第28鮫 オナワザメ

 しかし、セレデリナはどうなっているのじゃろうか。

 ひとまず、鮫神様の手の平から海の方を確認したのじゃ。

 すると、それ相応の規模はあった海水が全て蒸発しており、海だった場所はただの崖でしか無くなっていた。

 鮫神様を造ってからは海の方を見ておらんかったから、まさかここまで凄いことになっておったとは思わんかったぞい。

 細目で崖の下を確認したのじゃが……セレデリナらしき者が落下しておる姿が見えた。

 覚えている限り彼女には落下の衝撃に対する抵抗手段など無いはずじゃ。今すぐにでも助けなばならん!


「そうじゃ、あの縄があったのう」


 ふとわしは閃き、戦いの中で残った僅かな〈シャークゲージ〉を教会で拾った縄に加えたのじゃ。

 鮫神様を造ったのもある、これが予備に残した本日最後の分じゃぞ。

 そして、片方の先端にはサメの頭部に! もう片方の先端にはサメのしっぽになっている! とっても長くて340mを誇る巨大な縄なサメが完成したぞい!

 

「異世界サメ15号"オナワザメ"!」


 先端だけ強く握り、急いでオナワザメを崖に投げ込むと、彼女の体に巻き付きなんとか捕らえらことに成功。

 地面に叩きつけられるコンマ数ミリの所じゃったぞい……。

 その後、サメ特有の勢いでオナワザメは スルスルスルスルー! と引き戻っていき、サクッと救出が完了したのじゃ。


「わ、私生きてるの!?」

「本当に数秒の差じゃった。命の恩人には死んで欲しくはないからのう」


 これで、3人とも鮫神様の上に集合できた訳じゃ。

 しかし、セレデリナは身体中がどえらく傷だらけになっておる。

 大事な眼だけは何とか守れたようじゃが、腕から骨が見えかけているなど不安でしょうがない重症具合。

 ただ、比較的傷の少ない左腕にがっしりと鯱二郎の首を持っておるから、勝ち傷として好意的な解釈が出来るところではあるのう。


「その……怪我の方は大丈夫かや?」

「正直大丈夫じゃないけど、五体満足ではあるから問題ないわね。今は大好きなサメの上にいるし」


 普通なら立つどころか意識を失っているところじゃが、確かにサメの上なら元気なのは三十四理さめりあるのう。


「ところで、このサメはあの石像?」

「そうじゃ。雷とか落とせたり変形したりしたぞい」

「きっと、石像自体に神秘的な加護が込められていたのね。それにサメという命を吹き込んだのなら、まさしく鮫の神とも言えるわね」

「そうやって認めてくれるだけでサメ冥利に尽きるというものじゃ」

「それに、片翼を失っているのも逆にかっこいいわ」


 それからわしは、セレデリナの手当をしなければあと数分で出血死しかねないと気付き、包帯代わりに彩華の服をビリビリ破いて止血手当をしたのじゃ。

 サメとか関係なく医学知識もちゃんとあるんじゃからな!

 しかし、ちょうどオナワザメで全ての〈シャークゲージ〉を使ってしまったのは痛手じゃ。

 なにせ、あと少しでも残っておればサメ手当を出来た事を考えると、犠牲なった彩華の衣服が可哀想で仕方がない。

 もちろん、そんな彩華本人は外傷の少ない分胸の骨折が多いことから、上着の白衣をビリビリに破いてギブス代わりに胸部をぐるぐる巻きにしておいたぞい。


「緊急だから仕方がないけど、彩華が下着一枚で寝っ転がる変質者になっちゃったわね……こんなこと無許可でやったら後で殴られるんじゃないの?」

「大丈夫、きっと許してくれるはずじゃ。わしの服はまだまだ海水でびしょびしょでそのレベルの傷じゃと染みるじゃろうからこれが一番じゃわい」


 セレデリナの手当も終わったところで、鮫神様から全員降り、何も無かったかのように鮫神様をただの鮫神像の姿に戻したのじゃ。

 すると、元に戻った直後から像全体ぐらぐらと揺れ始めた。


「この像……なにか揺れてない?」

「気のせいじゃろ気のせい」

 

 最初こそ、鮫神像は小さく揺れておった。

 じゃが、時間が経つにつれてどんどん激しく揺れ始め、ついにはぼろぼろと崩れたのじゃ。


「……」

「どうして黙っておるのじゃ」


 そうこう言っているうちに、鮫神像は粉々になった。

 原因があるとすれば、彩華の力に興奮したまま限界まで力を使わせたことによるオーバーフローじゃとか、鯱一郎に斬られた羽根で重心が崩れていたじゃとか、そういうのじゃろう。

 

「帰るぞい」

「そうね」


 そんな空気では休憩もままらず、わしは彩華とそこら辺に落ちておった鯱一郎の首を抱えて帰ることにしたのじゃ。

 最初はおんぶして運んでもらったり二人三脚状態で走って追った事を考えると、ある種の因果のようなものを感じるわい。

 もちろん、セレデリナは傷も考慮して持ち運ぶのは鯱二郎の首だけにしてもらったぞい。

 

「うぐぐ、これは気を抜くと一瞬でギックリ腰じゃわい」

「私よりはマシでしょー。頑張りなさい」


 そしてわしらは、教会に戻る階段へと歩みだしたのじゃ。



***

SIDE:セレデリナ・セレデーナ

***


 行きだけでも降りるのに30分掛かった階段は、帰りだとその距離を上がることになり、傷だらけの今はまさしく生き地獄だ。

 おじいさんも怪我が少ない分彩華を担いでいて、お互い喋っている余裕は無い。

 私達は、苦痛に耐えながらただ二つの足を動かして前へ前へと歩を進めていく。

 結局、体力が持たず鯱二郎の首を抱えるのにも限界が来たが、凄く心配した顔ですぐに引き取ってくれた。

 そして、登る速度もゆっくりになり、行きに比べて倍ほどの時間がかかったが最上部である教会へとたどり着いた。

 相変わらず、サメがいなければ耐えられないほどの薄気味悪い彫刻だらけだ。

 もちろん、この部屋に長居する理由もなく、手早く外に出てあの車とやらで家に帰ろうと教会の扉を開け外に出たのだが……。


「は、晴れてる」


 シャーチネードの影響で雨雲だらけだった天候はどこへ行ったのやら、雲ひとつない。

 それに、時刻が夜なおかげでキラキラと星々が浮かぶ綺麗な空が景色を彩っている。


「おお、サラムトロスにも星が、宇宙があるんじゃな。この景色を彩華が見られないのは残念じゃわい」

「もちろんよ。ただ、天体観測するのがやっとで宇宙に出るような技術は今のところ魔法でも無理なのよね」

「なるほど、そこはわしらと事情が違う訳じゃな。そうじゃ、宇宙に行くサメ映画も幾らかあるんじゃ! 今度見せてやるぞい!」

「それは面白そう! 楽しみにしてるわ」


 この空のおかげか、おじいさんも星空を綺麗だって思えるような人間味があることを知ってちょっと安心した。


「いつかサラムトロスの宇宙に行きたいのう。宇宙にこそ、サメはいると思うのじゃ」


 いや、別にそんなことは無かった。

 ただ、サメ推しとしてもこの世界で唯一のサメとしても、宇宙にぐらいサメがいて欲しいところではある。

 

「宇宙ねぇ、行くならアノマーノとかなぁ」


 それに私も、ついついロマンチックなことを言ってしてしまった。

 現実的じゃない話にはこうやって乗っかるのが一番だ。

 ……そんな時。

 

「呼んだのだ?」

「へ!?」


 アノマーノが私の目の前に現れた。


「心配したのだぞ! それにその怪我はなんなのだ!? 死にかけではないか!?」

「えっと、気合で耐えられてるからいいかなって」


 まさか戦いが終わってすぐに会うとは思ってなかった。

 しかも、この姿で顔を合わせてしまったせいかとても心配してくれている様子。

 

「それに、生きてるから心配しないで」

「無茶するでない! 余が家まで連れていくのだ!」


 アノマーノはそう返すと、私をお姫様抱っこの形で抱えた。

 身長差が30cmもあるのだが、アノマーノの力を持ってすれば何の負担にもならないのだ。

 ただ、この姿勢は正直恥ずかしい。


「急にシャーチネードが止んだ上に、洪水も乾いてシャチまで全て突然死したのだ。そこで、セレデリナ達が勝ったのだと確信したのだが、事後処理が終わり次第迎えに駆け付けてみればこの惨状……思いの外遅くなって申し訳ないのだ」

「1時間ぐらいこの傷でクソ長い階段を上ったのよ! もっと早く来てくれれば良かったのに!」

「それが出来たら苦労しないのだ!」

「あんたはいつもそういうこと言うわね!」


 でも、たまにはこういうのも悪くないかなって思える。

 なんだかいつも通りの会話になっているけれど、この星空の下でするのはまた違う味わいだってあるから。

 普段するにしても家だしね。


「あのー、わしらはどうすればいいかのう?」


 そういえば、おじいさんのことを忘れていた。


「もう少ししたら余の兵達もここに到着する。彼らに案内してもらい、余の城へと向かって欲しいのだ。その首から情報を引き出すのは任せたぞ。それに、ずっと相棒を背負うのも辛いであろう」

「そこまでの配慮、感謝するぞい」

 

 どうやら、おじいさんはまだまだ忙しいみたいだが、一番傷が浅い以上は仕方がないことだろう。



***


 それから私は家へ帰ると、そこでアノマーノから魔法による傷の手当を受けた。


「今日はね、自分の趣味を見つけることができたのよ!」

「おお、ついに、それは本当によかったのだ!」

「ええ、これからはたくさんサ……zzz」

「むっ、眠ってしまったか。まあいい、今日はしっかり休むのだ。なにせ、大きく見れば世界を救ったのだぞ、セレデリナは」


 その中で、彼女に今日あったことを喋っていると、疲れからか気がついたときには眠ってしまった。


「本当は良くないことであるが、鮫沢に後始末は任せたのだ。明日は一日中この家で一緒にいてやるぞ」

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