第3章 素直クール幼馴染が騙してくる!

帰り道で幼馴染に会いました。

 今日も一日の授業が終わり、帰宅部の俺はひとりでトボトボと帰路を歩いていた。


「はぁぁ。

 つ、疲れた……」


 ついため息が漏れる。


 いや肉体的にはさほど疲れていないのだけど、精神的には今日もかなり疲れた。


 気疲れの原因は、宵宮小夜子だ。


 というのも彼女は学校での自分の圧倒的な人気もわきまえず、ここ数日、校内の至るところで所構わず俺にベッタリ引っ付いてくるのだ。


 おかげで俺はクラスどころか学校中の男子から妬まれ、ことあるごとに罵声を投げられたりしている。


 ほんと、なにも知らないやつらは気楽で羨ましい。


「ったく。

 まいったなぁ……」


 昨日なんて、宵宮ファンクラブの会員たちに危うく拉致されるところだった。


 間一髪で宵宮さんが駆けつけてくれなかったら、一体どうなっていたことか。


「……ぅぅぅ、怖っ!」


 ぶるっと身震いしてしまう。


 いまも五体満足なことを神様に感謝せねば。


 とまぁ毎日がこんな調子なものだから、さしもの俺とてこうして参ってしまうのも無理からぬことだと思う。


 だいたい周囲だけでなく当の宵宮さんだって、ふたりきりになると途端ににやぁっと嬉しそうに笑いながら意地悪してくるんだもんなぁ。


 毎日が大変だ。


 ……いや。


 まぁ、半分くらいは嬉しいのもあるんだけどさ。


 だって宵宮さんって頭はかなりアレだけど、見た目だけなら完璧美人だしな!


 なんだかんだで美人には弱い俺である。


「ふぅ。

 とはいえ疲れた」


 明日は土曜だし、この週末はのんびりしよう。


 ◇


 呟きながらテクテク歩く。


 しばらく歩いて家の近所まで帰ってくると、進行方向にひとりの女子が突っ立っているのがみえてきた。


「っと。

 あいつは……」


 見知った線の細いシルエット。


 電柱に背中からもたれたその人物は、退屈そうに地面を眺めている。


 なにしてんだろ、あいつ。


 歩いて距離を詰めると彼女のほうも、俺に気付いて顔を上げた。


「…………あっ。

 いつき、お帰りなさい」


 トコトコと駆け寄ってくる。


「こんばんは。

 樹が帰ってくるの、待ってた」


 俺のもとまで寄ってきたのは白いブレザーの制服をきた、小柄な美少女。


 一見するとちょいロリっぽい見た目だが、こいつがなんと、これでも高校2年生であることを、俺は知っている。


「久しぶり。

 記憶喪失って聞いた。

 わたしのこと、覚えてる?」


 そりゃもちろんだ。


 だって記憶喪失なんかとっくに治っているからな!


 こいつの名前は『姫乃樹ひめのぎ六花りっか』。


 ガキの頃からの俺の幼馴染である。


 因みにこいつは我が妹たる彩羽と同じく、俺とは別の都内の私立高校に通っている。


「ねぇ、どうしたの?

 なにか話して。

 やっぱりわたしのこと、忘れちゃった?」


「え⁉︎

 あ、ああ……!

 ま、ままま、まぁな!

 ド、ドチラ様、デシタッケー?

 あは、あはは」


 冷や汗をかきながらシラを切ると、六花はちょっと寂しそうにまつ毛を伏せた。


「そう……」


 いつもは無表情なこいつが、表情を変えるなんて珍しい。


 しかもこんな風に悲しそうにしているところなんて、幼馴染の俺ですらあまり見たことがない。


 なんだか記憶が戻ったことを黙っているのが申し訳なくなるな。


 でも今更あとには引けぬのだ。


 すまんな六花。


 俺は心のなかで謝る。


「うん、わかった。

 ちょっと寂しいけど、仕方がない」


 六花は頭をふり、ほのかにニコリと微笑んで見せた。


 そして背の低い彼女は、俺の真ん前に立って見上げてくる。


「じゃあ自己紹介する。

 わたしは姫乃樹六花。

 樹と同い年の幼馴染。

 ……いまはまだ、表向きには、だけど」


 いまはまだ?


 表向き?


 いや今も昔も、表も裏もない。


 俺とこいつはずっとただの幼馴染だ。


「ソ、ソウダッタノカー!

 知ラナカッタヨー。

 そ、それで六花は、俺になんの用なんだ?」


 気になって尋ねてみた。


 というのも高校に進学して以降、こいつとは軽く疎遠気味になっていたのだ。


 それがどうしてこんな風に俺を待っていたのだろうか。


「ん。

 樹が記憶喪失になったって聞いた。

 だから様子を見にきた」


「そ、そっか。

 心配してくれたんだな。

 ありがとよ」


「……どういたしまして。

 それより樹。

 いまから時間、ある?」


 考えてみる。


 いまは夕方というにはまだ早い時間。


 彩羽が待っているから夕食までには帰宅したいが、いくらか時間の余裕はある。


「おう、あるぞ」


「よかった。

 じゃあ、うちに来て。

 わたしの部屋でお話する」


「ふぉ⁉︎」


「…………?

 どうしたの樹。

 あ、そうか。

 えっと、樹が記憶をなくす前は、よくわたしの部屋でお喋りしてたから」


 いやいやいやいやいや……!


 そんな事実ないよ⁉︎


 こいつ、どういうつもりだ?


 戸惑っていると、六花が俺の手を握ってきた。


 小さくともぷにっとして柔らかい女子の手のひらの感触に、俺は思わずドキッとする。


 というかこいつと手を繋いだのなんか小学生以来なんですけど!


「どうしたの、樹?

 緊張してるみたい」


「あわわ。

 お、おま……!

 手、手を」


「ああ、これ?

 手を繋ぐなんていつものこと」


「なわけねーし!」


 思わず突っ込むと、六花は不思議そうにコテンと首を傾げた。


 なんだおい、今日はえらく可愛いなお前!


「……おかしな樹」


 いやおかしいのはお前だって!


「ま、いいや。

 行こ」


 六花は握った手をいったん解き、今度は指を絡めながら繋ぎ直してきた。


 まるで恋人がするような手の繋ぎかただ。


「あわわわ……」


 俺は焦った。


 というか手汗がやばい……!


 だか六花には焦った様子はまったくない。


 そのまま俺は、なに食わぬ顔で手を引く六花に連れ去られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る