妹が言うには俺たちは恋人同士らしい
記憶喪失が判明したのち、俺はあれやこれやと検査を受けさせられた。
結果、幸い脳に損傷などはなかったらしい。
じゃあこの記憶喪失の原因はなんなんだというと、それは不明のままだった。
なんでも担当医の先生がいうには記憶はいますぐに戻るかも知れないし、このまま一生戻らないかもしれないとのこと。
なんとも曖昧な話である。
現時点で分かっていることと言えば、俺の名前は
あとは都内の公立校に通っているらしいということくらいだ。
これらは学生証から判明した。
だがそれ以外となると、家族構成も不明だし、自分がどんな人間でどんな人生を歩んできたのかすら、いまの俺には思い出すことが出来なかった。
「…………ふぅ。
……どうすりゃいいんだ」
ベッドに腰を下ろし、日の沈み始めた外の景色を眺める。
窓から差し込んでくる西日が、白い病室内を茜色に染め上げている。
――バタン!
途方に暮れていると、いきなり病室のドアが開かれた。
女性が飛び込んできて、俺のベッドに縋り付いてくる。
「うぇぇ……っっっっ!!!!
死んじゃやだぁ……。
お゛びぃぢゃぁ゛ぁぁん!!」
思いっきりベソをかいている。
なんだこの女の子は。
わんわん泣いている少女をしげしげと観察する。
俺と同じか少し年下くらいに見える彼女は、つやつやで綺麗な栗色の髪を肩口で切り揃え、くりっとした瞳が可愛い、目鼻立ちの整った美少女だった。
見知らぬその美少女が顔を上げた。
「びぇぇぇ……!!!!
死゛な゛な゛いでぇ。
彩羽をひどりにしぢゃいやぁ……」
涙で顔をくしゃくしゃにしている。
なんだか不憫になってきた俺は、訳もわからぬまま、縋り付いてくる彼女の頭に手を置いてぽんぽんしてやった。
「だ、大丈夫だ!
死なないから」
「うぇぇ……!
ほ、ホントに゛?」
「マジ、マジ」
少女が両手の袖口で涙を拭い、ぐすっと鼻をすすり上げた。
「ほら、落ち着け。
深呼吸だ。
すってぇ、はいてぇ」
「う、うん……。
ぐすっ」
言われた通りに深呼吸を繰り返す美少女の背中を、ぽんぽん叩いてやる。
繰り返し続けてやると、少女はようやく泣き止んでくれた。
「…………っっっっっっっ⁉︎
……あ、あわわ。
……。
…………。
…………ふ、ふんっ」
顔をあげたその子は、恥ずかしげに頬を真っ赤に染めていた。
「か、勘違いしないでよね!
べ、べべ別に心配とかしてなかったし。
というか触んな、きもい!」
悪態を吐いて俺から離れていく。
そんな彼女に向けて、俺はさっきから気になっていたことを尋ねてみた。
「いきなりでびっくりした。
ところで、あんた誰だ?」
「…………は?」
美少女がきょとんとした。
それを無視して話し続ける。
「いや多分態度からして知り合いなんだと思う。
でもすまん!
あんたのこと思い出せないんだ」
顔の前で両手をぱちんと合わせて、頭を下げる。
「なんでも俺、記憶喪失になったらしくて。
思い出せなくて、ほんとごめん!
……。
……それで、あんた誰?」
少女がぱちぱちと忙しなく瞬きしている。
「………………は、はぁぁ????」
目の前の美少女は、謝罪をする俺を眺めて唖然としていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれから数日が過ぎた。
今日は検査入院を終えて退院の日だ。
記憶はまだ取り戻せてはいないが、身体的には打撲程度の問題しかないことだし、日常生活を送るぶんには支障がないと判断されての退院である。
そうそう。
事故のあった日に病室に突撃してきたあの美少女は、自分のことを
入院中の諸々は、彩羽が俺に変わって全部やってくれた。
甲斐甲斐しく世話もしてくれた。
とてもよく出来た女の子だと思う。
どうやら彼女は俺と近しい人間らしいのだが、それにしてもたくさん迷惑を掛けてしまったと思う。
どうしてこんなに良くしてくれるのか尋ねてみたら、笑って誤魔化された。
もしかして俺と彩羽は、俺が記憶を失う前は仲の良い兄妹だったのかもしれない。
そう思った俺は、思い切って彼女に「キミは俺の妹ですか?」と尋ねてみたのだが、返ってきた答えはノーだった。
とても残念である。
こんな素直で可愛い妹がいれば、人生めちゃくちゃ楽しいに違いないのに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「えへへ。
樹くん、退院おめでとう♡
じゃあお家に帰ろうか」
迎えに来てくれた彩羽が、俺の手をとった。
彼女はこのところ、俺のことを『樹くん』と呼んでくる。
「ほ、ほら。
樹くん、まだ歩くの大変だから……ね?
べ、別にあたしが、てて、手を繋ぎたかった訳じゃないんだからね?」
汗ですこし湿った彩羽の手のひらは、とても柔らかくて暖かかった。
「歩くのが辛いなら、あたしを支えにしてくれていいんだからね?
ゆっくり歩いて帰ろ♡」
こうして俺は、彼女にもたれかかりながら病院をあとにした。
◇
表札に『越ヶ谷』と書かれた戸建て住宅のまえで立ち止まる。
「はい、到着ぅ。
ここが樹くんの、そして、あたしのお家だよ」
「……へ?
俺、彩羽と一緒に住んでるのか?
でもたしか、俺たち兄妹じゃないって言ってたよな。
……あ、そうか!
わかった!
さては、俺たちって
「ぶっぶー。
ハズレでぇす」
どうやら従兄妹でもないらしい。
なら一体なんなのだろう。
「さ、玄関の鍵開けたよ。
すぐにお茶を淹れるから、樹くんはリビングで待っていて欲しいな」
「いや、それよりさ。
もうそろそろ教えてくれてもいいだろ?
一緒の家に住んでいて、兄妹でも従兄妹でもないって、じゃあ俺と彩羽の関係はなんだって言うんだ?
気になって仕方ないんだ。
頼むよ!」
強くお願いすると、先に玄関に入って靴を脱ごうとしていた彩羽がピタッと止まった。
「……え、えっとぉ。
だ、大丈夫……よね?
設定はちゃんと考えてあるんだし……。
う、うん、穴はないはず……」
彼女はあっちのほうを向いて、ぶつぶつと小声でなにかを呟いている。
「も、もう、しょうがないなぁ。
じゃ、じゃあ教えてあげる……」
振り返った彩羽の顔は真っ赤だった。
「あ、あああたしと樹くんの関係って言ってもべべべ別にそんな大した関係じゃなくて、たたた、ただの……」
「……ただの?」
「た、ただの恋人っ!
ここここ恋人同士なんだから!
あ、あたしが彼女で、樹くんが彼氏……!
って、あわわわわ。
い、言っちゃったぁ……⁉︎
ひ、ひぅぅぅ……。
恥ずかしいっ!
あ、あたし先にお家入ってるからぁ!」
早口で捲し立ててくる。
彩羽は慌てて靴を脱ぎ捨てると玄関を上がり、そのまパタパタ走って廊下の奥へと消えていった。
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