第3話 超常現象事案対策室
翌日、また会社に来てみる。
何かあるのを期待するわけではなく、天涯孤独となったかも知れない俺に他に行くところもなかったからだ。
会社の玄関口には、昨日と同じ警備員が立っていた。
彼は俺を認めると、怪訝な顔付きになったので、すぐにその場を立ち去る。
行くあてもなく、ふらふらと表通りに辿り着く。
「あっ見つけた!」
女性の声に振り向くと、昨日助けた女性が俺に笑顔を向けている。
「今日は逃がしませんよ。」
そう言う女性の手は俺の腕をしっかりと掴んでいた。
「お礼も言わせずに立ち去るなんて、かっこ良すぎじゃないですか。
お礼を言わせて下さい。
昨日は危ないところ助けて頂きありがとうございました。」
地味な服装にボサボサ髪だったので、30を越えていると思っていたが、よく見ると、二十歳過ぎのようだ。
「わたし、原嶋裕子って言います。
失礼ですが?」
「俺は山崎茂です。」
もちろん偽名だ。
「山崎さん、朝ご飯食べました?
すぐ近くに朝食の美味しいカフェがあるんですけど、付き合って貰えませんか?
もちろんわたしの奢りで!」
そう言えば、昨日の朝、家を出る時にトーストを食べただけで、今まで何も食べてないな。
あまり腹が減らないから、忘れていた。
「さあ、早くいきましょ。わたしお腹ペコペコなんです。」
原嶋裕子に腕を引かれて、俺は彼女がお気に入りだというカフェに着いて行った。
「マスター、朝食2つ。スクランブル大盛りでね。
あっ、山崎さん、飲み物はコーヒーで良かったですか?」
「大丈夫です。」
「良かった。ここのマスター、無愛想なんだけど、コーヒーは抜群なのよね。」
「裕子ちゃん、無愛想は余計だ。」
「へへっ、怒られちゃった。」
原嶋裕子は、見かけに依らず快活な女の子みたいだ。
おどけて見せるしぐさは年齢よりも幼く見える。
下手すると、俺よりもひとまわり以上下かもしれない。
「山崎さん、改めまして、昨日は本当にありがとうございました。
山崎さんが居られなければ、わたしもあのお婆ちゃんも、あの世に行ってましたよ。」
神妙な顔付きで、言うものだから、少し笑ってしまった。
原嶋裕子は、少し膨れ顔になったが、マスターが運んで来た朝食セットを見て機嫌が直ったようだ。
彼女の朝食を頬張る顔を見ながら、俺も頂く。
たしかに美味い。
それほどの量は無かったはずだが、お腹いっぱいになってしまった。
やはり、身体能力の上昇で運動量が減ったからか?
いや、身体能力が上がると、普通は筋肉量が増えるのだから、消費カロリーが増えるはずだが。
そんなことを考えていると、原嶋裕子に声を掛けられた。
「実は昨日のあの後、わたし交差点にある警戒カメラを見てみたんです。
あっわたし、一応警察関係者なので。」
この娘、警察官なのか?
「ちょっと犯人を捕まえてやろうと思って。
もちろん、昨日中に逮捕されましたよ。
完全な居眠り運転みたいでした。
それで、山崎さんの姿も見つけたんですが……
山崎さん、あの時交差点の反対側におられましたよね。
わたし達がいたところまで20メートル以上はあったと思います。
それをカメラがブレるくらいの速度で移動して、わたし達ふたりを抱えて反対側まで行きましたよね。
それを見て、とても人間業じゃ無いなと思いまして。」
最後の方は歯切れが悪い。
助けてもらったのに、尋問のような真似が、心苦しいのだろう。
俺は何となくこの娘になら、この奇妙な体験を話してみても良いかなと思った。
「ちょっと、話してもいいかい。昨日俺の身に起こった奇妙な出来事についてだが。
ありえない話だと思うので、呆れてしまったら言って欲しい。」
俺はそう前置きして昨日俺の身に起こった摩訶不思議な体験を彼女、原嶋裕子に話しだした。
早朝の通勤快速に乗ったこと、
鉄橋に差し掛かったところで鉄橋ごと谷底に転落したこと、
怪我もなく谷底で気付いた時には鉄橋も無事で、あたりに事故の形跡が全く残っていなかったこと、
身体能力が上がっていて、30メートルの断崖を素手でよじ登れたこと、
10キロメートルの距離を5分ほどで駆け抜けたこと、
事故にあったはずの電車が何事もなくホームに入ってきて、俺が座っていた席に別の男が座っていたこと、
その男のことを会社の同僚が俺の名前で呼んでいたこと、
俺は会社に関係のないものとして扱われたこと等である。
原嶋裕子は、俺のありえないような話を真剣に最後まで聞いてくれた。
「なんだかとても信じられないような話ですね。
でも、茂さんが嘘を吐いているとも思えないわ。」
彼女はそういうと一呼吸おいて俺に話を切り出した。
「ここだけの話にしておいて欲しいんだけど、わたし警視庁超常現象事案対策室専属の管理官をしているの。
この超常現象事案対策室という部署なんだけど、警視庁内部でも隠蔽された部署でね、未解決事件を主に取り扱っているところなの。
特に、神隠しだとか、超能力だとか、そういった世間一般にはあり得ないと思われているものが、起因しているとしか言えないような事案ばかりなのよね。
だから昨日茂さんに起こったようなことも、まったくあり得ないことだとは思えないわけ。
もしかしたら、茂さんは私達のこの世界と並行しているパラレルワールドから次元を超えてきたのかも知れないわね。」
真顔で言う原嶋裕子からパラレルワールドという言葉が出てきて、ちょっと吹き出しそうになった。
「ちょっと、こっちは真剣なのよ!
前に扱った事件の中に宝石強盗がいたんだけど、そいつ私達の目の前で消えていったのよ。
まるで次元の狭間に入っていくようにね。
だから、私達が知らないだけで、実際にはそういったものがあるに違いないわ。」
俺は彼女の言葉に頷くとともに、このありえない話に共感してくれることを感謝していた。
「ところで、茂さん。
あなた行くところが無いわけよね。わたしのところに来ませんか?」
来ませんか?って、若い女の子の家にこんなおっさんが行けるわけなかろうが。
俺が怪訝な顔をしていると、裕子は自分の言ったことに気が付いて顔を赤らめ、急いで言い訳を始める。
「いや、あの、その、私の家に一緒に住もうって意味じゃなくて、超常現象事案対策室が管理しているマンションが一棟あるのよ。
あなたと同じような体験の人も入っているから、そこを使って貰おうってことよ。
一応私が管理人ということになっているから、入居者も私が選べるのよ。
ちなみに私もそのマンションに住んでいるの。」
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