記憶をなくした俺はずっとブラコンを隠していた妹に「あたしたち恋人同士だよ」と騙された。〜だがすでに俺の記憶喪失は治っている!〜

猫正宗

第1章 ブラコン妹が騙してくる!

記憶喪失になりました。

 朝、登校まえのバタバタとしてせわしない時間帯。


 俺は玄関にしゃがみ込み、スニーカーの靴紐をきゅっと結んでから立ち上がった。


「んじゃ、いってきまぁ――」


 声に出しつつドアを開けようとしたタイミングで、廊下のほうからトントンと軽い足音が聞こえてきた。


「ふぁぁ……」


 俺は、あくびをしながら階下に降りてきた女子に朝の挨拶を投げかける。


「よ、おはよう。

 ……って、なんだお前。

 まだ着替えも済んでないじゃないか」


 パジャマ姿でのんきに眠気まなこを擦っているこいつは『越ヶ谷こしがや彩羽あやは』。


 俺の妹だ。


 ちなみに高校1年になったばかりである。


「ほら、彩羽。

 はやく準備しないと学校遅刻するぞ」


「〜〜ッ⁉︎

 こ、こっち見んな、バカ兄貴。

 あ〜、気持ち悪い」


「お前なぁ……。

 朝っぱらからその口の悪さは、どうにかならんのか?

 清々しい1日は、元気のいい朝の挨拶からだぞ」


「う、うっさい、うっさい、うっさい!

 なにそれ、わけわかんない。

 きもいから、さっさと学校いっちゃえ!」


 流れるように悪態を吐いてくる彩羽。


 だがこれもまぁいつものことである。


「ふぅ。

 相変わらず口が悪いな。

 とにかくお前も、顔洗ってはやく着替えろ。

 遅刻すんなよ」


 彩羽からの返事はない。


 起き抜けの顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。


 ……ったく。


 昔はお兄ちゃんお兄ちゃん言いながら、どこに行くにも引っ付いてきて、可愛い妹だったのになぁ。


 いつからこんな風になってしまったのやら。


 俺はため息をひとつ吐いてから、改めて玄関ドアを押し開いた。


 朝の少し冷たい風が玄関に入り込んでくる。


「っと、俺もゆっくりしてる場合じゃなかった。

 今日は日直だ。

 んじゃ、いってきます!」


 彩羽の視線を背中に感じながら、俺は急ぎ足で家から飛び出した。


 ◇


 俺の名前は越ヶ谷こしがやいつき


 都内の公立校に通う高校2年生だ。


 1歳年下の妹である彩羽と二人暮らしをしている。


 と言っても別に両親を亡くしたとか、そんな複雑な事情があるわけではないのだが――


 ◇


「っと、そんなことより時間は……」


 考え事を中断する。


 俺は自転車を漕ぎながら、ポケットからスマホを取り出して画面を確認した。


 時刻は7時45分。


「やべ!

 遅れる!」


 今日はせっかく学校一の美少女と名高い宵宮よいみやさんと一緒に朝の日直なのだ。


 遅れるわけにはいかない。


 俺はスマホの画面を眺めながら、自転車のペダルを強く踏み込んだ。


 そのとき――


 クラクションの大音量が、けたたましく鳴り響く。


 手もとから視線をあげて前方をみると、トラックがこちらに向かってくるのが目に映った。


「あ、やば……」


 直進してくるトラックの運転席で、中年男性が目を見張っている。


 まるで時が緩やかになったかのように、周囲の風景がスローモーションで流れていく。


 だが俺の身体は硬直してしまってピクリとも動かない。


 トラックが近づいてくる。


「……マジかっ」


 そのまま俺は、回避する暇もなく車体に跳ね飛ばされた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ……。


 …………。


 目覚めると白いベッドに寝かされていた。


「……ここは?」


 手をついて上半身を起こそうとする。


 すると全身に痛みが走った。


「あがっ⁉︎

 あいたたたた……」


「……あら、気がついたみたいね。

 あ、まだ寝ていた方がいいわよ。

 命に別状はないと言っても、全身打撲には違いないんだし」


 そばにいた女性にやんわりベッドに寝かされながら、周囲を見回す。


 白い壁に白い機材。


 どうやらここは病院のようだ。


 となると、この女性はナースさんだろうか。


 だが、俺はどうして病院なんかにいるのだろう。


「先生。

 303号室の患者さんが目を覚ましました。

 こちらにいらして下さい」


 ナースさんに呼ばれて、白衣に身を包んだ若い医者がやってきた。


 あれこれと問診してくる。


「……ふむ。

 打撲以外は問題なさそうだね。

 全治2週間と言うところかな。

 いやぁ、しかしあんな大事故にあってこの程度で済むなんて、キミは運がいい」


「…………はぁ」


 大事故?


 いったいなんの話をしているんだろうか。


「なんだい気の抜けた返事だね。

 意識ははっきりしてるんだろ?

 えっと……」


 先生が手もとのカルテらしきものに目を落とす。


「越ヶ谷……。

 えっと、越ヶ谷、樹くん」


 ……?


 誰だそれは。


「えっと、先生。

 その樹って俺のことですか?」


「そうだよ。

 失礼ながら学生証を拝見させてもらった。

 ってなんだい。

 自分の名前を忘れてしまったのか?」


「あっはい。

 思い出せません」


 こたえると先生が懐疑そうな顔をした。


 神妙な口調で、改めて問診してくる。


「……もしかして記憶が混乱しているのかな?

 キミ、自分の年齢は言えるかい?

 いまが西暦何年か。

 ここが日本のどの都市かわかる?」


 促されて考えてみたが、頭のなかにもやでもかかったみたいに、なんにも思い出せない。


「えっと、すみません。

 なにも覚えていません」


 お医者さんの顔色がサッと変わる。


 その後の検査で判明したのだが、どうやら俺は記憶喪失になってしまったらしかった。

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