表面上、記憶喪失を続行です。
リビングに降りると、朝ごはんの準備ができていた。
トーストとサラダを配膳したばかりの彩羽が、テーブルの向こう側から笑顔を向けてくる。
「樹くん、おはよ。
ふふふ。
すごい寝癖だよ?
あ、飲み物はコーヒーでいいんだよね。
淹れておくから、顔を洗ってきたらどうかな?」
「くっ……!
……お、おはよう」
ツッコミたい!
なんじゃそりゃとツッコミたい!
でも俺は、喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込み、彩羽のやつをしげしげと観察する。
「ふんふんふ〜ん♪
こっちが樹くんのコーヒーでぇ。
あたしはココアー」
白いブレザーの制服に着替えたエプロン姿の彩羽は、鼻歌まじりで上機嫌だ。
こんな姿は初めてかも知らん。
少なくとも俺の記憶にはない。
「うーむ……」
というかこいつ、本当に俺の妹のあの彩羽なのだろうか?
以前までの様子を思い返す。
彩羽といえば生意気で怒りっぽく、いつも悪態ばかり吐いていて仏頂面。
口を開けばすぐ、死ねだのキモいだの臭いだの、罵詈雑言のオンパレードだ。
ところがいまのこいつはどうだ?
まるで別人みたいじゃないか。
ってか、彩羽ってこんなに可愛かったっけ?
そんなことを考えながら後ろ姿を眺めていると、振り返った彼女とふいに目が合った。
「っ⁉︎
ど、どうしたの樹くん。
あたしのことじっと見て……。
そんなに熱い視線で見つめられたら、あたし、恥ずかしくなっちゃうよぉ……」
ぽっと桜色に頬を染めて、顔を背ける。
「――ふぁッ⁉︎
ま、待てぇぇぇぇ!!!!
お前はそうじゃないだろぉぉぉぉ!
ぐぉぉ……」
「ふ、ふぇ⁉︎」
だからなんだよ、その豹変はっ⁉︎
ふぇっとか可愛らしく呟いてキョトンとするのやめろ!
俺は堪らなくなって壁にガンガンと頭を打ちつける。
「ぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」
「きゃ、きゃあ⁉︎
なにしてるの、樹くん!
……はっ⁉︎
もしかして、事故の後遺症で頭がおかしく――」
「なってねぇよ!
おかしくなったのはお前だろぅがぁぁぁ!!」
ぜぇぜぇと息を乱しながら反論する。
「お、落ちついてっ。
どうしちゃったの、樹くぅん……!」
「ぐぉぉ……」
悶え苦しむ。
だが彩羽がオロオロしているのを見ると、少しだけ冷静になってきた。
「…………顔、洗ってくる」
俺はぽつりとそう呟いてから、洗面所へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
彩羽は学校に登校していった。
ちなみに俺のほうはというと、今週いっぱいまで休むと彩羽から学校に連絡してくれているらしい。
ひとりになった自宅でリビングソファに座り、天井を見つめる。
考えているのは俺の記憶が戻ったことについてだ。
「うーむ……」
回復を彩羽に伝えるべきかどうか。
けどなぁ……。
多分あいつのあの豹変は、俺の記憶喪失がきっかけなんだよなぁ。
「……あ、そっか」
ふと思い至る。
もしかすると、いつの間にか険悪になっていた兄妹関係を、彩羽なりにずっとどうにかしたいと
だから記憶喪失をきっかけに、仲睦まじい兄妹になろうとがんばっているのかも……。
「へへ……。
彩羽のやつ。
あんがい可愛いところあるじゃないか……」
指で鼻下を擦りながら呟いた。
いやまぁ本当のところは当人にしかわからないわけだが、この考えはあながち間違いではないと思う。
少なくとも可能性はある。
なら俺はどうするべきか。
「うむむむむ……」
唸りながら考える。
あいつの思惑に乗って、しばらくはこのまま記憶喪失のふりを続けてみるのもいいかもしれない。
そして兄妹仲が良くなってから、記憶が戻ったことを伝えるのだ。
「……よし。
決めた!」
恥ずか死にそうではあるが、これからは俺も全力の演技で彩羽に応えてやるとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夕方になった。
家の玄関が勢いよく開けられ、帰宅した彩羽が飛び込んでくる。
「ただいまぁ!」
「おかえり」
玄関まで迎えにきた俺に、彩羽のやつが飛びついてきた。
「樹くん、樹くぅん!
会いたかったよぉ……。
学校には樹くんがいないんだもん。
寂しかったよぉ!」
「ハ、ハハハー。
ナンダ、アヤハー。
可愛イヤツダナー。
デモ、チョットノ間、離レテイタダケジャナイカー」
ぐぉぉ……。
恥ずかしいっ!!
心のなかで悶え苦しみながら、俺は精一杯優しく妹の頭をなでなでする。
しばらくそうしていると、彩羽の瞳がうるうるしてきて、頬が赤く上気してきた。
「…………はぁぁぁ。
はぁ、はぁ、はぁ……。
い、樹くぅん。
ね、ねぇ。
ぎゅーってしてぇ……」
蕩けそうな顔をした彩羽が、唇を小さく開け、吐息を漏らしながらおねだりしてくる。
「…………っっっっ!!!?」
いま不覚にもドキッとしてしまった。
か、可愛い……。
いやいやいやいや、まてまてまてまてっ!!
違うだろ、正気になれ俺!
こいつは、あの小生意気な妹の彩羽だぞ⁉︎
「ねぇ〜、はやくぅ。
あ、あたしたち、許婚で恋人同士なんだから、いいんだよね?
樹くぅん。
ぎゅーってしてぇ。
はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
彩羽が俺にピトッと引っ付いて、潤んだ瞳で見上げてくる。
「……くっ!」
いいだろう。
やってやろうじゃないか。
これは俺たちの兄妹関係を修復するためだ。
いまこそ覚悟を決めるとき……。
いざ!
俺は彼女の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
ふにっとして柔らかい身体が密着する。
「〜〜〜〜ッ⁉︎
あはぁん!
きゅ、きゅぅぅぅぅぅ……」
腕のなかの彩羽がぷるぷると震えた。
変な声を出した彩羽は、自分で言い出したことなのにぐるぐると目を回してから、カクンと気を失った。
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次話から新ヒロイン登場!
学校一の美少女同級生の宵宮さんがスタンバイしているようです。
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