第2鮫 異世界サメ1号

 そして、そのサメは木の枝として投擲されたままの勢いで口を布で覆っていた盗賊の肩に噛ついたのだ!


「なんだこれえええええええええええええ!!!!!!!!」


 サメは盗賊の肩を噛みつき続け、そこからは血が溢れて続けている。


「サメだこれ!?」

「そう、木の枝から生まれたサメ、その名も異世界サメ1号"ウッド・シャーク"じゃ!」


 要するに木のサメということなのだろうか……。

 もう困惑で頭がいっぱいだが、鮫沢博士は余計にややこしくなる説明を添えてきた。ドヤ顔で。


「詳しく話すと長くなるので後に回すが、わしは触れたものをサメに変えることができるのじゃよ」

「ちょ、超能力者!?」


 何かがおかしい気がするが、魔法とはまた違った超常的な力を持っているのは間違いないのだろう。

 だが、そんな力があるなら〈破壊者達〉とやらに立ち向かう手になるのも事実。

 それに、状況が好転するつれて、は確かなものになっていたのだ。


「よくも頭領を、者共どもかかれー!」


 さて、ここからが本番になる。

 盗賊たちが反撃を仕掛けきた。

 だが、今は勝てる気しかしない。


「さあ、まだまだあるぞ!」


 鮫沢博士は俺に木の枝をまた1本渡してきた。

 なんとなく、これからやるべきことの要領はわかる。


「おう!」


 先ほどと同じように、渡された木の枝を投げた。

 ウッド・シャーク達はどんどん盗賊達の肩を噛み付いていき、彼らは悶ていく。

 

「次!」

「おう!」

「次!」

「はいよぉ!」


 また1本、また1本と木の枝を……ウッド・シャークを盗賊達に投げ続けた。

 なんというか、餅つきみたいな共同作業だ。

 しかも、ウッド・シャークは多少軌道がズレようが追尾するように盗賊達の肩に噛み付く。

 当然、そんな不規則な動きの物体に噛みつかれて苦痛を生む程の痛さを感じる羽目になった盗賊達は困惑混じりな悲鳴を上げ続ける。

 追尾までするサメをこの鮫沢博士は生み出したのか……って、いくらなんでも強すぎないか!?


「いでえええええええええ!」

「やめてくれえええええええええええええ!」

「もう噛みつかないでくれええええええええええ!」

「襲った俺達がわるぅございました! 勘弁してくだうげええええええええええ!」


 ウッド・シャークを投げ続けるのがなんだか楽しくなってきた。

 やってることは暴力だから褒められたことではないのだが。

 というか、異世界にまで来て俺はどうしてジジイとよくわからない共同作業していているのだろうか?

 だが、そんな疑問を感じた時には既にさめつき大会は終了していて、盗賊達は体中をウッド・シャークに噛みつかれたまま瀕死になっていた。

 これで戦いは終わった。後は、彼らを無視してこの場から離れつつ次の進路を考えればいいだけだろう。


「それじゃあ、わしはしばらく寝るから起こさんでくれ」


 だが、俺が安堵の息を吐いた途端に鮫沢博士は木陰でまた眠りにつこうとしだした。


「いや、あいつらがいる場所から離れた後に寝てくれよ!」

「疲れた。それに、またおんぶして運んだらええじゃろ? 若いんだし」

「……」


 しかも、年に甘えた要求までしてきて腹が立ってくる。

 ……いや違う、ここで怒るのは間違いだ。今は落ち着いて冷静になるべきなんだ。

 どうせ、こいつらはしばらくは立てない。

 それなら、鮫沢博士が甘える通りにおんぶで運んでも問題はないはずだ。

 何より、これ以上の事態は起きるはずもないだろう。


「zzz」

「やっぱり重いなこのジジイ……脂肪を感じないあたり鍛えてはいるのか?」



 ――そう、俺はこの瞬間、完全に油断しきっていた。



「Gyooooooo!!!!!!」

 

 響き渡る大きな鳴き声。

 恐怖や焦りが感情の中で入り混じり、一瞬で全身から滝のような汗が流れ始める。

 そして、その声をたどり後ろを振り向いた。


「……なんでそうなるの」


 "恐怖"は空から舞い降りてきた。

 大きな翼に刺々しい尻尾や鱗、更には長い首を持ち、足もまた巨大で目立つ。

 トカゲに似ているがそれにしたって厳つい顔と鋭い牙が威圧感を与える。

 全長は5mと、まさしくドラゴンだ。

 

「序盤も序盤にドラゴン!? なんでだよ! 理不尽だろ!」


 たった一瞬で、絶体絶命という言葉すら生ぬるい状況になった。

 しかも、頼みの綱である鮫沢博士は寝ているという始末。

 仮に、ウッド・シャークを投げても怯まないのは明らかだ。

 俺は、泣きそうになりながら一言叫んだ。


「鮫沢博士えええええ! 早く起きてくれええええええええええええええええええええええ」


 叫んだのもつかの間、瀕死の盗賊の一人がなにか言い出した。


「ドラゴンは"〈ビーストマーダー〉"でもないと勝てない……こんな場所に来るのはありえないが、俺たちの血の匂いに惹きつけられたのかもしれねぇな。ざまぁねぇや」


 いや、そもそも魔獣が出るかもしれない場所にいたんだから盗賊達も自己責任ではないのだろうか。

 しかしもう、本当にどうしようもない状況だ。

 お父さん、お母さん、その他友人のみんな、先立つ不孝をお許しください。

 向こうにはドラゴンで逃げても追いつかれるのは明らか、こちらは相方のジジイが眠ったためあらゆる勝算がない、まさしく人生の終わる瞬間がやってまいりました。


 パカラッパカラッパカラッパカラッ!


 ……だが、そう諦めていた俺はここが異世界だということを忘れていた。

 聞こえてきたのは何匹かの馬の足音、つまり盗賊共が言っていた博打打ちの足音。

 そうだ、鮫沢博士が強いのならば、異世界人に鮫沢博士ぐらい強い奴がいたっておかしくないんだ。

 そいつが偶然にもここに通りかかる可能性も……ゼロじゃない!

 

「サード・アイレイ!」


 遠くから、女性と思わしき大きな声が聞こえてきた。

 声の先には馬車と思わしき荷車が見えるが、それは白い光線状の――ビームのようなものを放ちながらこちらへ直進していたのだ。


「Gyooooo!?!?!?」


 それからすぐ、光線はドラゴンを覆い尽くす。

 そして、そこに残ったのは……足だけ。

 さっきまで俺を絶望に陥れていた"恐怖"は、体の9割を空間ごと削り取られたかのように消え去り、死した。


「そこの親子、大丈夫かしら?」


 馬車は俺たちの前に止まった。

 そこには、ローブを纏った赤髪ショートヘアの肌白い女性が乗っていたのだ。

 背も160cm程だが、彼女には1つだけ目立つ特徴がある。

 それは、女性の眼は1つのみで、それも横に10cmはありとても大きい。

 ……いや、この世界においては、彼女の外見も普通であると考えられる。

 また、馬車の中には誰かがいる様子はなく、助けてくれたのは御者の彼女1人のみのようだ。

 そして、彼女は馬車から降り俺達に挨拶をしてきた。


「私は〈ビーストマーダー〉のセレデリナ・セレデーナよ」


 なんというか、二つ名からしてわかりやすく強そうな人に助けられたようだ。

 だが、どちらにせよ彼女は命の恩人、感謝の気持ちでいっぱいである。

 しかし、盗賊共も言っていたが〈ビーストマーダー〉とは何なのだろうか。

 "ビースト"が魔獣を指すのならば、魔獣専門の狩人のようなもの?

 何にせよこの状況は非常に安心できる。

 ――今日の俺が、世界中の誰よりもアンラッキーでさえなければ。


「あー、申し訳ないけど、ちょっと問題が起きたわ」

「へ?」


 突如、セレデリナは空を指差した。

 その先を見てみると、そこには3つの大きな影がどんどんこちらへ近づいてきていたのだ。


「あのー……もしかしてアレは……」

「ええ、ドラゴンよ。私が倒したのは4匹いた群れの1匹に過ぎなかったわけね」


 そうこう言っているうちに、ドラゴンは俺達の前に降り立った。


「「「Gyooooooooooo!!!!!!!!」」」


 こんな状況になっても、鮫沢博士は相変わらず起きやしない。

 つまり、希望は彼女に託された。

 

「予想はしていたから準備はできていたけど、どうなるかしらね……ってその光る棒は何!?」

「頑張れー! 行けー!」


 気がつくと俺は、ペンライトを振ってセレデリナを応援していた。

 完全にヒーローショーで応援をしている子供だ。


「まあいいわ、サード・アイレイ!」


 セレデリナは魔法を唱えると、彼女のアイから光の粒子が溢れ出した。

 それからまもなくして、5m大の幅を持ち、どこまでも長く伸びる光線が放たれる。

 これは即ち、先程馬車から放たれた光線自体が彼女のものという証明。

 そして、その光線はドラゴンのうち1匹に命中し、先程と同様に消し炭となった。


「チッ、相手も頭がいいわね」


 しかし、首の角度を変え射線を調整して残り2匹を焼き払おうとした所、揃って飛び上がられてしまい不発に終わった。

 そうしているうちに、光線もしぼむように消えていく。

 ドラゴンはまだ2匹残っている。

 このままでは反撃されてしまうのではないだろうか。万事休すだ。


「取り逃したわね……残念ながらここに来る前にMRマジック・リソースを結構使っちゃってて、もうあれは撃てないのよ」


 MR《マジック・リソース》ってのは魔法の使用回数とかそういうものだろう。

 あの眼から出す光線は魔法と考えるのが自然……それってつまり、またピンチじゃないか!


「え、どうするんだよ」

「逃げるわ!」


 そうこう言っているうちに、ドラゴンは今にも口から火を吐き出すような動作をしている。

 俺は眠る鮫沢博士を背負いながら、この場から逃げるためにも馬車へ駆け込んだ。


「やば、馬が身震いして動かない。これだからアノマーノの手配する馬は!」

「おいおいマジかよ!」


 しかし、逃げるための足など存在しなかった。

 このままでは異世界に来て1時間もせず死んでしまう。それだけは嫌だ。

 

「というか、いい加減起きろこのクソジジイ!!!!」

「あなた、チンピラみたいに口が悪いわね……」


 俺達がグダグダしているうちに、ドラゴン達は火球を吐き出した。

 逃げ足すらない、絶体絶命だ。


「10分、10分も寝かせてくれてありがとう。もう安心じゃよ」


 ――その時、鮫沢博士が眠りから覚めた。

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