記憶が戻りました。
脳に衝撃が走った。
まるで蓋が開いたかのように、次々と記憶が蘇ってくる。
……そうだ。
俺の名前は
都内の公立校に通う普通の高校2年生で、あの日俺は学校一の美人である
「はっ……⁉︎」
そういえば、運転席のひとはどうなったのだろう。
事故自体は俺の不注意が招いたものだから自業自得だけど、あの運転手さんに怪我がなければいいのだが……。
あとで彩羽にでも聞いてみよう。
「って、そうだ!
そんなことより……!」
彩羽のことだ。
ここ数日のあいつの行動を思い返す。
なんでも彩羽がいうには、俺たち兄妹は恋人同士ってことになっているらしい。
「あ、あいつ……。
一体どういうつもりで、あんな出鱈目を……?
って言うか――」
寄り添いあっていちゃつく俺たち。
妹を可愛い彼女と完全に信じ込んで、ピンク色の幸せオーラ全開だった我が身のこと。
「ぐ、ぐぐ、ぐはぁぁ」
そういえばと思い出す。
肩を寄せ合って食後のデザートを『あーん』して食べさせあったりしたのだ。
「ぎぎぎぎぎっ。
ぐぉぉぉぉ……っっっっ!!!!
な、なにが!
なにが『あ〜ん♡』だ。
誰だよ、彩羽お前!
そしてなにやってんだよ、俺ぇぇ……!!」
顔から火がでそうになる。
めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
だって実の妹相手に、あの容赦のないラブラブっぷりだぞ?
「がはっ!
彩羽みたいな恋人を持てて幸せだぁ⁉︎
死ねよ、俺!
くぅ〜〜〜〜ッッッッ!!!!」
頭を抱えてベッドの上をのたうち回る。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。
は、恥ずか死ぬ……!
はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ。
こ、このままでは恥ずか死んでしまう……!!」
枕を叩きまくる。
それでも羞恥は
するとそのとき――
◇
トントン。
自室のドアが控えめにノックされた。
うつ伏せに寝そべっていた俺は、びくっとなって跳ね起き、ベッドの上に背筋を伸ばして正座をする。
「ひゃ、ひゃいぃ!」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「い、樹くん。
起きてるかな?」
「ぶふぉ⁉︎」
彩羽、お前ぇ⁉︎
い、樹くんってなんだよぉぉっっ……!!!?
なんで俺のこと『くん』呼びするようになってんだよぉぉぉぉぉぉ……!!!!
ずっと兄貴って呼んでただろうが、バカ兄貴とかクソ兄貴ってよぉ!
樹くんとか、いままで一回も呼んだことないだろ!
ガキん頃だって、お兄ちゃんって呼んでただろうがよぉぉ……!!
「ぎぎぎぎぎ……!」
叫びだしたい気持ちをぐっと堪える。
「ぐぅぅぅ……。
お、起きてるぞ……」
俺は無理やり冷静な声色を装って返事をした。
「そ、そっかぁ。
お、おはよう。
あっ、ドア越しにごめんね。
あたし、まだパジャマのままだからさ」
「ぐ、ぐふっ……!!」
なに言ってんだ、こいつ⁉︎
お前、家ではいっつもジャージだったし、毎朝パジャマで起きてただろうが!
なんでいきなり色気づいてんだよぉ……!!
「はぁ……!
…………っ。
はぁ、はぁ、はぁ……」
あまりの衝撃に呼吸が乱れる。
俺はうるさく鳴り続ける心臓を手で押さえながら、ガシガシと枕に頭突きをした。
「ど、どうしたの⁉︎
いま変な音がしたよ?
も、もしかして樹くん、具合でも悪いの?
た、大変……!」
「だ、大丈夫!
大丈夫だから!
ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……。
そ、それで、なんの用なんだ?」
「う、うん。
実は昨日の話なんだけど……」
「き、昨日の話?」
なんのことだろう。
もう頭がいっぱいいっぱいで、話についていけない。
「……うん。
昨日、樹くん聞いてきたよね。
どうして家には樹くんとあたししかいないのか?
それに、あたしの名字はなんて言うんだって」
ああ、そのことか。
たしかに聞いた。
けどそれは俺が記憶喪失だったからで、記憶を取り戻したいまとなっては最早意味のない質問なのだが……。
そうとも知らず、彩羽は神妙な声色で話を続ける。
「えっと、驚かないで聞いて欲しいの。
あたしの名前なんだけどね。
…………。
……よ、よし、言うよ?
あ、あたしの名前は『越ヶ谷』彩羽って言うの。
ふ、不思議に思ったよね?
だだ、だって樹くんと同じ名字なんだもんね?」
いや不思議もなにもない。
兄妹なんだから同じ名字に決まってるだろ!
俺は喉から出そうになったツッコミを、ぐっと飲み込む。
「で、ででで、でもね!
これには理由があって……。
じ、じじじ、実は――」
彩羽がテンパり始めている。
というかこいつ、一体なにを言おうとしてるんだ?
話に耳を傾ける。
「じ、実はあたし……!
あたし、越ヶ谷家の養子で、子供の頃に樹くんのお嫁さんになるようにって引き取られてきたの!
だだだ、だからあたしたち、
「ぶふぉ……⁉︎」
俺は白目を剥き、泡を吹いて倒れた。
え⁉︎
ええええええ⁉︎
なに口走っちゃってんのこいつ?
そんな話、聞いたことねぇよ!
彩羽の話は続く。
「そ、それでね……!
い、家にあたしたち以外、だれもいない理由なんだけど――」
「ス、ストップ!
ま、待て。
待ってくれ……!」
もう限界だ。
俺のライフはもうゼロだ。
これ以上話を続けていては死んでしまう。
「わ、わかった……!
わかった、彩羽!
ちゃんと、わかったから。
残りの話はまた今度聞くから!」
「…………ふぇ?
そう?
樹くんがそれでいいなら……。
でもせっかく頑張って色んな設定を考えたのになぁ……」
「ぶはっ⁉︎」
か、考えたとか言うなよぉぉ!!
俺は陸に打ち上げられた魚のように、全身をびたんびたんしながら悶え苦しむ。
「ん、でもわかった。
続きはまたあとでね。
それじゃあ、あたし、着替えてから朝ご飯の用意するから。
樹くんも少ししたら降りてきてね。
んふ♡
美味しいの作っちゃうから、楽しみにしててぇー」
ドア越しの気配が離れていく。
階下へと降りていく軽快な足音が響いてきた。
俺は小さくなっていくその音を聞きながら、悶え続けた。
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