〈百年の指示者ハンドレッド・オーダー〉じゃ。

 そもそも、あんな技術のトラックをサラムトロスの文明力だけで造り上げるのは不可能というのが何よりの証拠。

 加えて、サラムトロス歴も長そうじゃ。喋っている言葉や歌詞がカタコトっぽい日本語に聞こえるのは、あえてこのラッターバ王国の言語を使っておるからじゃろう。翻訳能力は女神が与えた訳でもなくサラムトロスへの来訪者は皆持つ能力みたいじゃが、言語を理解することはその国々の文化を理解することに繋がる。賢い立ち回りじゃのう。


「え、カニってそんな生き物知らないし、〈指示者オーダー〉!?」

「そういうことだろう、見るからにまともな奴じゃ無さそうだ」


 しかし、考えてみればわしはライバルの鯱一郎以外顔を合わせる機会すら少なく、彼女に限らず覚えておらん〈指示者オーダー〉は多い。

 タコオックに関しては、ハッキング関連で偶然記憶に残っていた奇跡なぐらいじゃ。


「まずい、カニというか中国の〈指示者オーダー〉なんぞ全然覚えとらん」

「どうしてそんな大事なことを覚えてないんだよ!」


 だからって肩を掴んで首を揺らすのは辞めんか。

 この歳でその攻撃を食らうとシャレにならんのじゃ。

 ――いや、その衝撃でひとつ思い出したぞい。

 そういえば彼女は全身義体フル・サイボーグじゃった。


「カニでも変わらないと行けない〜♪ だから〜♪ クラブチェーンジデース!」


 わしの記憶に連動するかの如く、歌がサビへ差し掛かった途端彼女は身長をそのままに……。

 左右四本の脚に大きなハサミを持った2本の腕! 身体全身を多い丸くてトゲトゲした甲羅! 飛び出たような小さな眼! 割と小さい口! まさしく等身大のカニが一番下の脚を使って人のように立っておる!

 しかも、その甲羅のあらゆる箇所にフリフリの装飾が装着!

 彼女は、歌って踊れるキュートなカニへと変形したのじゃ!


「「「「「うおおおお!!!」」」」」


 カニの姿のままキレッキレな動きで歌って踊っておるのは流石にシュールすぎる光景じゃが、魚人達はこのパフォーマンスでさらに盛りあがっておる。

 これこそが彼女のアイドルとしての売りなのじゃろう。

 そう、全身義体フル・サイボーグであるハンチャンは己の姿を自由に変形させる技術を持つ。

 何より、彼女の手によって中国の光カネモチ達は身体のどこかしらをサイボーグ化させた独自の進化を遂げており、あの国はもう超最先端技術国家中国フルサイバー・チャイナ・リパブリックなのじゃ!

 ただ、全員改造した部位にカニの紋章が刻まれておるのが残念なところではあるがな。サメでいいじゃろ。

 そうやってわしが中国社会について思い出し、その解説をサメ都合よく改変して解説しようとした時じゃった。


「2人共、申し訳ない話がある」


 彩華が突然わしらに謝り出したのじゃ。

 別にわしの方が謝る気は無いが謝ることが沢山あるはずじゃろうに。


「何よ?」

「何じゃ?」

「あの中に入ってくる……。俺のがそうさせるんだ!」


 すると、彩華は懐に隠しておったペンライトの筒と本体を取り出して合体させ、魚人集団の中へと入ってペンライトを振り始めたのじゃ。

 サメよりカニの方が良いとでも言うのか!?


「アレはサメを見る私と同じよ」

「す、少し悔しいぞい」


 そんな中、歌が2番になったタイミングでハンチャンは更なる変形を遂げる。


「クラブチェーンジセカンド! 王子ガニ!」


 カニな姿がガタガタとまた変形、赤髪の白い肌が目立つ背が彩華より少し高いスタイリッシュな若いヒト種の男性になったのじゃ!

 衣装も趣向が変わり、露出は控えめな分紅白に纏まったラインが目立つコーデになっておる!

 こうしてついに、わしは魚人集団の男女比の秘密を理解した。

 彼女は、いや、ハンチャンは己の姿に囚われることのない存在。

 故に、螃蟹 飯炒カニ ハンチャンこそが求められる全てを満たしうる究極の偶像アイドルなのじゃ。

 

「みんな、楽しんでくれてるかい?」

「当たり前だぜハンチャン!」

「流石はあたしらのアイドルだよ!」


 セレデリナは嫌いではないが趣味でもないという距離感で、実際わしも同様の立場になるんじゃが、彩華は完全にあの偶像アイドルに囚われてしまっておる。


「みんな、僕のライブを楽しんでくれてありがとう!」

「「「「「イェーイ!」」」」」


 それから2分ほど同じような光景が続くと、ハンチャンのライブが終わった。

 あえて人に近い造形でカニモチーフのヒーローめいた、それでいて背中を覆う大きな羽根のような甲羅が特徴的である姿のままステージが暗転していくのは芸術的じゃな。



***


 気が付けば魚人集団はこの場から消え去り、最初の金髪美女なハンチャンがわしらの前に現れた。


「いやー、モーニングライブと予定がブッキングしてしまいましテ、申し訳ナーイ」

「問題無いよハンチャン、それどころか最高のライブだったさ」

「ベアクィーンに褒められるのはとても光栄デース!」

「俺までハマっちまったよ、いい体験だったぜ」


 熊王どころが彩華の関心までカニに持っていかれているのは不服じゃが、教会の彫刻から考えれば彼女はサメと共に人間を守っておったあのカニの〈指示者オーダー〉なのじゃ、戦力としてはあまりにも大きい猛者そのものがやってきたと考えられる。

 であれば、今の間にお互いの確認も兼ねて自己紹介をしておかねば。


「さて、改めてなんじゃがわしは鮫沢悠一、今回お前さんと同行することになった〈ガレオス・サメオス〉のリーダーであり、日本唯一にして最高のサメの〈百年の指示者ハンドレッド・オーダー〉じゃ」

「お前また鯱一郎をいなかった事にして自己紹介してるな?」

「……」


 しかし、ハンチャンは直ぐに返事は返さず、少し顔を下げて何かを考えた様子を見せ、改めてこう答えた。


「やーと会えましター! 貴方を探していたのデース、ミスターサメザーワ」


 ハンチャンはまるで3日何も食べてない時に見つけた食物を見るかのような目でわしを見つめてきておる。

 まさかカニ派ではなく本当はサメ派だった!?


「いやデスネー、女神に会ったはいいものの、信用出来るのは貴方だけと聞いてずーーーっと探しながらカニカツをしていたのデスヨ」

「おお、サメの魅力に気付いてくれたとは嬉しいのう!」

「このジジイは何を言っているんデスカ」


 チッ、予想通りじゃわい。

 ただ、女神がハンチャンに対してだけ他の〈指示者オーダー〉のことを話しているとは気になるポイントじゃな。

 今はともかく、タイミングを見て揺さぶりたい所じゃのう。


「多分悪い人では無いでしょうし、このメンバーならあの怪物がどれだけ襲ってきても何とかなりそうね」

「ああ、アイドルが裏切るわけがない」

「その自信はどこから来るんじゃ?」

「お前にだけは言われたくないツッコミだな」

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