第2章 アイドル同級生が騙してくる!

学校一のアイドル美少女クラスメート

 週が明けた。


 今日は退院してから初めての登校日である。


 玄関でスニーカーを履く俺に、心配そうな顔をした彩羽が声を掛けてきた。


「樹くん、ひとりで大丈夫?

 心配だなぁ。

 あたし、学校まで送っていこうか?」


 ちなみに俺たち兄妹は、別々の学校に通っている。


 俺が都内の男女共学の公立高で、彩羽のやつは私立の女子高だ。


「大丈夫かなぁ?

 学校までの通学路、覚えてないんでしょ?

 なんなら一緒に登校――」


「いや、大丈夫だ。

 道順はわかってるからさ」


 そりゃそうだ。


 なんてったって、もう記憶喪失は治っているわけだしな。


 彩羽が残念そうに息を吐く。


「……そっか。

 うん、でもわかった。

 なにか困ったことがあったら、いつでもあたしの携帯に連絡してきてね?」


 彩羽がきゅーっと抱きついてくる。


「い、いいよね?

 だってあたしたち、こ、恋人だもんね……!」


「ソ、ソウデスネー」


 こいつは最近、隙あらばこうして引っ付いてくるようになった。


 まったく可愛い妹である。


 以前までの生意気な態度とは雲泥の差だ。


「えっとね。

 そ、それで、その……。

 い、いい、樹くん!

 いいいいってらっしゃいのチュウを……」


「ぶふぉ⁉︎

 ななな、なに言ってんだよ!

 さ、さすがにそれはやらねーぞっっ!!」


 焦りながら身体を離す。


「んじゃ、いってきます!」


 唇を窄めて迫ってくる彩羽をぐいっと突き放し、玄関を開けて外に飛び出した。


「あぁっ⁉︎

 樹くぅん……!

 そんなぁぁ。

 でもそんなつれない態度も、大好きぃ……♡」


 自称彼女である俺の妹が、なにか言っている。


 だが俺はそのままバタンとドアを閉めて、朝の通学路に足を踏み出した。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 暖かな光が降り注ぐ朝の通学路をてくてくと歩く。


 いまは5月の中旬。


 季節はそろそろ初夏に差し掛かろうかという頃合いで、日中は汗ばむ陽気になることもある。


「……越ヶ谷くん?」


 声を掛けられて振り返る。


 するとそこにはクラスメートで学校一の美少女と噂高い、宵宮さんがいた。


「やっぱり越ヶ谷くんだ」


 トントンと軽くステップを踏むみたいな足取りで、彼女がそばまで寄ってくる。


「越ヶ谷くん、今日からまた登校なんだね。

 私、心配してたんだよぉ?」


 微笑みを向けられて、ついドキッとした。


 宵宮さんは美人なだけでなく頭も良くて、運動神経も抜群な上に誰にでも分け隔てなく優しいから、男女を問わず人気がある。


 まさに全校生のアイドル的存在なのだ。


 ◇


 通学路を宵宮さんと並んで歩く。


「越ヶ谷くん、大変だったみたいだねー。

 クラスで噂になってたよ。

 あ、そうだ。

 私のことわかる?

 もしかして忘れちゃってるかな?

 じゃあ自己紹介するね」


 彼女は数歩前に歩み出て、立ち止まってからくるっとこちらを振り返った。


「……こほん。

 おはようございます。

 私は越ヶ谷くんと同じクラスの女子で、宵宮よいみや小夜子さよこって言います」


 かばんを両手で前に持って、ぺこりとおじぎをしてくる。


 黒のセーラー服に映える綺麗なロングの黒髪が、きらきらと朝陽を反射して眩しい。


 宵宮さんは頭をあげると、優しげにニコッと微笑んだ。


 マジめっちゃ美人だ。


 太陽がまるで後光みたいだぞ、このひと。


 ピカーッて光ってる。


「う、うぉぉ……」


 宵宮さんのアイドルオーラに、俺はなんとなく気後れしてしまう。


 だって俺と彼女は、日直や学級当番なんかで二言三言ほど会話をかわしたことがあるだけ。


 別に親しい間柄ではないのだ。


 実を言うと、こんな風に彼女から朝の挨拶をされるなんて、はじめてなのである。


 そりゃ多少気後れはするだろう。


 でも宵宮さんと通学路でばったり会っちゃうなんて、今日の俺はついているかもしれない。


「お、おはよう。

 う、噂になってるって俺が?

 なんで?」


「なんでって、先生がホームルームで言ってたんだよ。

 えっとね。

 越ヶ谷くんが事故にあって記憶喪失になったから、みんなで学校生活を助けてあげるように、って」


「そうだったのか」


「うん。

 そういうこと。

 それで、越ヶ谷くん。

 ほんとに記憶をなくしちゃったの?」


 また隣に並んできた宵宮さんが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「あ、ああ!

 そ、そうなんだよ。

 ゼンブ、忘レチャッテサー。

 あは、あははは……」


 冷や汗を掻きながら応える。


 俺は彩羽との兄妹仲を修復するべく、もうしばらくの間だけ記憶喪失のふりを続けるつもりだった。


 それは学校でも同じこと。


 だってどこから噂が伝わるかわからないからな。


 宵宮さんが目を細めながら、ずずいっと顔を近づけてきた。


「……ほんとに?

 ほんとぉぉぉぉに、なんにも覚えてないの……?」


 もしかして疑われているのだろうか。


 でもここは誤魔化しきるしかない!


「ウ、ウン。

 ソウデスネー。

 ミ、ミンナ、忘レタヨー」


「……ふふ、ふふふふふ。

 へぇ……。

 そうなんだぁ……?

 くすくすっ。

 本当のほんとうに、記憶喪失なんだぁ?」


 ……ん?


 心配そうにしていた宵宮さんが、一瞬だけ、にやぁっと邪悪な顔になった。


 ――と思ったけど、あれ?


 すぐにまた、もとの気遣うような表情に戻ったぞ。


 いまのは俺の気のせいかな?


 ……うん。


 気のせいに違いない。


 だってあの誰にでも優しい全校アイドルの宵宮さんだぞ?


 悪い顔なんてするはずがない。


「そっかぁ。

 覚えてないと、色々不便だよね?

 なにか困ったことがあったら、遠慮なく私に言ってね。

 力になるから!」


 宵宮さんが軽く腕を曲げ、力こぶなんか作って見せながら朗らかに微笑んだ。


 ほらな。


 やっぱりさっきの邪悪な表情は気のせいだったよ。


「じゃあ、取り敢えず今日は一緒に登校しよっか。

 越ヶ谷くん、クラスの場所も自分の席も覚えてないでしょ?

 私、案内してあげる」


「お、おう。

 それは助かる」


 こうして俺は、退院後初日の通学路を宵宮さんと並んで登校した。

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