第18話 ~扇卯烈拳・緋扇~

 ジーニズを治してもらった後、城の鍛練場に向かわなければならなかった。


 だが俺はその前に、行くべき場所があった。


 墓参りだ。


 時雨勇馬、カノン、戸澤焔。三人の少年が眠る墓だ。


 俺は剣と向き合う前に、ここで自分のこれまでの弱い意思を清算して、これからと向き合う気持ちを整えなくちゃならない。


 今までは大切な人を守りたい勢いでいくつもの痛みを乗り切ってきた。と俺は思っていた。


 だけど最近の俺は胸を張れてない。自信が無い。

 だからそこを指摘された時に、逆上してしまう。


 自信を持てと言われるより、褒められて調子に乗った方が自信は持てる。

 でもそんな愛美や仲間の言葉に甘えすぎた。


 じゃあ胸を張っていた頃の俺は何の理由で頑張ってこれたのか。

 一昨日の夜、愛美に言われてやっと気付いた。


 失った仲間への後悔や償い、意思の継承、その人達へ胸を張れるように生きることだ。

 その時に意識していたことを忘れていた。


 時雨勇馬、カノン、戸澤焔と書かれている三つ並んだ墓石達の前に立つ。

 親が既にいなく親の墓も無い三人。だから同じ敷地内に三つ並べてもらった。


 俺は木の桶に汲んできた水を、時雨の墓石に流す。そして線香の用意をする。


 時雨が最初に渡してくれた、死に対する様々な感情のバトン。

 それが仲間に対する死の緊張感をより一層強めた。


 四年前のあいつの最期を思い出す。

 瀕死の時雨を救おうとすれば、時雨の体に仕組まれた仕掛けから次の被害者が出る。彼はそう言ってきた。

 ただ、悔しかった。

 幼馴染みとこんな結果で別れを告げなければならないことに。


 何よりもそれを目の前で見ることしか出来なかった優華の方が辛かっただろう。

 優華と時雨は家柄の付き合いもあり、幼少の頃から仲の良い友達だったのに……。


 それに九歳の秋に優華が転校した後、時雨は幼馴染みの彼女の新しい学校生活を知り合い伝にサポートしていたらしく、それを知った彼女と付き合っていたそうだ。

 一ヶ月前、初めて知った。


 だが、透香のことで喧嘩した後……時雨家は拉致されてしまったとのことだった。


 俺が結衣のことに夢中になっていて気付いてあげられなかった……。本当に情けない。


 あいつだけじゃない。

 カノンや焔だってそうだ。

(あいつらはどうやって最期を迎えたんだ……?)


 カノンのことを思い出しながら、カノンの墓石に水をかけ、彼の分の線香の用意を始めた。


 カノンは妊娠中の未来を庇った傷で亡くなった。

 自分が目の前にいながら……。


 未来の姿形を真似た強化人造能力者ドッペルゲンガーに遅れを取ったせいで、彼に未来を庇わせてしまった。

 兄から剣術を習い、二人を見守っていたのにも関わらず……。


 彼も人造人間だった。

 最初に会った時、未来と同じ部屋で暮らしていると聞いて半信半疑ではあった。

 でも一緒に生活を共にするうちにすぐ分かった。


 未来とずっと暮らすうちに、心が未来の優しさに染まっていたのだ。

 なのに愛する未来の目の前で、自分の子供も見ることも叶わずに……。


 我を失った俺は初めて人を殺した……。

 強化人造能力者とは言え、未来の目の前で未来のコピーを……。

 死体斬りを愛美に止められた程に俺はおかしくなっていた。

(何が胸を張って頑張れてるだ……!)


 墓石を前にしゃがみ、地面に手を突く。


(必ず、未来の幸せは……大切な姉の幸せは、この手で守り抜く)


 あとは焔だ。

 顔を上げ焔の墓石を見つめる。


 焔は愛美のこの先の人生を考えた上で、命の短い自分自身に固執してほしく無かったそうだ。

 俺の父親に連絡して自決の道を取らせてほしいと言ってきた時、俺は奴等に体を細工されていたこと自体を初めて知った。


 一番、辛かった。

 皆でシュプ=ニグラスを不完全な形とは言え封印し、愛美にも新しい仲間が出来ていた。

 俺達は奴等の戦いから一つになっていき、幸せな毎日を送れるはずだった。


 俺達が協力して秘密を共有し、焔にかけられた呪いを解く方法をいち早く見つけられていれば……!

 鈴と愛美に口止めさせていたとしても、そういう問題じゃない……!

 俺達にだって焔に近付くことは出来ただろう。その異変に気付くことは出来た。


 大丈夫だろうとタカをくくって安心し切っていた。シエラだって預けていたのであれば、しっかり様子を見にいく位の義務はあった。


 目頭が熱くなり涙が流れる。


 自分の情けなさが怒りとなって拳を震わせる。

 悔しい気持ちを噛み締めながら、線香を立てる。


 きっとあいつらは俺達のことが心配で成仏なんてしてくれてないと思う。

 あいつらにきっと見られているから、胸を張れる方法であいつらが守りたかった大切な人を守りたいと思った。


(もう二度とあんな思いはしたくない……!)


 そのおかげで俺はどんな失態を犯しても、今まで諦めずに立ち上がってこれた。

 剣術だって沢山習って鍛え上げた。

 仲間と協力して竜を還し、それを阻害する神や強者も退けてきた。


「助けられなかったこと、本当にすまない……」

 手を合わせ目を閉じて謝罪する。


「俺がお前達の願いも纏めて叶えてやる。見ててくれ」

 目を開いてそう伝えた俺は、立ち上がった。


 勇馬達の目の前でようやくその結論に至り、俺は今日より弱い過去の自分と決別した。



 墓参りから帰った後、二人には明日の朝に帰ることを伝えて城の鍛練場に向かった。


 待っていたのは天王抜刀術を教える三人の剣士。

 三人はかつて兄の同級生であり、俺の兄弟子兼最初の師匠である。


 真野まの 慎一郎しんいちろう

 髪は短く、真面目そうな雰囲気。

 しっかりした男らしい顔立ちをしている。


 如月きさらぎ 八重やえ

 黒髪ポニーテールを団子に纏めていて、表情は強さと厳しさが伺える。顔立ちは凛々しくかなりの美人だ。


 河那かわな ひろし

 茶髪のロン毛でチャラそうに見えるが、戦闘服は皆と同じ袴と着物。

 顔はいつもニコニコ笑顔。華剛家兄弟のニコニコ顔とは違って彼からは不自然さを一切感じない。

 ただの陽キャでも只者でもない。


 三人の剣術に関しては、真野さんや河那さんは刀ではなく剣も扱うことができる。


「ま、待ちましたか?」

「大丈夫。」

 河那さんが俺の心配に返事してくれる。

 というかそんな余談は河那さんしか聞いてくれないだろう。

 昔は稽古を一緒に教わったり教えてもらう立場だった。決して初対面だからという訳ではない。


 目の前にいる真面目、厳格、陽キャでも只者ではない。流石に俺も声がどもってしまう。


「じゃあ早速……。」

「ちょいちょい、こんな固い雰囲気じゃ時間の無駄だ。少しウォーミングアップをしてからにしよう。」

 なぜ河那さんが只者ではないのかというと、二人がそれに意見することがあまりない。

 つまりそれ位頭がキレて強いということだ。


「まず準備運動でもしながら、好敵手の話を聞こう。」

 真野さんは真面目でもあるが当たりがそこまで厳しくない。優しい。


 今回集まった理由は天王抜刀術の奥義の改正があり、それを教わるという内容だ。

 星に戻ってきては毎回そんな理由で呼び出される。


「というか、また集まったってことは……。」

 準備運動をしながら質問をする。

 一ヶ月前も同じ理由で集まった。ちょっと頻度がおかしい。


「それよりあなたも苦戦しているのでしょう? 忌々しい奴の手先に。」

 大体如月さんは俺の話を聞かず、質問返しをしてくる。圧迫面接の雰囲気に俺は答えることしかできない。


「そうですね。ジーニズの能力ありならどうにか逃がすことは出来ましたけど、剣の技量とかその……。」

 頭の幼稚さなんて言えない。

「まあ君に不利であったことは愛美君から聞いてる。」

 逆に如月さんが俺に同情してくれることなんて滅多に無い。


 情報源は大体愛美であり、あいつが俺を送る時は必ず笑顔だ。さっきもそうだった。


「まあ愛美ちゃんから聞いた情報を元にカリキュラムを増やしているはあるかもしれない。」

 河那さんは冗談混じりに訳を話してくれる。

 俺は調査役か何かなのだろうか?


 まず俺が習ってきた他の剣術は太古からあり、既に完成されたものばかりだった。

 だがこの抜刀術は、愛美から如月さんへ頻繁に情報が行く限り進化し続けている。


「真助の手がかりはあったかい?」

 真野さんから兄のことを聞かれる。

「僕から話したこと以外では今のところは……。」

 兄のことは剣術を諸々教えてもらっている分、誰よりもすぐにバレたのである。


「あ、でも直接的ではないですけど……。」

「何でも良い。教えてほしい。」

 真野さんは特に兄と親しかった同級生だ。それは俺も覚えている。


「地球の神ティアスに俺達の知り合いが何人か地球に来ているって聞いたんです。それが優華と治樹さん以外にいるのなら……。」

「それは随分ぶっ飛んだ憶測だね……。」

 河那さんも驚いている。我ながら無理矢理過ぎるが、それを有力にするもう一つの事実がある。


「他に何かあるのかい?」

 俺が俯いていると河那さんが詳しく聞いてくる。

「ええ。まずシュプ=ニグラスの使いがまた別にいて、それももう日本にいるそうなんです。あと……。」


「あと?」

「勿体ぶるな。」

 真野さんに続き、如月さんも急かしてくる。

 如月さんは兄さんをライバル視していたそうだし、気になるのも当然だろう。

「まあまあ。」

 河那さんが二人の気を引いて、その勢いを抑えてくれる。


「俺の妖刀村正を元々持っていたらしき人もいるみたいで……。」

「前に言っていた神の調停者モーセとかいうやつか……。」

 如月さんはしっかりと覚えているのか気難しそうな表情で答えてくれる。


「ええ。そこまで集まっているのもありますけど……。日本の親戚とかが危険に晒されているこの状況を俺達に任せっきりにする程、星に還す竜ももういないですし。」

 兄の協力のお陰か、もう宇宙のほとんどの竜は星に還って来ている。

 だからか竜と共存する国としての不安定さはかなり無くなった。


「ただしティアスの出した条件が、過去の地球に囚われた竜をそこから追い返すこと。」

「やはり奴が関係してそうだね。そうすれば竜の力を人間が受け取ったとして奴は利用できる。」

 河那さんは俺が話そうとしていたことをしっかりと代弁してくれる。


「ええ、メリットしかない。竜の幸せを願う兄さんの狙いがここに無きゃおかしいんです。」

 俺は核心的な理由を述べる。兄さんは地球にいる可能性が高いと。


「いたとして、君の前に現れないのは今まで通り何かしらの理由があるのだろうか……。」

 如月さんもストレッチをしながら考え耽っている。

 全身紺の袴と着物から穏やかな甘い香りがする。ボディソープだろう。


 結局兄さんからは宇宙船の時もしっかりした理由をはぐらかされて教えてもらってない。

 それはまるで兄さんが兄さんなりに自身の情報統制を行っているかのようだった。


 兄さんの相棒の竜である白竜ホムラも、船の中では見ることもなく……。

 ただ船が破壊される時、窓から白竜が飛んでいくのが見えた。


「よし、そろそろ温まってきたかな?」

 河那さんの言葉で皆ストレッチをやめた。

「ええ。」

 やはり返事するのは俺だけだ。

 いつも何なんだこの空気……。


「じゃあ、対象の剣士の特徴と弱点を教えてくれ!」



 俺は御門亜美の戦闘に関する情報を三人へ手短に伝えた。


「遊撃と真打ちのタイミングは上手いが、距離の詰め方はそこまでではない。高速の定則攻撃には弱いが、剣術コピーや対応が尋常無く早い。そして……謎と言える不思議な剣術……といったところかな?」

 四人とも木刀を持ったところで、河那さんが情報の確認を取る。


「はい。」

 河那さんは顎に手を当て考える。

 数秒経ったと思ったら……。


「今回は空中戦やフェイントを意識したものだったんだが……。バツだな。」

「え……?」

 俺は思わず声を上げる。今日の訓練は中止なのか?

 でも亜美のことを良く考えてみればカウンターの素早さも、動体視力や殺気感知も凄い。

 つまり空中戦やフェイントを仕掛けても……。


「二つのスタイルを揃えよう。」

「ふ、二つのスタイル!?」

 如月さんも声を上げて眉を潜めている。


「乱威智君、武術は使えるか?」

「ま、まあ亜美にも使ったことは何度か……。」

 確かにそれは江戸での戦いで使い直撃した。

 空中戦になったが向かい側の家へ吹き飛ばされて、組み手に持ち込まれてしまった。


「その時どうだった?」

「直撃して……誘い込まれましたね。」

「やはり……どうしても一拍必要ならばそこが隙だ。」

 そうか……! もう一つに素早く転換し翻弄する。

 河那さんの考えがようやく分かってきた。


「乱威智君の目的としてはあの居合いが決められれば問題ない訳だ。それを行うために、別のスタイルを高速且つリズム良く隙無く行う。」

 河那さんは的確に亜美の弱点を突く算段を見出だす。


「そういうことか……。でももう一つのスタイルって何なんだ?」

 真野さんが気になっていることを聞いてくれる。

 もう一つ次第ではかなりの難度を極める。


「二刀流ならば、刀のダガーなんてどうだい?」

「え……。俺それ系は持ち変えたりしただけで何の知識も……。」

「そこに関しては問題ない。」

 河那さんはニコニコの笑顔で如月さんの方を向く。

 彼女は片手をおでこに当て、頭を抱えている様子。

「もう……。」



「まず基本の持ち方は脇の角度45度。それ以下になった場合は……。」

 俺は即座に二つの木刀をダガーのように持つ。

「場合は……?」

 恐る恐る聞いてみる。

「次は腕のみを使った振りと全身の力をかけた振りの練習だ。」


 俺は彼女の言う通りに両腕でダガー持ちの素振りを行い、そこから元に戻すように動かす刺しや回転をかけた素振りを行った。


 きっとまだまだあるのだろうと肝を据えていたが……。


「これで基本は終わりよ。」

「へ……?」

 そんなはずは無い。そんな簡単に終わる訳がないだろう。


「足腰の構えや体勢の低さも、速さとフォームも意識できている。あとはそのフォームを維持したまま、いつもと同程度以上の攻撃が出来ること。」

「あっ……。」

 それを出来る技に合致させて完成度を落とさない方が難しいだろう。

 違う剣術を当てはめるということが無かった為そこまでの考えに至らなかった。



 ――二時間後――

「次ッ!」

「はいッ!」


 前傾姿勢でしゃがみ、腰を極限まで低くする。

天王抜刀術てんおうばっとうじゅつ……!」

 左手を地面に添え、右手は木刀の柄を下側から握る。

 居合いの構えを取り、目を閉じて標的のかかしの気配を感じ取る。


扇剣斬烈せんけんざんれつッ!!」

 標的を扇の中心とし、立てた扇の端を描くように上に向かって飛び込む。

 ここで体勢を整え、空気抵抗を75分の1まで落とす。

 扇の骨部分が中心へ向かうように、居合いも急角度で曲がり、同速度で斬り込む。


 急角度からの居合い斬りのみが、波を描くような速さで五十回分行われる。


 風圧変動の轟音と重複した衝撃の重い音が響き渡る。


 かかしは壊れることなく、ぐにゃぐにゃになっている。

 人にやれば全身打撲と骨折、動けない瀕死状態になるだろう。


 勿論下から柄を握ったため、上下反転したダガーの持ち方で間違いない。


「また一発だな……。」

 真野さんは口を開けたまま驚く。

「腹が立つほど完璧ね。」

 一方如月さんの方は気に食わないみたいだ。


「見事だ。これで天王抜刀術、双外刀そうがいとう124の剣技全て合格だ。よく鍛練を怠らなかったね。」

 河那さんが合格を教えてくれる。

 褒められる程のことなんてやってない。


 だが、使う機会無いですけどね……。と嫌味の一つでも言いたかった。

 日常からこんな敵を死に追い込む剣術も練習しているのだから。


「他にやること、無いですよ。」

 俺は無表情のままそう答え、鍛練場の端に置いてあるジーニズを見つめる。


 嫌ならやらなければいい。そういう問題じゃない。

(俺がやらなければ誰もやれない……。)


 そうしなければまた大切な仲間が敵に殺され、大切な人が泣く。

 そして今度は大切な人を戦いで失うのが怖い。


 俺がここまでやる理由は、大切な人が戦死することの無い幸せな人生を過ごしたいから。

 これしかきっと当てはまらない。


 守りたい、沢山の被害者を救いたい、竜を還したい、敵を知りたい。悪を滅し正義を問うため。

 他の理由を考えれば沢山浮かぶけど、それは表面上のものでしかない。

 表面だけを偽っても力を失えばいつか折れる時が来る。



 しばらく無言が続き、空気が凍っていたようだった。

 しかし、心配そうに河那さんは弁解する。

「別に追い詰めたかった訳じゃ……。」


「大丈夫です。俺はもう折れないですから。二度と……。」

 心配そうに見つめる彼らを強い眼差しで見つめ、握り締めた木刀に目をやる。

(俺の信じる仲間が俺を見ているのならば……。)


「武術、お願いします。」

「ああ、分かった。」

 基本的な型を教えるため、真野さんか前に出て来てくれる。


 と言うものの武術は既に優華から教わることが多く、鈴に教えていた程だ。

 ほぼ確認のようなものだった。


 そして……また二時間後。

「全部終わったね。」

「いやまだよ。」

 終わりを待ちきれない河那さんを制止する如月さん。


「あー、そうだったね。慎は最後にアレ教えなきゃならないね。」

「アレ……?」

 遠くで聞いていた俺は理解が出来なかった。

 真野さんは剣を取りに行こうとしないし、彼独自の武術でもあるのか?


「そうだね。君が誰から武術を習ってるのは知ってた。そもそも動きを見れば癖も分かった。彼女が利己心のために教えてないものがある。」

「それは……本当ですか!?」

 真野さんの推察に俺は動揺を隠せない。

 優華との圧倒的な差は、隠しているものは何なのか俺は知りたい。


「ただしそれを教わって、君が彼女に追い付けるかどうかは分からない。人は学んで成長し、成長は自信となって挑戦を促す。挑戦の数だけ経験があり、経験がまた学となる。追い付けるという保証はないが――」


 真野さんの質問を待たず俺は返事を返す。

「いいです! あいつを一つでも知りたいですから。」


「じゃあ教えよう。扇卯烈拳せんうれっけん緋扇ひおうぎを……!」


 まず俺が優華から教わった武術は、扇卯烈拳という彼女の亡き扇卯王家に2000年伝わる武術だ。


「まずは一拏いちだ檄槍げきそうだ。俺の動きをまず見てくれ。」

「分かりました……。」

 俺は返事をして、その場から下がる。


 真野さんは足を大きく前に開くが、何かを思い出したかのように元に戻す。

「あ、その前に……。」

「ああそうだった。水龍防御壁は10枚だね?」

 河那さんも何かを思い出したかのように答え、立ち上がる。


(水龍防御壁……? 聞いたことないな。)

 この星に伝わる魔法分野には乏しく、分からなかった。未来なら分かりそうだが……。


 真野さんの十メートル程前に河那さんは魔方陣を作り、水で出来た禍々しい触手龍の肉壁のようなものを10枚生み出した。

 一秒に一枚のペースで。

(簡単なやつだから10枚なのか?)


「よし、よく見ててくれ。」

「はい!」


 真野さんは足を前に大きく開き、正拳突きの体勢を取る。

(ん? 正拳突きと少し違う……。)


 拳は甲が天井を向き、右腕を引く後方左方向に体は捻られて、胴体も若干後ろに反らしている。本当に人体として限界まで腕が引き絞られていた。


 真野さんはカッと目を見開いたと思うと、両目を閉じた。

 そして……。


 拳は白い陽光のような水を纏う。

「青の蒼龍、目を覚ませぇぇあああああッ!!」

 ただの突きではなく全力の殴り突き。

 白い龍の形をした高さ三メートル程の衝撃波が真っ直ぐ防壁に向かう。

(龍が腕から……!)


「まずいなッ!」

 河那さんの声が風呂場の中かように響く。


 防壁がもう2セットほど現れ、30枚全てを統合しつつ龍を飲み込む。


「固定。圧縮。消失。」

 河那さんは単語を三つ呟く。それと同時に飲み込んだ水肉壁は震えを止め、小さくなって空間から消えた。


(神属性能力……。)

 空間等の世界の創造分野を操作する神属性の能力によって龍は消えたのだ。

 圧倒的な力の差を目に焼き付け、開いた口が塞がらない。


「いや俺魔法は……。」

「使いやすいから属性を帯びさせただけだ。祥のような魔法は一つも使っていない。まずこの緋扇は人間の為の武術だ。」

 真野さんに強く訂正される。

 人間の為。その言葉からは魔法だけでなく、能力者全体に対しての牽制のように聞き取れた。


「君の番だ。」

(俺があれをやるのかよ……。)

 空間ごと抹消しなければ勢いを止められないなど、物理特化オーバーパワーなんて比ではない。


「諦めるのか?」

 いつもの真野さんと違う、ヒリついた言葉だけは勘に触る。


「君が君自身の理由で選べ。」

 俺は、あいつらに誓う俺自身はどうしたい?

 答えはもう決まってる。あとは一歩踏み出してしまえばいいだけだ。


「やります。」

 俺は肯定だけを述べ、一歩踏み出す。


 指定の場所に立ち、足を前後に大きく開く。

 体を限界まで捻る程右腕を後方に引き、胸を張って背中を反らす。


「反らし過ぎだ。」

 注意され、少し直す。

「よし、感覚としてはいいな。」


 既に張られた防御壁の中心に視点を合わせる。


(集中しろ……。)

 カッと目を見開き、目を閉じる。

 焦ること無く、感覚で右腕に属性を纏う。


「はああああぁぁぁぁぁッ!!」

 大技を決めるときと同じ叫びで感じ取った的に拳を殴り付ける。

 だが、拳は真っ直ぐに!

 目を開ける。白炎の長い衝撃波が真っ直ぐに魔方陣を突き破る。


 だが……。10枚のうち最後の1枚を残している。


「流石だ、だが惜しい。ほんの1センチ、中心から逸れれば威力は激減する。」


 順序ばかり考えて瞑想への集中が足りなかったのか、目を開けてしまったからか。


 俺はその場に立ったまま、拳をもう一度引く。

「もう一度、お願いします。」

「はーい。」

 河那さんは軽々しく返事をする。


「これでも出来なければアドバイスください。」

「分かった。」

 真野さんにももう一度だけ試させてほしいと頼んだ。


 深呼吸をして先程と同じ体勢。

 目をカッと開き、閉じる。

 黙ったまま、無心で拳を殴り付けた。


 腕に乗った熱い何かが前方へと伸び、引っ張られているようだ。

 目を閉じたまま腕に伝わる衝撃を感じ取る。


「核殺!消失!」

 河那さんの声が聞こえ、しばらくすると腕への衝撃が完全に収まる。

 目を開くと、先程のように防壁は破られ河那さんが手を合わせていた。

 全てを消しさった後のようだ。


「え……。」

 成功したのかよく分からない。


「大丈夫、成功だ。今の感じを忘れないでくれ。」

「あ、は、はい……。」

 実感が無くて腑抜けた返事しか出てこない。


「明日帰るんだろう?」

 如月さんは見ているだけなのにすごい急かしてくる。


「まあ……交渉すれば延ばすことも……。」

「甘えるなッ!」

 また渇の言葉を入れられる。


(な、何なんだこの人は……。)

 急かす理由も分からないまま真野さんに向き直る。


「二つ目は何ですか?」

 俺は真野さんに次の技について質問する。

「ああ、まずお手本を見せる。祥、頼む。」

「りょーかい。」


 俺は真野さんと場所を代わり、合図を受けた河那さんはまた魔法を繰り出そうとしている。


 現れた魔法陣からは、鉛の球体、炎、氷、水、雷のエネルギー球体。直径10cmから15cmはあるだろう。

 五つの魔法を同時に真野さんへと飛ばした。


「すぅー……。」

 彼は大きく息を吸い、飛んでくる球体を物凄い目の早さで追う。


 真野さんはいつの間にか前後へ肩幅足を開く。そして手を手刀打ち……チョップの形にしている。


二颯ぶそう力捌りきべつ

 球体が彼の一メートル以内に入った瞬間、手刀が目で追った順番に後ろに受け流した。


 そして受け流れされた鉛玉はスピードを落として転がる。他の魔法による球体も力が解けるように拡散し、消えてなくなってしまった。


 強く美しい護りだが、優華が使っていたのは一度も見たことがない。

 帰ってもどうして見せなかったんだ? なんて失礼なことは聞けないだろう。


「これはどれくらいの……。」

 俺は質問しようとして言葉が詰まる。

(種類じゃなく物量を聞くべきか?)


 あんな大きさの鉛玉でも証明されている。


「全てだ。全ての力が働くものを受け流し、消すことも可能だ。よく見たことがあるだろう?」

 destructive《ディストラクティブ》。優華がそう詠唱し、近距離で攻撃を反射する姿を思い出す。

 考えてみればあれは過去から完成形に近く、遠距離攻撃を必ず逸らしていた。


 あれを絶対能力と言っているのは、本家の技を隠したかったからなのだろうか?


「僕は何故彼女が隠したがるのか分からない。」

「それはッ……。」

 俺は答えられない。彼女が国を燃やしたのだと。

 才能があったのに、異端と思われ愛に恵まれなかった彼女に俺は何か偉そうなことを言っていたかもしれない。

 弱い俺に教えたがる彼女の言葉を、復唱させていたかもしれない。だが……!


「教えてください。試すのはもういいでしょう?」

 うまく動揺を誘われ、試されているのは分かっている。


「分かった……。本気なんだな。」

 今度こそがあいつの山場だ。

 再開早々恨みながらも俺のピンチを助けてくれた。

 あいつの心を縛るものを全て断ち切る。


 親友だから、仲間だから、ライバルだからでもない。

 笑顔で俺に火花を灯してくれた優華だからだ。

 そいつらしく生きてほしいのが本望だ。


「じゃあまず基本の手刀を教える。」

「はい……!」


 手刀は力を入れる均衡を崩さない。

 対象が近付く前の一瞬でぶつかる瞬間の軌跡を掴む。

 対象の最善な力の流れ時を掴み逃さず、打つ。

 打ち放つのではなく手刀を打ち、止め、引く。

 回転の圧力を押しと引きで同時にかける。

 勿論直線上で左右へ力の流れを逃さない。



 練習を何度かこなし、実践の時。

 先程と同じく五つの玉。

「すぅー……!」

 息を吸い、目を見開き、軌跡を脳裏に刻み込む。


 力の流れを風圧と音で感じ、ベストなタイミングを手刀で打ち、止め、引く。

 流れるように五回の最高を打ち抜く。


 後ろに飛んでいく五つの力を感じ取る。

 最後まで油断をしない。

 鉛玉がゴトッと落ちる音がして後ろを振り向く。鉛玉だけが地面に落ち、制止している。


「合格だ。」

「次を!」

 夜は更け、時間が過ぎる程集中が落ちる。


『ガチャ……。』

 皆の視線がその方向に集中する。

 修練場のドアが小さく開き、風呂敷の弁当袋が置かれた。


『ガッ……。』

 何かがドアに挟まる。

「いッ…!」

 小さな悲鳴が聞こえ……。

『ガチャ……。』

 ドアが閉まる。


 タッタと駆ける音がして、また静まり返る。

「素直じゃないね。」

 近付いてきた河那さんが後ろから微笑ましそうにしている。


「自慢の妹よ!」

 いや如月さんの妹ではありません。幼馴染みだから意味合いとしては似たような者だが。


「良い家族愛だ。」

 真野さんが一番的を得た答えを言ってくれる。


「ええ、もう一踏ん張り付き合ってください……!」



 おにぎりを食べ、その後も修練は続き……。



 三偽さんぎ愚狙ぐそう

 これは亜美との初対面の際、優華が俺と亜美に食らわせたフェイントからの強打の騙し討ち。


 一回目は必ずフェイント。

 思考を張り巡らせ、敵の油断を誘い、二回目以降三回目以内に真打ちを打つ。

 それは一拏相当の威力。


 真野さん相手に何度も練習を重ね、本番では彼は防御を徹していても壁まで押し退けた。

 無事合格。



 四牙しが烈刄れつじん

 獣のように相手を翻弄し最速のスピードで近付く。

 そしめ獣の牙が如く両拳のハンマーと両膝蹴りを同時に食らわせる。

 かかし相手に千切れる速度と圧力次第で合格。


 こちらは何度も目標に近付かなかったが、勢いを助走から付ける等のアドバイスで合格。



 五迅いつじん剛鉄ごうてつ

 七つある技の中で、対象の生命を重症化させる最速の技。

 ちなみに俺もここで七つまであるとようやく知る。


「違う。」

「…………。」


 速度は空気抵抗を落としたまま、流れるように一拏を五連続。

 まず一拏で両膝。二拏で両肘。これで相手の手足をを痺れさせる。

 その後、鳩尾、後ろの首の付け根の神経集中部分。

 最後に額。

 これもかかしで行う他なかった。


「一拏二拏が均等どころか正確にならないし――。」

「いや一つ一つクリアしていけ。まずそこからだ。」

 俺は頷き再び練習を繰り返す。


 何度も繰り返し、一拏二拏をクリア。三拏の鳩尾は問題なく、四拏の首の付け根後ろが間に合わない。

 次はそこのダメな部分に気付き、そこを集中的に繰り返す。

 成功しなければダメな部分を探し、教えを貰いながら四拏もクリア。


 今度は五拏のかかしの具合を正確にする。

 そこをクリアした後は通しで全てをこなせるか。

 何度も繰り返し、合格。



 六絶ろくぜつ無限むげん

 一拏相当の打撃を六回繰り返す。

 一秒間に二回の心臓の早さ程のペースで。

 それを六回分。同じ流れを作らないように繰り出す最大火力の技。


 リズムを崩さないこと。これが持久力、体力を持ち合わせた俺でも困難を極めた。


 あれほど大きな呼吸と集中力を使う一撃をリズムを崩さず五十四回繰り返す。


「一つずつ。一歩ずつだ……!」

「ええ……!」

 先程と同じまず六連撃。十二がうまくいかなければまた七、八、九と……。


「そうだ! リズムを崩さず! いいぞ!」

 力強くするのは中々に難しいが、リズム技なら自信がある。


 焦らず一歩ずつ着実に、怠けずに……。

 六拏を六セット、五十四回の六絶を成功させ――。

 合格を得た。



「外へ出よう。」

「? は、はい。」

 四人で野外の修練場に出る。

 空は真っ暗ではなく、淀んだ青色に染まってきていた。


 地面は乾いた土。

「最後の七閃ななせん一轟いごを教える。まずは手本を見せる。」


 俺は少し離れたが河那さんに引っ張られ、端に透明の防御結界を張られ閉じ込められてしまう。


 外にまで来てこの結界。他の二人は立ち上がり、所定の位置で魔法陣や抜刀の準備をしている。

 身の毛が弥立つ。そんな感じがした。


「頼むぞ。」


「うん。」

「ああ。」


 河那さんの魔法陣から機関銃、魔法のエネルギーを帯びた機関銃、ミニガン、弓、先程の大きさの玉達。

 等の遠距離武器の数々が生まれる。

 眠くなることなど無かった。目を見開き、見張る。


 全ての武器が真野さんに向けて発砲される。

「スゥーッ……ッ!!」

 彼が息を吸って止めた瞬間、周囲に気が走り、それが彼に収束する。


 物凄い速さで手刀は突きや受け流し、受け流しを撫で他方向に銃弾が跳ぶ。

 発泡は続いていても片手でそれをこなし、もう片手で跳弾した弾達をもう一度跳弾させる。

 10秒間で全ての発砲が終わり、彼はそれを跳弾させ続ける。


 だが、明らかにいくつかの跳弾の速度が調整されているのが速度が跳ね上がったり速度が落ちたりしている。

 決して一弾も落ちない。


『ガガンッ!!』

 全ての弾が同タイミングで跳弾した……!


 真ん中に収束した弾に合わせ、彼は息を吐く。

「ふゥーーッ!!」

 後ろに右腕を引き、究極の一拏が一瞬で装填される。


 龍が生まれ、手の内側に吸収される瞬間。

『ドガァンッッ!!』

 全ての跳弾が彼の全面から前方に放たれる。


 それはもう、濁った混色の荒ぶる風の波動砲だった。


 二人はいつの間にか宙に跳んでいる。


「極・神潰し……。」

 河那さんは目を閉じぼそっと呟くと、波動砲を捉えるタイミングで巨大な魔法陣が縦横前後六方向から現れる。


 黒い電撃が波動砲を捉え、魔法陣が球体へと変化しながら抑え込む。


「圧ッ!!」

 球体に圧力がかかり、内側へ縮む。


「解ッ!!」

 球体の魔法陣が一瞬膨らみ、中の物質が液体になっている。


ねつッ……圧縮!!焼失!!」

 魔法陣が赤色に染まり熱を帯びて周囲に陽炎が見える。

 球体はさらに圧縮され、蒸発を起こし物体を消そうとしている。


 だが……。

 魔法陣が一瞬にして消えた。

(魔力が尽き……た?)


 河那さんも宙の魔法陣の上で膝を立て辛そうにしている。


「ッ!!」

 如月さんは二人の立体影を生み出し、三方向から炎水電気三属性の属性抜刀居合い斬りを放つ。

 だが、それを後から続いた立体影が10回ほど繰り返す。

(ぜ、全部立体影か……!?)


 本筋である本人が天井から現れる。

 刀に魔法陣の細工がしてあった。

 華麗な身のこなしから空気抵抗を急激に落とし……。

 光属性の巨大な刀の居合い斬りが残った物体にに叩き付けられる。


 最小に抑えられ、圧力を与えて逃がされない黒い物体は光刀の一撃で浄化される。

 闇と光の胞子が周囲に舞い、消えていく。

 如月さんは刀を素早く振り回して熱を払い、腰の鞘にすぐ納めた。


 何のためにこれあるんだ? と思ってしまうのが歴戦の強さの本官だったりする。


 顔色を取り戻した河那さんは如月さんの元に着地すると……。

「はい、出番代。」

 彼は如月さんに右手の平を差し出して何かを要求している。


「なっ、金を要求するのか。」

 如月さんが仰け反って驚いていると、河那さんは首を横に振る。

 手を揉む形にしている。

(そういえば相当の女たらしだったんだっけ……?)


「お前は斬られたいのか……?」

 彼女はもう一度腰の刀の柄に手を当てている。

 あちらも冗談がよく通じるようだ……。

 ただ俺が目の前で見た人智を越えた技は冗談ではないことが分かった。

 優華が幼き頃から会得していたと考えると……。


「台無しだな……。」

 やれやれと素振りを見せる真野さん。

「俺、今日これ出来るんですか?」

「それは君にしか分からない。ただ、君が六つの緋扇をその気合いで乗り切ったのは紛れもない事実だ。」


 その口振りは俺を頑張ったと認めてくれる口振りだった。

「ま、また教えてくれるんですか!?」

「どうだかな。これは多数の敵や一定の敵にしか効かないカウンター技だ。君はこれを聞いた上で僕がそう答えると甘えてしまうんじゃないか?」

 俺の意思や感情は見透かされている。

 流石試す側の人間だ。


 意思なんてその場の気持ちの持ちようだ。

 今の優華と愛美と俺を見比べれば一目瞭然。優華は強い。それほど近くにいるかも関係していると思うが……。


『人間は人間。生き物は生き物。生まれが多少違っても同じ。』

 俺が彼女達の成長を目にし、弱さに行き詰まった幼少期、母さんからそう言われた。

 どういうこと? と聞いてもいずれ分かるわとしか言われなかった。


 今でも覚えている。養育園からの帰り。先を走る愛美を母さんと手を繋ぎながら見つめ、強さを言い訳にした時の言葉だった。

 優華ともあの頃からの仲だ。

 ようやくどういう意味か分かった。


 自分の限界は周囲の環境と自分の選択が決める。意思や力は経験と共に成長していく。

 そういうことを伝えたかったのだろう……。


 コピーとの戦闘やカノンの人間らしさを思い出せば、尚更当てはまる。

 カノンは未来の優しさに触れたからこそ、人との経験で意思が成長し、未来を庇った。

 逆にコピーはその成長すらも複製したもので意思が成長しなかったが故、自害の命令に逆らえない。


 つまり優華の決定的な強さは、そういう経験の中での成長にある。


「俺は……。」

 強い弱い。その差は経験にある。ならば……。


「この技は見ての通り別次元。それに僕が師から教わったのもここまでだ。これを置いといて他を対応するか、辛抱し覚え先を行くか……。君の人生だ、君の自由だ。」

「そこまで言われたら引けませんよ……!」



 俺はまた一歩ずつ一弾ずつの練習を繰り返した。

 その一歩の経験が二歩目を行ける強さとなる。彼の教えにはこういうことも含まれていた。のだろう……。



 ――朝九時――


「はぁはぁ……!」

 俺は全身血まみれになりながらも傷は塞がり、全ての跳弾を纏めて弾き返し……二人がそれを処理したのを目を見開いて確認した。

 三人とも目にくまが出来ている。

 今度帰ったら手土産ではなく奢りも追加で返さなければいけない。


「完璧だ。」

 真野さんの声に振り向き、頬を緩める。

(俺は一歩、あいつに近付けたんだ……!)


「人の目のくまを見つめて、申し訳なさそうな顔をする余裕があるなら上出来ね。」

 如月さんも皮肉混じりで褒めてくれる。


「流石八重と一緒でタフだね。」

「殺すッ!!」

「な、なんだよぉー。 事実じゃないかぁ……!」

 またなんかじゃれあっている。


「脱線したけど、これを駆使して奴を惑わせるんだ。話を聞いた限り、僕も君を見る能力はあの星でしか使えないのではないかと思った。」

 真野さんも亜美に対しては同じ意見のようだ。

 つまり鍛練を見られては意味が無いということ。

 それについては智奈喜君に相談済みである。


「ええ、対策は考えてます。」

「ああ! 是非演習の鍛練にも励んでくれ……!」

 期待通りの答えだったのか、真野さんは少し感激しているようだった。

「はい、頑張りまふ――頑張ります! ありがとうございますッ!」

 恥ずかしいので勢いよく頭を下げて礼を言うことにした。

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