第5鮫 サメタウン

 あれから1時間ほど経ち、今は例の王都とやらを見渡せるぐらいの場所におる。

 城下町を含めた土地は非常に広く、目視する限り半径50kmはありそうじゃ。

 全体的に円形に土地が形成されていて、円のすぐ外では街の水路から川が流れておることから水周りの環境も良いと見える。


「すっげぇ異世界異世界してる街だ」

「ここにいるサメ……ますます楽しみじゃ」


 そう、外観を確認しておるうちに城下町東出入口という場所にまでたどり着いていた。

 空はまだまだ明るい。今はまさしく夕方前ぐらいじゃろうか。

 森を抜けた後も変に目が覚めて眠れんかったのじゃが、3徹してから合計1時間寝たか寝てないか程度の睡眠しか取れていないのは非常に辛い。

 今すぐにでも寝たい気分じゃが、ここまでたどり着いてしまうとそうにも行かないのが現実じゃ。

 なお、眠さに耐えつつも出入り口の構造を確認したのじゃが、川に架けられた橋を渡って街へと入る方式をとっておるようで、その橋は東西南北の4つありそれぞれに国の兵士たちが10人体制で警備しておる。


 出入り口の警備をしている兵士も当然多種多様な姿をしており、わしにとっての純粋な人間は1割程度じゃ。

 羽根が生えてる者が空から見張っておったり、3mもある巨漢がでかい棍棒を持って奥で構えておったり、耳が尖ってる奴が杖を構えておったりしておる。

 とはいえ、妙人間臭いところがあり、例えば、だらけている者や他愛もない話をして暇潰し中な者がぽつぽつといる様子じゃな。

 であれば、みんな普通にわしの知る人間と変わらない者達なのだと納得するのが筋じゃろう。

 そうして人間観察が終わった所、彼らは馬車の御者がセレデリナであることに気がついた。

 すると、その雰囲気は一変して皆が綺麗に整列したのじゃ。


「おお、セレデーナ様がお帰りなさったぞ、通せ!」


 兵士の1人が叫ぶと、皆敬礼し頭を下げおった。

 敬礼した兵士たちが作った道を辿り、馬車は街へと入っていく。

 この兵士達の動きからすると、彼女の〈ビーストマーダー〉という職はそれ相応には偉いんじゃろう。



***


 出入り口から見た街の外観は、パッと見て色鮮やかでレンガ造りの建物が並び、目立ったゴミなどが落ちておらずまさしく綺麗な街じゃった。

 やはり視界に入る範囲でも、この街にいる人間が所々に羽が生えていたり単眼だったり、逆に三つ眼、かと思えば肌が赤かったり、褐色だったり、顔は大人なのに子供にしか見えない程背が小さかったり、二足歩行するトカゲまでいたり、それらの多種多様な種族が普通に生きておる。

 衣服も様々で、身分が高そうな者がスーツを来ている姿も見受けられた。

 それらが普及していることから、この世界は衣服回りの技術はそれ相応に進歩しておると見るのが打倒。そうなってくると他にも優れている文明技術はあるのじゃろうな。特に、料理あたりは期待して良さそうに思える。

 それにしたって、相変わらず不思議な光景が続いておるが、これこそがこの世界では当たり前なんじゃろう。


「ここがフレヒカ王国の王都よ」

「なんというか、綺麗な街並みだな」

「世界でも有数の発展した都市なのよ、綺麗なのは当たり前じゃない?」


 ほう、話の通りならこの王都は日本で言う東京、アメリカでいうニューヨークニューシャークではないのような場所なのじゃろうな。

 しかし、気になることがあるのじゃが、遠くに見えるどの施設よりも大きい高さでそびえ立っておる城は何なのじゃろうか。

 推理する分には王族の住む城と考えれば良いのじゃろうが、所々に禍々しい装束が付いているのが気になるのう。

 そして、わしらが街を眺めている間に、馬車は門の近くにあった兵士用の車庫へと向っていたようで、引いていた馬と一緒に返却された。

 馬車等は国から借りていたものみたいじゃな。

 その後は、セレデリナの家へと向かって歩いたのじゃが、見渡す限りのあらゆる店の看板等にサメを描いた模様すらないという面白みのない道のりだったぞい。日本の街中でもあるにはあったじゃろうに。



***


 それからしばらく歩き、セレデリナの家に到着した。

 なんと、そこは住宅街から離れた場所にある大きな庭に囲まれた真っ白かつ綺麗なお屋敷だったのじゃ。


「あー、言ってなかったわね。私はこの国でも2位の〈ビーストマーダー〉だから家も豪邸なのよ」


 どうにもとんでもない人物と関わりを持ってしまったようじゃわい。

 そして、中に入れば真っ白な空間で、玄関には赤いカーペットが敷かれており綺羅びやかじゃった。


「俺、こんな豪邸とも言えるお屋敷は初めてだよ」

「わしはいろいろな政治家や金持ちの家に行くから慣れてるぞい」

「あっそ……」


 特に彩華は普段入ること無いような空間を前にキョロキョロしておったのじゃが、そんなわしらを前に1人の少女(?)がわしらを出迎えてくれたぞい。


「セレデリナ、おかえりなのだ。そこにいる2人は誰である?」

「ただいま。この2人はなんというか、仕事で借りを作っちゃったから1日うちを宿として貸すのよ」

「また妙な厄介事を……」


 少女は140cm程のとても小柄な身長な上に、衣装は子供っぽいワンピースに銀髪でツインテールと幼い印象を受ける。

 加えて、肌は紫じゃし羊のような角がこめかみに左右1本ずつ生えておることから悪魔のように感じられる容姿じゃな。

 角の生えたサメ……この世界にならいそうじゃな。


「こいつはこの国を治めてる魔王のアノマーノ・マデウスよ。私の彼女で暇を作っては家で家事してるヒモって所かしら」

「国を治める仕事が面倒なだけなのだ! ヒモでは断じてないのだ!」


 ほう、アレはセレデリナの彼女なのか。

 であれば、少なくともこの土地じゃと同姓愛は普遍的と見るのが良いじゃろう。

 一方、落ち着いて状況を分析しておるわしに対して、彩華の方は妙に焦った顔をしておる。


「これはとんでもない家に来てしまったのかもしれない……魔王だぞ魔王……」

「なーに言っとるんじゃ、魔王なんぞ織田信長とかその辺と変わらんじゃろ」

「何だその例え!? 1mmとてフォローになってねぇ!?」


 ほっほ、これじゃから一般人は困るのう。

 わしは大統領だの総理大臣だの国で一番偉い人と食事をする機会が何度かあった身じゃ、恐るに足らんわい。

 しかし、魔王という事はあの禍々しい城は彼女の住まいか。この家にわざわざ来て家事をしとるということは相当にセレデリナの事が好きだと見て良いじゃろう。


「……とりあえずわかったのだ。お主らを客人用の寝室まで案内してやろう」


 そして、わしらが話し合ってるうちに向こうで話が済んだのか、魔王が寝床へ案内してくれる事になったのじゃ。

 とても広い家じゃが、家政婦等は雇っていなさそうで管理が大変そうじゃわい。



***


 魔王とやらに案内されながら屋敷の廊下を歩いていた所、彩華が不安になってわしにぼそぼそ話してきたのじゃ。


「なんで当然のように魔王が部屋の案内をしてるんだよ……緊張が止まらない……」


 セレデリナの家に泊めろと要求したのは彩華なんじゃから「現実を受け入れるのじゃ」と言いたいものの、ここはグッとこらえてこう返してやった。


「不安なんじゃったら手のひらにサメを書いて飲み込めば落ち着くぞい」

「うん、お前に相談した俺がバカだったよ」


 とはいえ、いびつにも見える家の環境の詳細がどうしても気になるようで、彩華は魔王に質問をしたのじゃ。


「と、ところで魔王様はどうしてこの家でヒモしてるんだ……?」

「だからヒモではないのだ! そもそも本職はこの国で、いや、世界で一番偉い人であるぞ!」

「は、はい!」

「元々セレデリナとは結婚してもいいと考えているが、婚姻関係になると王族になってしまい、彼女がそれを面倒くさがっておるのだ。ただ、結婚していないだけでほぼ夫婦に近い距離感だから安心してよいぞ。故に、休みの日や仕事終わりはこの家で家事をしているのである」

「なるほど、だから痴話喧嘩を」

「そういう言い方はやめい!」


 妙に生々しい話が展開されておるが、わしからすれば命の恩人の恋人じゃ、丁重に扱わねばならんな。



***


 それから気がつくと、目的地についていた。


「客人用の宿泊部屋に着いたのだ。部屋のものは好きに使って良い。それと、夕方には余特製のディナーがあるから楽しみにしているのだ」


 おお、この調子なら今晩の食事にも困らなそうじゃな。

 彩華もかなり安心した顔をしておる。

 そうして部屋に入ろうとした所、魔王が最後に1つ話を持ちかけてきたのじゃ。


「あと、余から個人的なお願いがあるのだが……」

「なんじゃ」

「セレデリナとは仲良くしてやって欲しいのだ。実は、面倒な性格で友達もいなくて、余ぐらいしか日常的に話を出来る相手もいないのだ」


 難しい話でもされるのかと思っておったが、そういう訳では無いみたいじゃな。

 なら、答えはこれ一択じゃろう。


「それぐらい、お易い御用だぜ」

「その程度、この鮫沢博士にお任せなのじゃ」


 実際、彼女はサメに興味津々じゃ。

 仲良くしない理由なんぞ存在せん。

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