第12鮫 サメは飲んでも食われるな

***

SIDE:鮫沢博士

***


 あれからしばらくして、気がつけばセレデリナの屋敷の庭付近にいたのじゃ。

 サメがいない現実を前に、もはや無意識のうちに拠点へたどり着くなど当然じゃろう。

 ビールも半分ぐらい飲んだわい。いい酔いっぷりじゃな。

 そして、門をくぐり庭を見渡すとセレデリナと彩華がおった。


「あ、おじいさんが帰ってきたわね。丁度いいわ」

「飯行くぞー飯」


 どうやら、2人はディナーとして外食へ向かうみたいじゃな。

 彩華は半袖短パンで、セレデリナも動きやすいスカートが目立つ活発なコーデになっておるから察しもつくわい。


「今日はアノマーノが帰ってこられないみたいなんだけど、ディナーまで彩華に作ってもらう訳には行かないから繁華街で適当に食べる予定なの。おじいさんも行くわよね?」

 

 わしとしてはフカヒレチャーハンを食べたいのじゃが、あって似たようなものじゃろう。サラムトロスにサメなんぞいないんじゃ。

 諦めるしか……ないんじゃ……。

 ただ、食もそれ相応に進んでおる世界なんじゃ、酒を取り扱っとらん店もそうないじゃろう。

 この一升瓶だけでは足りん、もっと飲みたい。

 ならば、セレデリナの財布にあやかってやけ酒するのが正しい選択じゃ。


「もちろんわしもついていくぞい」


 実質無一文の今、人の金で飲む酒より美味いものはない。フォッフォッフォ。



***


 それで、繁華街に向かって歩いている最中なんじゃが、セレデリナがウキウキとした表情で話しかけてきたのじゃ。


「おじいさんおじいさん! 歩いてるだけなのもなんだし、もっともーっとサメに教えてちょうだい!」

「セレデリナはサメのことが推しになったんだよ。教えてやってくれ、鮫沢博士。ちなみに俺はそこまで好きじゃないぞ」


 推しというのはアレじゃったか、何らかの物差しを基準に一番好きなものを指す言葉じゃな。

 そうやってサメを好きになってもらえるのはとてもとてもありがたいのう。

 なら、この機会にわしの世界についての話をしておくべきじゃろう。

 それは何よりもサメに関わる話じゃ。


「じゃあ、今日はちょっと主題を変えようと思うのじゃ。実はな、この世界にはやっぱりサメがいないことがわかった。じゃから、わしの力について説明しようと思うのじゃな」

「いなかったんだ……」

「うむ、おらんかったぞい。悲しいぞい」

「……それはそうと、今のままだと俺の世界には触れたものをサメに変える超能力者がいる事実を飲み込めていないから早くその力について教えて欲しい」

「ついに、おいじさんのサメパワーの秘密を知れるのね!」


 そういう訳で、2人にわしの世界では百年後の技術を持つ天才、百年の指示者ハンドレッド・オーダー達がいること、その1人がわしであること、そして、触れた物をサメに変える能力は〈シャークゲージ〉という遺伝子注入能力であることを語ったのじゃ。


「というわけで、わしこそが日本唯一の百年の指示者ハンドレッド・オーダーであり、世界のユウイチ・サメザワなのじゃ!」


 本当は日本にも〈指示者オーダー〉がわし以外に1人おるのじゃが、この際わしだけということしてもいいじゃろう。

 酒の入った今となっては、もはや無礼講というやつじゃ!


「……待ってくれ。マジで待ってくれ。その話が本当なら、今聞いてる事は全部政府が秘匿している話ってことだろ……帰ってきた後の俺の日常はどうなるんだよ!」

「わしにもわからん」


 おっと、彩華がただの一般人である事を忘れておったわい。うっかりさんじゃなわしも。

 なに、世界の真実の1つや2つ、酒の酔いで喋ったじじいの戯言ということにできるわい。

 それもまた無礼講というやつじゃ!


「それにしても、あの力が魔法じゃないのは本当に意外だわ。しかも、おじいさんのいる世界から見ても未来の技術な上にそれがサメってすごくないかしら? 最高にサメ都合の人を助けてしまったってことね」

「クソ! サメバカは鮫沢博士だけじゃなかった!」

「私はサメ推しよ」

「明後日の方向に冷静な返事をしないでくれ」


 それからしばらくの間、彩華を巻き込みつつセレデリナとサメトークを続けていたのじゃ。


「じゃあ、あのサメサメエナジーシャークソリュートサーティーフォーも、〈シャークゲージ〉でサメ遺伝子を注入して造ったものなのね!」

「もちろんじゃ。わしは天才じゃからな」

「そんな事までしてたのか……」


 ベラベラと喋っていくうちに、一升瓶ごと飲み干してしまいながら。



***


 サメトークもキリが良くなってきた所で繁華街へ辿り着いた。

 じゃが、到着した途端胃が逆流し始めたのでえらいこっちゃじゃわい。


「待て、そこで吐くな! せめて路地裏とかにしてくれ!」


 結局わしは、そこら辺にあった路地裏へとすぐ様移動し、彩華に背中をさすられながら四つん這いの姿勢で嘔吐した。


「何となく予想はついてたからいいけど、そもそも夕飯前にそこまで飲むなよ……」


 酒は飲んでも飲まれるなということじゃな。

 何か理不尽なことがあるとすぐやけ酒してしまうのは、わしの悪い癖だといつも反省しては失敗しておる。


「サメなき世界など滅べ~ サメなき世界など滅べ~」

「ゲロと一緒に呪詛を吐くな」


 ……そう、酒の酔いが回りすぎてか、本当にサメのいない世界など滅ぶべきだと思えてきたのじゃ。

 そんな中でも、彩華はこんなわしでもなんやかんやで介抱してくれる。

 弟を思い出す甘さじゃわい。

 しかし、吐いてる途中でセレデリナがとても不都合な質問をしてきたのじゃ。


「ところでさ、今思い出したんだけど、昼頃に確認したらキッチンに置いてあったビール瓶がなかったのって……」


 その一言が彩華の耳に響いた瞬間、気まずい空気になったぞい。


「……さめぺろ! じゃ」


 そんな中で返せる言葉なんぞ、今はこれぐらいしかない!


「おーまーえーなー! こっちも明らかにあるべきものがないんだよ! 犯人なのはわかってるからな! 本職は海洋学者じゃなくて怪盗なんじゃねぇのかぁ?」

「痛い痛い痛い痛い首がもげるからやめるんじゃ!」

「もうここで死ね! 死んでしまえよこの怪盗クソジジイがぁ!!!!!」


 返事を返した直後、彩華は両手でわしの首を思いっきり締め上げ始めた。

 普通に苦しくて辛いのじゃ。


「彩華、そこまででいいわ。本当はアノマーノと一緒に飲む予定のいいお酒だったから流石に許せないけど、その苦しむ姿をみれば満足よ。それに、死んだらサメの話は聞けなくなるから止めて」

「良かったな。生きることが許されたぞ」


 そ、そこまでせんでもええじゃろ……気性が荒いとかそういうレベルじゃないぞい……。


「でも、サメを提供してくれる側の人格まで信用しようとするのはやめるべきだとよく分かったわ、ある意味いい機会よ」

「そうだな、推しを提供してくれる側に対しては、まともじゃないからこそ出来ることもあると割り切るのが一番だ」


 しかし、わしのことが嫌いになってもサメのことだけは好きでいてくれそうじゃ。それだけは良かったわい。



***


 こうして、嘔吐からの拷問が終わったのじゃが、突然、ぽつぽつと雨が降り始めた。


「今日は昼まで晴れてたのに、珍しいこともあるんだな」

「今のわしにピッタリな天候じゃよ……」


 そして、雨はどんどん大きくなり、豪雨とも言える規模にまでなったのじゃ。

 じゃが雨は――それだけに留まらない。


「痛い! なんだ? 上から物でも落ちてきたのか?」


 近くにいた背の低い若者が、一言呟いたのじゃ。

 ……しかし、彼をよく見ると、横腹に背中から顔にかけては黒く、体は白い配色でパンダ模様の……そう、30cmほどの小さな"シャチ"が右肩に喰らいついておったのじゃ。


「ぎゃあああああああ!!!!!」


 そこから連鎖するように、路地裏の外から街中の至る所にまで叫び声が鳴り響く。


「助けてくれー!」

「なんなんだこの魚はー!」

「こんな魔獣見たことないぞー!」

「俺は美味しくない!」


 そう、空からシャチが何十匹、いや、何百匹と降ってきたのじゃ。

 大きさも多種多様で、小さいものなら20cmじゃが、中には10mもあるシャチまでいる。

 外見そのものはどれも成体のシャチじゃが、シャチは本来そこまで大きさに振れ幅はないはずじゃ。

 さらに言えば、根本的な問題としてシャチはサメ同様にあまり人を襲わず、同様に人を捕食した前例もない。

 つまり、今降ってきているシャチは"異世界人喰いシャチ"と言える。


「鮫沢博士、これは一体!?」

「そう言われても、豪雨と共にシャチが降ってきていることしかわからん」


 実際、周りの人間達を見る限りサラムトロスの自然現象ではないと考えるのが筋。なんならシャチもサメ同様に図鑑には載っとらんかった。

 もしや、サラムトラスにはわし以外にも〈指示者オーダー〉……鯱崎鯱一郎しゃちざき しゃちいちろうがおるのか!?

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