第9鮫 サメにより失うモノ

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SAID:"魔王"アノマーノ・マデウス

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 魔王の朝は早い。

 住まい兼職場になっている魔王城にいると休日でも気づけば仕事をしてしまう自分が怖く、やることのない時間は全てセレデリナの家で家事をするという荒業に出て無理矢理職業病に対策を取ったぐらいだ。

 前の妻と離婚してそろそろ800年は経つ、結婚はともかく恋愛したいと思ったのはこのような環境が原因あるかもしれない。

 悲しい事だが、この1000年で余の政治力や信頼などは代わりを用意できないものになっている。

 わかっている限りでも、完璧に引き継ぎ環境が出来るまではこの状態だ。


 そして今は、いつも通り魔王城にある自分専用の執務室で事務作業をしている。

 そう、余はフレヒカ王国の国王であるアノマーノ・マデウスなのだ。

 人魔統合戦争において魔族軍の最高指揮官でありながら、前線を駆け抜け続けたその姿から今でも"魔王"と呼ばれ、世界中からその二つ名で親しまれている。

 ……ああ、どうしてこうなってしまったのか。



***


 余は、魔王と呼ばれるにふさわしい人物とは言えない。

 そもそも、統合戦争時に最高指揮官になったのは父が亡くなった時の死に際に放った遺言によるもので、戦場においては指揮が不得意なのを前線に出て誤魔化し続けただけ。

 人間軍最高指揮官である勇者"アールル・エンシェル"と一騎打ちしたのも、ぶっちゃけこれ以上指揮官の仕事をしたくなかったからなのだ!

 それなのに! あの女は! 戦いが始まった途端抱きついてきて! 余に一目惚れしたなどと言い出したのだ!


 しかも、それだけなら良かったのに……余としても誰よりも強い彼女はタイプだった!

 殺すには惜しい好敵手になるだろうと考えていたのが裏目に出て、その場で駆け落ちしたということになり試合は両者棄権扱い。

 魔王と勇者による婚姻を前提とした和平交渉が始まった。

 だが、それだけは済まず、和平交渉後の政治の代表責任者にされてしまい、流れ流され今に至る……。

 ああ、結婚したはいいがあまり夫婦の時間を取れなかった。

 結局子供を作るかの話が出ることも無く、結婚してからはなんとも言えない関係が続いてしまったという悲しい始末だ。


 ……だが、今の余は違う。

 あの日、セレデリナが余の家のドアをノックした。

 大事なものを自ら手放し孤独になっていた余を見つけ出してくれた。

 彼女との出会いがなければ余は抜け殻のお仕事マシーンになっていたであろう未来を否定することが出来た。

 彼女は強い。今はその伸び代に反して停滞気味な成長になっているかもしれないが、いずれは……それこそ余の好敵手ライバルとも言える実力を身につけるであろうだ。

 そんな彼女と共にいる今は、はっきり『幸せだ』と言える。

 適度な距離感でのお付き合いをしているのもあって、本当に離婚を検討するような喧嘩など一度もしていない程だ。

 だが、人間関係は人間関係、仕事は仕事。

 であれば、今の気持ちを一言で表すとこれしかないだろう。


「魔王をやめたいのだ!」


 あ、叫んでしまった。

 ……とまあ、こうして余の1日の仕事が始まる。

 今は昨日の異世界人の件について国の議会に提出する資料をまとめているところだが、セレデリナの家にいつも行っている事は一応公にはしていない事なので、どう誤魔化して彼らの話をするかは悩みどころ。

 しかし、まともな若者はともかくとして、あの老人は正気じゃないので面倒だ。

 サメという謎の生物に固執しているのが何よりも怪しい。

 いや、そもそも冷静に考えるとサメとはなんなのだ!?

 あの老人は「この世界じゃとマイナーな魚じゃが~」などと写真とやらを使って紹介していたが、少なくともあんな見た目の魚など見たことも聞いたこともない!

 お前の世界を説明するのはいいが、その3割ぐらいがサメの話題だったのだ!

 彼とは極力関わりたくないが……アールルがこの世界にわざわざ飛ばしてきた者だ、無下にするわけにはいかないというのが辛い。


 そして、話は変わり、もう一件だけ面倒事がある。

 実は余のフレヒカ王国、その中でも王都内の隅で〈女神教〉という名前以外実態の掴めていない組織の拠点だったと思われる教会跡地が見つかったのだが、調査隊として送り込んだ考古学者メッシー・ミートに相方のカンチ・サーチ、そして〈ビーストマーダー〉のクワレンヌ・エッサーが帰ってこない事件が起きた。

 ミート班もそうだが、国内1位のクワレンヌ・エッサーが行方不明となると今後の治安維持にも関わってくる。

 仕方ないが、明日以降セレデリナに向かってもらおう。

 彼女は可愛いだけでなく、とても優秀で強い。

 仮にミート班の生存が確認できなくとも、彼女まで帰ってこないことは無いはずだ。


 しかし、異世界人がアールルによって送り込まれてきた以上、今後サラムトロスに何かが起きることは間違いない。

 何なら、今回の教会跡地の件に関わりがある可能性だってある。

 本当は余も戦いたいのだが、戦争が終わった示しを付けるために制定した、余自身が自己防衛以外の如何なる戦闘行為を禁止する国際法がある以上、バックアップに回るのが精一杯だ。

 暴力で全て解決できれば楽なのだが、こればかりは世界平和の為にも仕方の無い。



***

SIDE鮫川彩華

***


 異世界生活2日目……とでも言えばいいのだろうか。

 正直な話、俺は日本での生活に満足していた。

 だが、今は異世界にいる。

 やはり昨日の出来事は全て夢ではなく現実で、それを裏付けるように今俺はセレデリナの屋敷の布団の中だ。

 早く日本に帰ってライブに行きたという気持ちでいっぱいだが、そういう訳にも行かないのは間違いない。


 しかし、今日は何をしようか。

 居候状態なわけで、せめて誰かの手伝いをするなり、近いうちには仕事も見つけるべきだろう。

 とりあえず、荷物にあったライブ当日用の動きやすい服に着替えた。

 日本じゃ夏真っ盛りだったから半袖短パンで、長く伸びた髪をポニーテールに括ってコーデに合わせたものだ。

 ここの気候は日本に似たジメッとした夏頃の暑さなことを考えると、衣服が周りから浮いて見えることもないだろう。前のライブの限定Tシャツを異世界で着るのは恥ずかしいが替えがないから我慢だ我慢。


 それはそうと、荷物確認をする事にした。

 俺の元いた世界の形見として、2本のペンライトとスマホがある。

 スマホに関しては、戦闘に役立たない事を考えて寝床に保管しておくつもりだが、ペンライトについては電池が切れるその時まで手提げカバンに入れて持ち歩いておきたい。

 凡人故に、戦いになれば足でまといになるのはわかりきっている。

 ならば、誰かを応援するアイテムとして常に手元に置いておきたいというのは当然の考えだ。

 そうして、背負っていたリュックサックから小さな手提げカバンを取りだし、そこにペンライトを詰めようとしたのだが……。


「ない!?」


 ペンライトのうち1本が消えていた。

 昨日馬車に乗った頃にはリュックサックに直していたはずなのに。

 ……そういえば、部屋に鮫沢博士がいないな。


「盗られたぁ!!!!」


 あーもうクソジジイ! 今この瞬間に積み上がっていたお前への信頼は消え去ったぞ!

 何を造る気か知らないが、形見を盗むことは断じて許せん!

 なんでもかんでもサメで解決しようとする性格も気に入らなかったしな!

 こうして、俺の異世界生活2日目は鮫沢博士への怒りから始まった。

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