幼馴染はひとりっ子?

 六花に連れられ、姫乃樹家へとたどり着いた。


 ここは俺ん家から徒歩で10分くらいの場所にある。


「ちょっと待ってて。

 鍵を開ける」


 六花はそう言うと、ここまでずっと繋ぎっぱなしだった手をようやく解いた。


 ぷにっとした彼女の手のひらの感触が失われる。


 なんだかほっとしたような、どことなく残念なような、複雑な気分だ。


「ここがわたしのうち

 いまは誰もいない。

 だから遠慮なく上がって」


 玄関を開けた六花が、振り向いてチョイチョイと俺を手招きする。


「あ、ああ。

 じゃあ少しだけお邪魔します」


「二階の奥がわたしの部屋。

 さ、樹。

 来て」


 六花はそのまま二階の自室に俺を連れて直行するつもりだ。


 俺は玄関で靴を脱ぎながら思った。


 こいつの部屋に入るのなんて、いつ以来だろうか。


 少なくとも中学に上がったばかりの頃まで記憶を遡らなければ思い出せない。


 めっちゃ久しぶりである。


 なんとなく緊張してきたぞ。


 というかいくら幼馴染といっても、同年代の女子の部屋にあがるなんて、陰キャ気味の俺からしたら心臓バクバクものの一大イベントなのだ。


「……どうしたの?」


 玄関で足を止めたままの俺を振り返り、六花がコテンと首を傾げた。


 仕草が小動物みたいでマジ可愛い。


 というかこいつ今日はこの仕草多いな⁉︎


 ぐぉぉ……。


 めっちゃあざといくせに可愛いと思わずにはいられない!


「くっ!

 あざと可愛い」


「……なにそれ。

 おかしな樹」


 いやおかしいのはどう考えてもお前だろうが!


 俺は喉まで出かかったツッコミをすんでの所で飲み込む。


「い、いやなんでもない。

 ちょっと考えごとしてただけだから。」


「……そ。

 じゃあはやく上がって。

 あ、そだ。

 やっぱり先に飲み物用意してくるから、お兄ちゃん・・・・・はわたしの部屋で待ってて」


 六花が方向転換して、1階廊下の奥に消えていく。


「あっ!

 お、おい、ちょっと待て。

 部屋で待ってろって言われても……。

 飲み物は別に後でもいいから!」


 呼び止めようとするも、すでに彼女はキッチンへと向かったあとだった。


「ったく。

 俺ひとりで女子の部屋にあがるとか、ハードル高すぎんだよぉぉぉ。

 って――」


 あれ?


 いまなんか六花のやつ、俺のこと変な呼び方しなかったか?


 聞き違いか?


 いや、聞き違いじゃない。


 たしかお兄ちゃんとかなんとか言ったぞ絶対に!


 な、なんのつもりだ、あいつ⁉︎


 …………。


 ………嫌な予感がする。


 いや予感どころではない。


 ここ最近の経験から、俺は確信した。


 これはアレだ。


 彩羽や宵宮さんと同じく俺を騙そうとする気配だ。


「と、とりあえず……」


 うん。


 変なことを言われてもスルーすることにしよう。


 ◇


 言いつけられた通り俺はひとりで部屋に入り、六花を待つ。


「ふーん。

 これが、あいつの部屋……。

 って、あんまり変わらないな」


 六花の部屋は記憶にあるあの頃のままだった。


 なんの変哲もない勉強机に、同じくこれまたシンプルなデザインのシングルベッド。


 ぬいぐるみなんかも置いてないし、女子の部屋としては随分と飾り気が少ない。


 こういう部屋はなんとなく落ち着く。


 俺の心臓のバクバクもようやく収まってきた。


「ふぅ……」


 ひと息ついたタイミングで、ガチャっとドアを開けて六花がやってきた。


「お待たせ。

 飲み物、カルピスとオレンジジュースしかなかった。

 お兄ちゃんはどっちにする?」


 くっ……!


 早速きやがった……。


 だがスルーだ!


「お、俺はどっちでもいいぞ!」


「ならお兄ちゃんもカルピス。

 濃いめと薄め、どっち?」


「そ、それじゃあ濃いめにしてくれ!」


「ん。

 お兄ちゃんは濃いめが好き。

 覚えた」


 つかお兄ちゃんってなんなんだよ!!


 お前めっちゃひとりっ子だろうがよぉぉぉ!!!!


「ぐぅぅ……!」


 ツッコミたい。


 でも突っ込んだらややこしい話が始まるに違いない……!


 ここは全力でスルーだ!


「ギギギギギ……!

 っ、ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……」


 歯を食いしばって耐える俺に、六花がまた、あのコテンと首を傾げるあざと可愛い仕草をしてみせた。


「…………?

 お兄ちゃん?

 お腹でも痛い?」


「ぐっ……」


「悶えててもわからない。

 お兄ちゃん、どうしたの?」


「だ、だから……!」


 ツッコミたい!


 めっちゃツッコミたい!


 まさか俺がここまでツッコミ体質だったとは……。


 こいつ知っててツッコミ待ちしてんじゃないだろうな!


 というかなに?


 お兄ちゃんってなんなのねぇ?


 ねぇお前ずっと俺のこと、樹って名前で呼んでたよねぇ⁈


「ぐぎぎぎぎ……!」


「あ、もしかしてカルピス濃過ぎた?

 じゃあ作り直す。

 今度はお兄ちゃん好みの濃さにする」


 もう限界だ。


 俺は喉までせり上がってきていたツッコミを解き放った。


「お前さっきからそのお兄ちゃんって、なんの話だよっっっっ!!!!

 はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ」


 六花がそのツッコミを待ってましたとばかりに神妙な顔つきになった。


「ん。

 お兄ちゃん、記憶喪失だから忘れていても無理はない。

 今日うちに呼んだのもその件で話があったから。

 これからそれを説明する」

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