第47話 二人の相続候補者、そして白熱する嫁姑戦争

 大広間の手前側に卓がはこばれ、そこに王と五公が着席する。最奥に国王デイミオン、その隣に南部領主のエサル、それから反時計回りにグウィナ、ドリュー、エピファニー、リアナの順となった。相続の主役となるアマトウやハズリー、その他の近縁者は折り目正しく周囲をかこんでいる。


 エサルは、故人エンガス卿よりたくされた遺言書を読みあげながら、説明を続けた。

「エンガス卿には嫡子ちゃくしがおらず、また〈領主権〉をもつ義娘むすめアスラン卿は、王に対する反逆罪で相続権を停止されている。……つまり、今回は彼女の代わりとして、ニシュク家の近縁から相続人が指定されることになる」


「ところが……ここにはエンガス卿自身による指定が

 公は否定の部分を強調した。「『相続は残された者の合議によって決めるべし』というのが、公のご遺志ということですな。そして、その合議にはわれわれ五公と、その代理が指名されている――私、グウィナ卿、リアナ卿、〈黄金賢者〉エピファニー殿、ドリュー殿。……デイミオン陛下についての記載きさいはないが、ご臨席りんせきをたまわるとは想定されていなかったからだろう。もちろん、われわれ五公は王の臨幸りんこうを歓迎する」

 五公とその代理として名を読みあげられた者たちは、みな了承のうなずきを返した。エンガスのあとぐ者は、新しい五公の一員となり王国の運営の柱となる可能性が高い。かれらにとっても、大きな関心事なのである。王であるデイミオン自身やリアナがそうであったように、五公は王位を継承する可能性のある者たちの集まりであり、実質的な王家を構成している。


 ただ、相続の場に五公がそろって呼ばれるというのは、めずらしかった。

 竜の貴族たちは、相続問題について人間よりもずいぶん無頓着むとんちゃくである。そもそもが長寿なので自分の死後のことに関心が薄い傾向にあるし、また領主たちのあいだには〈血の呼ばい〉が存在するから、相続人がはっきりしていてくつがえりにくい。たとえば、若死にしたリアナの母エリサは遺言状など残さなかったが、ゼンデン家の〈血の呼ばい〉によってリアナの正統性は保証されていた。また、純粋なライダーの数は減り続けていたから、誰であれ血縁のライダーが相続して家名を残してくれれば御の字、という家も少なくはない。

 今回のように、相続あらそいでもめることのほうがめずらしいのだ。


 歴史ある五公の相続がいらぬあらそいの場となっているのも、もとはといえばアーシャが自分の命をねらって下手な陰謀いんぼうをくわだてたためである。そう考えると、あのわがまま姫の無責任には今さらながら腹が立った。


「合議のまえに、推薦などあればうかがいましょう」と、エサルが告げた。

 

「わが弟は、公の代理として長く西部をあずかってきました」

 最初に発言したのは、五公代理のドリューである。彼女はアマトウの姉でもあった。「領主としてもっとも適任なのは彼だと確信しています」

「たしかに」

 エサルも認めた。「それに、青のライダーたちをよくまとめていて、騎手団からの信任もあつい。ただし、五公とその代理は推薦者にはなれない。かれを推薦する者はおられるか?」

「私が引き受けよう」デイミオンは軽く挙手きょしゅをした。王その人の推薦に、場がざわめく。やはり、アマトウの優位はゆらがないか。


「では、わたくしはハズリーを推薦するわ」

 やわらかく甘い声は、レヘリーンのものだ。隣の美男にむかって微笑みかける。「青のライダーとして優秀なのはもちろん、イーゼンテルレで人間の医術もおさめてこられたのよ。きっと西部に新しい風を吹きこんでくれると思うの」

「なるほど」

 エサルは手もとの紙に目をおとした。ニシュク家とその傍系の家系図だ。「ハズリー殿にも相続を主張する権利はじゅうぶんにある」

「アマトウがライダーたちに信頼されているのは、わたくしもよく知っていてよ。ですけど、領主というのはやはり民の声をよく聞く者でなくては。そうでしょう、デイ?」

 レヘリーンが猫なで声で息子を呼んだ。「民の」の部分をずいぶん強調している。

「そうですね」デイミオンは当たりさわりないうなずきを返した。


「それでね、キーザインではたらく若者たちの代表を呼んであるの」

 レヘリーンは我がたりとばかりに手をこすりあわせた。「どうかしら、フィッツ? それに、ダグ?」

 若い男たちが二名、レヘリーンとハズリーのすぐ近くに控えていた。葬儀ということで正装はしていたが、貴族とはちがう簡素なジャケット姿だ。

 なるほど、鉱山民たちか。リアナは見えないように舌打ちした。たしかにハズリーは労働者たちに肩入れしていたはずだった。青年団に武器を提供したりもしていたはずである。

 かれらはハズリー側につくよう、レヘリーンから言いふくめられているに違いない。抗議活動があわや暴動に発展しかけた一件があるから王のおぼえはめでたくないだろうが、五公たちは耳をかたむけるかも。

 そう思ったが、男たちは顔を見あわせ、おずおずと告げた。

「おそれながら……自分たちは領主さまがたの交代に意見は持っておりませんので。……お決まりになってから、また新しい領主さまと話し合いに応じたく思います」

「そう、あなたたちもそうお思い……なにを言っているの?!」

 予想していない返答だったのだろう、レヘリーンは中途半端に相づちを打ってから顔色を変えた。

「そんなことはないでしょう?! ハズリーはあなたたち鉱山の民のことをよく気にかけていたはずよ。物資を贈ったり……」

 言いつのろうとして、彼女はふと柳眉りゅうびをひそめた。「後ろに立っている鬼瓦みたいなのは誰?」

 男たちの後ろで、その鬼瓦がにこにこと手をふった。彼女の変わらぬ姿に、リアナも思わず笑顔になる。リアナのあつめた私兵のリーダー、『あかつきのイディス』だ。

 イディスは直截ちょくさいで裏表がなく、スパイがつとまる性格の女性ではないが、人情味があって目下の者にはあんがい好かれるタイプだ。労働者たちとも『腹を割って話した』といっていたから、かれらのほうも領主候補のどちらかに肩入れするのは危ないと計算がはたらいたのだろう。これは、リアナには思わぬ収穫だった。

(イディスを抜擢スカウトしておいて、よかったわ)と、ほくそ笑む。


 悔しそうに口もとをゆがめるレヘリーンを見て、リアナはすこしばかり溜飲りゅういんを下げた。

 それからあと一人二人の推薦の声があがり、エサルがそれを議題にのせるべく書き留めた。家柄ではみな傍系でならぶが、推薦人のあつかいからしてアマトウとハズリーの一騎打ちの様相ようそうていしてきた。そこまでは、王やエサルにも予想できているだろう。


「では、推薦の声はこのあたりにして、竜の相続に移ろう」と、南部大公は述べた。「竜が選んだ者には、それなりの素質があると認められるでしょう」

 この文言があったために、竜がつどう大広間から移動しなかったことになる。

 遺言書には領主についての指定こそなかったが、古竜サフィールについては「竜の選択にまかせる」との一言があった。多くの場合、古竜は領主が亡くなった時点で次代の領主が相続することが多い。その時点で古竜をすでに持っているライダーなら、一度相続してから別の者に譲ってやることもある。老いた竜なら領主の死とともに引退という話もよく聞く。

 青竜は黒竜・赤竜とくらべると長命なので、サフィールは引退させず、次代に引きぐということなのだろう。


「いかがかな、青竜サフィール? この場に、あなたの新たな主人はいるだろうか」

 竜騎手ライダーのなかでも竜との念話がとくにたくみなエサルが竜を見上げ、敬意をもって尋ねた。

 サルビアの青をした細身の雄竜は、呼びかけが理解できたとみえ、ゆったりと首をもたげで場を睥睨へいげいした。集まった者たちのなかに静かな緊張と期待が広がる。

〔小さき小さき者。羽根色うすき幼鳥が、私を必要としている〕

 青竜サフィールが選んだのは、ハズリーの息子キィンだった。父親に似て整った容姿で、こうべれた竜を不思議そうに見あげている。ほんの十歳かそこらくらいで、まだライダーかどうかも判明していない子どもだ。とはいえ竜が選んだのだから、ライダーであることはこの場で確定した。

 竜たちの主人の選びかたは血統や性格による。また竜種での差もあるようだ。俗に、黒竜は戦士を選び、青竜は子どもや女性を好むという。青竜サフィールも例にもれず、幼い子どもへの庇護欲を発揮はっきしたらしい。


「まあ! やはり優れた血統けっとうというのは、竜から見ればあきらかなのね」

 レヘリーンがはずんだ様子で手をうった。「やはり、ハズリーの家が領主をつぐのが正統ということではないかしら」

(子どもには無関心なくせに……)

 リアナは義母の裁定さいていに口をはさんだ。「古竜の相続は、領主権とは無関係ですよ」

 言いながら、この主張にはやや無理があると気づいた。

 案の定、レヘリーンは我がたように言う。「あら。古竜とライダーは一心同体でしょう? だからこそ、エリサにわたくしは王の資格なしと退位させられたのだし。竜の力がものを言うからこそ、デイもあなたも、一族のなかで一目おかれているんではなくて?」

「……」


「それに、どのみち本人たちの血統では決められないわ。領主権をもつ子はここにはいないんだもの」

 レヘリーンは魅惑的な笑みを浮かべた。「ああ、アーシャはとっても美人でかわいらしかったわ。放逐ほうちくされてしまって気の毒なこと。あんな子がデイのお嫁さんになってくれたらと思ったものだったけど」

「きっと卿と気が合ったでしょうね。性格がそっくり」リアナもやり返した。「わたしの目の前からいなくなってせいせいしました」

「まあ……怖いこと。ねえデイ、あなたの元奥さんがなんと言ったか聞いた? わたくしもいつか追放されるのではないかしら」

 当事者のデイミオンは、やれやれと首をふっている。王都から遠くはなれて、こんな場面で嫁姑あらそいを見せられるとは思っていなかったのだろう。しかもその原因は、遠い昔のこととはいえ自分の婚約者だった女性である。


「いないものはしかたがなかろう。つづけますぞ」

 エサルもデイ同様、高貴な女性二人にあきれたような顔を向けた。

「たしかに、血統のみを問うのは難しい。だが、青竜サフィールの加護をうけたキィンには、それなりの場所を用意してやらねばなりますまい。公がた、いかがか?」

「たしかに、そうですわね」子どもには甘いグウィナが賛同した。


 これは、まずいことになった……。

 リアナは、デイミオンとそっと目線を交わしあった。正直にいって二人とも、知名度や業績でまさるアマトウをおしてハズリーがニシュク家を継ぐなど、まったく想定していない。レヘリーンをうまく操っている抜け目なさがあやしいし、医師としての有能さはどうあれ、人間の国家に留学していた過去もひっかかる。要するに、国家の中枢に簡単に招きいれたい人物ではないのだ。

 だが、アマトウは政治的には国王派なため、エサルは牽制けんせいの意味でハズリーを推す可能性がある。エピファニーはリアナ側だが、今回は意見のすりあわせをしていないし、新風を吹きこむものは歓迎するタイプだ。グウィナも悩んでいる様子に見える。


 どうしたものか――


 そのとき、エンガス卿の侍従のひとりが現れて、リアナ陛下にご来客がありますと告げた。

(よかった。どうやら間に合ったわ)リアナはひとしれず胸をなでおろす。

「こんな大切な場面に、外から客人を呼んだの? あなた」

 レヘリーンは顔をしかめた。「デイが甘やかすからいけないのね。イスならそんなこと許さなかったはずよ」

「あなたをみるに、父上は私以上だったと思いますがね」

 デイミオンはやんわりと母をたしなめた。


 母と息子のやりとりを意にかいさないようなそぶりで、リアナは冷静に「こちらに通してちょうだい。わたしのお客なの」と告げた。内心では、手が冷たくなるほど汗をかいている。


 さて、彼女の仕込んだこの計画。吉と出るか、凶と出るか。

 ばたばたしてもしかたがない。デイミオンと以心伝心のまなざしを見交わし、リアナはせいいっぱい尊大に見えるように胸を張って広間の扉を見つめた。彼女と王に続き、五公や相続候補者たちも扉のほうへ視線をむけた。


「さて。どうやら間に合ったみた――」

 もったいぶって告げようとしたリアナの声に、 

「ぎゃああああぁぁ!」

 という凶鳥のような叫びが重なった。


「……。……?」

 扉は開く気配もなくしんとたたずんでいる。リアナは尊大な調子をくずし、きょろきょろと周囲を見まわした。

 声は――

「どいてえぇぇ」

 どうやら鳥ではなく竜族らしいその声は、扉からではなく天井から聞こえていたのだが、ぱりーん!という甲高い音にかき消された。あまりなじみのない、音楽のような美しい音に、リアナは一瞬われを忘れた。

 それがドームのガラス屋根が割れた音だと気づいたのは、数秒あとだった。


「危ない!」次に聞こえたのは、デイミオンの声だった。なにかが覆いかぶさってきて――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る