第16鮫 やがてサメになる

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SIDE:セレデリナ・セレデーナ

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 この場を引き受けたはいいものの、鯱一郎を相手にするにあたって威力と規模の制御をつけにくいアイレイでは建物を破壊しないように立ち回らなければならないハンデがある。

 具体的には、ドラゴンを瞬殺するようなサード・アイレイでは仮に鯱一郎を倒せても近くの家を何件も破壊する羽目になるのだ。

 町中の建物を破壊しているあいつと同じ立場にはなりたくない。できる限りの戦術で戦うしかないだろう。

 ならば、街に被害を出さなければいい!


「セカンド・アイレイ!」


 これは、アイから半径1mほどの幅を持つ直線状の光線で、私の魔力なら300m先までは射程範囲内の基本技。この規模ならば射線の調整が出来る分には被害も気にする必要はなく、まさしくベストな魔法となる。

 それに、今は2人が消えて動揺中の彼に対して先手必勝での狙い撃ち、そうやすやすとは避けられないはずだ。


「躊躇もなく撃ってきやがったシャチ!?」


 そして、セカンド・アイレイは、見事に鯱一郎の頭部に直撃した。


「シャーチシャチシャチ! お前がどのような攻撃をしてくるかなど予想済みシャチ! 自分自身を魔獣に改造しておいてよかったシャチね」


 ……確かに直撃したはずだ。

 鯱一郎はまるで何も無かったかのようにピンピンしている。

 言わば溶岩を直接顔に浴びた状態で、普通なら顔がデロデロに溶けて無くなっていてもおかしくは無いはずなのに。

 しかも、自分を魔獣に……なんてとんでもないことまで言っている。


「どうして効かないの!?」

「俺に限らず、シャチ魔獣の中でも大きな活躍を期待している個体には俺の生みだした超技術、〈サラムトロス・キャンセラー〉を搭載しているシャチ。まだまだ未完成ではあるが、この世界の魔法程度なら魔王の使う魔法だろうと効かないシャチ!」

「サ、〈サラムトロス・キャンセラー〉!?」

「俺はこの世界に本来はいないはずの存在シャチ。それを利用して、サラムトロスそのものを俺のいた世界とは別のレイヤーとしてまとめて扱い、レイヤー丸ごとダメージをシャットアウトする超技術の応用シャチ!」


 正直何を言っているのかいまいち分からないものの、鯱一郎には魔法が通用しないというのは間違いなく、私の実力で物理攻撃を仕掛けるのは無謀な特攻にしかならないのも明らかだ。

 それに、おじいさんと同格の力を持つことから、仮にラスト級の魔法をぶつけても無傷と考えておいた方が良いだろう。

 そして、説明が終わった途端、鯱一郎は何かに気づいたのか私に対して質問を投げかけてきた。


「しかしそのビーム、実物を食らってようやく理解出来たシャチ。お前はレーヒ街の川に放った試作シャチ魔獣を全て殺害したあの〈ビーストマーダー〉だなシャチ!?」

「レーヒ街の川……あー、昨日仕事で焼き払った魚型の新種魔獣、シャチに似てたわね。もしかして、あれはあなたの仕業なの?」


 そう言われて思い出した。

 昨日の朝、遠征先で川に8発ぐらいサード・アイレイをぶっぱなして無理矢理解決させた際に倒した魔獣はシャチに似ていた。

 そもそも、人が住む町の川に魔獣が出現すること自体あってはならないので、焦りすぎたあまり川の魚もまるごと蒸発させてしまい自治体に怒られてしまったのだが、その犯人が彼だったとは……。


「『あなたの仕業なの?』では無いシャチ! まだ光線系の魔法を使える者というだけでは絞り込めなかったシャチが、お前と確定すれば殺すだけシャチよ!」

「戦争もはるか昔に終わった今のご時世に、魔獣なんてそもそも造るんじゃないわよ! どこの国だろうと問答無用で極刑の違法なのよ!」

「知っててやったシャチ! シャチがこの世界の生態系に組み込めるかとワクワクしながらまずはあの町を狙ったのにお前と来たら……今すぐ死ねシャチ!」


 話の通りなら今空から降ってきているこのシャチも全て鯱一郎が造ったシャチということになる。

 例の〈サラムトロス・キャンセラー〉も全てのシャチが持っている訳ではないとも考えられ、本当に今問題なのはこの鯱一郎だけと見るべきだ。

 ――そう考えていた矢先、彼は何かを呼び出した。


「来い、機械鯱人メカ・オルカマンシャチ!」


 そして、すぐ様に空から何かが降ってくるように着地。

 姿を確認してみると、限りなくヒト種の女性に見える。

 着込んだ鎧越しでもわかるほどに発達した筋肉、片手に握りしめられた直剣。

 まさしく騎士とも言えるその姿は誇らしい限りなのだが……顔の表面がシャチの顔を貼り付けたような姿でとても気持ちが悪い。


「どうしてよ! どうしてあなたなのよ!」


 だけど、私は知っている。このシャチが何者なのか。


「クワレンヌ・エッサー、どうしてあなたがシャチなんかになっているのよ!」


 サラムトロスで1位の功績を上げている〈ビーストマーダー〉。

 あらゆる武器を操り、敵も場所も選ばず魔獣を屠る猛者。

 それが今、シャチとなって私に襲いかかろうとしている。


「シャーチシャチシャチ! 都合よく俺の秘密基地に潜り込んできたから殺したついでにその死体をシャチに改造してやったシャチ。実力はそのままな上に〈サラムトロス・キャンセラー〉を全身に搭載している究極の異世界シャチだシャチィ!」

「なんて非人道的……サラムトロスの人間はどう扱おうが構わないとでも思ってるの!?」

「そうでもあるシャチ。じゃあ、俺はここいらで退散させてもらうシャチよ。せいぜい〈ビーストマーダー〉同士で潰しあってればいいシャチ」


 鯱一郎はそう言い、この場から消えていった。

 だが、彼を取り逃したことなどもはや関係がないことだ。

 何故なら、敵はあのクワレンヌ・エッサーである上に魔法が通用しないのだから。


「やることは1つしかないわよね……」


 そんな中で、身体能力が特別優れているわけでも、強力な武術を体得している訳でもない私に今できることは逃げることぐらいだ。

 私は全速力で走って、クワレンヌから必死に距離を取った。


「……シャチィ……シャチィ」


 当然、向こうも走ってこちらに追いついてこようとする。

 しかも、目の前にシャチが幾度となく降り注ぎ襲ってくるので、その度にセカンド・アイレイで撃ち落としながらと走るだけで済む訳でもない。

 気が付けば雨は激しさを増し、地面が洪水状態で深さは50cmにもなっている。

 私の走る速度はどうしても下がる一方な中、向こうはシャチだからかあまり水圧の影響を受けていない。追いつかれるのも時間の問題だ。

 絶望だ。

 諦めて死を受け入れるべきかもしれない。


「ううん、違うわね、私はそんなに弱い人間じゃないのよ」


 ……いや、私が死ねば大好きなアノマーノ、友達の彩華、それにおじいさんと悲しんでしまう人達がいる。

 せっかくサメが推しになったのに、今死んだら元も子もないじゃないか。

 なら、やるべきことは逃げることじゃない。


「こんな所で……諦めてたまるかぁ!!!!!!!!」


 私は、後ろを振り向き、クワレンヌ・エッサーへ向かってがむしゃらに走りながらそう叫んだ。

 

「私はサメよ! シャチだろうと、クワレンヌ・エッサーだろうと、怖くない!」


 そして、自分はシャチに立ち向かうサメだと思い込んで、更に叫んだ。

 魔法が効かないなんてどうでもいい。

 私はバカじゃない、サラムトロスで魔王アノマーノ・マデウス以外に唯一ラスト級の魔法に到達した天才なんだ、そのセンスがあれば不得意な徒手空拳でだろうが勝ってやる。


「……シャチィ……シャチィ」


 走りながら叫んで3.4秒後、目の前に彼女がいた。

 今は心を持たないキリング・マシーン。何のためらいもなく瞬時に剣が振り下ろされた。

 すかさず私は、彼女の腕に目掛けて兵として訓練で習った程度の組み技を仕掛ける。


「い、いけた!」


 しかし、何とか腕を無理矢理掴んで剣を止めることは出来たものの、実際のところ筋力等は相手の方が何段も上。

 このままでは押し負けてしまう。

 もっと力があれば……サメのように口を攻撃手段に転用できる臨機応変さがあれば!

 そう思いながら、無理矢理にでも左腕を噛み付いてやった。


「!?」


 その瞬間、私の視界を青白い光が包み込んだ。

 ……いや、私自身が光っているのか?

 視界が元に戻ると、クワレンヌの左腕が何かに噛み砕かれたかのように消えていた。

 しかも、それだけではない。

 彼女の体重が石ころのように軽く感じ、気がつけば組み付いていた右腕を持ち上げ遠くへと投げ飛ばせてしまったのだ。


「全身の力が引き上がっているとでも言うの……?」


 当然、身体強化系魔法に縁がない私がこんな力を発揮できるわけがない。

 疑問に思いながらふと自分の腕をよく見ると、綺麗な素肌が魚の皮膚のような形に変質していた。それこそ、まるでサメのように。


「え、どういうこと!?」


 いくら何でも違和感があると思いながら水面に映る自分の姿を確認した所、そこには……2mはある巨大な魚に筋肉質な手足が生えた魚人種のような外見! 肌はザラザラして下手に触れると怪我しかねない! 肘から生えるヒレはもはや刃! 背中の背びれは見惚れる程に鋭く魅力的! ケダモノの如き獰猛なその顔! あらゆる生き物を噛み砕くギザギザな歯! 独特な額の傷のようにも見えるエラ孔! 顔の中心で大きく目立つ単眼! そう、人の四肢を持つ単眼鮫魚人シャークロップスになった私の姿があった!

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