近藤勇之章

一、試衛館


―――


「近藤さーん!」

 後ろから聞こえた声に私はハッと振り向いた。


「……総司か。どうした?」

「土方さんが探してますよ。」

 急いで走ってきたのだろう、息が少し乱れている。

 私は短く笑うと総司の頭を撫でた。


「そうか。わざわざありがとうな。」

「ちょっとっ!子ども扱いしないで下さいよ!」

「すまん、すまん。」

 撫でていた手を離して謝ると、両の頬を膨らませてこちらを睨んでくる。

 そういう所が子どもなんだとは、もちろん口には出さない。


「それにしてもこんな所で何してたんですか?竹刀持ってないという事は稽古ではなさそうだし……」

 総司がどことなく訝しんでる様子で聞いてくる。私は何故か慌てて誤魔化した。


「いや、ただボーッとしていただけだ。それよりトシは何処だ?」

「道場の中だよ。」

「わかった。ありがとな、総司。では行ってくる。」

「行ってらっしゃ~い!」

「お前も早く稽古に戻りなさい。」

「はーい!」


 道場に向かって歩き出した私を、手を振って見送る総司。その無邪気な姿に知らずに笑みが溢れた。



 ふと先程総司に言われた、「こんな所で何してたんですか?」という質問が脳裏に浮かぶ。

 私は立ち止まって辺りを見回した。


 ここは私の義父が開いている、天然理心流の道場『試衛館』の庭。

 私はもうすぐその義父からこの道場を受け継ぐ事になっていて、来月には襲名披露の野試合が行われる事になっていた。


 ここ最近はその準備で色々と忙しくしており、主役である私がこんな所で油を売っている暇などないはずなのだが……


 頭を捻っていると記憶の片隅に何かが引っ掛かった気がして、私は目を閉じた。


『もしもう一度生まれ変わる事ができたなら……』

 不意にそんな言葉が響く。私は思わず目を見開いた。


「……何だ?」

「あ!近藤さん、こんな所にいたのかよ。随分探したぜ。」

「あ、あぁ…トシか。」

「どうした?ボーッとして。」

「いや…そ、それより何か用事があるんじゃないのか?」

「あぁ、今度の襲名披露の段取りなんだが……」


 私はトシの言葉を聞きながら、先程頭の中に響いたあの言葉の意味を考えていた……




―――


 私の名前は近藤勇。

 いや、正確にはもうすぐその名前になる。というのが正しい。


 私は元々百姓の生まれなのだが父親が道場を開いていて、そこに近藤周助という天然理心流の三代目師範に出稽古に来てもらっていた。


 私はその人に太刀筋を認められ、養子として迎えられた。それから数年、紆余曲折の末やっと四代目を継ぐ事を許されたのだ。


 正直私には荷が重いのではないかと自信のない事を思っていたのだが、周囲の励ましや何より義父の強い意思によって、天然理心流宗家四代目を継ぐ事を決意した。


 自分の剣術の才能については良くわからないが、努力していると思う。

 強くなりたい。己の力で人々を助けたい。

 そんな野望を子どもの頃から抱いていた。

 剣術を習ったのも、その野望を現実のものにしたいと思ったからだった。



 私はもうすぐこの「試衛館」を継ぐ。親につけられた名前を捨て、『近藤勇』として生きていく。

 沢山の仲間と共に重い責任を背負って生きていくのだ。



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新撰組~回顧録~ @horirincomic

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