第7鮫 鮫キチ!鮫沢さん
というのは嘘なんじゃ。
彩華が寝た頃、わしはこっそり部屋から抜け出してセレデリナを探し始めたんじゃわい。
実は、食後に彼女が「今日は徹夜かぁ……」と呟いていたのをサメザワーイヤーが感知していたんじゃぞい。
そう、これはチャンスなのじゃ。
ここで彼女をサポートすることで、シャーク好感度を上げておきたい。
なぜなら彼女はその職業柄か裕福であり、しかも魔王の事実上の妻。
いざという時にサメを諦めなくて済む希望になってくれるかもしれん。
何より、サメの話をしていて誰よりも食いついておったのは彼女というのもあるが。
それに、学生時代からずーっとこうやってコネクションの確保をしてきたのじゃから、異世界だろうと何だろうと立ち回りは変わらん。
こうしてわしは、こっそり厨房に忍び込んだのじゃ。
探し物は飲料水と砂糖なんじゃが……運良く入手できたわい。
後はコップに水を注ぎ込みつつ砂糖を多めに入れてかき混ぜ、〈シャークゲージ〉の力でサメの遺伝子を込めれば完成じゃわい。
「これが、異世界サメ第5号"サメサメエナジーシャークソリュートサーティーフォー"じゃ!」
わしは"サメエナ"と略して呼んでおるが、早い話はエナジードリンクじゃ。
今回は便宜上栄養ドリンクとさせてもらうがのう。同じようなもんじゃろう。
(※読者の皆様は混同せずそれぞれ用途を分けてお飲みください)
***
サメエナも完成したので、さっそくセレデリナの自室へ入ったぞい。
「誰よこんな時間に……って、おじいさんじゃない。なにか用でもあるの?」
おっと、いきなりバレてしもうたな。
これはサメエナを早く出して弁解せんといかん。
「命を救ってもらった上に部屋まで貸してもらった身じゃ、なにか少しでも手伝えないかと思って栄養ドリンクを作ってきたぞい」
「栄養ドリンクって……そのサメの柄のコップに入った青くて怪しい液体のこと……?」
「そうじゃ、コップは巻き添えでサメ柄になった犠牲サメでしかないがな。そして、これはサメサメエナジーシャークソリュートサーティーフォーという名前じゃ」
「怪しさ満点じゃない! ていうかそのコップ私のなんだけど!?」
そう言いながらも彼女はサメ柄コップが気になっているようで、結局手にとって飲んだのじゃ。
サメの力で炭酸も入っておる、飲み心地はとてもいいはずじゃ。
「薬味がすごいわね、嫌いな味とも言い切れないけど」
「34秒後にシャークな刺激を得て、34時間は起きていられるはずじゃよ」
「そんなバカなことがあるわけ……いや、本当に眠気が覚めてきたわね」
「こういう形でしか仕事は手伝えんが、役に立てたのなら何よりじゃ」
サメエナは効果てきめんだったようで、改めて彼女はサメの虜じゃろう。
ただ、アルコールが入った状態で飲むとバッドトリップが酷いので、酒好きのわしは余程のことがない限りは飲まんようにしておる代物じゃがな。
今晩は徹夜のためか酒を控えておったのを確認した上での提供、計画的ったらありゃせん。
それはそうと、具体的に何をしておるのか聞かないまま話を進めてしまった。聞いておくぞい。
「そういえば、今やっているのはどういう作業なのじゃ?」
「おじいさん達に会う前にしてた仕事の報告書をまとめてるのよ。提出期限が結構短くてね」
「なるほど、わしも似たような作業に追われることが多い身じゃ、大変さはよくわかるぞい」
よし、これでわしが手伝うことは済んだ。
そして、もう用事も終わった素振りを見せて部屋から出ようとしたのじゃが、彼女はわしを呼び止めてきたぞい。
「ねぇ、息抜きにサメについてなにか教えてくれないかしら? マイナーな魚過ぎて何も知らないのよ」
「おお、その言葉を待っていたのじゃ! わしは自分の世界では誰よりもサメに精通しておるんじゃぞ。あのかっこいいサメについて、いくらで話してやるぞい!」
まさしく計画通りな流れじゃ。
チャンスを逃すほどわしは
それに、彩華は期待外れじゃったしな。
「サメというのはそもそも4億年前にはいたと言われておってじゃな……」
「へぇ」
わしはウキウキしながらサメの話を広げていくことにしたぞい。
これで彼女はわしのシャーク術中にハマったというわけじゃ。
しかし、異世界と言えどサメはいるはずなんじゃが、改めて考えてみると、彼女でも知らないマイナーな魚という立ち位置だと考えるのは違和感がある。
じゃが、そんなことを気にしていては話が進まない。彼女にサメとは何なのかをみっちり教えてやるべきじゃな。
「刺激しない限りは人を襲う事はそこまでないんじゃが、それでも襲ったという記録自体は結構残っておってな、創作物の世界じゃと敵にされることも多い」
「創作物ね……おじいさんの世界の創作物はどういったものが主流なの?」
わしのサメトークが始まると、みるみるうちに彼女はサメの魅力に取り込まれていったのじゃ。
これぞ、サメ話術!
「そうじゃな、サラムトロスとの違いがあるとすれば……映像を使ったものになるじゃろう」
「えいぞう……興味があるわ」
「なるほど、それじゃあ試しにその映像、――映画を見せてやるぞい」
「面白いじゃない!」
結果、映画を見せるのが自然な状況に事になったので、わしはすかさずタブレット端末を取り出し、いつでも見れるように保存しておいたサメ映画の中から選んだよりすぐりの1本を2人で見ることにしたんじゃ。
なお、セレデリナは映画どころか映像を使った創作物を見たことがないようで、何もかもが新鮮そうであった。
再生する前のアプリ操作などを見ながらずっとはしゃいでおる。
意外と子供みたいに可愛いところもあるみたいじゃな。
それで、大量のサメが竜巻に巻き込まれて空から振ってくるあの名作映画を見たのじゃ。
古今東西多種多様なサメが出てくる映画なだけあって、違う見た目のサメが出る度に再生を止めて解説したわい。
「このサメはハンマーヘッドシャークじゃ。単性生殖が可能な個体がいる記録が有名じゃぞい」
「なら、この小さいサメは何かしら?」
「コバンザメじゃな。実はサメじゃない」
「そ、そうなのね」
最初こそ、CGによる表現に対してこれは魔法なのかと何度か聞いてきたが、機械文明の技術の応用であると説明したりするうちに自然と理解するようになったのじゃ。
スタッフロールが流れ映像が暗転した時には拍手までしており、非常にウケも良かったわい。
わしとしても、好きな作品が評価されるのは嬉しいのう。
「人がたくさん死ぬ話でびっくりしたけど、おじいさんの世界の創作物も面白いわね。映画だっけ? 気に入ったわ」
「それはよかったのじゃ。映画というのは常に人の心を動かすものじゃからな」
これで、彼女の心をつかむことは出来たじゃろう。
「……ということで、サメとは超! 面白かっこいいわけじゃな!」
「まさしく人生の縮図、ロマンね。本気で気に入ったわ!」
「ホッホッホ、そこまで食いつきがいいとは嬉しい限りじゃわい。サメさん達も喜んでおるじゃろう」
彼女のサメ将来は、間違いなく明るいわい。
***
こうして、わしの
「そうだ。おじいさん、お礼と言ってはなんだけどサラムトロスについて何か知りたいことはあるかしら?」
「おお、それなら魔獣とやらについてよく分かっておらんでな、せっかくじゃし教えて欲しいぞい」
これはいい機会じゃ。
何より、魔獣といういかにもなゲームの中のモンスターがいるということは、サメ型の魔獣がいてもおかしくないからのう。
「魔獣ね。それについて本気で話すと長くなるから掻い摘む形になるけど、早い話は統合戦争時に魔族側が造った生物兵器という名の害獣かしら」
「ほう、生物兵器というのは面白い話じゃのう」
「面白いって……異世界人からしたらそうなるかもしれないわね」
おっと、口が滑ってしまったわい。
これはサメに限らず科学者としての悪い癖じゃのう、注意せねば。
しかし、生物兵器となれば尚更聞いておかねばならないことがあるのじゃ。
「サメの魔獣はいるのかのう!?」
「うーん、いないんじゃないかしら。職業上、魔獣は全種類対処法を含めて叩き込まないと行けないし、知らない魔獣なんての基本的にはいないのよね」
うーむ、サメの魔獣がいないというのは残念な話じゃな。
まあいい、他にも聞きたいことはあるわい。
「そういえば、セレデリナの〈ビーストマーダー〉という職について詳しく聞いておらんかったな」
「知ってて当然と思って何も説明できてなかったわね……早い話は魔獣を狩る専門家かしら。ただ」
「ただ?」
「魔獣はもう法的に製造できないことになっていて製造技術に関する書物も全て焼き払われているの。実際問題、魔獣出現地帯とされてる小さな地帯にしか生息していない状態ね。で、そこから零れた害虫狩りをするのが仕事ってわけ」
害虫狩りとはあまり耳障りのいい言葉ではないのう。
それに、まだ話は続いておる。
「あと、〈ビーストマーダー〉は国の兵士としては最高位の仕事で1つの国に対して10人しかいないみんなのヒーローなの。私はその中でも国内2位、誇らしいでしょ?」
「さっきも2位なのは聞いておったが、そこまで光栄ある御方だったとはビックリじゃわい」
「相変わらず、肝の据わった反応ね。いい歳の取り方で尊敬しちゃうわ」
ほっほ。褒められてしもうたわい。
嬉しい限りじゃな。単に他人の事情をドライに対応する癖が付いておるだけなのじゃが。
というか、わしの想像を遥かに超えるすごい立場なんじゃな、驚きが続くのう。
じゃが、楽しい話は唐突に終わることとなる。
セレデリナは何やら現状に納得いってない事があるようで、溜まっていた何かを吐き始めたのじゃ。
「はぁ、このままアノマーノの隣にいるだけで人生が終わっちゃうのかなぁ」
自分の立場を語ってしまうと、突然客観視した現状のことを考えて元気が無くなるのはよくあることじゃわい。
なら、こちらの返事はこれぐらいしか無いじゃろう。
「サメを信じれば、何かを得られるはずじゃ」
「な、なるほど」
完全に宗教勧誘のそれじゃったがまあいいじゃろう。
それに、やるべき事は終わったのじゃ。今度こそ寝るぞい。
「さて、わしはそろそろ寝ないと限界じゃ。サメの話は明日でもできる、退散させてもらうぞい」
「そう、じゃあ私は作業に戻るわね。まだまだ栄養ドリンクで目が冴えてるから、朝までには終わりそうだわ。サメの話、ありがとね」
「それなら良かったわい」
「おやすみなさい、おじいさん」
こうして、わしは眠りに就いたのじゃ。
と言っても、その直前にひっそり彩華の荷物を物色してとあるモノを確保したのじゃが。
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