ひとりくらい増えても問題はない

「……驚かないで聞いてほしい」


 六花のやつが神妙な顔つきになった。


 どうやら真面目な話をするつもりらしい。


 少しばかり喉の渇きを覚えた俺は、ちょうど良い濃さで割られたカルピスを口にふくんでから、彼女の話に耳を傾ける。


「実は……。

 わたしの本当の名前は、彩羽。

 わたしは、樹お兄ちゃんのいもうと」


「――ぶふぉ⁉︎」


 な、なんだってぇー!!!?


 思わず俺は、口に含んだカルピスを目の前の六花に吹き出してしまった。


「はぁぁぁぁ????

 な、なに言って……⁉︎

 ごほっ、ごほっ」


 たまらず咳き込む。


 というか、それよりもなんだぁ⁉︎


 六花が彩羽で俺の妹だぁ!!??


 いやいやいやいや!!


 お前は彩羽じゃないし俺と同い年だろうが、なに口走っちゃってんのこいつ⁉︎


 意味不明過ぎてマジでわけわかんねー!!


「……カルピス、顔に掛かった。

 ばっちぃ」


 驚愕する俺とは対照的なほど落ち着いたままの六花は、取り出したハンカチでカルピスを拭いている。


「わ、悪りぃ!

 でもお前がいきなり変なこと言うからだろ。

 というか、六花が彩羽で俺の妹ってどういうことだってばよ⁉︎」


 おっといけない。


 動転し過ぎて変な言葉づかいになってしまった。


「言葉通りの意味。

 お兄ちゃんは記憶をなくしたから忘れてるだけ。

 ……ふぅ。

 仕方ない。

 いまから経緯を説明する」


「お、おう。

 よろしく頼むわ……」


 とは言ってもなぁ。


 どうせまた、ろくでもないめちゃくちゃな話なんだろうけどなぁ……。


 俺は内心で覚悟を決めた。


 というかさ。


 もう彩羽や宵宮さんで慣れてるんだよな。


 どんな話でもドンとこいって心境である。


「この話は口外しないで。

 あの痛ましい事件があったのは、15年前。

 ……いや、16年前だったかも?

 あれ?

 どっちだっけ。

 まぁ細かいことはどうでもいい」


 いやお前細かいことって、多分だけどそこ結構大切なんじゃない?


 ……ああ、思い出してきた。


 そういえば六花って、昔からこんなやつだった。


 こいつはいつも無口で無表情だから、一見するとなにを考えているのかよくわからない。


 だからひとによってはミステリアスだ、なんて感じたりもするらしい。


 だが実際のところの六花は、大抵の場合なんにも考えていないだけなのだ。


 おおらかと言えば聞こえはいいが、はっきり言うと大雑把で細かなことまで気が回らない性格。


 それが姫乃樹六花という俺の幼馴染なのである。


「……ということがあった。

 これが俗に言う不運ハードラックダンスっちまった事件。

 そして……」


 六花の話は続く。


 思ったよりだいぶ長いが、なんか不要な情報ばかりだ。


 もうなんか聞くの面倒くさくなってきたなぁ。


 気が抜けてきた俺は喉の渇きを思い出し、先ほど吹いてしまって飲み損ねたカルピスを、再び口に含みなおす。


「そしてついに運命のあの日。

 越ヶ谷家の赤ん坊として生まれたばかりのわたしは――」


 油断したタイミング。


 そこに衝撃の事実が語られた。


「看護婦さんの手違いで、姫乃樹家の赤ん坊として取り替えられた」


「――ぶふぉ⁉︎」


 俺はまたカルピスを吹き出した。


 こ、こいつは……。


 懲りずになに言ってんの⁉︎


 ってかマジで思うんだが、六花にしても彩羽にしても宵宮さんにしても、俺の周囲にいる女子たちはみんなどうしてこんな変なのばかりなんだ?


 というかさ!


 六花と彩羽って年齢からして違うだろうに、なんで看護婦さんが新生児と1歳児を取り違えるんだよ!!


 不自然すぎてカルピス吹いたわ!


 ちょっと考えたらわかるだろ、それくらい!


 つか考えろよ!


 バカなの?


 ねぇ、バカなの?


 ってこいつ、バカなんだった!!!!


「ぐぐ……。

 ぐぎぎ。

 ぐぎぎぎぎぎ……!」


 ツッコミたい!


 突っ込みたくて身体がぷるぷると小刻みに震える。


 それを六花はどう勘違いしたのか、俺が驚愕の事実に打ち震えていると思ったらしい。


 したり顔でうんうんと頷きながら、顔にかかったカルピスを拭いている。


「驚かせてごめんなさい」


 ホントにびっくりだよ!


「でもこれでお兄ちゃんも納得したはず。

 けど気をつけて。

 さっきも言った通り、これは口外してはいけない話。

 わたしとお兄ちゃん以外、お母さんもお父さんも誰もしらないことだから」


「そ、そうなのか……。

 へ、へぇ。

 誰も知らないのかぁ」


 いやぁ、穴だらけだなぁ。


 うん、こいつの話、マジでザルだわぁ。


 うーん。


 ちょっと弄りたくなってきた。


 試しに聞いてみよう。


「なぁなぁ、六花。

 いや、彩羽って呼んだほうがいいのか?」


「んーん。

 呼び方は六花でいい」


「そっかー。

 ところで六花。

 誰も知らないのに、なんでお前だけはその取り替え事件のことを知ってるんだ?」


「そ、それは……!」


 六花が慌てだした。


 やっぱなー。


 どうやらこいつ、それについてはなんにも考えていなかったらしい。


「え、えっと、それは……。

 あっ、そうだ。

 看護婦さんに聞いた。

 さ、三丁目の高木さん家のおばさんが、あの病院の看護婦さんだから……!」


「そっか、そっかぁ」


 うんうん。


 がんばって考えた結果の答えがそれかぁ。


 なんかこう、愛おしさすら湧いてくるようなバカさ加減である。


 ◇


 ……さて、どうするか。


 とりあえずここで突っ込みを入れて六花のかたりを論破することは可能だ。


 だがそれをすると俺の記憶がもう戻っていることがバレる可能性がある。


 それは避けたい。


 俺はもはや後には引けぬのだ。


 それに彩羽の騙りや宵宮さんの騙りにも既に乗ってしまった後なのだし、そこに六花ひとりが加わったところで今更な気もする。


 ……よし!


 俺は決意した。


「ヘェー!

 驚イタヨォ。

 ソウダッタノカー!

 六花ガ、オレノ妹ダッタナンテー!」


 俺の反応に、六花は露骨に安心してみせる。


「……ふぅ。

 わかってくれて良かった。

 じゃあ早速。

 お兄ちゃん、膝枕して。

 そのあとは抱っこしてから、わたしの頭をヨシヨシして撫でて」


「ふぁ、ふぁ⁉︎

 な、なんで⁉︎」


「なんでもなにもない。

 兄は妹を甘やかすもの。

 それにお兄ちゃんが記憶をなくす前は、いつもやってた」


 いやいやいやいや、ないから!


 六花が座ったままジリジリとにじり寄ってくる。


「ちょ⁉︎

 ま、待てって……!」


「待たない。

 そんな構えなくていい。

 膝枕くらい、兄妹なら普通にやること」


 それどこの兄妹だよ!


 ひとりっ子のお前と違って俺は身をもって妹のなんたるかを知ってんだぞ。


 彩羽のやつなんて俺の顔を見るなり毎日キモいだのウザいだのの連呼だったんだからな!


 ……いやまぁ最近はなんか違うけどさぁ。


 ドギマギしているうちに、六花がすぐ目の前に来ていた。


「膝、出して」


 六花は言うなりこちらに倒れ込み、あぐらをかいた俺の膝に小柄で形のよい頭を預ける。


「……ん、……ん。

 お兄ちゃんの膝枕……。

 んっ、んんん」


 なんか変な声で悶えながらごろごろし、かと思うとぐりぐりとおでこを押しつけてくる。


 なんか小動物みたいだ。


「ちょ⁉︎

 待て、そこはアカン!

 こそばゆいって!

 う、動くな六花」


「…………ぷはぁ。

 ん。

 夢がひとつ叶った」


 六花が顔を上げる。


 俺を見上げてきた彼女は、珍しくご満悦な表情をしていた。



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記憶をなくした俺はずっとブラコンを隠していた妹に「あたしたち恋人同士だよ」と騙された。〜だがすでに俺の記憶喪失は治っている!〜 猫正宗 @marybellcat

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