第4話 超事室の面々1(201号室 相田康夫)
原嶋裕子に誘われるままに彼女が言う超常現象事案対策室の管理するマンションに移動することになった。
食べかけのサラダを口にほおばる裕子を見ながら、すでに冷めたコーヒーを飲み干す。
「茂さん、お待たせしました。さあ行きましょうか。」
俺は裕子に連れられて、2駅先の住宅街を抜けたところにある公園横のひっそりと佇む5階建ての鄙びたマンションに着いた。
「ほんと鄙びたところでしょ。超常現象に巻き込まれた人たちばかりが入っているので、あまり目に付かないところの方が良いと思うの。
あと、何かトラブルがあった時に、繁華街や住宅街じゃ問題が大きくなってしまうだろうしね。」
まあ無難な選択というところか。
「さあ中に入りましょうか。皆さんをご紹介しますね。」
オートロックの暗証番号を教えてもらい、エントランスに入る。
1Fはエントランスと管理室、談話室があるのみだ。
俺の部屋は3階になるらしい。
階段で2階に上がる。
2階の踊り場にエレベータの乗降口があり、その前方にまっすぐな廊下がある。
廊下に沿って5部屋が並んでいる。
エレベータ側から201、202、203、205、206号室となっている。
204号室が無いあたり、このマンションが建てられた時代を感じさせるだろう。
201号室の前で立ち止まった裕子がドアをノックする。
「コンコン、相田さん、原嶋です。おられますか?」
しばらくして、ドアの中から声がする。
「裕子さん、ちょっと待ってくださいね。今シャワー浴びていたんです。」
2分後、ドアが内側から開けられた。
「お待たせしました。 おやお客様もご一緒ですね。
私、この部屋に1年前から住んでいます、相田と申します。」
「私は山崎と申します。本日からこちらにお世話になることになりました。
よろしくお願いします。」
「ということは、あなたも訳ありの方ですね。
ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」
「相田さんは超事室設立のきっかけになった方で、このマンションの最古参なんです。」
「まあ、こんなところで立ち話もなんですから、中に入って話しをしませんか。」
「そうですね、じゃあ山崎さんお邪魔しましょうか。」
裕子に促され、俺達は相田さんの部屋に入っていった。
綺麗に掃除された部屋の中には余計なものは何もない。
機能的で整然とした室内は相田さんの几帳面さを現わしているようだ。
リビングに案内される。
「山崎さん、コーヒーでいいですか?すみませんね、インスタントしかありませんけど。
裕子さんはいつものカフェオーレでいいですよね。」
相田さんに入れてもらったコーヒーを飲みながら、相田さんがこのマンションに来るまでの経緯を聞いていた。
「私に異変が起こったのは1年半前ですね。」
相田さんは遠くを見るような目をして、いったん言葉を区切った。
「あの日は晩秋にしては暑い日でした。
私はいつも通り自宅の前にある畑で農作業をしていました。
農協のスピーカーから流れるお昼のサイレンを聞きながら、そろそろお昼にしようかと思って立ち上がった時、突然わたしが立っていた地面が割れ、そのまま下に飲み込まれたのです。」
相田さんはコーヒーを一口すすり、話しを続ける。
「すぐに意識を失い、次に気が付いた時には、どこかわからない公園のベンチに寝転んでいたのです。
起きてすぐ私は異変に気付きます。強い異臭がしたのです。
日頃から農作業をしていましたから、様々な悪臭には慣れっこになっていましたが、その時の異臭は間違いなく人体に悪影響を及ぼす臭いだと思いました。
外国で使用されている強い農薬を凝縮しような異常な匂いでした。
私はその匂いのする方向へと歩いて行きました。
匂いの発生源は割と近いところだと思っていたのですが、いつまで歩いてもたどり着きません。
30分も歩いた頃でしょうか、私は周りが騒がしいことに気付きます。
地下鉄駅の地上出口には人が溢れ、救急車が列を作って病人を飲み込んでいます。
私は異臭に気が付いた時から口と鼻にハンカチを当てていたので気が付かなかったのですが、その異臭の元は人間の神経細胞に悪影響を及ぼす毒ガスを出していたようです。
この辺りまで来ると視界に薄青い霧がかかってきました。
防毒マスクをした大勢の警察官がその発生源を探しているようでした。
そうこうしている間にも、目の前で気分が悪くなって倒れていく人達がいます。
私は人で溢れ返り制御が聞かなくなっている地下鉄に入っていきました。
異臭はどんどんひどくなっていきますが、なぜかハンカチで口と鼻を覆っているだけの私には、匂い以外は問題ありませんでした。
青い霧もどんどん濃くなってきました。
私は改札を乗り越え、奥の男子トイレに入っていきました。
一番手前の個室の中から匂いが特にきつくなっています。
私はその個室に入ってみましたが、特に異物は見つかりませんでした。
ふと上を見ると、天井の点検口から真っ青な霧が漏れていることに気付いたのです。
私は便器の上に立ち、点検口を開けます。
するとそこには、ガラス瓶に入った液体がおいてあります。
そこから真っ青な霧が天井の隙間を通って地下全体に広がっているようでした。
私はそのガラス瓶を取り出し、清掃具置き場にあった、ゴム手袋を3枚重ねてガラス瓶にかぶせ、その上から、同じく近くにあったビニールテープをゴム手袋の上からきつく巻き、匂いが漏れないようにしました。
そしてそれを上に持っていき、警察に渡したのです。」
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