第11鮫 シャーク・フレンド

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SIDE:セレデリナ・セレデーナ

***


 サラムトロスに生きるものは皆、魔力という潜在的な力を持つ。

 更に適性を持つ者は、頭の中でその魔力をどういう形にして表現するのかをイメージして、内容をより正確にする為の詠唱をすればそれを具現化させることが出来る。

 これを、"魔法"と呼ぶ。

 それは、極め尽くせば達人の域にたどり着けば、火の雨を降らせる、大地を揺らすなど、1人で天変地異を起こすことが可能な程に規模から出来ることまで自由自在。

 もちろん、それらの魔法を使うにはMR《マジック・リソース》と呼ばれる1日辺りの制限はあるわけだが。

 そして、その具現化するイメージの系統に名称を付けたものが魔法名になる。

 魔法にはファースト・セカンド・サード・ラストの四つのランクがあり、セカンドでプロフェッショナル、サードで武将や現代だと〈ビーストマーダー〉格、ラストに至っては現状魔王であるアノマーノ・マデウスと……そう、私ぐらいしか今は使えるものが居ない伝説級の魔法だ。(過去に勇者アールル・エンシェルが使えたという記録もあるが、今彼女はこの世界にいないことになっている)



***

 

 そして、私はセレデリナ・セレデーナ。

 伝説と言われたラスト級の魔法を使うことの出来る天才だ。

 魔法には一つ一つ向き不向きが個人から種族にまで細かくあり、私は"アイレイ"以外の魔法を使えない、言わば魔法の才能がない長耳単眼種としてこの世に生まれた。

 幼い頃となると、両親が死に、資産だけを食い潰して目標も何もなく適当な人生を送っていた少女だったことは覚えている。

 だが、ある日世界中に伝達されたこの知らせによって全てが変わった。


『魔王、恋人募集開始。魔王の認める強さ限定。種族、性別問わず』


 そう、この一文を見てから何を思ったのか、


「人生の目標、これしようかしら」


 と呟き、決意した。

 それからというもの、軍部魔法学校に入学し、アイレイしか使えないのならそれだけを極めてしまえと150年は在籍、ついには未だ誰も習得していない"ラスト・アイレイ"にまで行き着いた。

 それ以外だって、1000年に1人できるかできないかと言われているサード級の魔法を詠唱なしで唱えられるようになったり、本当にこの世界でアイレイを使うなら私より優れたものは居ないと自負できる位には結果を残している。

 もちろん、ここまでやったのには私の運動適正的に武器を持ったりして戦うのは非効率だと判断したのもあるが、結果としては良かったと思う。

 何故なら、その功績を讃えるかのように、私は天才と呼ばれ、新たな生きる伝説になり……アノマーノにプロポーズされたのだから。


 その時、ようやく私はと理解した。

 そして、プロポーズされた日からずっと、アノマーノとは相思相愛の仲だ。

 いつも喧嘩しているように見えるが、距離が近すぎてどうでもいいことを気にしてしまうだけ。

 同棲するなんてそんなものだ。厳密には同棲しているわけではないが。

 以後、私は彼女に並び立つに相応しい存在になる為に軍部を上り詰めて〈ビーストマーダー〉にもなり、その中でも頂点に立った。

 魔王の恋人であり、フレヒカ最強の〈ビーストマーダー〉。そんな私は、この世で最も恵まれた天才なのだと考え始めてさえいた。

 ……だけど、上には上がいて、今ではクワレンヌ・エッサーがトップだ。

 本気を出せば山をも砕く私の魔法は、確かに強い魔獣と戦うのにこれ以上に適した力もないと言えるものの、彼女は魔法を使わない代わりに武器を選ばないあらゆる武術を使いこなし、倒せる魔獣の幅なら私の倍以上で功績からしても私を遥かに凌ぐ。

 同じ天才でも、適材適所のあり方から見れば彼女の方が間違いなく私より〈ビーストマーダー〉として優れているのは間違いない。


 でも、それなのに、正直自分より上がいることなどどうでもいいと思った。

 何故なら、私は既に一度決めた人生の目標自体は果たしてしまっており、

 アノマーノに並び立つというのも、適当に立てた方針に過ぎなかった。

 つまり、自分より上の者が居ようが何も感じないてはいない。

 クワレンヌ・エッサーが現れたことで、自分自身がただただ空虚に過ぎない存在であるという現実を認めさせられてしまっただけなのだ。



***


 そんな話を、彩華にしていた。

 深夜におじいさんに話したことも交えて。


「いろいろ大変なんだな、セレデリナも」


 ……というのも、サメエナのおかげで眠らず徹夜で報告書をまとめ終えた私は、部屋から出た瞬間に何故か彼に捕まり、


『何となく気がついたんだが、セレデリナは1人の時だと昼飯も取らないんじゃないかと思って、適当にキッチンの野菜やら調味料を使ってランチを作っておいたぞ。昔田舎で釜戸の使い方を勉強しておいて助かった』


 と言われた。

 実際、気づけば昼だったので、せっかくならと食卓に向かった所、それっぽく野菜を炒めた昼食を振る舞われたので頂くこととなった。

 そこで、食べながら雑談をしていて、魔法について教えて欲しいと言われたので話してやってたらいつの間にかボロッとさっきの話をしてしまった訳だ。


「結局、私の生きる意味がアノマーノしかなくて依存しちゃってるのよね。家政婦を雇ってないのも一緒にいる時間をもっと長く感じたいからだし」

「なるほどな。それだったら何か趣味があったりしないか? 打ち込める趣味は人生最高のスパイスだぞ」

「趣味って言われても……」


 会話が続くにつれ、彩華は私が今まで考えもしなかったことを返してきた。

 言われてみれば、234年生きてきてそれらしい趣味はなかっ……いや、違うわ。

 そうだ、今の私にはサメがあるんだ。

 おじいさんも「サメを信じれば、何かを得られるはずじゃ」とアドバイスしていたじゃないか!


「そうか、やっと分かったわ。私に足りないのは、"趣味"だったんだ! 私、サメが趣味なんだと思う!」

「えぇ!?」


 彩華はそこまでサメの事が好きな訳では無いのもあってかドン引きしているようだが、そんなことはどうでもいい。


「サメが何なのか今は基本的なことしか分からないけど、これからそのサメをもっともっと知っていきたい!」

「あー……それは所謂"推し"って奴だな。サメを推していくのはいいと思う」


 "推し"とは何かいい響きだ。

 『おし』と『サメ』と同じ文字数なのも見逃せない。


「俺も人生いろいろあったから、趣味にもその中の推しにも心の支えになってもらってるところがある、悪くない考えだぜそれは。……まあ、今はその支えがないから元の世界に帰りたいわけでもあるが」

「そっちの事情にはあえて触れないようにするわね。それはそうと、色々考え込んでたことがちょっとスッキリしたわ。ご飯もありがとね」

「それなら良かった」


 こんな感じで話を続けているうちに、ランチも食べ終えた。

 それに乗じてか、彩華の方からも少し話があるようだ。


「そうそう、魔王様とはもっと仲良くしておけよ。何かあった時に会えなくなったら辛いからな」


 散々重い話をしただけあってか、向こうからも何か抱えているような言葉が出てきた。

 こちらも散々話した、彼の話を聞くべきだろう。


「へぇ、昔何かあったの?」

「1度だけセレデリナと魔王様みたいな仲の恋人がいたんだが、遠距離恋愛になった後音信不通で結局別れた事があったんだ。同じようになって欲しくないから釘を刺しておいただけだよ」

「な、なるほどね……」

「魔法について教えてもらった礼として、一応の恋愛アドバイスさ」


 確かに、アノマーノも私も仕事柄どうしても出張は多い。一年近く会ってなかったこともあった。

 なら、彼の指摘は今後意識すべきなのは間違いない。


「とりあえず参考にさせてもらうわ」


 ……ていうか、今更だけど今日の彩華は昨日に比べて妙に馴れ馴れしいくやたらと相談に乗ってくれる。何かあったのかしら。


「ところで、今日は妙に態度が柔らかいけど何かあったの?」

「魔王様に仲良くしてやれって言われた」

「直球の答えね……」


 彩華は妙に刺々しい人なのがよく分かった。

 あと、さっきの料理の味はアノマーノに比べると私の好みに合わず濃い味でイマイチだった。



***


 結局、あの後食器洗いも全部彩華がやってくれた。

 彼は結構家庭的で、意外に感じる。

 そういえば、こちらとしてもどうしても聞きたいことがあった。


「洗濯ぐらいは自分でやってくれよな。それじゃ」


 なので、宿泊部屋へ戻ろうとしていた彼を呼び止めることにした。


「そう言えば彩華って何かおじいさんみたいな力を持ってたりするの?」

「まだ話があるのか……」

「ええ、聞きたいわ」

「そうだな。残念な話になるんだが、俺はなーにも特徴がない凡人だよ。武器だってまともに使えやしない。料理もいまいちだっただろ? 何をやっても人並みで平均さ」


 なるほど、かなり期待はずれな答えだが、だからこその人格が彼には備わっていて、女神とやらに選ばれた何かを持っているのだと納得もできた。

 そして、ここまで話してようやく気がついた事がある。


「なんと言うか、私たちって友達みたいな距離感ね」

「そう言われればそうだな。サラムトロスでは初めて友達が出来ちまった」


 考えてみれば、今でアイレイ一筋で、友達と呼べる人が居ないまま恋人だけはいるような人生だった。自分自身が少し報われた気がして嬉しい。


***


 ……その後私は、結局やりたくないので衣服の洗濯等も彩華に投げた。

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