第19話 ~新たな翌日の一歩は恥さらし~

 帰りの船。窓の外の宇宙を見ながら、俺は優華のことを思い出す。


(でもあいつ真反対に反射してなかったか……?)

 本当にdestructive(ディストラクティブ)というものがあるのかは俺にも分からない。

 もしくら彼女が経験だけで技を進化させたのか手加減していたのか……。


(分からないな……。)

『カクッ』

 隣にいる愛美が眠ったまま、頭を肩に乗っけてくる。


(まーじーで……。)

 昔から変わらぬ甘味の強い甘酸っぱい石鹸の良い匂いがするからほんとにもう……。

 ついでに目の前で治樹さんも窓に肘を突いて寝ている。


 ふと彼女の指を見る。


(そういや……。あれ?)

 跡が無い。

 上体を起こし、手を伸ばして彼女の両手を手に取る。


『ゴッ!』

 愛美の上体が俺の背中に滑り込み、窓際に頭をぶつけている。

(あ、やべ。)

「んっ、くかぁ……。すぅすぅ……。」

 寝ている。

 手元を見直し、両手の指どちらを見ても跡が無い。


(母さんなのか……?)

 いや母さんからあんな高い声出るのか?

 見た目のかっこよさから出る声はまさに女性のイケボ。だから威圧されると俺達も萎縮する。

 雰囲気は母親だからちょっと場違い感は凄いが……。


 紗菜さん……?

 優華を受け入れてくれた葵家の三つ年上の女性。

「あ。」

 チャットアプリですごい話しかけてくれたのに会いに行くの忘れた……。

 優華の義理の姉の彼女だったのだろうか……?


(いやいや。)

 あの三人とも仲が良いはず。飛び込んで見学したがるだろう。そんな性格だ。


(と、とりあえず落ち着こう。)

 スマートフォンを薄手のパーカーのポケットから取り出し、紗菜さんにメッセージを送る。


『おーい?』

『帰ってきたんでしょ?』

(やば……。この感じ埋め合わせしないと許してくれないやつ……。)


『ごめんなさい。河那さん如月さん真野さ――。』

(いやいや言い訳するとかあり得ないあり得ない。)

 ほぼ寝てないからといってそれはない。書き途中のメッセージを消して改正する。


『ごめんなさい。忘れていました。一ヶ月後にまた来るんで必ず埋め合わせします!』

 すぐ既読が付く。

『泣く顔(スタンプ)ぴえん(文字)』

 可愛いデフォルメ恐竜のキャラクターが泣いているスタンプを送ってきた。


 俺もごめんなさいという趣旨の同じ種類のスタンプを送り、スマホのバックライトを消してポケットに突っ込む。


(トイレいこ……。)

 ゆっくりと立ち上がり、起こさないように忍び足でトイレの方へと向かっ――。


(ちょっと待てこの香り!?)

 石鹸と甘い花のような香り。生涯出会った人の中でこの香りを持つのは一人しかいない。

 駆け足で逆方向の女子トイレの方へ向かう。


 客席と分かれるドアを勢いよく開ける。

 トイレのドアに手をかけていたのは……。

 結衣だった……。

 物音に気付いた彼女と目を見開いて数秒見つめ合う。


「えっ、あっ……。」

 言葉が詰まって出てこない。

(バカ! 俺! 早く言え!)

「本当にごめ――」

『ドタンッ!! ドンッ!!』

 勢いよく女子トイレに逃げられ、ドアを閉められ、逃げられる。


(落ち着こう。深追いはするな……。)

「本当にあの時はごめん。全て終わったら君に伝えたいことがある。それだけだ……。」


 そう伝えて一拍待ち、返答がないのを確認してからドアを閉めて客席に戻る。


 目の前を見ると俺を凝視しながら口元だけにやけている愛美がいる。

 苦笑いすることしか出来ない。


「それだけだっ……! プフッ……。」

 眠気も吹っ飛ぶ復唱の一撃と笑いの追撃。

 俺は彼女の両肩を掴んで揺らしながらお腹に頭を押し付け恥ずかしがる。


(言ってしまった言ってしまった言ってしまった……。)


「よかったわ。よく頑張ったわね。」

 頭にポンポンと手を乗っけられ、上を向く。

(で、で――いかんいかん。)


 彼女は笑顔から眉をひそめ、俺の右肩をがっしりと彼女の右手で掴まれる。


(やべ終わ――。)


『スッ。』

 軽めに体を押し退けられるだけ。


「え……。」

(な、なんか物足りないというかむず痒いな……。)


「はい。ざまぁ。」

 過ぎ行く彼女から俺の手元に俺のスマートフォンを手渡される。


 画面を見ると……。

 ボイスメッセージ13秒。

 しかもここは……あの例の皆のいるグループチャット。

(終わっ……た。)

「うぅぅ……うっうっ……。」


「ちょ、ちょっと泣くこと無いじゃ……」

 愛美がドアを開けたまま、振り返り俺を心配してくれる。

「うえぇぇぇぇん!!」

 トイレの中からも癖のある泣き声が聞こえる。


「な、何よもう……。」

 ドタンとドアを閉められる。


 チャットアプリには既に過半数の既読が付いていて取り消すことは出来ない……。


(てか何で俺が送ったことになってんだよぉぉ! 陰湿さ増し過ぎじゃないか?)


 やはり一番早く返信するのは未来。

『なにしてるの?』

(冷たい一言あなたで本当に良かったです。ありがとうございます。)


『いや(ヾ(´・ω・`)(ヾ(´・ω・`)違う愛美がいたずらした』

 違うを顔文字に変換してしまうも、返信ボタンを押し留めることは叶わず送信してしまう。


『子供達にも見本として聞かせるよ。落ち着きな?笑』

 普段喋らない幸樹も返信してくる。

(こいつら一緒にいるのか? いやそんなのどっちでもいい。お前は早く治樹さんと仲直りしろよ!)

 落ち着くのはごもっともだが、こいつらの追撃のせいで落ち着こうにも落ち着けない。


『ゲラゲラ笑い(女子高生スタンプ)笑(文字)』

(優華もいつも返信おっそい癖にこういう時だけ……。ふざけんなよ、笑うんじゃねぇよ……。まあ笑えるくらいの権利はあいつにはあるか……。)

 その位酷いことをしたのだ。因果応報だ。


『殴る(アニメスタンプ)許さんっ!(文字)』

 鈴も便乗し出した……。

(相当怒ってそう……。)


『すまないが、皆それぞれ消してくれないか?

 俺が皆にした酷いことは重々承知で頼みたい。

 俺はいくら茶化されても構わないが、もう一人の人や勝手に送った愛美のことを思ってのことだ。』

 俺はそう送るが、すぐに返事が来る。


『77777111.1111133333110##3333399992*5555444*44444.444*44447777755555##2222299992900220044422225311##』

 ティアスが藪から棒に数字の羅列で返事をする。

 わざわざ外野の立場から……。


『もう遅いわ。それがネットってもの。これからを気を付けなさい。僕これ略す意味あった?』

 一拍置いて智奈喜君から翻訳が来る。

(わ、わざわざすみません……。)


『ある』

『1999』

 鈴もティアスも率先して肯定する。

『そうですか、、』


 バックライトを消すと個人チャットで透香からの通知が来る。


『先輩、話があります。帰ってきたら明日の放課後教室の前にいるんで。』

(愛美が送ったなんて言わなきゃよかった……。)

 焼き餅だったんだとか説教をされるに違いない。

(あぁ……鳴海ちゃん。もまあ俺と結衣を応援してくれる仲ではないけど……。星に今すぐ戻るから……。)


 最低最悪だけど、三月に叩き込まれた彼女の笑顔と突き付けられたポケットナイフだけが今の俺の拠り所だ。

 ほぼそれで耐えられてるはある。

 俺の日常の大体を知っているに等しい。

(いや俺情けなさ過ぎだろ……。)


 思い出したかのように席に戻りつつ、鳴海ちゃんに連絡する。


 毎日はウザイと言われたので三日に一回は欠かさない。今日がその日だったのを思い出した。

『ねぇ、結衣に謝って伝えたいことがあるって言っただけなのに皆にボイス録られて遊ばれてる癒して』


『うるさいです知ってます癒しません。一緒のグループにいるでしょう?

 あなたが告げ口ばかりするから今朝方鈴ちゃんに言って追加させてもらいました。』

(返信が来るだけで癒しだ。ブロックされた時は本当にしんどかったよ……。)


『うれしい』

 とりあえずすぐに返事を返す。


 そういえば最近妙に追加されてるなと思ったら二人か。透香も戦闘で加わることはまああるよな……。

 彼女は黒い竜に変化することができる。竜化の力はただでさえ力強い。


『わたしはあなたからわざわざまたこちらで連絡が来て嬉しくないです。

 本当に伝えたみたいですね。それではわたしの役目も終わりかとさようなら。』

 役目は終わりと冷酷な宣言。これは嫌な予感がする。

『まだ仲直りしてない!』

 すぐ返信しても……。


『あなたはブロックされています。』

(つらい……。)


 スマホのバックライトを消して膝に置くと、席の目の前で治樹さんがこちらを凝視している。


「な、なにか?」

「随分と楽しそうだね……。」

 ドン引きで印象が変わったよみたいな表情で言われてもオブラートに包めていない。


(あぁ……助けて。あぁブロックされてるんだった……。)


 三日に一度話してると言われても、大体五時間位ブロックされていて中々話すことが出来ない。


 結衣と別れて彼女と連絡を取って、本当に俺スマホばっか気にして変わったのかもしれない……。


(来月こそは帰ってデー……遊びに行きたい。そうだ結衣と一緒に……。そのために……。)

 窓の外を見ながら決意を再び心に灯す。


(これだけブロックされても俺のことを告げ口したりもせず、結衣に最初に話す切り口も一緒に考えてくれたんだ。本当に良い子だ。男の娘なら気にせず話せ――。)

 肘を突いている手で自分の頬をつまむ。

(俺最低。)



 戻ってきた愛美の隣には結衣がいて治樹さんは聞く。

「終わったのかい。」

「ええ、どうも。」

 目はまだ赤い。


(な、なにこれ……。二人打ち解けてんの? い、意味わかんねぇ……。てか俺ハメられた?)

 愛美の方を向くと、治樹さんの方を顎で指す。

「はい。」

 ドッキリ大成功の白い旗。


(何この茶番劇。)


 スマホの液晶が点き、グループ通知が表示される。未来からだ。終わった? と書かれている。

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