第4話 商店街のざわめき
あの後、傷心から回復した僕は、楓と別れて学校に向かっていた。
楓は、朝食の軽食と昼食用の弁当かおにぎりかサンドイッチかは知らないけど、そのどれかを購入するために、通学路近くのコンビニに寄っていくらしい。
一緒に行っても良かったんだけど、僕は行く意味もないし、それよりも帰宅後の言い訳を考える必要があったため、今は一人でトボトボと歩いている。
「まいったなぁ…あれを見た瑞希はどう思うだろう」
僕は顎に手を当てて考え込んでいた。
とはいえ、その答えは考えるまでもなく、きもい、意外にはないだろう。
実際、僕が逆の立場だったら間違いなく同じ感想を抱く。身内のそんな恥ずかしい写真など、両親の夜の運動会と同等に忌避するものだ。
だからこそ、何かしらの言い訳を考えて、せめて兄は無理でも家族として接してもらえるくらいには自分の威厳を守る必要がある。
「瑞希からメッセージは来てないなぁ……言葉を失ってるか、もしくはもはや手の施しようがないほど避けられてしまったか。困った」
制服の上ポケットからスマホを取り出し、LINKアプリを起動してメッセージの有無を確認するが、瑞希からのメッセージはなかった。
僕は安堵とも落胆とも取れるため息を付いて、ついでに楓のアカウントを開き、『頼むから、これ以上の拡散はやめてください。心労で寿命が削れるから』と文字をスライド入力してから送信ボタンを押下しする。
すると、即座に既読がついて、『了解~』というメッセージと見事な敬礼を決める猫のスタンプが返ってきた。
「まったく、了解じゃないよぉ……」
伝わるはずはないと分かりつつも独り言を呟いてから、スマホを元の制服のポケットに突っ込んだ。
と、僕の耳に、ざわめきの音が入ってくる。
ふと、顔を上げるといつの間にか住宅街を抜けて、学校とは反対側の方角にある商店街に近づいていた。
無意識のうちに、道を間違えていてしまったらしい。
僕はため息をつきながら、更に視線を上に向げる。すると、そこには『桜ノ宮商店街』と書かれたアーケードが立っていた。
「ここは小さい頃から変わってないなぁ。いや、少しずつ変わってるんだろうなぁ」
僕はアーケードを通過して商店街の店を眺めて、懐かしさに浸っていた。
ここ桜ノ宮商店街はここ桜ノ宮市に住み市民の台所で、僕も小さい頃には、八百屋によく母さんお使いを頼まれた際に来ていたし、その時にはよく店主のおじさんとおばさんに可愛がってもらった。
そういえば、今も元気にしているだろうか。久しく顔をみせていない。
僕は制服の袖をめくり、腕時計で今の時間を確認する。
うーん、登校時間まで余裕があるわけじゃないけど、少し様子を見ていこうかな。
僕はそう決めると八百屋さんのある場所に向かっていく。
久しぶりに見る商店街は残酷な言い方だけど酷く寂れていた。シャッターが閉まった店や空き地になった土地がちらほら見受けられ、何よりも人通りが格段に減っていることをそれとなく感じた。
これも時代の流れなのか、自然淘汰なのか。
僕はそんな感想を抱いた。
破壊なくして創造はない。昔の偉い人が確かそんなことを言っていた。
それはそうだと思う。
でも、合理的にすべてを考えられるほど人間は冷たくない。何故なら感情があるから、神様はそう人間を創造したのだ。
数えきれない欠陥はあるけど。
僕がそんなつかみどころのないことを考えていて歩を進めていると、目的の八百屋さんの目前にたどり着いた。
「あ、ここは全然変わってないや。なんかずごく安心するなぁ……ん?」
僕は昔と変わっていない八百屋さんの店舗の外観を見て、哀愁にふけっていたが、その近くで、何やら人が数人集まって話し合っていたのが目についた。
何を話してるんだろう。
少し気になり、話しかけてみることにする。
「おはようございます!」
僕が元気よく挨拶すると、集まりの一箇所を作っていた筋肉質の中年のおじさんが振り返る。
そして、僕の顔を認めると暑苦しい笑顔で近寄ってきた。
「おう、おはよう。勇気。今から学校か?」
「はい、そうです」
「そうかそうか。にしても、久しぶりだな。最近、見かけなかったからどうしてるかって気になってたんだぞ?」
八百屋のおじさん、改め、源さんは僕の肩を何度も叩く。
これは源さんの愛情表現で、小さい頃からのお決まりの挨拶みたいなものだ。
だけど、重い野菜箱やら果物箱を毎日運んでいるからか、叩く力が強すぎて痛みに耐えなければならないのが困ったところだ。
力加減を学習して欲しい。
僕は源さんの手をそれとなく払うと、
「ところで、みんなで固まって何を話しているんですか?」
僕はさっそく思っていた疑問を尋ねる。
すると、源さんの横に立っていた商店会長のおばちゃんが振り返り、「勇ちゃんじゃないの。すっかり大きくなったわね」なんて社交辞令を前置きしてから、代わりに口を開いた。
「それがね、さっき、凄く綺麗な女の子がこの商店街を通り過ぎて行ったんだけどね」
「凄く綺麗な女の子ですか?」
「そうなの。それもとびっきり。そういえば、勇ちゃんが身につけている制服と同じだったわね」
聞いて聞いてと手を上下させつつ、商店会長のおばちゃんは興奮した口調でそう言った。
同じ制服で美少女。
そのポイントから脳内検索エンジンで検索をかけるが、楓以外にヒットする情報はない。
高校一年になってからまだ約二週間弱。僕の交友関係は広くないから当然の結果だった。
「凄く綺麗で同じ制服の女の子、他には何か特徴はありますか?」
僕は検索範囲を狭めるために更なる情報を尋ねることにした。
おばちゃんは少し考えてから、
「そうね。髪は長髪の黒髪だったわね。今どきの若い子には珍しく化粧は薄い感じだったかしら? あとはそうね……とても輝いてたわ」
「輝いていた? キラキラ光ってたってことですか?」
そうだとしたら、近づかないほうがいいな。トラブルの匂いがぷんぷんする。
僕の言葉に、おばちゃんは一瞬固まったが、すぐにふふふと可笑しそうに笑った。
「……そんなわけなじゃないの~勇ちゃん、面白い事言うわ~。勇ちゃんは成長してボケが出来るようになったのかい?」
「笑わないでくださいよぉ」
「ごめんごめん。キラキラしてたってのは例えよ。その女の子は他の子とはくらべものにならないくらいの容姿を持っていたんだけど、何より私が惹かれたのはその身にまとうオーラよ。なんていえばいいのかしら、えーと、そうね、あ、あれよ、か、カリスマ性を感じたの」
「カリスマ性ですか。なるほど。うちの学校にそんな人がいるのか。ちょっと顔を見てみたいかも」
「お、勇気。もしやーーーー」
僕が興味深げに呟くと、それまで話の成り行きを黙って見守っていた源さんが話に割り込んできた。
その顔はニヤニヤしている。わかりやすく言えば、エロ親父みたいな表情だ。
「気になんのか、その子の事が。勇気にもついに春が来たってーのか。かー、青春だね。猛り狂う性欲に突き動かされて大人のーーーーごへっえ!?」
商店会長の拳で脳天にチョップを喰らう源さん。パーじゃなくてグーだよ。おばちゃん容赦ないなぁ。
源さんは、頭の上にひよこを三羽ほど回転させてから、崩れるように目を回して倒れた。
大丈夫なんだろうか。
僕が心配して源さんに近づくと、息遣いが聞こえたので生きているようだ。
「全く。この馬鹿おやじは朝っぱらから何を口走る気だい。勇ちゃんに変なこと教えるんじゃないよ」
「あはは、でも源さんはこういう人ですから」
僕は愛想笑いでごまかすと、「それで」と切り出して話を本筋に戻した。
「じゃあ、皆さんはその女の子の正体を割り出すために、ここに集まって話していたということですか?」
「そうよ。あんな子、ここいらでは初めて見たからちょっと気になってね。みんなで話し合えば、何かヒントがあるんじゃないかと思ったのよ。はてさて、あの事はいったい何者なのかしら、カリスマ性からして只者ではない気がするのよね。芸能人かしら?」
「芸能人ですか。そこまで周りの人と違うならその可能性は高いですね」
僕はおばちゃんの意見に頷いた。
商店会長のおばちゃんは毎日のようにこの商店街を行き来する人々を見ていて、容姿の優れた人や奇抜な格好をした人は記憶に残っている。そのおばちゃんがここまでその女の子が異次元だとういうなら芸能人である可能性がある。
もちろん、この商店街を通らない人もいるだろうし、おばちゃんが席を外したり休憩している間に通り過ぎている可能性は否定できないけど。
それにしても、抜群の容姿を持つ僕と同じ制服を身にまとう黒髪ロングヘアーの美少女。
いったい何者なのだろう。
すると、何か思い出した顔になったおばちゃんがふたたび語り始める。
「そうそう。でも、その子ね、何人もの男を引き連れていたのよ。見るからに粗野な性格が伝わってくる制服姿の不良の男」
「それは穏やかじゃないですね。何か危険な匂いがします」
「カリスマー性に群がる人たちなのか、それとも彼女自身が魔性の女なのか。どっちなんだろうね。とにかく、とても危ない空気を漂わせていたから近づかない方がいいと思うわ」
「ご忠告ありがとうございます」
僕はそう言って頭を下げる。そして、心の中で淡々と呟いた。
心配してくれるのは有難いけど、僕にはそんな気遣いは無用だと。
何故なら、人生の指針に「平凡に、そしてリスクを回避して平穏無事に生きる」を掲げる人間である。
そんな僕がTHEトラブルの象徴みたいな連中とつるむような女の子に近づくはずもない。
正直に言えば、僕はその子が気になっていた。でも、それはあくまで興味本位であり、実際にこの目で見る際にも傍観者であるという条件下でのみ。
自分から積極的に近づいていくことはない。絶対に。それはリスクが高すぎるから。
僕がそんなことを考えていると、
「ところで、勇ちゃん。そろそろ学校に向かわないとまずいんじゃないの?」
おばちゃんが腕時計を見ながら、そういった。
言われて、僕も自分の腕時計で時刻を確認する。
たしかに。そろそろ行くか。
「そうですね。じゃ、そろそろ行きますね」
「はい、気を付けていってらっしゃいな」
おばちゃんは温かい微笑を向けて、手を振って送り出してくれた。
僕は手を振り返すと、踵を返して入り口のアーケードを目指して歩き出した。
その背に、
「勇気~男はここぞという時に押し通す勇気が大切だぞ!!! あの子を自分のーーーーごへぇ!?」
という源さんの声が聞こえたが、すぐに変な声を上げて聞こえなくなった。
こりないな、源さんは。
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