第10鮫 博士の愛した鮫式

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SIDE:鮫沢博士

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 翌朝、3時間40分は眠れたので十分と判断して早朝に起床したのじゃ。

 セレデリナはサメの魔獣なぞおらんといっておったが、専門外なのか魚の中にサメがいないとは言い切っておらんかった。

 それに、サラムトロスのサメは魚ではなく陸上生物のみという可能性もある。

 わしの世界にも歩行能力のある深海サメが実はいるのじゃが、陸上生物となると異世界感が一気に跳ね上がる。


 そう、サメがおらん世界があるはずない!

 ならば、図書館に向かいそこで魚や動物に関する図鑑を読み漁るのが手っ取り早いじゃろう?

 このままでは、サラムトロスにサメがおるのかおらんのかわからない、まさしく"シュレティンシャークのサメ"状態じゃからな。

 早急に答えを出さねば行かん。

 この謎を究明するためにも、屋敷から出て図書館へと向かったのじゃ。



***


 しばらくして、目的地へとたどり着いた。

 非現実的な場所にいるサメというのは人生の縮図、ロマンと言っても過言ではないからのう。

 いやしかし、この図書館は非常に本の数が多い。

 一般市民への無料貸出サービスなども充実しており、昨日の間に住民登録回りも裏で魔王が手を回してくれておったのか、このわしですら好きに本を借りられる。

 これだけの制度が出来るんじゃ、製本技術や印刷技術なども現代に近いほど発達しているのじゃろうな。

 その中でわしが手にとった本は、もちろん様々な種類の生物図鑑じゃ。

 セレデリナが魔獣にサメはいないと教えてくれたおかげで、それらの図鑑に目を通す時間を短縮できて助かるわい。

 わしは思い思いにセレクトした海の図鑑、陸の図鑑、空の図鑑と様々な図鑑を手に抱え、そして読書用の机の上に広げた。

 サメが海だけを泳ぐなど時代遅れの価値観なのは常識じゃろう?

 サラムトロスにはきっと陸を走るサメや溶岩を泳ぐサメだっているはずじゃ。

 もう、わくわくが止まらないまま読書を続けたのじゃ。



***


 ――あれから8時間、手にとった340を超える動物、魚、虫と別け隔てなく選んだ生き物や魔獣の図鑑を読み終えたのじゃ。

 一冊一冊、隈なくサメを探したのじゃ。

 ……探したのじゃ。

 じゃが、そこには1匹たりともサメが載っておらんかった。

 陸や空はもちろん、海にさえ。

 ここで全て繋がった。

 何故、セレデリナがサメについて知らず、あそこまで興味津々だったのかというその答えが。

 それは、そもそもサラムトロスにはいない生物だから食指が動いただけだったということ。

 わしの心は、ギャンブルで全財産を使い果たしたかのように深い絶望へと誘われ、明日はもうないという悲しみの中、図書館で倒れてしまったのじゃ。



***


 ああ、思い出す、サメとの思い出を。

 わしは、幼少期に水族館でサメを見た時、その外見、生体、牙、エラ、ヒレ、あらゆるものに惹きつけれたのじゃ。

 それからは、全ての人生をサメ中心に考えて生きてきた。

 わしには人間らしい恋愛感情などは存在しない。それは、サメに対しても同じ。性欲など、サメと向き合う中で不必要じゃからな。

 つまり、サメだけが人生なのじゃ。


 そんなわしは、幼い頃から自分だけのサメを造りたいという一心でいろいろな発明をしてきたのじゃが、それによってサメさえ関われば日用品や工芸品、武器から乗り物までなんでも造れてしまう才能に気付いたのじゃ。

 これこそが、〈指示者オーダー〉であるという証明とまで知らずにな。

 じゃが、そんな天才達の出現など何も知らんかったわしは、結果としてその才能で得た金銭を元にサメを研究、そしてまたサメで物を造り、そしてまたサメを研究する楽しい錬金サメ人生を送っておった。


 しかし、大学院を卒業後、個人で研究施設を持ちながら現代技術では造れないであろう等身大のサメ顔人型ロボットなどをひっそり造るようになった頃、〈サメ因果律〉という法則を見つけてしまってからわしの人生は大きく変化を遂げる。

 〈サメ因果律〉とは、デザインとしてサメを組み込んだ機械は必ず"34"という数字に縛られる法則のことじゃ。

 例えば、サメ柄のモバイルバッテリーは合計34時間分の充電可能時間が限度じゃったり、愛用の改造鮫車が3400日で壊れる、試作品で造った機材が3分40秒しか可動時間がないなど、何かと34という数字に縛られる。

 34は確かに『サメ』と読むと考えればある意味自然なことかも知れないのじゃが、やはり客観的に見ればおかしな話じゃ。


 わしは〈サメ因果律〉について様々な実験を行い、その結果をまとめた論文を学会に提出した。

 これでなにかスッキリできると、安心感に包まれながらその日は熟睡できたのじゃが……翌朝、起きれば日本の政府機関に監禁されていたのじゃ。

 政府はわしを〈百年の指示者ハンドレッド・オーダー〉と呼び、「百年後の技術を保有しているのなら、それを日本のために使ってくれ」と監視されながらサメ兵器を造り続ける毎日が始まったのじゃ。

 確かにサメ兵器を造ること自体は楽しいのじゃが、そこに自由なサメ研究をしているという実感が湧かない。じゃが、新たな兵器の設計図はいくらでも思いつくから造ってしまう。

 そんな不自由なわしの毎日は、葛藤の連続じゃった。



***


 わしは図書館で黄昏れていたようじゃ。

 そうじゃな、実はキッチンに侵入した時にこっそり拝借した一升瓶のビールが1本あったわい。

 これを飲んで気を紛らわせながら屋敷に戻ろう。

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