俺の妹がとても可愛い

 リビングに通された俺はソファーに深く腰をおろして、ぼーっと天井を眺めていた。


 先ほど教えられた話を思い返す。


 俺と彩羽が、恋人同士……。


 あんなに可愛くて性格のいい女の子が俺の彼女だったなんて、まるで夢のようだ。


 彩羽をつかまえた過去の自分を、全力で褒めてやりたい。


「うへへ……」


 だらしなく頬を緩ませながら妄想を膨らませる。


 以前の俺たちは、一体どんなお付き合いをしていたのだろう。


 かりにも恋人なわけだし、兄妹では到底できないあんなことやこんなことも、バカスカしまくっていたに違いない。


 もしかして、キスなんかも済ませてるのか?


 い、いや場合によってはそれ以上のことも――


「…………でゅふ♪」


 頬を赤らめつつ、にちゃあっといやらしく微笑む。


 自分でも、自分の表情がどんどん崩れていくのがわかる。


 妄想の翼が羽ばたきまくる。


 だがその時、妄想を遮るようにキッチンから彩羽に声を掛けられた。


「樹くぅん。

 お夕飯できたよー。

 悪いんだけど、運ぶの手伝ってもらえないかなぁ」


「りょ、了解ー」


 おっと、いけない、いけない。


 にやけ切った頬をパンと両手で叩いて、表情を引き締める。


 俺は配膳の手伝いをするために、ソファーから腰をあげた。


 ◇


「はい、どうぞ!

 たぁんと召し上がれ」


 テーブルを埋め尽くした料理の数々をまえにして、彩羽が両手を広げる。


 だがよく見れば、彼女の指には何枚もの絆創膏が巻かれていた。


「樹くんの退院祝いだよ。

 でもごめんなさい。

 じつはあたし、あんまり料理は得意じゃなくて……」


 見れば皿に盛られた料理は、どれも不格好だった。


 お世辞にも美味そうには見えない。


「えっとね。

 前までは樹くんがご飯作ってくれてたから、あたしあまり料理したことないの。

 あはは。

 ダメだね、あたしって……。

 こんなんじゃ樹くんの彼女失格だよぉ。

 で、でもね!

 これからは、お料理もお洗濯も全部がんばって覚えて――」


 みなまで言わせはしない。


 俺は一番手前の皿から焦げたハンバーグを摘み上げ、ひょいと口に放り込んだ。


 むぐむぐと咀嚼して、ごくんと飲み込む。


「……うん。

 うまい!」


 俺は次々と色んな料理に手を伸ばし、ムシャムシャと食べていく。


 やはりどれもうまい。


 たとえ料理の腕はいまいちでも、愛情というスパイスがてんこ盛りにされているからだろう。


「……ふふ、樹くんありがとう。

 でも無理しなくていいんだよ?

 上手に出来たのだけ、寄り分けて食べてくれればいいよ。

 残った不出来なのはあたしが食べるから」


「なに言ってんだよ。

 ありがとうってのはこっちのセリフだ。

 それにどれもうまいぞ」


 もう一品、ひょいぱくっと摘む。


「うん、こっちもうまい。

 こんなに愛情たっぷりの料理を作ってくれる彼女がいるなんて、俺はとんでもない幸せものだなぁ!」


「…………ぐすっ。

 ぅぅぅ……。

 嬉しいよぉ。

 樹くん、樹くん、いつき、くぅん♡

 あ、あたしのほうこそ幸せものだよぉ!

 幸せ過ぎて、ホントもうどうにかなっちゃいそう……!」


 感極まったのか、彩羽はぷるぷる痙攣しながら、潤んだ瞳で俺を見つめていた。


 ◇


 彩羽と並んでダイニングテーブルにつき、肩を寄せ合いながら食後のデザートを食べる。


「はい、樹くん。

 お口をこっちに向けて。

 あ〜ん♡」


「あーん」


 広げた口にスプーンが差し込まれる。


 苺味の冷たいアイスクリームが舌のうえで溶け、頬の内側がしびれるくらいの鋭い甘みを感じさせた。


「彩羽、こっちもお返しだ。

 あーん」


「あ〜ん♡」


 雛鳥に餌をあげるような気分だ。


 あごを上げ、小さく開いた彼女の唇の隙間に、スプーンを差し込む。


「んふふ。

 冷たぁい。

 美味しいね♡」


 彩羽が嬉しそうに微笑み掛けてきた。


 ……ああ。


 幸せだ。


 幸せ過ぎて怖いくらいだ。


 俺たちはその後も、ふたりして存分に乳繰り合ってから、今度はリビングソファーに移動してまたじゃれ合う。


 しばらくそうしてイチャついたあと、落ち着いた頃合いを見計らってから、俺はずっと気になっていたことを尋ねることにした。


「なぁ彩羽。

 ちょっと聞いていいか?」


「どうしたの、樹くぅん」


 彩羽は身体の力を抜き、俺の肩にぐでんとしな垂れかかっている。


「この家、どうして俺と彩羽のふたりしかいないんだ?」


 彼女がピタッと固まった。


「家族は?

 表札に『越ヶ谷』ってあったから、多分ここ、俺ん家なんだよな。

 彩羽はどうしてここに住んでるんだ?

 あ、そういえば彩羽の名字って、俺、聞いたことあったっけ?」


 彩羽はロボットみたいにカクカク動きながら、俺から離れた。


 ぎこちない仕草で髪をかき上げる。


「そ、そそそ、その話はまた明日にしようよ!

 ……ね!

 い、樹くんだって退院したばかりで疲れてるだろうしさ」


「いや、別に疲れてないが」


「疲れてなくても!

 あ、明日までにちゃんと設定考えておくから!」


「……設定?」


「あ、あわわ……。

 ななな、なんでもない!

 と、とにかく話は全部あした!

 あ、あたしはもう寝るね。

 あ、兄貴――じゃなくて、樹くんも、今日ははやく寝ること!」


 彩羽は慌てて2階へと上がっていった。


 と思うと――


「はわぁ⁉︎」


 叫び声と、廊下で転んだ音がした。


 なにやってんだろう。


 しばらくするとバタンとドアの音が聞こえてきた。


 たぶん彩羽が自分の部屋のドアを閉めたのだろう。


「……今のはなんだったんだ?」


 急な彩羽の豹変に頭がついていかない。


「……?

 よくわからん。

 でもまぁ明日にするか」


 時刻はまだ9時だが、彩羽もいないことだし俺も寝ることにしよう。


 後ろ頭をぽりぽりと掻きながら、彼女に続いて俺も自室に戻った。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 朝になった。


 ちゅんちゅんと、小鳥のさえずりが聞こえてくる。


 窓から差し込んでくる眩しい朝陽に目を擦りながら目覚めた俺は、心地よい陽気を感じつつベッドから身を起こした。


「ふわぁぁ〜」


 とても良く寝た。


 なんだかもやが晴れたみたいに頭がすっきりとしている。


「ん、んんん〜……」


 大きく伸びをする。


 するといきなり、脳に雷が落ちたような衝撃が走った。


「……うわっ⁉︎」

 

 ずきんとこめかみが痛む。


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あっ」


 その朝。


 俺はすべての記憶を取り戻した。

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