第6鮫 ナイフとシャークを手に

 宿泊部屋に入ってみれば、フカフカのベッドやらアメニティが完備されており、まるでホテルの一室じゃった。

 テンションも上がりベッドへ飛び込む助走をつけたのじゃが……彩華に足を止めれた。

 何かわしに聞きたいことがあるようじゃ。


「……ようやく2人っきりになれたな。少し聞きたいことがあるんだ」

「ん、なんじゃ?」


 ふむ、サメに関しての話じゃろうか。楽しみじゃわい。

 1人でも多くサメに興味を持ってくれることより良いことはない。

 セレデリナは特にいい傾向じゃ。

 じゃがしかし、そんな妄想もつかの間、彩華の一言は予想斜め上な内容であった。


「そのスーパーサメパワーでネットを使えるようにできたりしないか!」


 他鮫力本願たさめりきほんがん! あまりにも他鮫力本願たさめりきほんがん

 と、とりあえずちゃんと返事をしてやらねばならんのう。


「残念な話じゃが、わしらのいた世界と電波を繋げるのがまず無理なのじゃ」

「そ、そうか、変なこと聞いてすまん……」


 わしだってサメコンテンツ専門サブスクことサメ☆チャンの新規配信を見れない事実を受け取りきれておらんのじゃ、我慢して欲しいところじゃな。

 と言ってもこのわしのタブレットは"same-pad"と言う自作物で防水機能は当然完備のサメクオリティあふれる代物。容量は3400TBあり、このサイトに限らず契約しておるサブスクの映画は全てダウンロード済み、むしろ今は見てない映画に手を出す機会にすらなっておる。

 ……よし、向こうの質問に答えた以上、次はわしの話でもさせてもらおう。


「そうじゃ、せっかくじゃしわしがこの世界で立てた目標を伝えたい。一緒にいるのに別々の理由で戦うというのも癪鮫シャークじゃろう」

「お、おう」


 そういうわけで、わしが異世界のサメを研究したいこと、異世界サメをたくさん造る目標を伝えてやったのじゃな。


「……という2つがわしの目的なんじゃ!」

「異世界のサメね。いるよ。間違いない 」

「そうじゃろそうじゃろ」

「うん、どんなサメを造るか楽しみにしておくよ」

「ふふ、お世辞臭いのう」


 妙に相槌を打つぐらいの感覚で対応された気がするが、そうでないと信じておくぞい。

 それから程なくし、少々しておきたかった打ち合わせをした後に仮眠した。

 ただ、ディナータイムは思いの外早く訪れ、実際に眠れたのは1時間ぐらいじゃったが。



***


「今日は客人も来ておる、いつもより力を入れてみたのだ」


 その日のディナーは、中皿に豪快に盛られたサラダに、少量に浮いたバジルがかえって食欲をそそる透き通った色合いのスープ、メインディッシュとして出されている綺麗な白い皿に載ったシャケのムニエルに鶏肉のソテーじゃった。

 まるで高級レストランじゃわい。

 それに、シャケがいるならサメは間違いなくいるぞい。楽しみになってきたわい。


「いつもはパスタとサラダを並べて完成とか言う癖に、こういう時はちゃんとするのね……」

「王族には王族のプライドがあるのだ!」

「はいはい。言ってみただけだから怒らないでよ」


 一方、彩華はこの食卓を前に携帯端末のヴァイブレーションな如くブルブルと震えておった。


「鮫沢博士、緊張して全然食欲が出ないんだ……助けてくれ……手にサメ書くのはナシで頼む……」

「いや、それ以外の対策はない。悪いが、諦めるんじゃ」


 わしはお偉いさんとの食事は慣れてるから問題ないぞい。

 まだ若いんじゃし、それぐらい慣れて欲しいものじゃ。


「うむ、こりゃ美味い」


 そうして、食事前の雑談は終わり料理に手を付け始めた。

 日本人向けとは言えない薄味ではあるものの、全体的にどれも舌触りがよく、まずいどころか素直に美味と言った所。

 食文化は予想通り進んでおるようじゃな。

 また、料理とは直接関係がないが、意外にも彩華はテーブルマナーが完璧じゃった。

 案外口が悪いだけで育ちがいいのかもしれんな。

 わしはもちろん、テーブルマナーは鮫ノ子祭々さめのこさいさいじゃぞ。



***


 食事が終わり食器を片付け、改めて魔王が食卓に戻ってきた所、とある作戦を実行することにした。

 手をサメの形にするハンドサインを彩華に見せることで、それは始まるのじゃ。


「すまないみんな、どうしても話しておかないといけないことがある」


 最初は突拍子もなく彩華に切り込ませる。

 もちろん、こんなことを突然言い出すと2人は黙り込むぞい。


「……俺達は、この世界とは別の異世界から来たんだ」



***


 実は、仮眠する直前、彩華はいい加減自分たちの立場を告白すべきだと相談してきた。

 もちろん、やらない理由がないので賛成したのじゃが。


「なるほどね、あなた達に覚えていた違和感がスッキリしたわ」

「余としてはこれ以上魔王としての仕事を増やしたくないのだが、話だけでも聞いてやるのだ」


 ふむ、セレデリナは飲み込みが早く、魔王は……なんとも言えん表情じゃな。


「イマイチな手応えだな……鮫沢博士、後は任せた」

「了解じゃ」


 そこからわしは、めが……鮫神様に〈破壊者達〉を倒せという簡素な説明だけでこの世界に飛ばされてきたこと、そして現代日本を基準としたこちら側の世界についての説明を始めたのじゃ。

 例えば、わしらの世界はこの世界ほど外見的特徴に差はないことや、タブレット端末を使って機械文明が発展した異世界であるという説明をしたのう。

 こんな事もあろうかと、仮眠前に説明する内容をパ○ーポ○ントにまとめておいたのじゃ。

 おかげでわかりやすく伝わったぞい。

 下手に深く入れ込むより『文明の進化の仕方が違う』と伝え、情報量はできるだけ制限したのも効果的じゃったのかのう。


「つまり、その写真っていうのが馬車で見せてくれた絵の正体なのね。面白い世界じゃない」

「……」


 しかし、魔王は理解を示しつつも黙り込んでおった。

 少し時間を置いたあと、どうにも思い当たる点があるようで、それについて語り始めたのじゃ。


「余としては、その女神という女性について思い当たる点がいくらかあるのだ」


 おお、どうやら魔王は鮫神様について知っていることがあるみたいじゃな。

 命の恩人の家に寝泊まりすることになったかと思えば、あまりにも幸運な出会いが連鎖して不思議でしかないわい。

 しかし、そうなってくると彼女の話は何よりも重要になってくる。


「まず確認したいのだが、お主達のいる世界を地球と呼ぶように、こちらの世界は"サラムトロス"と呼ぶことについて女神は教えてくれたのだ?」

「初耳じゃな。しかし、映画の配給会社と制作会社が合体したみたいな名前でそそるわい」

「鮫沢博士、ちょっと黙ってて」


 いや、大事な話じゃろうて。

 それに、サラムトロスとは世界の名としても言葉として響きが良い。

 間違いなく、わしらの世界にはいないようなサメが生息している世界じゃぞ!


「よし、その女神は本物なのだ」


 おっと、まだ話は続いておるようじゃ。

 それに、鮫神様については知っているどころか縁が深い様子。


「そんなのでわかるのか!?」

「うむ、何分縁が深い相手でな。説明不足ぶりから納得できたのだ」


 これは鮫神様についていろいろ知れそうじゃわい。

 そして、魔王は間髪を容れずに鮫神様について真実を告げてきたのじゃ。


「まあ早い話なのだが、女神は余の元妻なのだ」

「「!?」」


 いやぁ、縁が深いどころか元婚姻関係とはこりゃびっくりじゃ。


「あー、そういえばそうだったわね。教科書に書いてた気がする」

「とは言っても、実は女神とは何かと聞かれると正直わからないのだ」

「どういうことじゃ」

「彼女とは、説明不足で問題を起こすことが多すぎて結局離婚したのだ。その時に『女神になる』と最後に言い残していたのであるな……」


 うーむ、魔王は鮫神様そのものについては詳しくないのかもしれんのう。


「それと、〈破壊者達〉……というのは余もさっぱりである」

「そっちはわからないかぁ……」

「しかし、お主達は今後起きる何かに対する対抗手段として召喚されたと考えるのが自然なのだ。そこで、ある程度の支援はこちらで考えたい」

「おお!」

「ただ、具体的な支援内容は国の役員としっかり会議を通して決めるのだ。ひとまず、王都を巻き込む大事件でも起きない限りは明日にでも住める場所を与えるから、今日ぐらいはここでゆっくりしておいてほしい」


 結果、今後の行動指針こそ固まらなかったものの、住む家だけは確保できそうで安心じゃわい。

 サメを研究する以上、拠点は大事じゃからな。

 こうして話もまとまり、次の話題へと移ったのじゃ。


「そうだ、この世界――サラムトロスについての話をするのだ。やはり多種多様な種族が共存して生きているのはヒト種しかおらんお主らにとっても違和感があると思える。その辺の理解があればこの世界での活動にも困らないはずなので、よーく聞いて欲しいのだ」


 すると、突然と彼女の昔話が始まった。

 先程からヒト種という言葉が出てくるのじゃが、おそらくわしの思う普通の人間を指した言葉じゃろうか。

 サラムトロスにおいては、1つの種族に過ぎないからそう言われているという価値観の違いを感じさせられる言葉じゃ。

 ふふ、しかしてこれは計画通り。

 そもそも、こちらが異世界から来たのだという話を持ち出した理由は、この世界についての情報を聞き出すためでもあるのじゃからな。

 

『現状、頼りになるのはこの家にいる人達だけになる。せめて付き添ってもらいながらでもある程度自由な行動を取れる環境がないと今後の活動が不安でならない。それなら尚更のこと、異世界人であることについて告白するべきだと思うんだ。そうすれば、自然とこの世界についてわかりやすい説明をしてもらえるはずだし』


 彩華からこのような相談受けた際、手のひらに拳をポンと叩くような動作をして気持ちよく納得したのう。

 ただ、肝心の本人はまさか魔王から直接聞く事になるなど想像もつかなかったのかまた震えておるが。



***

 

 その後の話をまとめると、ざっとこんな感じになるのじゃ。

 元々映画等で馴染みのあるエルフやドワーフにあたる長耳族や中身族にヒト種等の種族が中心になっている人間側と、それ以外の種族による魔族側に分かれ、歴史が残っている限りでも3400年は戦争を続けていたのじゃ。

 それも、混沌と化した結果"人魔統合戦争"と呼ばれる、それぞれの総戦力でぶつかり合う大規模な戦いが繰り広げられた始末。

 とはいえ、今が平和であるように、戦争は1000年前、数々の戦いの末に人間代表の勇者、魔族代表の魔王が代表戦とも言うべき一騎打ちを経て、結果としては和平交渉により終結したというのが大まかな歴史みたいじゃ。

 また、終戦後はお互い同じ輪の中の存在として生きていることを示すため、人間と魔族などという別れた呼称は捨て、人間で統一することになったようじゃ。

 つまり、今のサラムトロスの社会とは、人間と魔族が共存して生きている道を選んだ先にある訳じゃな。


「余はこのような歴史の中でずっと活動しておる」

「了解じゃ」

「わかりました、魔王様」


 いやぁ、国どころか世界単位でのお偉いさんが家事をしとる家とは胡乱極まりないわい。

 しかも、魔王はまだまだ話が終わってないとばかりに情報を出してきたのじゃ。


「ちなみに話に出ていた勇者が余の以前の妻である」

「な、なるほど、女神=元勇者ってことはわかったかな……」


 鮫神様が元は人間の代表者だったとな。

 その上で魔王の元妻とは、少し頭がこんがらがる情報じゃのう。

 そして、話が一旦切り上げられ、次は寿命周りの話になったのじゃ。

 どうにも、わしらの世界とサラムトロスでは寿命が種族ごとに全然違ってくるみたいじゃからな。

 

「例えば、余は1500歳なのだ。3000年寿命の寿命を持つ魔神族としてはこれでもまだまだ若いと言える」

「すごい寿命の長さだな……」

「場合によっては1万年生きる種族もある。行政が大変なのだ……本当に」

「お疲れ様です」

「ちなみに私は長耳単眼種っていう雑種なんだけど、今は234歳ね」

「ヒト種換算だと23歳という認識で大丈夫なのだ」


 寿命までここまで差があるとは、こりゃあ3億4千万年生きた神鮫ゴッドメガロドンがおるかもしれんのう。


「そういうわけで、今日の話は終わりなのだ。もっと知りたければそれこそセレデリナに聞いてみるなり、他には図書館で調べるといい」

「魔王様から直々にここまで……ありがとう」

「ありがとうございますじゃ」


 これにて、魔王のサラムトロス歴史講座は閉幕したのじゃ。



***


 それから程なくしてディナーも終わったのじゃが、魔王は食器洗いを済ませると「セカンド・ディメンション!」と呟き、異空間に消えていったのじゃ。

 どうにも、魔王は自分のいる城とセレデリナの屋敷を繋げている扉のようなものを魔法で呼び出せるとのこと。

 それはそうと、実は今回、わしらの世界の話をする際に〈百年の指示者ハンドレッド・オーダー〉回りの話はあえて避けたのじゃ。

 いずれ話す時は来るじゃろうが、今してしまうとサラムトロスの事と混じって困惑してしまうじゃろうしな。特に彩華が。

 そんな事を考えながら、風呂場を借りつつ、さっきの就寝部屋へと戻って眠りに就いた。

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