第5話 超事室の面々2(201号室 相田康夫)

手に持ったコーヒーを少し舐め、相田さんは、話しを続ける。

「ゴム手袋とビニールテープで密閉したガラス瓶を近くにいた警察官に渡して、事情を説明しました。


その警察官も混乱状態で、その容器を持ったまま、私をほったらかしにして、どこかに行ってしまったのです。


私は、すぐ近くにいた駅員に対して、駅構内に水を撒くようにお願いしました。


なぜかその異臭の元となる気体が水に溶けるような気がしたのです。


その駅員は駅長に相談し、駅長はスプリンクラーで水を撒くように指示してくれました。


本来なら見ず知らずの私の言葉など誰も信じないでしょうが、それだけ混乱していたのでしょう。


スプリンクラーから大量の水が撒かれると、青い霧はだんだん薄くなり、やがて見えなくなりました。

それと同時に異臭も薄くなっていきました。


私は駅員と一緒に駅の構内を歩き回り、他に異常がないか確認していきました。


幸い他には異常がなかったようです。


駅員と共に地上に出た私は、警察官に囲まれました。


そのまま駅員と共に近くの派出所に連れていかれた私は、そこで一人の女性と出会います。


その女性が裕子さんだったのです。」


「その後は私が引き継ぎますね。」


裕子が相田さんの話しを引き継いで、話し始めた。


「当時わたしは捜査一課の管理官をしていました。


その日は神奈川県警との合同捜査の為、たまたまこの駅に居合わせたの。


すぐに駅長室に行ったら、駅員達が混乱していたから、その場の統制から始めたわ。


まだ警察が誰も来ていなかったから、そのまま陣頭指揮を取って、利用客の避難指示や存在有無を確認させて、防煙設備を稼働させるように指示していたの。


そのうち警察官や消防も到着して駅員に協力させて、ほとんどの避難が完了した頃に、相田さんが渡してくれたガラス瓶を警官のひとりが大事そうに持って来たの。


わたしはガラス瓶を少し開けて匂いを嗅いで、塩酸だと判断したわ。


『塩酸ガスは空気よりも重い為、地下鉄構内では、ガスが抜けにくいわ。すぐに、強制換気をして下さい。』


駅長にそう指示を出していると、駅員のひとりがスプリンクラーの動作を要求してきたわ。


理にかなっていると判断した私はすぐに了承し、強制換気とスプリンクラーの放出の2面による対策をとったの。


しばらくして計測した塩酸ガスの濃度はかなり低下し、事態は収束していったのよ。」


原嶋裕子は一気にそこまで言うと、冷めかけたカフェオーレに口をつけて再度話し出す。


「私は罹災者の病院搬送と安全確認がひと段落し、塩酸ガス濃度の低下を確認できた時点で、ガラス瓶を持ってきた警官と、スプリンクラーの放出を提案した駅員を呼び、事情を聴いたの。


すると驚くことにその情報を発信したのは同一人物だったと分かり、彼がいる職員控室に移動したわ。


そこにいたのが相沢さんだったの。


相沢さんから話しを聞いている中で2つ疑問が湧いたわ。


ひとつめは、歩いて30分も掛かるような場所で何故異臭に気付くことができたのか?


ふたつめは、あれ程の塩酸ガスの中でハンカチを持っていただけで無事だったのか?


どうしてもこの2点が理解できなかったの。」


裕子は相田さんの顔をチラッと見て話しを続けた。


「相田さんは戸惑いながらも、その日、彼に起こった不思議な体験を説明してくれた。


そう、今日の山崎さんのようにね。


にわかには信じられないことだったけど、わたしは信じることにしたの。


それから、相田さんが居たという世界とこの世界の違いについて色々と考えた。


その中で相田さんの嗅覚や匂いへの抵抗力がとても優れていることがわかったのよ。


相田さんが向こうの世界で普通だったということだったから、恐らくこの世界と相田さんの居た世界は、ほとんど同じなんだけど、匂いの伝わり方が全然違うみたいなのよね。


それから、行く場の無い相田さんを連れて署に戻ったの。


相田さんには、控え室で待ってもらって、私は上司に説明に行ったの。


そしたら、ちょうど犯人を見つけるために、防犯カメラを見ているところだったのよ。


相田さんが見つけた場所は事前に連絡してあったから、地下2階の男子トイレ付近を中心に調べていたんだけど、その画像を見た私達は唖然としたの。


明らかに不審な人物が、まるで壁に飲み込まれるかのように、何も無い空間に消えて行ったからなの。


わたしは、相田さんのことを思い出した。


もし、相田さんの話しが本当なら、別世界から人が行き来することも可能なんじゃないかって。


私は上司に相田さんの話しも含めて、説明したわ。


上司は、半信半疑だったけど、自分も防犯カメラに写った信じがたい光景を見たから、否定は出来なかった。


それに、もしこの仮説が正しければ、ここ数日間に発生している迷宮入り必須の事件にも理屈が付くから。


上司はわたしに相田さんの保護を言い付けて、しばらく行動を同じくするように言ったわ。


それから2週間後、超事室を作るきっかけとなった事件が起こったの。」















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る