第13話 ~意志の方向性~

 ジョギング後の朝食は寝不足でも美味しかった。

 愛理奈の愛情がたっぷり詰まっていた気がします。


 伯父さんも弟のわたる君も鈍感で、愛理奈の俺に対する視線にビクとも気づく気配はなかった。


 渡君は元気良く「運動してくる!」と駆け出し、伯父さんは昇進した刑事の仕事で出勤。

 俺の大ピンチは早々にやってきた。


「お兄さーん。二人っきりだね?」

 ピンクのエプロン姿のまま、甘い声で後ろから抱き着いてくる。

 柔らかいD位の胸が当たっている。

(やめろ! 俺の精神! 戦争を始めるんじゃない!!)


「ふぅ……。」

 耳に息を吹き掛けてくる。

「うっ、え、愛理奈ちゃん……? 朝っぱらから何してんの……?」

「お兄さんも朝から臨戦態勢でしたね☆」

 きゃぴっとした声色なのに大人びた圧を感じる。


(この娘どんな育て方したんすか!? 男の子に毎回こんなことしてんの!?)

 俺も俺の回りもスケベイベント多めなので人の事は言えないと思うが、かなり驚いてしまう。


「いや、あの……。」

 俺は違う話を切り出したいのだが、ボディタッチがそれを躊躇わせる。

「戦闘疲れで溜まってるんですか……?」

 鼓動が冷静な答えを求めて走り出す。焦って肩に力が入る。

(まずいまずい……。マジであいつら今日を狙ってただろ絶対に許さん!)


「知識はあるので、シてあげましょーか?」

 後ろから抱き着く彼女は前に手を回す。

 眼前で親指と四つの指の輪っかを作り、上下に動かす振りをしている。


「はぁ……溜まってない。」

 溜め息も漏れてしまう。

 何故愛美が亜依海と仲良くなれて、彼女と仲良くなれなかったのかが少し分かってきた。

 を守ろうとしている。口調の割に抱き締める力が強い。なのに怖がることなく声に芯が通っている。


 これだけならヤンデレと思うかもしれないが、息を荒げていない。

 言葉の間の置き方も台詞を喋るようで冷静すぎる。

 つまり、これは演技である可能性が高い。

 愛理奈の母親もさほど肝が座り、芯がしっかりしていたのかもしれないな……。


 それにここまで近付かれてようやく分かった。

 あの場限りの優華のことを気にした愛美と鈴の冗談ではなく、今回は本当に俺に一対一で話をさせたかったのだろう。


「えーじゃあ――。」

「お前がそんなに気を張る程、俺達は危険じゃない。」

 振り返って真剣な眼差しで説得する。


 彼女らの協力が無ければ、奴等の猛撃は乗り越えられない。


「え、なに? どうしたの急に。」

 それでも演技を貫き続けるが、左の口角が動いたのを見逃さなかった。


「単刀直入に言う。そんなに信用してくれるなら弟さんとお祖父さん、伯母さんに会わせてくれ。」

「何言ってるのー? 弟ならさっきいたし、お母さんは昨日仏壇で――。」


「俺は全力でお前達を守る。任務なんかついでに過ぎない。父さんのその意志を守ることが最優先だ。」

「うるさいッ!!」

 突然の怒号に驚く。


「貴方の都合なんて知らないわ……。お父さん達を置いて出ていった奴なんか知らない。私の家族は私が守るから――。」

「じゃあある日突然、化け物が分家のお前達を狙いに来たらどうするんだ? お前は。」

 こちらも少し強めに話し、逃げ道を塞ぐ。


「今回のを発見した病院側や隠していた天崎直系の天皇様、分家のお前達も俺は狙われるんじゃないかと思ってる。」

「どうして?」

 訳が分からないのも仕方ない。


 俺はその理由を話すため、彼女の肩を両手で掴む。

「よく聞いてくれ。俺達が戦って半身を封印した化け物が、地球に焦点を当てて一般人へ強制的に能力を植え付けていた。誰を狙っていると思う?」

「わ、私達……?」

 彼女は目を見開き、驚愕しながらも答えてくる。


 それは亜美への予想に限らず、彼女を封印した後もそういった研究施設が中々絶えなかったからだ。

 俺達が意思を持って戦う分、奴も強い意志を受け継ごうとしていた。


「そうだ。奴は血の濃い直系や分家の未能力者を狙ってる。強力で無敵な能力者を駒にして遊ぶためだけに……。」

「な、なんでそんなこと……。」

 焦りすぎてパニックになっている。情報が理解できてないようだ。


「会わせてくれなきゃ、守れない!」

 俺ははっきりと彼女に伝える。


 父さんが最後にくれたメッセージ。

『妹を守ってくれ。』

 母さんの話によると、妹さんは父さんについていこうとしたがそれに失敗したらしい。


 俺の予想が正しければ妹さんは直系で、それを無理矢理直系側の人間に阻止されたのだろう。

 本人には申し訳ないが今思えばその判断が正しい。

 父さんを信頼していない訳じゃないが、そうじゃなきゃ俺達は奴を封印出来なかったかもしれない。


「そ、そんなの血が濃い方がとか……確証無いでしょ?」

 彼女は決定的な証拠が欲しいそうだ。まだ気を張っている。

「ある。まず地球を狙ってるのは、奴がこの星に逃げてきた竜に細工し、半年前から能力を解放する人が出てくるように仕組んだからだ。色々竜を治めてきたがほとんどの竜の記憶に奴が関わってる。」


「じゃあ私達はなんで……。」

 彼女は青ざめた表情で家族が狙われることを恐れている。


「1月位に全国民にDNA検査を命じられたろ?」

「もしかして……。」

「その病院の先生に会ってきた時に言われたんだ。直系と分家、そして外れた分家も能力ウイルスの適正が高い。」

 あの後俺はもう一度柚原先生に呼び出され、そのことを告げられた。


「直系の麗ヶ崎家やその分家の警備は大丈夫かもしれないけど……外された分家の天崎家は――。」

「外された外されたって何度も言う普通?」

「悪かった……。申し訳ない。」

 失言を注意され、そこからしばらく沈黙が続く。


「で、弟とおじいちゃんに何の用な訳?」

 やっと認めてくれたようだ。ホッとした顔をすると……。

「まだ認めた訳じゃないから。」

 無表情のまま心を見透かされる。


「君が一番守りたいんだろ? なら俺らも優先して守るべきだからだ。」

 苦笑いしたまま、適当に答えた。

「他には?」

 鋭い。抜け目がない。


「こっちの世界での司令塔になってほしい。俺達はバラバラな行動をしてることが多い。助けてくれれば君らを守れる確率がかなり上がる。」

智奈喜ちなきはそんなんじゃ――。」

『ガチャッ』

 階段の方から金属製の蓋を開ける音が聴こえる。


 リビングの玄関寄りにある階段を見ると……普通くらいの髪の長さ、毛ボサボサで深緑色の髪色の男の子がいた。

 猫背且つ死んだ魚の目でこちらを見つめる。


「ちょっと智奈喜ちなき! ダメって言ったじゃない!」

「姉ちゃん流石にもう無理があるよ。仮にも親族なんだ。」

 口論で揉めているようだが、先程の話は聴いていたということなのか?


 ともかく、彼が天崎 智奈喜ちなき

 IQ180の天才で発明品を作っては匿名で情報のみを残しているそうだ。

 伯父さんに電話越しで聞いた程度の話だが。


 人と顔を合わせたくないのか? なんて聞けない。

「やるよ。」

「ちょっと!」

「何か条件とかあればこの場で言ってくれ。」

 話が早くて助かる。分家の情報などもこちらから干渉するのは難しいが、彼なら必要な時には教えてくれそうだ。


「じゃあ――ここに家政婦を雇ってほしい。」

「は!?」

 激情して彼に掴みかかってる愛理奈は無視して話を続ける。


「分かった。値段が決まったら、教えてくれ。あーまず連絡先だな。」

「ちょっと待ってよ!!」

 彼女に大声で制止される。


 俺は黙ることにした。ここで俺は口を挟むべきじゃない。

「姉ちゃんは無理しすぎ。」

 彼は無表情で呆れながら軽く流そうとする。


「無理なんか……。」

「してるだろ。姉ちゃんにまで過労死されたら僕は一生引きこもるよ。」

 彼女の握りこぶしがギュッと握られたと思ったら、すぐ解ける。


「絶対に危険なことはしないこと! あと乱威智さんもこの子に危ないことさせないでね!」

 ようやく認可が下りたようだ。

 愛美が最初から諦めるなんて意外だが、俺はそれに勝った。

 ちょっとした優越感を感じる。


「ああ、気を付ける。」

「大丈夫。」

 俺に続き、智奈喜ちなき君も返事をした。



 そして俺は彼に着いていき、階段下の金属製の蓋を開け、地下室へと続く鉄梯子を降りた。


 その部屋の壁は一面鉄で出来ており、まず見えるのは部屋中央にあるモニター9台。

(すげぇな……。)


「愛美じゃ無くて良かったな。」

「何故?」

「ゲーマーだからはしゃいでうるさいぞ。」

「性格によるでしょ。」

 いきなりタメ語とは……助かる。

 俺は相手に合わせられずに、タメ語でいち早く物事を伝えようとするタイプだからだ。


 他にも色々な機械や整頓された山積みの資料。

 試験管に入った液体やマウスの入ったガラスケースもある。


「機械だけじゃなくて全般なのか……。」

「柚原先生から言われてここに?」

「ん……? そうだけど……。」

 そこの繋がりに疑問に思ったが、部屋の試験管から嫌なことを想像してしまう。


 病院側に協力していたならば、能力者の神経細胞サンプルやDNA情報等もここにあるとい


「まさか……変なことに――」

「僕がそんなことに興味あると思うか?」

 彼の睨みを効かせた言葉で冷静に考え直す。

 利用するのであれば病院側に手を貸したりなんてしない。バレないようにもっと違うところに頼るだろう。


「そうだな……。」

「で、何を?」

(え?)

 食い気味に聞かれた質問に、主語が無さすぎて処理に少し時間がかかる。


「あーー、えーっと……。」

 聞きたいことは分かった。でも説明するのが難しい。


「…………。」

 彼はこちらを見つめたまま黙っている。


(とりあえず……第一段階から話していこう。)

「まず、俺達は過去に戻り竜を還して怒りを沈めなきゃ敵側がそれを利用しかねない。というか既にそれを利用されている現状が今だ。」

「信じていいんだね?」

 確認を取られる。


「そもそも、俺達はこの星を一番後回しにしてしまった。許可も取ろうと思えば取れたと思う。」

 俺は一歩離れ、固く冷たい床に膝を突く。


「優先順位を見謝った……。申し訳ない。」

 俺は土下座をする。


 未来のこととか優華とのこと、竜のことや焔のこと。言い訳は沢山あるがそれじゃない。

 奴の真意に気付けず、それを見謝った。

 そのために地球から宇宙に放り出された人までいたというのに、誰も自分のことばかりでそうではないだろとタカをくくっていた。


「別にいいよ。こっちは誰も死んでない。」

 彼は気まずそうに顔を背けデスクチェアに座った。


(え、それだけ?)

「いやでも――」

 俺は彼の言葉の一つに引っ掛かった。

(こっちは……?)

 嫌な予感がした。


「話を元に戻さないか?」

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ズレた話を戻す。

(気のせいだよな……。)

「…………。」


 彼も暗い顔をしているが、愛美が焔のことを気に病んでいるところに気付いてしまったとか……考えすぎだろう。


「利用しようとしている奴等ってのが……。」

 ふと気付く。今は結界を張っていない。


「現状一組織と邪神一体だ。」

 亜美のことを話すわけにはいかない。

「一組織……?」

 やはりそっちに食い付いたか……。

 おそらく俺の話し方や僅かな表情で、どちらが本当にまずいかバレたのだろう。


「宇宙を統治する中心都市の奴等だ……。」

「それって……。」

 彼は目を見張ってこちらを見る。

 邪神シュプ=ニグラスも充分に危険だ。


 だけどもしかしたら……。

 父さんが俺達に地球で守る側を託したってことは……そのことを考えると時々呆けてしまう。


「世界を敵に回す可能性があるってことか……?」

「まだ分からない。俺達を送り出す許可をわざわざ取ってくれたのも彼等だけど、その前に送り出した人物のことを一切教えてくれなかった。」

 優華のことを聞いたのもティアスからだ。


「何か別で隠さなきゃならないことを進めているのかもしれない。」

 教える義務はないだろうが、同じ能力者同士なら情報を共有した方が早い。


「でも、最も利用しようとしているのが明らかなのは邪神シュプ=ニグラスだ。能力覚醒をさせ、自分の駒にして遊ぶ。それだけのために地球の人間をポンポン宇宙に放り出してはウイルスを持ち込ませた。」

 わざわざあんなことをしたのには俺にも考えがあった。


「まさか……。」

 彼も気付いたようだ。

 それを星に帰せば、竜が能力者と勘違いし怒る。

 俺達の星の人間が過去に竜にしたこともこの家族には知られているらしい……。


「確証はない。けど、奴のことを考えれば……そうだと思うのが妥当だ。」

 溜め息混じりに最後の言葉を吐く。


「だから、君には……。この星で異変があれば通信で俺達に力を貸してほしい。それと座標の解析だ。」

「…………。いいけど……。」

 またしても真意を見透かされた魚の死んだ目を向けられる。


「本当はそっちの戦闘の指示をしてもらいたいんじゃないのか?」

「いくら信頼してるからっていきなりそんなこと頼めない。俺達のことちゃんと分からないと正しい指示も出せないだろ?」

 そこは今は無理だと断るしかなかった。


 でも……俺が本当に頼みたいこと。それは亜美の出現する座標のホールからの逆算位置の検索。


 あいつがこちらに来るのは困るが、話したいことは山ほどある。

 でも今は彼女も現れていない。グッと我慢するしかなかった。


「他には?」

「俺みたいなやつがもう一人ずっとここを守ってくれたら、教えられる……。」



 そこからはその話を掘り下げることも無く、仲間やティアスの連絡先や座標通知を行うグループチャットに追加した。


 この事は事前にティアスにも知らせてある。

 ティアスが送れる情報はホールを開ける時間と座標のみ。会う以外で情報を伝えること事態ダメらしい。

 だから彼女から勧められたのが即座に座標解析できる人物を呼ぶこと。


 場所が分かっていれば問題ないのでは?

 いや困る。

 その座標通知自体が意味を成してないからだ。

 この座標どこ? と彼女に直接連絡して皆に教える始末。


 教える途中俺の端末から履歴が見えてしまう。

 すぐに招待画面に移ろうとして隠そうとするが……。

「ちょっと。」

 彼にその手を止められ、グループチャットの履歴をまじまじと見られる。


『ティアス:X=35.649225 y=139.707636、21:30』

『えみ:どこ?』

『乱威智:今聞く。てか飯食ったのか?』

『えみ:勝手にしていいでしょ。』

『鈴:個チャでやって。』

『🖤優華🖤:スタンプ(どんまい)』

(4月30日)

『乱威智:大事な話がある。19時に http://~~ このファミレスで。未来が夕飯をご馳走してくれる。』

『天崎未来:君が奢れ。』

『えみ:あたし行かない。』

(30分後)

『乱威智:電話出ろ。女湯に逃げるな。』

『🖤優華🖤:スタンプ(どこ? キョロキョロ)』

『乱威智:助かる。』


「うわ……。」

 彼がドン引きしている。


「人と関わるのは苦手か?」

「…………。まあ、座標解析して位置情報載せるだけなら……。」


 あとふと気になっていたことを聞いてみる。

「二人とは会ったのか? 愛理奈がいないとこでだろうけど……。」


「鈴とは何度か。」

 彼は小声で答える。確かに聞かれたらまずそう……。

(てか呼び捨て!?)

「え!? でもあいつによくバレずに……。」


「あんな代償もなく軽々しく時を止めてて、仲間にはバレないのか……。」

 彼は呆れた表情で答えてきた。


「あいつ……。」

 これはくすぐりのお仕置きが必要なようだ。


「それより、もう一人の招待中の人。」

 彼は端末に映っている招待中の那津菜結衣を指差す。

「気にするな。」


「…………。」

 黙ってこちらを凝視してくる。


 俺は会話の合間に手を動かし彼をグループに追加した。

「…………。」

 嫌そうな顔をしている……。


「別に君から話さなくても鈴から話しかけてくるだろう。」

 俺はそう言ってスマートフォンのブックカバーを閉じ部屋から去ろうとする。


「分からない……。」

(え?)

 俺はその言葉に足を止めて振り返る。


「何がだ。」

 率直に何が分からないのか聞いてみる。


「君は幾千もの死の記憶を経験してるっていうのに、どうしてそんなにヘラヘラしてられるんだ……。」

「いや――」

 返答する間もなく彼の問いは続く。

「人間の脳や精神は一定のラインを越えると再起不能になってしまう。それほどのストレスを――」


『ペシン』

 俺は部屋の鉄筋の柱を掌で叩く。

「それは本当に沢山の人間で実験できたデータか?」

「…………。」

 彼は黙ってしまう。そのデータは折れた人間と医学的に分かるデータでしか無いはずだ。


「この柱がそれだとする。頑丈なやつとそもそもこれが無い奴がいる。」

「そんな人間なんて……。」

「そうだ、人間じゃない。」

 事実上片方は人間ではない。


「神性はそんなもの持ってない。だから――」

「でも君は……!」

「俺と愛美は違う。そんなやつに選ばれた。」

 背中に背負った刀を……。

(やば、リビングの椅子の背もたれに起きっぱなし……。)


「ともかくだ。それを補う仲間もいる。」

「…………。」

 ふと見ると哀れむような表情。


(何なんだ……。いきなり感情的になるなんて……。)

「言いたいことがあるならハッキリ言ってくれ。」

 何だかすごいモヤモヤする。


「二週間位前の明け方、水を飲みにリビングに出たら一階のトイレで知らない人が泣きすする声が聞こえた。」

 頬が引きつってしまう。

(愛美……。)

 二週間位前。それは愛美の神経接触で俺の罪悪感を見られてしまった時に近い。


「心霊現象か何かじゃないか?」

「泣いているってよほどのことだよね?」

 更に問い詰められ後が無くなる。


 もう解決したと言おうにも説得力が無い。

 それにその程度でへこたれることがバレてしまう。

「へこたれた時に折れずに立ち上がるかとへこたれないかは違うだろ。たまたまその時はそうでこっちに来てからはピンピンしてる。」

「それは無理という壁に柱を折られたってことじゃないのか?」

 あー言えばこう言う。


「違う。」

「何が違うんだ……。」


 もう要の部分を言うしかないだろう。

 大きく息を吸い、はっきりと話す。

「ここでのことじゃない。俺があいつの恋人の……時限爆弾化した命を切る判断を下した。そのこと関連でだ。」

 いかに本当っぽく答えたが、本当のことを話したらそれこそやばい。


「そ、うか……。悪かった。」

 流石の彼も顔を横に逸らして謝る。


「俺達はこうやってここまでやってきた。だから、崩れそうでもその架け橋を繋ぎ直す。それを手伝ってほしい。動機も取れただろ?」

 本心から彼に頼みたい理由を伝え、鋼鉄のドアを開けて部屋を立ち去る。


 ドアを閉めて暗がりの中、鉄梯子を掴もうとすると――。

『むにっ。』

「…………。」

 柔らかいモノから手を離して、もうちょっと右の本当の梯子を掴もうとする。

『むにっ。』


「サタン。」

『おう。』

 サタンの力に頼り、梯子の上にワープする。

 彼もシュプ=ニグラスに巻き込まれた悪魔の一人。

 家族を奪われた宛の無い怒りを復讐する為に生きる位ならと俺と契約を組んだ唯一の仲間だ。


『がしっ。』

 足を下から掴まれる。


「あの……。」

 何故か手を離された。

「早く登れ。」

 冷たい声の主に驚き、顔が青ざめる。

 聞こえたのは愛美の声だった。


「ひっ……!」

 先程やった行為の数々を思い出し、急いで駆け登る。


 鉄板の蓋を開け、急いで距離を取る。


 背中に柔らかい感触が触れ、後ろを振り向く。

 不敵にニッコリと微笑む愛理奈。


「すまん。」

 離れて、前を見ると腕を組んだ愛美が咳払いをする。

「コホン。」


「なんだ。」

 俺に任せたと思いきや、いきなりやってくるなんて頑固な愛美らしくない。


「グループ、見なさい。」

 冷酷でピリつく声色。鋭い目。


 俺は急いでスマートフォンを取り出し、ホームボタンを押す。

 連絡アプリのグループチャットの通知が液晶に表示される。

 ティアスの座標を知らせる通知だった。


 通知画面では無く、グループチャット画面を開く。

『177? X=35.64809702 y=139.71182789 17:00』

 時刻表示は……未来?

 177?

 訳が分からなかった。


「177って何だよ……。今日って――」

「12文字式で押してみなさい。」

 言われた通りに押してみる。

「亜美……。」

 目を見開き唾をゴクリと飲む。


(まさか……いや奴の存在は智奈喜には教えてない。仄めかしただけでも現実に現れるのか!?)

「落ち着きなさい。」

 愛美に肩を掴まれるが、奴が現実に来てしまったらと想像してしまう。

「いやだって――」

「目を見なさい。」


 頭を左右から押さえられ真剣な眼差しで見つめられる。

「あんたの覚悟はそんなもんなの?」

 違う。俺は……何の為に強くなりたかったんだ?

 目的の為なんかじゃない。

 かといって仲間を守るためか?

 智奈喜の前ではそうだと理由をつけたけど、いまいち当てはまらない。


「負けたく……ない。」

 調子づいて離れていく姉に負けたくなかった。

 恋愛関係でもなく都合のいい兄弟でもなく一番のライバルが目の前にいる。


「忘れてただろ。」

 ふっとジーニズの声が背後から聞こえた。

 久しぶりの声だった。


「あんたはどうしたい? 亜美を。」

 再び愛美に声をかけられ焦点を彼女の目に合わせる。

「俺は……確かめたい。アイツの意志を。」

「嘘吐かなかったわね。」

 彼女の口元に笑顔が綻ぶ。


「修羅の為か――」

 鉄板の蓋が再度開き、下から智奈喜が現れる。


「違うわ。まずこいつが立ち上がるのは逆境魂。立ち上がって食いかかるのは劣闘心とでも呼ぶべき?」

 愛美は否定するも、俺の頭から手を離し、腰に手を当て言い直した。


「劣闘心……?」

「あんた、今まで気付いてなかったの? あんたの今までの気持ちを読んだとき、あたしは分かった。あんたがどれだけ負けのまま終わるのが嫌なのか。」

 心の中を晒け出されているのに、何故か恥ずかしくない。


「暴走して、溢れた力を制御できないのはそれが原因よ。」

「え?」

 突然の説教に驚くことしかできない。

「あんたの弱みは自分を卑下し過ぎて力の加減の理性を外してしまう。」

「理性を……外す?」

 その言葉だけが頭の中で引っ掛かる。


「正直、あんたの願う守る為の戦いじゃそれは邪魔よ。意志の方向性を変えないと無理。今のままじゃあんたはアイツを傷付けるか逃がすか倒されるかしかできない。」

「意志の方向性……。」

 具体的ではない答え。でもそれしか言い表せる答えは見つからなかった。


 愛美は無言で家から去ろうと玄関に向かう。


「勝てる、守れると確信して戦う……?」

 こんなに早く具体的な答えに辿り着けたはのはいつ以来だろうか。


「そうよ。でも、臨機応変だから。」

 振り向き様に最後の忠告を受ける。


 負けそうになったら意志を切り替える。そういうことだろう。


「姉ちゃんは!」

 バタンと閉められたドアの向こうの彼女は、どんな気持ちで戦っているのか突然知りたくなった。

 今まであーだろうこーだろうと思い込んで気にも留めなかったのに。



 そこから夕方までの時間などあっという間だった。

 気付けば近くの森の木に向かって刀と鞘を振り回していた。

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