第22鮫 ドクター・サメトル
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SIDE:セレデリナ・セレデーナ
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クワレンヌ・エッサーを倒してからずっと考えていた。
私の人生はいつも空虚。
何せ、本質的に私は無趣味だから。
力を求めていただけでアイレイをどれだけ極めようが好きになる訳では無い。
もっと言えば、自分自身というものが心底どういいとすら考えていたのではないかと、そう改まってしまっていた。
私はただただ強いアノマーノを求めて、今の関係に至った先に何も見ていなかった。
だけど、彩華やおじいさんと話しているうちに、実は私自身に変革が起きていると、今理解した。
そう、アノマーノが「好き」という感情で空虚な穴を最初に埋めてくれて、ついに残った穴をサメがまた別の「好き」という感情で埋めたのだ。
この2日でやっと、LOVEとLIKEの両方の好きを得て、私という人間は空虚ではなくなった。
そう気づいたんだ。
そこに〈ビーストマーダー〉という地位など、もはや関係がない。
***
魔法が効かない以上海から狙撃して一撃必殺というわけにはいかず、サメに変身して水中戦を仕掛ける以外に勝機はない。
であれば、今すぐにやるしかないだろう。
それに、実はもう一度サメに変身する方法は分かっている。
無理に説明するとややこしくなるから、あえて2人には言ってなかっただけだ。
そして、その方法はシンプル。
自分自身がサメであると信じ込んだその瞬間にサメになれるというもの。
しかし、それはただ思うだけでなれるものではなく、今自分がサメにならなければ現状を解決できないという覚悟と決心が伴わなければならない。
ただ、初めて得た趣味であるはずのサメになって戦うということもあって、少しばかり抵抗感がある。本当に自分自身がその立場であることが解釈違いなのだ。
でも今は、そんなことを言ってはいられない。
サメとしてアノマーノの国を守るために、サメがシャチより強いことを証明するために、サメになってその首を討ち取ってみせると覚悟を決めるための変身だからだ!
「私は、サメになるんだ!」
オルカ・リヴァイアと鯱二郎のいる海に向かって、大きく叫んだ。
すると、私の体は青白く発光した。
***
……何故だろうか、妙に視界が高い。
それこそ、5階建ての建物の屋上から下を見下ろしているような感覚だ。
13.4mぐらいの高さはある。
しかも、サメに変身しながら水中に飛び込んだはずなのに、今は地上にいる。
いや、厳密には足が水面に浸っていないどころか、水面を床にして立っているような感覚だ。
もしかすると、サメ変身能力は敵に合わせて身長が伸び縮みする能力まで付いているのだろうか。
魔獣を殺すのが生業の私としては、敵と同一の体格なのが必ずしも有利とは考えられない。理由としては、大きな巨体を持つ相手には、回り込んで死角から放つ一撃が最も効果的だからだ。
故に、サイズにコントロールが効かないのは不便極まりない。
「SHARK!?」
しかも、普通の言葉を喋れなくなっている。
ただ、なんだろうか、サメとはよく分からないが面白い。
なお、変身してすぐ、右上のタイマーが動いており2分半からカウントダウンしている。
今は状況を確認する猶予があまりない。
私は、改めて水中に飛び込んだ。
***
そこは、本当に何も無い水の中といった光景で、視界に映るのは1人(?)と1匹だけだった。
私とオルカ・リヴァイアの距離感は50mと言った所だろうか。
「オールカッカッカ、わざわざこちらのフィールドに潜ってくるとは愚かにも程があるオルカねー」
「SHARK?SHARK SHARK?(愚か? お互い水中の方が有利だと思うのだけれど?)」
お互いに啖呵を切り、サメとシャチの頂上決戦が始まる。
今回も先手必勝と考え、私は必殺のアイレイを放った。
「SHARK!(サード・アイレイ!)」
どうやらサメとして身体が大きくなろうと、使用する魔法の威力や射程、範囲などは据え置きのようだ。
と言っても、サード・アイレイは巨大な魔獣を一撃で屠る程の威力がある、特に困ることもないだろう。
そして、ドラゴンをも一撃で屠るその光線はオルカ・リヴァイアに向かって一直線に向かっていく。
「最初はそう来ると思っていたオルカ、オルカ・アクアブレスで反撃オルカ!」
『SYAAAAACHI』
対し、反撃とばかりにオルカ・リヴァイアは口から高水圧の水鉄砲を放ってきた。
リヴァイアサンも同じような攻撃手段を持つが、目視だけでもその威力は本家とは段違いなことがわかる。
何せ、普段なら衝突しあっても押し返してそのまま直撃していたサード・アイレイが鍔迫り合いのような状態になっているからだ。
「SHA、SHARK!?(つ、強い!?)」
そして、アイレイもアクアブレスも発動時間が同時に切れ、魔法同士の鍔迫り合いは相殺という形で終わった。
「オールカッカッカ! このシャチ魔獣はお前と怪獣映画を参考に兄上が造った最強のシャチなんだオルカ! 例えサメになろうとデータで底の知れている相手に苦戦などせんオルカ!」
『SYAAAAACHI!!!!』
よりにもよって私を参考にしているなんて、勝ち目がないじゃない!?
……いや、そんな疑問を持つのはやめよう。今の私は、いつもの私ではなくサメなのだから。
それに、"手"はまだある。
「SHAAAAARK!!!!」
私は、オルカ・リヴァイアに向かって突進した。
反り返った鮫肌が加速力を引き上げ一瞬で敵の眼前まで移動、顔面に渾身の右ストレートを放つ。
私がただのサメなら噛み付くだけだが、今は四肢を持つ単眼のサメなのだ。
国の兵士として徒手空拳による武術も人並には習得済み。この巨体で鮫肌による水中加速を持ってすればそれ相応の威力でお見舞いできるだろう。
『SYAAAAACHI!!!!』
オルカ・リヴァイアは、顔面に大きなダメージを受けたからか悶えた。
「サ、サメなのにそれは卑怯オルカ! 手足を持つサメなど認めないオルカ!」
「SHARK?(卑怯ってあんた、そうやって毎回おじいさんに負けた時言い訳してたの?)」
「うるさいオルカ! 兄上のシャチがサメに劣る事自体がおかしいんだオルカ!」
……よくよく考えると、何故か会話が成立しているが、鯱二郎はサメ語を理解しているのだろうか。
サメへの恨みが強い分、知識もそれ相応に見える。
いや、落ち着け、何故そんなどうでもいいような相手の事情に意識を向けているんだ。
忘れるな、私の本職は国のために魔獣を屠る〈ビーストマーダー〉、相手が何を言ってこようと普段の仕事をこなせばいいのだ。
「SHAAAARK!!」
そして、私は追撃するようにオルカ・リヴァイアの首筋に噛み付いた。
サメの
それに、この状態で密着しているなら反撃させずにサード・アイレイをお見舞いできる!
『SYAAAAACHI!!!!』
しかし、敵もまた一筋縄ではいかなかった。
「かくなる上は、全方向シャチレーザーを発射するんだオルカ!」
オルカ・リヴァイアは、私がサード・アイレイを唱える直前、体中の無数の点を光らせ、その全てから風に打たれた草木のようにぐらぐら揺れる光線を放ったのだ。
まさに、全方向攻撃と言えよう。
それは、水圧を押し付けるアクアブレスともまた違う、魔法による青い光線。
しかも、放たれるその全てがセカンド・アイレイに匹敵するものと言っていい。
予測不能なその攻撃を前に、私は直撃するしかなかった。
本来なら、人だろうと魔獣だろうとなんだろうと、触れたら最後の死の光をだ。
「SHAAAARK!!!!!(い、痛い!)」
だが、私は人でも魔獣でもない、サメだ。
噛み付いている位置が悪かったが、それでも身体中が焼けただれる大火傷で済んだ。
思い返せば〈ビーストマーダー〉としてこれまでも様々な死線を乗り越えてきている。この程度の痛み、どうということはない。
「こいつ、普通に耐えているオルカ……そこまで傷付いても噛むのを辞めないなんておかしいオルカ」
そして、全方位シャチレーザーは止まった。
悲しいかな、何とか耐えきれただけで火傷の痛みはジリジリ全身に響き、オルカ・リヴァイアに噛みつき続けることは不可能だ。
サード・アイレイを唱える余裕もなく、私は敵と距離を取るために後ろに下がった。
「よ、よし、何とか突き放せたオルカ。向こうはボロボロ、あとはトドメを刺すだけオルカ! オルカ・リヴァイアよ、ラストスパートだオルカァ!」
『SYAAAAACHI!!!!』
視界に映るタイマーも残り1分、先程の攻撃程度ではオルカ・リヴァイアはまだまだピンピンしており、いまいち決定打になる攻撃手段も見当たらない。
仮に1分生き残れたとしても、そこから先は〈サラムトロス・キャンセラー〉に対して魔法が通じず対抗策はないように思える。
万事休すに思えるが…… 今の私は、サメは、諦めが悪い。
そう、オルカ・リヴァイアが私のデータを参考にしていること踏まえれば、攻撃手段が1つだけあるのだ。
その唯一の手段は、実際に放った瞬間を見届けたのが恋人募集面接の時のアノマーノだけである"ラスト・アイレイ"を撃つこと。
こればかりは撃ったというデータだけしかなく、シャチ側がそれを分析する余地があるとも思えない、可能なら決定的だろう。
ただし、これには大きな問題がある。
私のMR《マジック・リソース》はファースト・アイレイこそ1日にいくらでも撃てるがセカンドだけを撃つなら30回、サードで10回という容量なのだが、ラストまで行くと1日分全てを使う非効率的な魔法になるのだ。
MR《マジック・リソース》はある程度の睡眠を取れば1日分回復するものの上限は人それぞれで、何日か魔法を使わないで貯める等も出来ず、回復手段も睡眠以外に見つかっていない。
要するに、ラスト・アイレイを使用するにはこの1日分のMR《マジック・リソース》を全て消費する必要があり、現状は使用不能なのだ。
何か、何かあとひと押しのチャンスがあれば……。
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