第18鮫 頭文字S

「な、何とか間に合ったのだ。皆、大丈夫なのだ?」


 その正体は魔王じゃった。

 昨日の話の通りなら相当に強いお方、これ以上にない戦力じゃな。


「ああ、全員ピンピンしてるぜ。鮫沢博士は酒の飲みすぎが祟ってるけど」

「やめんか。本当にやめんか」


 そんな中、セレデリナは突然魔王に抱きつき始めたのじゃ。


「どーしてこうも遅いのよ! 死ぬかと思ったわ!」

「お疲れ様なのだ。とりあえず話は進めておくから好きなだけそうしていていいのだ」

「……わかったわ」


 セレデリナは更にぎゅっと深く抱きつき続け、動かなくなった。

 突然サメになったり何じゃったりで疲れておるのじゃろう、魔王に合わせてそっとしてやるべきじゃな。

 一方、魔王はわしらの元に来た理由について話しながらセレデリナをよしよししておる。

 状況に対する対応力がとてつもないのう。


「何にせよ、敵に魔法は通じない上に現状の問題であるシャーチネードがある限りこの繁華街は壊れていく一方。それでは、余の国民達の犠牲が増え続けるだけなのだ。となれば、黒幕である鯱崎兄弟を倒す他ないのである」

「ん、どうして鯱崎兄弟が黒幕なのまで知っておるんじゃ」

「実は、お主らがセレデリナと合流したあたりに余も近くに居たのだが、いきなり余が混ざるのも話がまとまらなそうだったので空中で聞き耳を立てていたのであるな。鯱崎兄弟にせよ鮫沢にせよ、百年の指示者ハンドレッド・オーダーなる力を持つとは驚きだったのだ」

「ま、魔法とはすごいのう」

「それで、具体的な作戦なのだが、余は兵の指揮を直接取り、避難誘導や降り注ぐシャチを殲滅していくつもりなのだ。お主らはその間に鯱崎兄弟を倒して欲しい。クワレンヌ・エッサーの死体を手に入れたという話から考えれば、奴らは現在調査中の教会をアジトにしていると思うのだ」


 流石、人の上に立つ者なだけあって指揮まで完璧じゃわい。

 話の通り、この付近はそうでもないが、少し遠くを見渡すとフレヒカの兵士と思われる者達がシャチと戦っておる。

 どうやら、わしらが鯱一郎と戦うだけで良いように立ち回ってくれているようで助かるのう。

 また、それに加えてわしらに忠告があるようじゃ。


「それと、できれば鯱崎兄弟は生かして捕らえてほしいのだ。異世界から来ているのがお主らだけではないということは、情報をいろいろと持っていると考えるべきである」

「わしとしても賛成じゃな。もしかすると〈破壊者達〉とは何かとか、細かいことも知ってそうじゃし」


 鯱一郎を殺せないのは残念じゃが、殺さなければいいだけで好意的に物事は受け入れておくべきじゃろう。

 一方、彩華もまた魔王に聞きたいことがあるようじゃ。


「話には納得が行くんだが、魔王様も鯱崎兄弟を倒す方を手伝ってくれた方が早く済むような気もするな」

「申し訳ないのだが、元々余は和平協定の過程で許可のない戦闘行為を禁じられておる。今は国連サミットを開いて例外を定めるような時間などなくてな、せいぜい兵を引き連れ現場で指揮を執るのが精一杯なのだ」

「それはその……色々動いてくれているのに、余計な事を言ってすまなかった」


 気づいてきたのじゃが、彩華は自分が無力な凡人であることを自覚しているからか、生き残るために戦力の確認を入念に行う節がある。

 もちろん、そのおかげで状況の整理がついてスムーズになることもあり、足手まといというわけではないのう。

 何故なら……。


「魔王様、ついでになんだが、酔い覚ましの魔法を覚えていないか? このジジイ、酔ってるとサメを造るのが難しいみたいなんだよ、かくかくしかじかで」

「ほうほう、酒を飲みすぎると弱体化するのに飲んで回り困らせていた……こいつは馬鹿なのだ?」

「残念ながらそうだ」

「まあ良い、余は暇な時間に変な魔法を覚える趣味があるから、今回は守備範囲なのだ」


 このように、場合によっては問題解決の糸口にたどり着く事ができるからじゃ。

 ただ、胸に突き刺さるような会話を続けるのはやめて欲しいぞい。


「『我が魔の力よ、酒に溺れし愚か者を救いたまえ』ファースト・バッカス! なのだ」


 そして、彼女が魔法を唱えるとわしの体に光の粒子が入り込み、体中から毒素が空気のように抜けていく感覚が響いた。


「わし、大復活じゃ!」


 さっきからは考えられないぐらい元気になった上に集中力もある、これなら鯱一郎も倒せそうじゃわい。


「それはよかったのだ。ではセレデリナよ、あのサメ竜巻を止めてくるのだ」

「終わったら次の休みは合わせてデートよ!」

「もちろん、任せるのだ!」


 情報整理が終わると、抱きついてたセレデリナも魔王から離れた。

 頬を赤く染めておるが、同時にスッキリした表情じゃわい。

 これで落ち着くならわしとしても安心する限りじゃな。


「よし、やる気も出てきた! シャチをぶっ倒してやるわ!」

「期待しておるぞ。それでは、行ってくるのだ。セカンド・スカイ! なのだ」


 そして、魔王は空を飛び街のどこかへと消えていったのじゃ。


「嵐のように去っていったな……」

「うむ、あれを見ておると自由に空を飛べるスシャーク・サメトを造りたくなるぐらいじゃな」

「はいはい」



***


 それから、具体的にどうやって鯱一郎のいる廃教会へ向かうかを考えることになったのじゃ。


「問題はその廃教会が繁華街から離れた10km先にあるって所ね。要は、この洪水で走って向かうのはキツいって話なんだけど」

「それだと、魔王様に運んでもらっときゃ良かったかもなぁ」

「さすがにそんな余裕はなかったじゃろう。後出しジャンケンにしても悪手じゃぞ」

「くっ、それは確かに正論だ」


 じゃが、わしらにはサメがある。

 サラムトロスにおいては、"異界の王者"と言っても過言ではない強者じゃ。

 そして、サメを利用して何か出来ないかと街を見渡していた所、繁華街に来た兵士たちが残した馬車が目に止まったぞい。


「あの馬車……使っていいかのう?」

「いや、流石にダメだろ」

「今はそんなまともな感性を持ち合わせている場合ではないんじゃ!」

「り、理不尽だ……」

「始末書なら私が書くから、今はパクっていいんじゃないの?」


 よし、これで何とかなりそうじゃな。

 あのサメ映画上映会はこういう所で効いてくる、サメ映画万歳じゃ!


「セレデリナ、正気か?」

「アノマーノとはあんな距離感だけど、始末書は徹底的に書かせてくるから慣れてるのよ。仮にこの馬車が壊れても大丈夫だから安心して、馬車で造るサメってのも見てみたいの」

「えぇ……」


 そういう訳で、馬を別の場所へ誘導しつつ馬車の構造を確認する作業に入ったぞい。


「鮫沢博士の妙な信頼形成能力は怖いばかりだよ。このまま鮫沢博士を放置していたらこの国がサメの国になってしまうのかもしれないなぁ……」

「それは面白そうじゃな」

「マジでやろうものならそれだけは絶対に防止してやるよ」


 彩華と雑談しつつこの馬車の構造を分析していたのじゃが、馬を魔法で作りだして爆発的加速力で移動する緊急用の馬車のようで、わしらの世界では見た事のない非常に丈夫な木材で造られておる。

 うむ、これならサメ素材としてばっちし、あとは〈シャークゲージ〉を注入じゃな。

 そして、水に触れると推力を得る特殊な木製エンジン搭載! 車輪やドア部分などのいたる所にサメのデカールが刻まれている! まさしくスーパーなシャークカーが出来上がった!


「これぞ、異世界サメ8号"水陸両用サメ痛車サメリアン"じゃ!」


 これはざっくりと言えば、窓がない木製の4人乗りオープンカーじゃな。


「木で車を造りやがった……しかも痛車」

「今回のサメも超クールね!」


 感想はバラバラじゃったが、人には人のサメがあるのじゃ。問題ないわい。

 そして、皆サメリアンに乗り込んだぞい。

 運転するのはもちろんわしで、助手席には彩華、セレデリナは後部座席という配置。

 ちなみにアメ車モチーフなので運転席は左じゃ。


「では皆の衆、全速前進じゃ!」


 こうして、サメ痛車は時速340kmで街を疾走はしっていったのじゃ。


「やめろやめろ! 浸水しててこの速度でオープンカーとかマジで何考えてるんだよ水しぶきだけで溺れるわ!」

「水と共生できんようでは立派なサメにはなれんぞい!」

「じゃあ、せめてシートベルトぐらいは実装しろよ!」

「木でシートベルトなんて作れんのじゃ!」

「じゃあこの車はなんなんだよおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 わしも含めて皆どこかに必死にしがみついておったが、まあ何とかなったわい。

 ただ、彩華は停車直後に酔いで吐いてしまい、流石にちょっと悪いことをしてしまった気がするのでさっきの件のお返しとして今回はわしが介抱したのじゃ。

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